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人間とハエ

「……お師匠。本当にここで待ってる意味はあるんですか?」


 卵を元の状態に戻し、その近くの手頃な岩に腰をかけてツヅリが尋ねた。

 山の中で緑色の風を浴びながら、ソウは目だけをツヅリに向け、続きを促す。


「もしかしたら、本当にフィア達だけでドラゴンを倒してるかも」

「ありえないな」

「なんでそう言いきれるんですか」


 ツヅリにはドラゴンのイメージがない。だが、フィアールカの絶対的な技量ならその一端を知っている。しかも『練金の泉』とくれば超一流バーテンダー協会だ。

 撃退はおろか、その討伐まで成功させていたとしても決して不思議はない。

 だが、ソウは頬をポリポリと掻きながら、うーんと唸って言葉を出す。


「……例えば、ハエっているだろ?」

「……ハエ?」


 ツヅリの脳裏に、ブンブンとうるさく飛び回る小さな虫が思い描かれる。


「そう。それで、お前が散歩してるときに、そのハエが何十匹と群れて向かってきたらどうする?」

「多分……避けて通ると思います」


「だろ? でもそのハエがしつこくお前を追ってきたら? その時にお前の手元には銃があって、特別に俺から発砲許可も降りてるとしたら?」

「……撃つかもしれないです」


 ツヅリの脳裏に、お気に入りの散歩コースでハエが群れている姿が思い浮かぶ。

 別に恨みはないが、あまりにもしつこかったら『サラム』の一発くらいお見舞いするかもしれないと思った。


「そうだろ。それが人間とドラゴンの力関係みたいなもんだ」

「え?」

「ドラゴンの撃退なんて言ってるが、本当のところは鬱陶しいから連中が離れてるだけだ。でも人間が本気で狩りに来たんだとしたら、少しぷっつんして『戦う』かもしれない」


 師が軽く言ってみせるその言葉に信憑性はないのだが、それでもツヅリには疑うことはできなかった。


「……そんなの、勝てるわけないじゃないですか」

「だから、無理だって言ってんだよ。人間の力で連中に勝とうなんて。普通はな」


 ソウはどこか諦めた風に、遠くを見た。

 ツヅリの脳裏に、フィアの顔がよぎる。


「だ、だったらなんで止めなかったんですか!」

「止めても無駄だったからな。せめて『死ぬな』って言うくらいしかできなかった」

「……そんな」


 ツヅリが心配そうに頭を押さえる。だが、ソウは雰囲気を鋭く変貌させ、弟子に小さく声をかけた。ツヅリにも、空気の変化が分かった気がした。


「言ってる場合じゃないぞ」

「……はい」

「今度はハエが、人間様に交渉しようっていうんだ。どう出るかね」


 ソウはこの状況でも軽薄な笑みを浮かべて見せて、空を仰ぎ見る。

 広がっている青空に、黒い影が差した。



 ドラゴンは轟音を立てながら少し距離を取って着陸した。

 その容姿は、まさしく伝説として伝え聞いているものであった。


 体色は濃いグレー。すらりと伸びるような印象を与える体型。四足で地面に付いているが、発達した後ろ足により二足で立つことも可能であろう。

 その足や首は樹齢百年を越える大木のように太く、短いが巌のような尻尾が突き出している。全身を覆う鱗は滑らかに整い、頭から伸びる二本の角と黄金色の目からは怪しい魔力を感じる。


 なにより、力強く広げられた翼の威容が、ドラゴンという種を強調していた。

 だが、その『絶対種』が、今は完全に二人に対して敵意を放っている。

 当たり前だ。自分の留守の間に侵入者がおり、その二人は卵の近くに陣取っているのだから。


 ツヅリはそのプレッシャーに冷や汗やその他の液体を垂れ流しそうな気分になる。

 ソウは反対に、深呼吸一つしただけで、緩やかに手を振ってみせた。



「よう、待ってたぜドラゴンさん」



 そのあまりにもフランクな態度に、ツヅリは腰が抜けるかと思った。

 それはドラゴンも同じだったようだ。ソウのあんまりな態度に向けていた敵意を少し緩める。

 ソウは、その警戒ランクの下降に一つ安堵の息を吐き、再び言った。


「別に敵対する気はない。卵にも手を出してないだろ? 俺たちは話をしにきたんだ」


 ソウが柔和な笑みを浮かべて言う。

 対峙していたドラゴンは、その口を開くことなく、直接頭に響くような声で答えた。


《……言ってみよ、人間》

「ああ」


 ソウは小さく頷く。

 ツヅリは師の口から出る言葉を緊張しながら待った。ここからどうやって『鱗を分けてもらう』という展開に持って行くのか。



「ここで子育てされると迷惑なんだ。お互いのためにも、どこか別の場所に行ってくれないか?」



 ツヅリは驚愕で顎が外れるかと思った。

 ドラゴンはその目で鋭くソウを射抜く。その小さな存在の真意を測るように。


《本気で言っているのか、人間よ》

「ああ。おたくだって思っただろ? 人間ごときに歯向かわれて、少し面倒だってな」

《……先ほどの小娘の軍勢は、おまえの差し金か?》

「とんでもない。たまたま面識があっただけで、むしろ止めた立場だ」


 ソウはまったく態度を変えず、ドラゴンに対して軽く言ってみせる。

 良く見てみれば分かるが、戦闘があったはずなのに、ドラゴンの身には傷一つない。

 ドラゴンの持つ自然治癒力が、あっという間に傷というものを塞いでしまったのだ。

 ドラゴンは少し考えるように目を閉じ、ソウに尋ねる。


《詳しく話してみよ。人間よ》

「話が分かるようでなによりだ」


 それからソウは、ドラゴンに自分たちの立場を説明した。

 この近くの街が王国で二番目の都だということ。ドラゴンの存在がもたらす混乱を王はひどく恐れていること。そして撃退のために数多くの部隊が差し向けられたこと。今日の一派はその一つに過ぎないこと。

 ソウの口から様々な情報を伝えられ、ドラゴンは思考するように再び目を閉じた。

 その沈黙の間、ツヅリの頭の中をグルグルと混乱がループする。

 ソウだけは落ち着いて、ドラゴンの答えを待っていた。

 やや経って。



《話は分かった》


 ドラゴンはその目を開いた。

 まったく展開についていけていなかったツヅリだが、その一言に希望を見た気がした。


(なんか良く分からないけど、えっと、これって成功したら、ドラゴン撃退を私達がこなしたってことになるんだよね?)


 思うと、師の取った突飛な行動の全てが、そのためだったのだと繋がる気分だった。

 そして少し感動の気持ちで師の顔を見た。


(え?)


 だが、ソウの表情はギリギリの笑顔を保った状態で強張っていた。

 その理由は、すぐに再び、直接に頭へと響く。



《だが、我が人間ごときの都合で動かされるいわれはない》



 ドラゴンは、その目を爛々と輝かせ、一切の悪意なく言ってみせる。


《この地は我が千年前に生まれた土地だ。そしてそれ以前から使われてきた霊地だ。たかが人間ごときのために場所を移動する必要は感じぬ。貴様らこそが、無断で足を踏み入れた無法者であると知れ》


 傲岸に言い放ち、ドラゴンは威圧するようにその巨体を広げた。

 話は終わりだ、と言外に言っているのだと分かった。


「つまり、交渉は決裂ってわけか」

《くどい。歯向かわなければ命までは取らん。さっさと去れ、人間よ》


 その言葉と共に、それまでなりを潜めていた敵意が復活する。


「ひっ」


 ツヅリはそれに押されるように一歩下がった。威嚇するような龍のプレッシャーは、並以上の死線を越えてきたとはいえ、少女にはあまりにも強大だった。


「安心しろ」


 直後に、安心させるような声と、頭を優しくポンと叩く手のひら。

 当然のように、ソウの横顔がツヅリの目に入った。

 その顔には、ある種の諦めとともに、決意が垣間見える。

 そして、師の足が一歩前へと進む。ドラゴンへと向かって行く。


「お、お師匠、何をするつもりです? に、逃げましょう!」


 ツヅリは思わずソウのコートを掴んで引き止めていた。

 まるで師が、目の前の『絶対種』に闘いを挑むような、そんな想像が走ったのだ。


「……そうしたいのはやまやまなんだが、とある『爺さん』との約束があってな」


 ソウは、優しくツヅリに微笑んだあと、その腰の銃を挑発するようにドラゴンへと向けていた。

 ドラゴンは意外そうにそれを見て、鼻から吐息を漏らす。


《なんのつもりだ、人間よ》

「決まってんだろ」


 ソウはにやりと唇を歪め、そして、気負うことなくその一言を放った。



「言葉で分からないなら、体に分からせるしかねえよな?」




 その一言は、どんな銃弾よりもしたたかに、ドラゴンの怒りを撃ち抜いた。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


つい最近、十万PVを達成させていただきました。ありがとうございます。

それを記念してというわけではないですが、明後日は三回更新いたします。

少し時間が変わって、十八時、二十一時、二十四時の三時間おきの予定です。

良かったら覗いてやってください。

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