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不確かな情報


「本当に、本当に戦うつもりじゃないんですね?」

「ああ。あくまで目的は交渉だ」

「じゃあなんで『龍殺し』なんて持ってきたんですか?」

「もしものためだ」

「逃げましょうよ……そのときは」


 ソウとツヅリは相変わらずのやり取りを続けながら、山道を歩いている。


「ま、いざ戦うってなったら、こいつの切れ味を見るチャンスだな」

「だから! 絶対勝てないって分かってるのに、なんでそうなんですか」

「ダメだったら鱗剥ぎ取って逃げるんだから、どっちにしろ攻撃しないとだろ」


 言われると、ぐっとツヅリは言葉に詰まる。確かに、自分たちの目的としてはそれもやむを得ない。そうではあるが、不安は尽きないのだ。


「それで怒らせたらどうするんですか」

「そのために囮を連れてきたんだろ」

「……流石に冗談ですよね?」

「…………」

「なんか言って下さいよ!」


 ツヅリの怒声を軽やかに受け流し、ソウは身体を前に進ませる。

 それなりに緩やかな山道ではあるが、ずっと会話をしていても息が切れないのは、やはり日頃の訓練の成果であった。


「ツヅリ、そろそろ道から外れるぞ」

「え? 山頂じゃないんですか?」

「違う。山頂ってのは別に広くもなければ魔力が豊富ってわけでもない。選ぶんなら山の中腹の、肥沃な土地だ」


 ソウが指差す方角。そこは道すらない山の中。足元には深い草が生い茂り、人の侵入を拒むように木々がバラバラに並んでいる。


「ここ入るんですか?」

「ああ。怖いか?」


 言葉にはしないが、ツヅリは素直に頷いた。


「迷子になりそう……というか、昔似たようなところを彷徨った記憶が……」

「じゃあ手でも繋ぐか?」


 ソウの冗談混じりの提案に、ツヅリは半眼で師を睨む。


「……そうじゃなくて、お師匠と一緒でも迷子になる危険性が」

「だったら安心しろ。俺はこの場所の地図は何十回も頭に叩き込んだんだ」

「へ? そんな時間いつあったんです?」


 ソウの言葉はツヅリの意表を突いた。フィアールカから情報を貰ってまだ二日しか経っていないのだ。

 だが思い直す。そう言えばここはフィアールカから伝えられた場所ではないのだ。


「というか、お師匠はいったいどうやって龍の巣の場所を?」

「バーで働いてるころにな」

「え?」


 ソウはポリポリと頭を掻きながら説明した。


 バーテンダー協会支部に寄せられる情報。そのうち、バーテンダーが閲覧できるまでになる情報には、相当な信頼性があるものしか選ばれない。

 半端な未確認情報で混乱させないための措置だ。


 だが、民衆はそれ未満の大量の情報を持っている。隣の爺さんがそんなこと言っていたとか、夜中に夢で見た気がするとか。

 そういった有象無象の情報を片っ端から集めて整理することで、出現が確認された地点とは別の『移動ルート』が朧げながら推測できる。

 そして、その移動ルートに沿って、直線を何本も引く。


 するとその集合地点には、ドラゴンの拠点がある可能性が高い。


 その確度の低い情報は、酒を飲んだ人間の軽くなった口が最もくれる。

 だから、ソウは仕事に『バーテンダー』を選んでいた。そこで知り合った人間や、知り得た酒場に精力的に足を伸ばし、少しずつ情報を蓄積していった。


「というか、お前も俺が集めた情報見てたなら、薄々気付くだろ」

「え、えっと、えへへ」

「……本当にまとめることしか、してなかったな?」

「……すみません」

「……まあいい」


 ソウはその弟子の行動を決して怒ることはなかった。何故なら、その代わりに一生懸命カクテルの特訓をしていたことは分かっていたからだ。


「目的地はもうすぐだ。急ぐぞ」

「わかりました」


 珍しくやる気のあるソウに連れられて、二人は道のない木々の中へと入って行った。




 白い霧に包まれた湿地帯の中に、氷の少女は佇んでいる。

 その綺麗な銀髪はかき乱れ、銃を握る手は強張っていた。

 思考を埋め尽くすのは、凄まじい量の疑問符。


 なぜ? 何故? なぜ? 何故?


 右を見る。

 立ち上がっているものはいる。だが、地面に伏しているものが圧倒的に多い。

 銃を向けているものなどは一人も居ない。


 左もまた同様だ。

 自分の周囲には、最後の最後まで自分を信じて抗ったものたちが倒れている。

 幸いなことに息はあるようだ。体を覆う金色の皮膜が、魔力に呼応して輝いている。

 その魔法がなかったら、どうなっていたのかは想像するまでもない。


 そして、前を見る。

 黒い影。

 小山程度もありそうな重厚な存在感を放つ、『絶対種』。

 さきほどまで戦いを繰り広げていた存在がそこにいた。


 負けた。


 完膚なきまでに負けた。

 敗因は、想定不足とでも言う他はない。


『カクテル』が、一切通じなかった。


 飽和攻撃などとんでもない。

 予測されていた魔力総量など、見せかけだった。

 ひるみはしても、カクテルはその身をほとんど傷付けることはなく。

 傷付けたとしても、その傷は瞬く間に塞がっていった。

 仲間は一人また一人と倒れ、最後に残ったのがフィアールカだった。



《我に勝てるつもりであったか? 小娘よ》



 唐突に、少女の朦朧とした頭の中に声が響く。

 フィアールカはその主が目の前の龍であることに、疑いを持たなかった。


「そう、そうね。確かに、そのつもりだったわ」

《身の程を知らぬか。それもまた、人間という種の性であったな》


 目の前の龍はその口を欠片も動かすことなく、超然たる態度で吐き捨てた。


《小娘よ。我に歯向かった報い、覚悟しているのだろうな?》


 ドラゴンの言葉で、フィアールカは飛びかけていた意識を再び現実に戻した。

 頭の中に響く声に、なんと答えたものか。

 答えよりも先に浮かんできたのは、微笑みだった。


《なぜ笑う?》

「何故かしらね。ただ、一つだけ確かなことがあるの」


 返事をするように、フィアールカは手に持っていた銃を黒い影に向けていた。


「私は、いいえ、私達はたとえどんな手を使っても、ここで死ぬわけにはいかない」


 フィアールカは、体力も気力も抜け落ちた体で、それでも気丈に笑ってみせた。

 弾薬はまだ残っている。指はまだ動く。

 ならば戦えぬはずはない。


(『死ぬな』と言われたのだから、生き残る──!)


 頭の中で、どうにか生き残るビジョンを探し、それにことごとく失敗し。

 それでもフィアールカは、ドラゴンの一挙手一投足に神経を張り続けた。

 体にはまだ魔力が満ちている。自分の意志に呼応してどこからともなく溢れ出す『ウォッタ』の魔力が。


(これが尽きるまでは、戦える)


 だが、少女のその悲愴な思いとは裏腹に、目の前のドラゴンはふいにその気を抜いた。


《…………そうか。お前は『エレメンタル』か》

「……エレメンタル?」


 疑問がフィアールカの口から漏れるが、ドラゴンはそれに答える素振りも見せない。


《であるならば、我がここで殺すのも躊躇われる……か》


 ドラゴンはその身を翻すと、白い霧の中へと消えて行く。やがて、目的の『ウォッタ』鉱石を掴み、空に飛び去っていった。

 その情報を【シー・ブリーズ】が伝えてくれるが、フィアールカは追いかける気にはなれなかった。


「……惨めね」


 ようやく訪れた静寂の中、ポツリと口から出たのはそんな言葉だった。


(こんな様で、よくも『討伐』などと──)


 ふいに、少女の頭の中にある一人の男の姿が浮かぶ。

 続いて、彼の購入した武器、彼の行動。

 思い浮かべた瞬間に、少女は抗議する身体に有無を言わさずに銃を抜いた。


「基本属性『ウォッタ45ml』、付加属性『アイス』、系統『ビルド』、マテリアル『グレープフルーツ』アップ」


 宣言のち、すかさず引き金を引く。


「【グレイ・ハウンド】」


 彼女の銃から放たれた魔力は、即座に狼の形を取った。フィアールカは躊躇うことなくその背に乗る。


「……フィアールカ……どこへ?」


 まだ意識のあった副官のオサランからの言葉に、フィアールカは短く切り返した。


「ドラゴンを追う」

「……っ! 馬鹿な真似は──」

「あとは任せたから」


 少女はオサランの言葉を受け止めながら、決してそれに答えることはしない。


(あの人は──ドラゴンと戦う気だ)


 フィアールカは、ソウが今日『偽剣・龍殺し』を持って出掛けたことを知っている。目的地は分からないが、ドラゴンを狙っているのは間違いない。

 だが、ドラゴンの力は、想定を遥かに越えていた。

 記録が残っているドラゴンなら確かに倒せた筈なのだ。それがまったく歯が立たなかった。

 つまりは、あのドラゴンは今まで人間が関わったモノより格上の可能性すらある。


(……そんな相手と、剣一本で渡り合えるわけがない。戦闘になる前に止めないと)



 自分は何故か見逃されたことは分かっている。だがソウが同じ理由で見逃されはしないだろう。

 少女は、自分の身も省みず、ただ一人の為に狼を走らせた。


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