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決戦前

「……もう、そろそろ」


 銀髪の少女は呟き、静かに自身の『銃』を眺める。

 愛銃『コバルト・ミラージュ』。青灰色のボディを持つ、美しい銃だ。

 自身の成長期が終わったころに作製されたオーダーメイド。

 そのグリップから始まって、重さも、重心も、シリンダーの回転から振り回すときの長さまで体に合わせてある。


 この世界に一つしかない、自分専用の銃。なにより、その頃には判明していた自身の特性から、更に一つのチューンも施されている。


『ウォッタ』属性の強化補正だ。


 少女は『ウォッタ』属性が苦手だった。何故かその属性だけが自分には上手く扱えなかった。

 他の属性ではそんなことはなかったので、彼女は自分の才能の無さだと思った。


 それが全くの逆であったことに、ある程度経ってから気付いた。


 自分の特性を知ってから、彼女の猛特訓は始まった。

 感覚を体に覚え込ませるために、何回も何回も繰り返し練習した。扱える量を次第に変化させ、少しずつ想い通りに出来る量を増やして行った。


 同時に、たくさんの人間に師事した。腕に覚えのあるバーテンダーの技術を盗み、味を盗み、自分の物にしていった。

 そして、気付いた時には、こんなところに立っていたのだ。


「フィアールカ。そろそろ時間だぞ」


 ぼんやりと過去に思いを馳せていると、副官のオサランが神経を尖らせながらフィアールカに声をかけた。

 フィアールカの目から見ても、彼は余裕が無さそうだ。

 この作戦の成功を憂いているのはもちろんだし、噂に聞くドラゴンに相対することそのものも心配なのだ。


「ねぇオサラン」

「なんだ?」


 フィアールカは、その返答にはなんの意味もないと思いながら、尋ねていた。


「あなたは、私を引き摺り下ろしてここの実権を握りたいとか、思う?」


 尋ねられたオサランは怪訝そうに目を細め、かけた眼鏡を手で直してから言う。


「何を馬鹿なことを言う。お前を目の上のたんこぶだとは思うが、別にこの場の実権などは欲していない。寝ぼけたことを言う暇があったら準備を怠るな」


 オサランは言った後、書類を手に周りを見る。

 その言葉にフィアールカも嘘は感じなかった。

 いや、仮に巧妙に嘘を吐いていたところで関係はあるまい。この期に及んでフィアールカを害したところで利などありはしない。

 この場に集まっている『練金の泉』五十人の部隊。その頂点に立つフィアールカの魔法無しでは、ドラゴンの討伐など夢見ることもできないのだから。


「さて、やりましょうか」


 オサランに目配せをし、了承を得た後でフィアールカは立ち上がる。

 現在地は、乾燥したウルケル周辺では珍しい、街の南に位置するエーデル湿地帯だ。

 近くに山が聳えていて日光が当たり辛く、じめじめとした冷たい空気が周囲を覆っている。そしてそれに呼応するように、ここには一つの特徴がある。


『ウォッタ』の魔力が集まりやすいのだ。


 そしてそれこそが『ドラゴン』の居場所を特定する鍵となる。

 他の派閥では知り得ないことだが、フィアールカ達には分かった。

 この場所に眠る大きな鉱石の一つに、多大な『ウォッタ』の魔力が秘められていること。

 そして、他の出現ポイントにも、属性の違いはあれどそういった魔力の残滓が残されていたこと。


 ドラゴンがどうやら魔力を持った何かを集めているのは分かっている。

 ドラゴンの出現と、行動を照らし合わせた結果。恐らく次に現れるのはこの場所。

 推定時間は正午。もう、二十分とない。



「皆さん。そろそろ推定時間です。もはや逃げ出すこともできませんが、心の準備は宜しいですね?」



 静かな、落ち着いた声でフィアールカは協会のメンバーに尋ねた。

 当然、この場所に集められた精鋭達に、怯えの声などはない。



「私達は、今日偉大な歴史の一ページを刻むことになります。その為に、財も人員も、時間も整えてきました。初のドラゴン討伐。そして、それによって手に入る財は私達を大きく成長させることでしょう」



 頭の中で、それに対する皮肉がポロポロと漏れ出してくる。

 別に財などは望んでいない。歴史に名を残すなどどうでもいい。

 これによって、私はもっと成長できる。そして『あの人』を手に入れられる。

 些か不純ながら、それでも強い意思によって、フィアールカの声は強さを持つ。



「さぁ『銃』を取りましょう。泣いても笑ってももうすぐです。作戦は伝えた通り。あと五分で、作戦開始です。私達に勝利を、『練金の泉』に、栄光を」



 ふっと息を吐く。

 彼女の言葉に乗せられたのか否か、協会の同僚たちは一様に鬨の声を上げた。

 それを受け、少女は穏やかに微笑んだ。

 その段階で、副官のオサランがすっと前に出て説明を引き継ぐ。


「あと五分経ったら全員が【ゴールデン・キャデラック】を発動する。分量は伝えた通り『五倍』だ。それからは右翼、左翼に十五、中央に二十を分け飽和攻撃の態勢をとる。前衛の十が『ビルド』、残りは『シェイク』だ。基本属性は『ウォッタ』。【スクリュードライバー】と【スレッジハンマー】を中心に、臨機応変に対応する」


 言われたバーテンダー達は、それぞれが銃を手に掲げる。

 まだ弾を込めてはいないが、いつでも戦える準備は整っている。


「相手の機動力は、想定では避け切れないほどではない。攻撃が向かってきた場合はギリギリまで中断は許さない。一発でも多くの魔法を当て、相手の魔力を削ることに専念しろ」


 その言葉を引き継ぐように、フィアールカが言葉を付けたした。


「回避はおまかせあれ。私の子供達に素直に運ばれてくれるのなら、ですけれど」


 銀髪の少女の言葉に異を唱えるものはいない。

 全員が分かり切っているのだ。自分の足で回避を行うよりも、少女の氷狼に身を任せたほうがどれだけ安全なのかということを。


「危険なのは『ブレス攻撃』だ。ただし溜めの間は動きが止まる。発動の兆候が見えたら全員が『シェイク』に切り替えろ。我々精鋭達の五十の魔法が負けるはずがない」


 ブレス攻撃には、全身全霊のカクテルで相殺をはかる。となると残る相手の行動は一つしかない。


「相手が羽ばたく動作をしたら逆だ。効果範囲重視の『ビルド』で手が付けられなくなるまえに叩き落とす。調査では飛行の予備動作で羽ばたいている間は無防備になる。『飛行』が完成するまえに叩き落とせ。失敗すれば作戦そのものがパーになる。以上だ」


 そこまでが、計画という名の無謀の全てだ。

 結局、ドラゴンを相手に必勝の策など練りようがない。だが、それでも情報として残っている全てをかき集めれば対策はできる。


 彼らはその『過去』を上回る戦力を用意しているのだ。

 過去に撃退した際の戦力の二倍、物資にして三倍もの量の材料。

 万が一『討伐』に失敗しても『敗北』はありえない。そう、誰もが確信している。


「さあ! 歴史に名を刻むぞ!」


 オサランも声を張り上げ、再び協会の人間達が士気を高める。


(さぁ。始まるわ。私の気持ちに応えて頂戴)


 フィアールカは、ポーチの中にしまった一つの『ウォッタ』弾を撫でる。

 それはただの『ウォッタ』弾ではない。通常の青い弾頭に比べて、見る者が見れば分かるほど、その弾頭はキラキラと輝いている。


 これは彼女がこの日の為に作製したとっておき。自身の魔力を『弾薬化』した、特別弾であった。


「時間だ! 【ゴールデン・キャデラック】の準備をしろ!」


 オサランの声のあと、敵の姿も見えないうちに戦いの火ぶたは切られた。





「お師匠……本当にこっちで合ってるんですか?」


 足場の悪い山道を登りながら、ツヅリは師の後ろ姿に問いかけた。


「フィアから聞いた話と全然違いますよ? そもそもここ湿地ですらないです。山ですよ。なんでこんなところに?」


 本日、ソウはツヅリを叩き起こして、朝早くに宿を発った。

 ろくにソウから説明も受けていないツヅリ。だが、フィアールカからぼんやりと作戦のことは聞いていたので、ドラゴンの出現地点が湿地であることは知っていた。その作戦の目的が『討伐』であることは、知らないのだが。

 なのに、二人が歩いているのは、どこからどう見ても山道である。

 ひいこら言いながら山登りをするツヅリに、ソウはぼんやりと言った。


「まぁ、俺たちは湿地に向かってるわけじゃない」

「へ?」


「というか、あいつから貰った情報なんて、最初からどうでもいい」

「……言ってませんよね?」


「今言っただろ」

「……はぁ」


 文句を言っても無駄だとは思うが、それでもツヅリはソウに言わざるを得なかった。



「お師匠はなんでそう自分勝手なんですか! 私に説明したら死ぬんですか!」



 ツヅリの怒声が辺りに響く。周りに鬱蒼としげる草花は揺れ、木に止まっていた鳥は飛び立ち、潜んでいた獣も驚いて逃げて行く。


「おい、面倒な魔物に見つかったらどうする」

「お師匠がなんとかすれば良いじゃないですか。背中のソレで」


 ツヅリがふんと鼻息を荒くして腕を組む。

 ソウは背中に背負ったその武器に少し触れ、首を振る。


「たかが雑魚どもにそんな勿体無いことできるかよ」

「勿体無いのはお師匠のお金の使い方です。何ですかソレ」


 師の背中に睨みつけるような視線を向けるツヅリ。

 そこには、今朝、武器商人から届いたというソウの注文の品がかつがれていた。


「かっこいいだろ? 『偽剣・龍殺しドラゴンキラー・レプリカ』」

「むしろちょっとダサいです。ゴテゴテしすぎてスマートじゃないです」

「ロマンの分からん奴だな」


 ソウの背中には、刃渡り八十センチほどの両刃剣。

 それこそが、ソウが一晩にして金貨一枚ほどの金を使い切った理由だった。


 ツヅリも少しはおかしいと思ったのだ。

 いくら師が大変な酒飲みであろうと、わずか一日で金貨一枚分ほどの金を使い切るのかと。その謎が、今朝、こうした形を伴って目の前に現れたのだ。

 ソウは少しだけ饒舌に、何度目かも分からないその剣の説明をする。


「なんとこいつには本物の龍の鱗が使われているんだぞ? あの後飲みにいった店で知り合ったのがたまたま武器商人でな、金貨一枚という格安で譲ってもらったんだ」

「どうでもいいです」

「……怒ってるのか?」

「確認するくらいなら聞かないで欲しいです」


 ぷりぷりと頭から湯気を出し、ツヅリは師を追い抜いて前に進む。

 師の行動が未だに理解できないのは仕方ない。

 だが、今朝一つだけ謎が解けたのだ。


 ここにきた初日、そしてソウが働き始めてから連日嗅いでいた香水の正体。


「綺麗な人でしたもんね、その武器商人さん。ええ、そりゃお師匠もそんな無駄な買い物してしまいますよね!」

「は? あっ!」


 ツヅリの後方から、何かを察したような師の声が届く。


(別に、怒ってなんかいないですけどね! お師匠のことなんて別に!)


 だがツヅリは、それに決して気を向けず、ろくに前も見ずに進む。

 その直後、


「きゃっ!」


 歩きにくい山道であると分かっていたのに、ろくに足元も見ずに出した足は見事に不安定な石を踏み抜く。

 そして、その先の地面は、ちょっとした斜面に続いていた。


(っ!)


 ツヅリはぎゅっと硬く目を閉じる。

 だが、その体をさらに強く抱きとめる腕があった。


「なにやってんだお前は」


 ソウは滑り落ちそうになったツヅリの体を腕で支えて引き上げる。

 ズルズルと引き摺られながら、ツヅリは顔を上げられないでいた。


「大丈夫か?」

「…………別に」


 ソウは心配そうに声をかけるが、ツヅリは上手く言葉を出せずにぼそっとした返事に留まる。


「……ていっ!」

「いた!」


 それが気に入らなくて、ソウは軽くデコピンをした。

 存外痛くて、ツヅリは額を擦りながら少し涙目で抗議する。


「何するんですか」

「それは俺のセリフだ。助けて貰ったんならもっと感謝を示せ」

「それを助けた側が言うのはどうなんですか」

「ああ?」

「うー……ありがとうございます!」


 文句を言いたいのに、感謝もしたくて、でもどっちも素直にさせてもらえない。

 ツヅリはそんな師を恨めしげに思いながら、はぁと心の中でため息を吐いた。


「おい、また勝手に行くなって。危ないぞ」

「また助けてください」

「それを助けられた側が言うのもどうなんだよ」


 少しもやもやした気持ちが晴れないまま、ツヅリはその足を進める。

 しかし、最初の最初の疑問に答えてもらっていないことを思い出し、足を止めた。


「そうえいばお師匠、結局私達はどこに向かってるんですか? 普通に考えたら、フィア達に付いていって作戦に協力させてもらった方が良いと思うんですけど」


 尋ねられたソウは、ぽりぽりと頬を掻く。

 それを言ったらまた弟子に怒られるというのが分かっているので、言いにくい。

 だが、言わないで誤摩化すのもそろそろ限界だ。

 ソウはできるだけさらりと、なんでも無さそうに言った。


「あいつの誘いは断った」

「へ? 断った? なんで?」

「あいつに頼らなくても、目的は果たせるからだ」


 ツヅリがポカンと口を開け、師に詰め寄る。


「じゃあ、私達はいったいどこに向かってるんです?」

「龍の巣」


「…………え、もう一度聞いて良いですか?」

「だから、龍の巣」


「…………」


 ツヅリは自分の耳を疑ってみたのだが、それでも結果は変わらなかった。


「お師匠。言葉の意味分かってますよね?」

「ああ」


「私達、二人だけですよね?」

「ああ」


「倒せるんですか? 背中のソレで」

「こんなもんで倒せたら苦労しない」


「……じゃあ、交渉ですか?」

「それで済んだら良いよな」


 ツヅリはもう一度、心の底からの叫びを、それでもできるだけ控えめに言った。



「お師匠のアホォオオオ!」



 その少女の声はまったくの偶然ながら、遠くでバーテンダー達が鬨の声を上げたタイミングと一緒であった。


※1026 誤字修正しました。

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