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それぞれの思惑

 ドラゴン。


 伝承の残る遥か昔から存在すると言われる『絶対種』。

 決して人と交わることはなく、しかし人と敵対することもなく生き続けてきた存在。

 その生態はほとんどが謎に包まれている。


 分かっていることはその個体数が他の種族に比べて少ないことと、性別の概念が存在しないであろうこと。

 そして、その身に圧倒的な『魔力』を宿していることである。


 近いと言えば『魔獣』の存在が近いといえるだろう。

 彼らの特性である『魔法耐性』というのも、厳密に言えば『魔力』の高さなのだ。

『魔力』とは即ち、周囲に宿る『ジーニ』や『サラム』といった属性への『干渉能力の高さ』を指す。


 例えば、魔法とは周囲に宿る属性の魔力に『定義』という名前の『命令』を与え、その属性に応じた現象を引き起こす術である。魔法の強さとは、どれだけ周囲へと働きかける力が高いか、ということに他ならない。

 カクテルにおいて完成度が重要というのも、要はどれだけ的確な命令を与えられるか、ということである。


 強大な魔力を秘めた魔石を用い、基準以上の量を集めようと、それを的確に動かす『定義』がなければその真価は発揮されない。

 だから、魔石の『量』は威力に直接関係しないし、魔石の『質』は威力を単純に高めてくれはしない。

『量』と『質』を扱い切るだけの腕前が『カクテル』を強くするのに必要なのだ。


 だが、ドラゴンは生まれながらに圧倒的な『魔力』とそれを扱う『能力』を持っている。言い換えれば、存在するだけで周囲を自身の干渉領域に置いている、といえるのだ。

 それは『自身が魔法で危害を加えられない』空間を、半ば自動的に作っている状態にほかならない。


 それが、人間という種がドラゴンに勝てない、根本的な原因であった。



「だから、私達は考えました。相手の干渉能力を越える程の飽和攻撃を与えることで、ドラゴンの魔法耐性を無効化することができるのでは、と」

「…………」


「そして、その飽和攻撃の締めとして、私のカクテルを用いて止めをさす。これが今回の私達『練金の泉』の策略です」

「…………」


「過去の撃退情報を参考にしても、この戦法が有効であることは分かっています。今回は、それを越え『撃退』ではなく『討伐』する為に、私の持てる全てを払うつもりでして──」

「……あのな」

「はい?」


 ソウの声を聞き、それまで言葉を並べていたフィアールカが口を止める。

 ソウは今まで得意気に作戦を語っていた少女に言った。


「てめぇはなに朝っぱらから人の部屋に来て、ぺらぺら喋ってんだよ」

「なにとは……もちろんこの後の私達の行動についでです」

「そういうこと訊いてんじゃねぇよボケ」


 凄まじいまでのマイペースで答えたフィアールカ。

 ソウはうんざりとしながら深いため息を吐き、向けていた、『銃』を下ろした。


 ついでに現在時刻は夜明けの少し前。場所はソウの部屋である。

 ソウの体勢はベッドから上半身だけを起こした感じであり、およそ数分前まではぐっすりと就寝中であった。部屋に入ってくる気配を感じて強引に起こされたのだ。

 ソウとツヅリは現在、個別に部屋を取っている。よって、この部屋には本来ソウと、その許可を受けたものしか入れないはずであった。


「どうやって入った?」

「そちらの扉から」

「鍵は?」

「親切な宿の主人が開けてくれました。誠心誠意心を込めれば願いは通じるのですね」


 うふふ、とわざとらしく笑うフィアールカに、ソウは白けた目で尋ねた。


「いくら包んだ?」

「ほんの銀貨四枚ほど」

「これだから安宿は……」


 ソウは心の中で宿の引き払いを決める。銃に詰めていたジーニ弾を枕の横のポーチに戻すと、フィアールカをジロリと睨んだ。


「そもそもお前も『銃』を突きつけられながら喋ってんじゃねえよ。少しはビビれ」

「昨日今日『銃』を持ったひよっこならまだしも、ソウ様が誤射するとは思いませんので」

「どうして誤射なんだよ。真っ当な理由による迎撃だろ」

「ふふ。ソウ様ったら」


 フィアールカが、夜明けの暗さの中でも燐光を放つ髪を揺らす。


「私に攻撃の意思がないから、引き金に乗せた指を外したのでしょう? もしあなたがその気なら、私が踏み込んだ時点で引き金を引いています」

「……ちっ、これだから半端にデキるやつは嫌なんだよ」


 恨めしそうなソウの声にまた微笑みを漏らすフィアールカ。

 ソウは少女に椅子に座るように薦め、自分はベッドに座りなおした。


「単刀直入に言いますわ」


 お互いの態勢が整ったと見て、フィアールカはすぐに交渉に入った。


「ソウ様、私達の作戦にご協力ください」

「……それをするメリットは?」

「十分すぎるほどかと。あなたがたの目的が『Bランク昇格』であるならば」

「だろうな」


 やはりこちらの事情は全て知られているのだと、ソウは今一度気を引き締める。


「あなた方がBランク昇格の条件としてこの依頼に参加していることは分かっています。そして、あなた方の現状ではそれが難しいということも」

「誰のせいだと思ってんだよ、このトラブルメーカーが」

「流石は私です。私の行動は全て私の利益に繋がるので」


 相変わらず話が噛み合わないようで、しっかりと話は繋がっている。

 ソウは少女の分りやすいほどの交換条件を、あえてはっきりと問いただした。


「それで、お前は俺たちに何を求める?」

「決まっています。ソウ様、それにツヅリさんを『練金の泉』へ招待いたします」

「……『瑠璃色の空』をやめろってか?」

「悪い条件ではないと思いますが」


 どこか凄みを感じさせるほど、まったく崩れない微笑を浮かべるフィアールカ。

 確かに、決して悪い条件ではない。

 むしろソウ達にとってはメリットしかないようなものだ。


『練金の泉』に入るのは相当な条件がある。財力や資質、それにコネクション。

 最も難しいのはコネクションで、内部の人間の推薦がなければ『練金の泉』は入会を許可しない。願っても入れないような協会なのだ。

 そして『練金の泉』に入れば、『瑠璃色の空』の何倍もの待遇が保証される。それこそ、金貨の一枚二枚ではまったく動じる必要はなくなるだろう。


 それを加味して考え、ソウは言った。


「断る」


 短く、切れ味の良い声。

 フィアールカは僅かに眉をひそめて、尋ねる。


「……待遇に関して何か不安がございますか?」

「そういうわけじゃない。単純に『練金の泉』に入る気はないって言ってるんだ」

「……なぜ?」


 理由を考えるでもなく、ソウは言った。


「俺は『三大協会』に入りたいなんて思ってない。それにお前の行動も不可解だ」

「…………」


 不可解。フィアールカは、ソウの言葉を待つように黙り込む。


「お前はなぜこのタイミングで話を持ちかけた? 順番が逆だ。交渉するんなら『ドラゴン』を倒してからにするべきだ。今のお前の話はあくまで皮算用。言っちゃ悪いが、俺たちに協力させておいて裏切ることだって、お前等には出来るしな」

「決してそのようなつもりは──」


「だから不可解だって言ってるんだ。今はまだ俺たちにだって独自行動の線は残っている。俺たちが自力で功績を残す可能性だってゼロじゃない。それを潰してから交渉に来るほうが合理的だ。だが、お前は今、ここに来た。それはなぜだ?」


 ソウの言葉に押されて、それまで一度もペースを崩してこなかったフィアールカがはじめて怯んだ。

 ソウはその少女に、己の確信をさらに強める。

 フィアールカがソウを手に入れることを第一に考えるなら、ソウ達の打てる手を全て潰すのが常套手段である。だが、それをしないまま、彼女は交渉に来た。

 それはつまり、この先に不安が存在するということだ。


「……ふぅ。仕方ありませんね。お話しします」


 少し長い沈黙のあと、どこか遠くを見るようにフィアールカは漏らす。


「先日、ソウ様の目の前で襲撃者に襲われた件がございました」

「ああ」

「ですが、あれが起きたことがまずおかしいのです。私は決して外部に対してあの時の行動を漏らしていません。ましてや銃を持っていないことが漏れるなどありえません」

「つまり、内部から何者かが意図して漏らした、と思っているのか?」

「はい」


 先日の一件。確かに襲撃者たちは言っていた。


『お前が丸腰なのは分かっている』と。


 たまたま見かけたという可能性もあるが、それにしてはバーテンダー協会が協力して襲撃に来るには用意が良すぎる。

 何者かが、予めそれを察知していて、その日に合わせて行動を起こしたと見るのが合理的だ。


「それをする奴の心当たりは?」

「さぁ。副官のオサランをはじめとして、多すぎて見当もつきません」


 ふふ、と疲れたように少女は笑った。

 少しだけその心中を察するソウ。

 フィアールカは、結局仲間たちをまるで信用できないのだ。それこそ、不測の事態というものがこの作戦中にいつ起こるかもわからない。

 だから『練金の泉』の息がかかっていない、ソウやツヅリを仲間に引き入れたい。

 それも、大事な作戦の前に。


「……お前の言いたいことは分かった」

「……では!」

「それでも、断る」


 ソウの言葉に、一瞬だけぱっと表情を輝かせたフィアールカは、瞬時にその表情を暗く落とした。

 それまでとは違う鋭い目つきで、ソウを見る。


「なぜです?」

「単純な話だ。お前の作戦には大きな穴がある。だから作戦には協力しない」

「……穴?」

「ドラゴンを『討伐』するのは不可能だ。そんな計画に乗るのは馬鹿のやることだ」


 はっきりと言い切られ、フィアールカはその表情をさらに険しくする。


「……どうしてでしょうか? お聞かせ願えますか?」

「お前はドラゴンを甘く見ているってだけだ。あいつらは人間がちょっとやそっと頑張った程度じゃ絶対に殺せない。大昔から、撃退が精一杯だったのは決して人間が無能だったからじゃない。そこのところが分かっていない」


 言われたフィアールカは、僅かに俯く。

 それを、ソウに言われるのは想定外だったのだ。

 何故ならば、彼女はソウがこの街に訪れて、まず用意したもの。金の使い道を知っているのだから。


「あなたがそれを言うんですか? あんなものを購入したあなたが」

「あれはあくまで交渉用だ。討伐なんて最初から考えちゃいない、さ」

「……そう」


 言ってから静かに、フィアールカは目を閉じて考えていた。

 それから、再び目を開いたフィアールカは、何事もなかったかのように笑みを浮かべていた。


「確かにソウ様の言う通りです。私の行動は合理的ではありませんでした」


 この段階で交渉に来た自分の非を少女は認める。


「それでも、私達は行動を改めるわけにはいきません。既に物資の準備は終えています。あとは決戦を待つのみですので」

「……別に止めはしないさ」

「ふふ。少しくらいは、心配して引き止めてくださっても良いのに」

「止めて止まる奴なら、考えるかもな」


 先ほどまでの緊迫した雰囲気から一転して、ソウもフィアールカもほんの僅かに笑みを浮かべ、軽口を叩く。

 いつの間にか夜明けは迫り、遠くの山から僅かに太陽が覗いていた。


「それと、分かったこともありますし。そこは安心させて頂きます」

「なんだよ?」


 ややうっとりとしたフィアールカの表情に、ソウはまた少し冷たいものを感じる。


「ソウ様は、決してお金などでは心を売ったりしないということです。何者かにそそのかされて私に牙を向ける、その心配はないでしょう?」

「わからんぞ。今日はたまたまそんな気分だったのかもしれない」

「ふふ。それでも良いわ。でもこれだけは言わせて?」


 その年齢に見合わぬ完成された美しい顔を近づけるフィアールカ。

 まるでキスでもするかのような近さで、囁くように言う。



「私のモノになるまで、決して誰のモノにもならないでくださいね」



 その妖艶な言葉と、対するような無邪気な声音。

 ソウはふっとツヅリやフリージア『瑠璃色の空』の面々を思い浮かべる。

 そんな彼らと、この少女を天秤にかけるときがいつか来るだろうか。

 それは、決して分からない。

 だから、少しだけ飾らない素の自分で返事をすることにした。



「そう思うなら、死ぬなよ。期待しないで待っててやるから」



 ソウの存外に優しい言葉にフィアールカは目を丸くした。

 自分でも柄にないことを言ったと、ソウも少しだけ後悔する。

 だが、双方から自然と笑みが零れるまで、そう時間はかからなかった。


「ふふ、分かりましたわ。その課題、しっかりとこなしてみせましょう」

「だから課題なんて出してないっつの」

「そう、そうね。当たり前、でしたね」


 そのやり取りのあと、フィアールカは立ち上がった。


「それでは行きます。作戦決行は二日後。あら、丁度あなたの『注文の品』が届く頃ですね?」

「鉢合わせになったらスルーで頼むぜ」

「それは約束できませんわ」


 ひらひらと手を振り、フィアールカは出口の扉に手を伸ばした。

 だが、彼女がその扉を開く前に、がちゃりと扉が勝手に開いた。



「お師匠! おはようございます! 朝のくんれ──はぁああああああああ!?」



 珍しくしっかりと朝の運動の時間に目を覚ましたツヅリが、丁度師の部屋から出て行こうとするフィアールカを見て叫び声を上げる。

 ソウは苦々しく口を歪めるが、フィアールカは悪戯を思いついた子供のようににんまりと口を歪めた。

 入れ違いになるようにツヅリの肩をポンと叩いて、すれ違い様に言う。



「楽しかったわ。大人の男女のやり取り」



 その言葉を残して、フィアールカはスタスタと歩きさっていく。


「お師匠の不潔っ! 変態っ! 色情狂っ!」

「うるせー。説明すんのもめんどくさいからまず黙れ」



 とある安宿の一室では、そんな叫び声が朝の空気を賑わせていた。


※1021 表現を少し修正しました。

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