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強かな姫

 銃を持った集団に囲まれ、更にナイフを持った男を目の前にしても、フィアールカはその雰囲気を少しも揺らがせることはなかった。


「確かにフィアールカ・サフィーナは私ですが、あなた方は何者かしら?」


 よそ行きのような笑顔で、淡々と尋ねる少女。


「会合でお前に散々コケにされた『弱小協会』の者達って言えば分かるか?」

「ああ、なるほど。あら、揃いも揃ってなんの用ですか?」


 フィアールカは、合点が言ったというように、ポンと手を叩いた。

 その余裕のある態度は刺客たちの神経を触っていくが、彼女はそれを気にした様子はなかった。


「単刀直入に言う。痛い目を見たくなかったら『ドラゴン』の情報を寄越せ。そして『練金の泉』はこの任務に関わらないことを誓え」


 それを聞いて、ツヅリはなんて無茶苦茶な、と声を上げそうになった。

 このフィアールカがバーテンダー協会の会合において無茶を言ったのは知っているが、それにしたってこの要求はないだろう。彼女にメリットが何一つない。

 脅迫による単なる強要である。


「それをどうして私が聞かねばならないのかしら?」


 だが、ツヅリの思った以上に、フィアールカは強かだった。

 涼しい顔をして突きつけられたナイフを眺めている。


「……舐めているのか? お前に交渉の余地があるか? 今お前が丸腰だという事は分かっている。俺たちは、お前が戦えなくなる程度に痛めつけてもいいんだぞ」

「できるのならば、なさってみたら?」


 ふっと馬鹿にしたような笑みをフィアールカが浮かべた。


「──っ!」


 次の瞬間には、目の前の男がナイフを持ってフィアールカに迫っていた。

 急所狙いではなく、腕。

 バーテンダーの命である腕を軽く怪我させて参戦を控えさせるつもりだ。

 大胆な行動ではあるが、バーテンダーらしい器用な動きで、正確にナイフは迫る。

 しかし、フィアールカは抵抗しない。否、抵抗する必要がないと分かりきっている。


「しっ!」


 空気の抜けるような音がした。

 ぐうっという男の呻き声が響き、同時にナイフが床に突き刺さった。

 男の仲間達が僅かに唸る。理由は簡単だ。何も見えなかったのだ。

 手を押さえた男は、自分の手の甲にかかと落としを叩き込んできたソウを睨む。


「なんだお前は? なぜ邪魔をする? まさかこの女の仲間なのか」

「やめろ縁起でもない」


 仲間と思われるのが嫌なのか少し食い気味で否定するソウ。


「ではなぜ?」

「あのさ、オタクらの気持ちも分からんでもないが、一つ忘れてないか?」


 ソウが、鈍く低い声で言う。ツヅリも心の中で同意した。その主張には正当性がまったくない。というのを師が指摘してくれるものだとばかり思った。

 だから、出てきた言葉に目を丸くする。


「ここは店の中だボケ。誰が怪我しようが知らねえが、喧嘩なら外でやれ」


 その言葉は強烈な怒気を伴っていた。

 それを受け流しているのはこの中ではフィアールカだけだ。闖入者達はもちろん、まったく関係のないツヅリも思わずビクリと体が跳ねた。


「あら、騎士様はか弱いお姫様を守ってくれるのではないの?」


 その雰囲気をむしろ楽しむようにフィアールカが軽口を叩いていた。


「本当にか弱いお姫様だったら、そんな気の迷いも起こすかもな」

「ふふ、酷い人ね」


 はぁ、と息を吐くと、フィアールカは椅子から立ち上がり、男達を一瞥した。


「つまらないけれど、仕方ないわね。外で話しましょうか」


 フィアールカは提案する。男達は少しざわめくが、ソウの放つプレッシャーに押されてしぶしぶと外に出て行った。

 再び三人になった店内にて、フィアールカは懐から硬貨を取り出す。


「騒がしくなってしまってごめんなさい。本当はもっと色々と話したかったのだけれど、またの機会に致しましょう」


 そしてカウンターに、二枚の金貨を置いた。

 もちろん、この店の支払いに金貨など必要ない。銀貨の一、二枚あれば大抵は足りることだろう。ソウは、少し迷惑そうに言う。


「金貨はやめろ。釣りが出ない」


 ソウはその金貨を突っ返すが、フィアールカは受け取らなかった。


「差し上げます」

「どういうつもりだ?」


 店にかけた迷惑料とでも言うつもりか、とソウは続けるが、フィアールカは緩慢に首を振って否定した。


「言いましたよ? あなたのことは色々調べた、と。そのお金は、どこぞのチンケなスリ師が持っていたものですので。私は要りません」


 ソウが無言で顔をしかめる。ツヅリにも思い当たるものがあった。


「それって……」

「そうそう。ダリア夫人からの謝礼も、含まれておりますわ。『お手伝い券』を今お持ちでしたら返しておきますけれど?」


 ソウは、げんなりとした動きで自身の鞄から『お手伝い券』を取り出した。ソウがそんなものを捨てずに取っていたことも、ツヅリには意外だった。

 それを受け取ると、フィアールカは意味ありげにツヅリに視線を送った。


「ふふ。せっかくならソウ様が使ったお金の『本当の用途』も──」

「外であいつらが待ってるぞ、さっさと行ってやれよ」


 ソウはピシャリと言葉を切る。

 色々と気になる単語が聞こえたのだが、それよりも思うところがあったのを思い出し、ツヅリが吠えた。


「そ、そうですお師匠! 何ひどいこと言ってるんですか!」

「あ? なんだよ?」


 ツヅリはフィアールカを庇うように声を荒げる。


「いくらフィアが強いバーテンダーでも、丸腰の女の子を追い出すなんてあんまりです! お師匠がその気なら、私が守ります!」


 ツヅリは自身の銃を抜き放って宣言した。たとえあの数では自分は勝負にならないとしても、何もしないまま見過ごすなどできるはずがないと思ったのだ。

 しかし、ソウはそう思ってはいなかった。


「……はぁ。ツヅリ。お前は本当にバカだな。この女が丸腰なわけないだろう」

「へ?」


 ツヅリは慌ててフィアールカを見る。だが、その姿は変わっていない。実用性と装飾性をいいとこ取りしたような軍服ドレスであるが、腰に銃の姿はない。

 しかし、まじまじと見つめられたフィアは、照れたようにツヅリに言った。


「うふふ、心配してくれるのは嬉しいけれど。少し心外ね」


 そしてフィアールカは、自身の身につけた装飾品。その青い宝石に手を伸ばす。

 ツヅリはそれを注視することでようやく気付いた。

 この軍服に付けられている青い装飾の一つ一つが、『ウォッタ』の魔石で作られているということに。

 フィアールカは、その薄い唇をほんのりと開けて、凍えるように大気を震わせる。



「【グレイ・ハウンド】」



 その言葉と共に、フィアールカの魔力がほんの少しだけ解放された。

 完璧に制御された『異常』は、彼女が広げた手のひらの上にとても小さな氷狼を作る。

 ツヅリは目を点にしながら「うそ……」と情けない声を漏らした。

 その驚愕の反応に満足したかのように、フィアールカは可憐に一礼をして、その身をひらりと翻した。


「それでは、今日のところはこれで、おやすみなさいませ、ソウ様、ツヅリさん」


 その一言のあと、カランと寂しげなドアの音を残してフィアールカは出て行った。



 ツヅリはその音が響いてから、暫く茫然自失としていた。

『魔石』からの『カクテル』発動。それは自分の専売特許ではなかった。さらに言えば、それを自分よりもよほど上手く使いこなしている存在に出会ってしまったのだ。


 自分が彼女を庇うなどと、どの口が言えたのか。


 フィアールカは今の自分よりも遥かに高みにいるのだ。かたや『練金の泉』の広告塔で、かたやようやくBランクに上がった『瑠璃色の空』の下っ端。

 先ほどの魔法は、その差をまざまざと見せつけられた気分だった。

 そんな自分がいったい何を根拠に、彼女を守るなど出過ぎたことを言えるのか。


「ツヅリ、これ貰うな」


 唐突に、ソウが口を開いた。

 ツヅリはぼんやりと顔を上げると、ソウは一つのグラスを持ち上げていた。

 それは、ツヅリが先ほどガチガチに緊張しながら作った【ダイキリ】である。

 ソウはそれを、一口で全て飲み干した。


「え、お師匠!?」


 ツヅリはその師の行動に声を漏らす。

 自分でも分かっているのだ。それが決して最高傑作などではないことを。

 緊張の中でありえないミスを連発した、ほとんど失敗作だということを。


「言いたい事が三つある」

「……はい」


 ソウの低い声を、ツヅリはまっすぐ受け止めるつもりで身構えた。


「一つ。【ダイキリ】は基本『ライム』だと言ってるのに、また『レモン』を使った。ストックにカットライムがなかったら、目の前にある新しいのを切ればいいだろ、バカかお前は」

「……すいません」


「二つ。『シロップ』を入れ忘れた。臨機応変って言ったな? シロップが見当たらなかったら『砂糖』でも良いんだよ。さっき俺が【雪国】に使った砂糖が、目の前にあるだろ」

「……はい」


「そして三つだ」


 ソウが言葉を区切る。ツヅリはぐっと身を縮めて、その言葉を待つ。

 だが、言葉の代わりにふわりと振ってきたのは、頭を撫でる師の手のひらだった。


「シェイクは前よりも良かった。緊張してテンパってても、体が覚えたんだな。良くやった。偉いぞ」

「……え?」


 ツヅリがぽかんと師を見上げた。その師の言葉が暖かくて、手のひらが優しくて、何故だかツヅリは少し泣きたくなってきた。


「あの女は六年やってる。お前はまだ一年と少しだ。悔しく思うのは良い。だが焦る必要はない。一歩ずつで良いんだ。くよくよする時間があったら、前に進め」

「……はい!」


 ツヅリは目をこすって、はっきりと答えた。

 その弟子の迷いを捨てた目に、意思にソウは頷き、そして言った。


「じゃあ、俺が良いって言うまで【ダイキリ】の練習な。今から」

「はい? 今から? え、ここでですか?」

「金稼ぐ必要なくなったし、好き勝手して良いぞ。材料バンバン使っちまえ」

「……お師匠」


 さっきまでの頼れる師が急に遠くに行ってしまった気がして、ツヅリはなんとも言えない切なさを味わったのであった。




『練金の泉』がドラゴンの出現ポイントを特定した、という情報が入ったのは、その少し後だった。


※1019 誤字修正しました。

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