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師弟達の任務

「改めまして昨日は、我が息子の窮地を救って頂いて、誠にありがとうございます」

「いえいえ、気にしないでください」


 朝食の席で大げさに頭をさげる男性に、ソウは答える。先ほどの使用人に対しての態度よりはまだ丁寧だが、それでもフランクさが抜けてはいない。

 その隣でツヅリは、少し肩を縮めながら、師が何かしでかさないかと固まっている。


 二人が座っているのは、少人数で座るには些か大きすぎる縦長のテーブルである。

 そのテーブルの端の二席にソウ、ツヅリの順で座り、ソウの対面には男性が、一つ空いて、ツヅリの斜め前に一人の少年が座っている。


「昨日はまだ手が空かず、お礼にご馳走すらできず、申し訳ない」

「いえいえ。こっちとしては泊まるところを用意して貰っただけでありがたいですから」

「そう言って頂けると助かります」


 深々と頭を下げる主人。年齢四十過ぎくらいの、壮健な男性だ。名はルクル・ストックと言い、この町を治めている役人の一人でもある。

 ブラウンの短髪と見事なあご髭を持つハンサムな男性であり、男の色気というものを体から発散しているようでもあった。


 その横に席を空けて座る、齢十を越えるかどうかであろう少年。昨日二人が森の中で助けた男の子だ。


「ほら、ルキも」

「う、うん」


 少年、ルキ・ストックも父に倣って頭を下げた。顔の造形からは父の血を感じる。


「さて、色々とお話したいことはありますが、まずはお召し上がりください」


 一通りの面通しが済んだところで、ストックは朝食を持ってこさせた。

 役人の家と言っても場所が場所だ。特に贅沢品が並ぶわけでもなく、パンと卵にサラダ、それにスープという中々に質素なものだった。


 料理が揃った所でソウは遠慮をせずに手を伸ばし、おかわりまで要求した。

 一方のツヅリは上品に、いささかの緊張を滲ませながら楚々と朝食を済ませた。

 屋敷の人間は父と子の二人。母親はこの場には姿を見せてはいない。

 朝食が済み、食後の飲み物を貰いながら「それで」とソウが口を切った。


「話は伝わってると思いますが、良いですかね?」


 ソウの疑問に、ストックは頷きを返す。


「協会から、調査の仕事でいらっしゃったのですよね? 生態系の変化についての」

「その認識で大丈夫です」


 ストックの言葉をソウは肯定した。

 ソウ、ツヅリの二人がベグスの町に来た目的は生態系の調査だ。

 依頼者はこのベグスの町そのもの。

 この調査にあたっての事前情報として、ソウはこう記憶している。



 異変が確認されたのは数ヶ月前から。

 気候は例年通り穏やかであるのだが、ここのところ麓の山に今までは見られなかった大型の魔物『モスベアー』が目撃されはじめた。


 今の所まだ町までは降りてきていないが、住民たちは山に迂闊に出入りができなくなっている。そのため、魔物が出現している原因を解明し、問題を解決してほしい。

 というのが、このベグスの町から王都プレアへと向けられた依頼の内容である。


 王都プレアでは、この問題を王国直属の魔術師団に──ではなく、王都に存在するバーテンダー協会へと任せた。

 ベグスのような田舎町の調査に、王国の専門機関を使う必要がない、というのが理由の一つ。もう一つは単純に遠征の手間と適性の問題だった。


 魔術師というものは、一般的に多属性の魔術を使うのは得意としていない。一つの属性を極めようとする傾向が強いのだ。故に、不測の事態での応用という点で弱い。

 一方バーテンダーは多種多様な属性を扱えることが多い。魔法を扱う際に己の魔力ではなく、魔石を利用するため、適性が出にくいからだ。故に、応用が利きやすい。


 遠方での調査となれば、大人数で出向くのは効率的ではない。少数で調査を行う場合には、バーテンダーの方が向いているということだ。

 その流れがあって、王国は王都に存在するいくつかのバーテンダー協会に向けて依頼し、その依頼を受けたのがソウの所属する協会だったというわけだ。



「依頼内容は生態系の変化の調査、及び原因の究明と解決。報酬は必要経費込みで後払い。期限は無いが出来るだけ早く。でよかったですかね?」

「はい。あまりご協力できることはありませんが、なにかありましたらなんなりと」

「ではいくつか──」


 自身の認識との齟齬がないかの確認をしながら、ソウは話を進めて行った。



 その傍らで、ツヅリは話を頭に流し込みながら、昨日助けた少年、ルキの様子を見ていた。少年は二人の話を聞きながらソワソワと、体を揺らしている。


「ねぇ、ルキ君」

「え?」


 その様子を不思議に思い、ツヅリは少年に小声で話しかけていた。


「何か、話したいことがあるんじゃないの?」


 心配そうに尋ねられ、ルキはじっとツヅリを見ながら漏らす。


「……お母さん、の、ことで」


 不安と期待で揺れる少年の瞳。それは、これから調査を行おうというバーテンダーの二人に縋る弱者のそれであった。



 ソウとツヅリが、所属する協会からの命でこの地を訪れたのは昨日。

 そして、依頼の代表者である筈のストックの屋敷を訪れたのは、昼過ぎだった。


 二人が訪れた時には、屋敷は騒然としていた。

 代表であるはずのストックは仕事に謀殺されて動けず、その夫人は病に伏している状況で、さらに一人息子のルキが行方不明となったのだと言う。


 ルキが一人で山に向かったという証言はすぐに上がった。だが、山には凶暴な魔物が出没しているし、迂闊に捜索に出ることはできない。

 その状況。混乱している屋敷の者に、ソウが言ったのは「では自分たちがその一人息子を見つけ出そう」というものだった。


 それからソウはあっという間に行動を起こし、魔物に襲われているルキを発見した。

 というのが昨日の顛末である。ソウはその時に、感謝に乗じて宿を確保したのだ。



 では、ルキが山に入った理由とはなんだったのか。

 ツヅリは少年のポツポツと漏らす言葉を聞き逃さずに、その核心に至る。


「それじゃ、ルキ君が山に入った理由は……」

「うん。お母さんのために、どうしても『ルーシアの花』が欲しかったから……」


 ルキの母は、現在病に冒されている。この地方に存在する風土病の一種だが、治療法は確立されている。ルーシアという植物の花を薬として用いれば良いのだ。

 そしてルーシアの花自体は、高価ではあっても、決して珍しいものではない。


 いや、珍しいものではなかった。


 ルーシアの花は、ベグスの麓の山にある、大きな湖の近くに自生しているという。


「お店では、手に入らないの?」

「お父さんもずっと探したんだけど、見つからないって。魔物のせいで山に入って取ってこようって人が、居なくなっちゃったから……」

「そう、なんだ……」


 少年の願いを聞いたツヅリは、自分のことのように胸が締め付けられる思いだった。

 求めるものがあって、どうすれば良いのかが分かるのに、それを実行する力がない。


 父親は、母一人のために街の人間を動かすことはできないと言う。

 それならばと自分の足で探しまわっても、やはり薬は見つからない。

 自分には、母がどんどんと病に冒されて行くのを見ているしかできない。

 そのどうしようもない状況が、少年を昨日の無茶へと走らせたのだ。


「だから、その……」


 ようやく心を開きかけていたルキだが、自分の願いを言葉にしようとして、口籠もる。

 ツヅリは少年の心を察し、自分にできる最善の案を出す。


「じゃあ、お師匠に頼んでみようか?」

「いいの!?」


 ルキは思わず立ち上がり、空間に声が響いた。

 ソウとストックはちらりとルキの方を見るが、特に声をかけることもなく話を続けた。

 ツヅリはしーと口に人差し指を立て、明るい笑顔で頷いた。


「うん。お師匠ならきっと、考えてくれると思うから」


 無責任なことを言っていると自覚しながら、ツヅリは眼の前の少年の曇った顔を晴らすことを優先した。



※0914 誤字修正しました。

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