自己中心的世界
広場に一人立ち尽くして、少女、フィアールカは暫く考えていた。
なぜあの男性、ナナシ・ゴンベイは逃げたのか、と。
少女はこれまで、何不自由なく生きてきた。
それにおける弊害と言えばいいのだろうか。
少女は、自身が願ったことが叶えられない、という経験があまりなかった。
なんでも想い通りになる生活を送っていた。
そして、その自己を中心とした考え方は、逃げた男性に対して一つの結論を導く。
「つまり、これは私に『捕まえてみよ』という課題を与えているのね」
少女は、その理解に至って、薄く微笑んでいた。
「そう、そうね。それくらいでなければ、私の目に適うはずがない。良いでしょう。ナナシ様。あなたを捕まえてみせましょう」
たとえ、どんな手段を用いても。
その決意をしてから、彼女の行動は速かった。
少女は腰の銃を抜き放ち、ポーチから幾つかの銃弾を取り出す。
そして、それをシリンダーに込め始めるのだが、途中でその手を止めた。
「待って。あの方が私の実力を試しているのなら、普通で良い筈がないわ」
フィアールカは、それまで込めていた『ウォッタ180ml』の弾丸をポーチに戻す。
そして、さっと周りに目を向けて、おあつらえ向きの店を発見する。
その店は、この広場でバーテンダー向けに商品の露店売りをしている一つだった。
「もし、店主様ですか?」
フィアールカが声をかけると、健康的に肌が焼けた店主の男がにかりと笑った。
「ああ、何か要り用かい?」
フィアールカは、店に置いてある青い魔石、『ウォッタ』の魔石の山を指差す。
「この『ウォッタ』の魔石。それにグレープフルーツとクランベリーを」
「おういくつだい?」
「全て頂けます?」
「わか……はぁ!? 全部!?」
男は一瞬目を剥いたあと、冷やかしだと思ってすぐに表情を鋭くする。
「あのな? こっちも商売でやってんだよ。そういう悪戯は他所で──」
「支払いはこちらで」
だが、それを遮ってフィアールカは、懐から金貨三枚を取り出した。
「き、ききき金貨ぁ!?」
その金額に、男は再び目を飛び出させんばかりに驚いた。
この国では金貨、銀貨、銅貨の順に価値が高い。
普通の食事であれば銅貨二枚程で足りる。一日の宿泊代も銀貨が二枚あればまかなえる。
魔石にしたって銀貨一枚で一個、カクテル数回分程度は平気で手に入るのだ。
「足りますね?」
「へ、へい」
「では、全部頂いても?」
「へい! 『ウォッタ』と言わずに全部持って行ってくだせぇ!」
「そんなには要りませんわ」
フィアールカは微笑み、ウォッタの魔石に手を当てた。
「い、急いでまとめます!」
「その必要もありません」
魔石の入る箱と、人手を手配しようとする店主に断って、フィアールカは詠じる。
《生命の波、古の意図、我求めるは魂の姿なり》
それはバーテンダーが扱うカクテルではない魔法。《弾薬化》だ。
バーテンダーは、この魔法を用いて様々な物体を弾薬の形にし『銃』へと装填する。
サイズにもよるが、一個の魔石からはおよそ『200ml』分くらいの弾薬が作れる。
だが、フィアールカが手を当てた先には、数個の『ウォッタ』の魔石があった。
「こんなものかしら」
彼女は手の中に作った弾薬。ウォッタ『900ml』の弾丸をうっとりと眺めた。
同様に、グレープフルーツ、クランベリーも『900ml』に揃え、出来立ての弾薬を銃へと込める。それに負けない程の『アイス』も、マテリアルスロットも使って詰め込む。
そして宣言した。
「基本属性『ウォッタ900ml』、付加属性『グレープフルーツ900ml』『クランベリー900ml』『アイス』、系統『シェイク』」
宣言した直後には、彼女の愛銃『コバルト・ミラージュ』が鈍く震えた。
それは、バーテンダーであるならば驚愕するほどのスピードだ。通常の実に三十倍もの量を扱えば、それだけ魔力の充填に時間がかかるのは常識である。
だが、その常識はフィアールカには通じなかった。
彼女は即座に『銃』を振る。
系統『シェイク』とは、『ビルド』とは違って最後に、銃を物理的に振ることで魔力を混ぜる必要がある。
それは混ざりにくい材料を混ぜる為であったり、混ぜることで『カクテル』の完成度をより高めるためであったりだ。
だが、一つだけ言えることはある。
これだけの量を、苦もなく混ぜ合わせるこの少女は、紛れも無く普通ではない。
「【シー・ブリーズ】」
シェイクを終え、少女は呟きながら引き金を引いた。
通常の何倍もの魔力が籠もったその銃は、辺り一面に力を解放した。
それが彼女の仕業だと気付いたかは定かではないが、広場にはざわめきが起こる。
溢れ出したのは霧。白い霧だ。
それは通常の物理法則に縛られることなく、同心円状に瞬く間に広がった。
その範囲、およそ三キロ。
霧が広がった範囲において、その魔法は探知の効果をもたらす。
人間がその身に宿す魔力は通常隠すことはできない。そして、この魔法は発動者であるフィアールカに、その情報をダイレクトに伝える。
沢山いる一般人はどうでもいい。
なんの変哲もないバーテンダーもボロボロいるが無視。
本命は、鍛錬をかかすことのなかったであろう高純度に澄んだ魔力の持ち主だ。
「見つけた」
フィアールカは、目当ての人間の魔力を探し当て、その唇を僅かにつり上げた。
この範囲の中でも飛び抜けて高密度。例えるなら宝石のような綺麗な輝きだ。
「ん? この魔力も、面白い」
ふと探索にひっかかった違う興味の対象があった。
練度は高いとは言えない。まだまだ荒削りで、鋭い角の残る氷のようだ。
だが、その大きさは計り知れない。特に『テイラ』の魔力がずば抜けている。これほどまでに大きな魔力を、フィアールカは今まで感じたことはなかった。
「覚えた。この人にも、いずれ会いましょう」
楽しみを一つ増やして、フィアールカは本命に意識を向ける。
捕捉されたことに向こうも気付いたようだ。少しだけ、魔力に波が立った。
「ふふ。追いかけるのは、嫌いじゃない」
少女はもう一度、ウォッタの魔石に手を当てて、弾薬化を行った。
そして出来上がった魔力の塊を銃に込め、宣言する。
「基本属性『ウォッタ900ml』、付加属性『アイス』、系統『ビルド』、マテリアル『グレープフルーツ』アップ」
今度も馬鹿げた量の材料を詰め込むが、彼女の手間は変わった様子はなかった。
どこまでも冷静に、氷点下まで冷えるような精密な操作で魔力を発する。
「【グレイ・ハウンド】」
放つ。
直後、広場には、数にして二十程の氷狼が現れた。
狼達は唸り声を上げながら、皆が揃って主人であるフィアールカを見つめている。
突然の狼達の出現に、もともとざわめいていた広場からはついに人の悲鳴がもれる。
だが、そこにもフィアールカはまるで取り合わない。自分の魔法が、今から向かう男性にどう評価されるのかが楽しみで仕方がなかった。
「さぁ、行って。あの人を、捕まえて頂戴」
指示を与えられ、狼達は嬉しそうに遠吠えを上げた。
そして一目散に、たった一人の男の元へと走り出した。
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※1008 誤字修正しました。