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街で最初にする事は

 ウルケルの街。

 ここは王都バスペルからはほど遠い、第二の首都とでも言うべき栄えた街である。


 気候は少し乾燥しているが、魔石の産出も多く、この環境でしか育たない香草、果実の生産は盛んである。

 また、王国最大の港町であるモレッティと直通の交易路が続いており、物流、人流ともに相当な勢いがあった。

 そのごみごみとした街の往来を歩く、二人組の男女。明らかにやる気のなさそうな顔をした男ソウ・ユウギリと、使命感に満ちた表情をした少女ツヅリ・シラユリである。



 バーテンダー協会『瑠璃色の空』は、ドラゴン撃退の任を受けた。

 正確には受けざるを得なかった。


 件のランク昇格には、ソウが解決した以前の事件が大きく効いていた。

 それ以前の真面目な仕事ぶり(アサリナの功績と言っても良い)もあるので、実績としては申し分ない。

 ただし実力の面では、不安視する声が多かったらしい。


 それもそうだ。前回の件で貢献したことは間違いないが、証言が曖昧なためにどれだけの仕事をしたのかがはっきりとはしていない。

 だからこそ、それを確認する意味でももう一つ、目に見える何かが欲しかった。


 そんな折に飛び込んできたのが、ウルケルの街で目撃されるドラゴンの姿であった。


 ドラゴン。遥か昔から人類より高次の存在として伝えられる生物。

 人の身で倒す事は能わず、死力を尽くしても追い払うことが精一杯と言われている伝説の存在。

 その目撃証言が数日前から、突如としてウルケルの街に溢れ出したのだ。


 ドラゴンの存在は国の混乱をも引き起こす可能性がある。王は即座にドラゴンへの対処が必要と判断した。その結果、ウルケルの街にはそこそこに腕に自信があるバーテンダー達が、所構わず集まっているのだった。

 その中で『瑠璃色の空』に科せられたのは、少しでもその任に貢献し、Bランクたる実力を示す働きをすることであった。



 そんな、国という観点から見れば無視することはできない程の、重要な任務を受けた筈なのに、ソウはあくびを噛み殺しながら退屈そうに街を歩いている。


「あー、ツヅリ。俺まだ眠いからさ、宿で寝てていい?」


 揃いのマントを着たツヅリが、少し強い口調で答えた。


「それはお師匠が遅くまで飲んでたからじゃないですか。だからダメです」


 二人はつい昨日、この街に訪れたばかりである。そして今は、今回参加したドラゴン撃退の任務に関する話し合いのため、バーテンダー協会総合支部へと向かっている所だ。

 今回の任務は、様々な協会との共同作戦となっている。詳しい話はその場でされるということなので、その会合の日付に合わせて二人もこの街にやってきたのだ。


 つまり今日は、これからに関してもとりわけて重要な日である。

 だが、ソウは頭を掻きながら、ぼんやりとした、苦みを感じるような表情を浮かべた。


「いや、だってさ? とりあえず街に着いたら飲む。これ常識だし」

「そんな常識知りません。というか飲み過ぎです。だいたい、今日は用事があるって分かってるんだから、私と一緒に帰れば良かったんです。そんなお師匠は擁護できません」


 ピシャリと、少しの譲歩も許さずにツヅリは言った。


 昨日ウルケルの街までやってきた二人は、ソウの提案により夕食を居酒屋で取る事にした。その際に、ソウは隣に座っていた農夫の男と意気投合したのだ。

 それからは店が閉まる時間まで、ツヅリそっちのけで飲み続けた二人。

 店を追い出されても飲み足りないと、ツヅリを宿に帰し二軒目に向かったのだ。


「それも縁ってやつだろ」

「そんな理由で朝帰りなんてしないでください!」

「男にはいろいろあるんだよ」

「知りませんよ! この不潔お師匠!」


 ソウの諌めるような声に、しかしツヅリはその声をさらに大にして返した。

 ツヅリとてソウとの付き合いは短くない。流石に自分の師の酒癖の悪さは、嫌いではあれど認識もしていた。


 しかし、ツヅリには一つ、全く気に入らないことがあった。

 それは、早朝に師が宿に戻ったとき、一応は尊敬している師の服から、まったく嗅いだ事のない香水の匂いがしていたことだ。


「なんだよ、何怒ってんだ?」

「別に怒ってません」

「……悪かったよ」

「え?」


 急にソウが殊勝に謝ったので、ツヅリは思わずフリーズした。

 彼女の頭の中に、このタイミングでソウが謝るパターンはなかったのだ。


「ど、どうしたんですか、お師匠? 具合でも悪いんですか? いつもだったらなんだかんだで言い訳に言い訳を重ねて、最後には私の揚げ足取りして煙に巻こうとするのに? 自分がどんなに悪くても決して謝らないし、なんなら謝罪を要求するのに?」

「お前の中の俺とんでもないクズだな」


 弟子の中の自分のイメージの悪さに少し呆れつつ、ソウは言った。


「ま、お前の言いたいことも分かる」

「お、お師匠……」


「次は自分も連れていって欲しいんだよな?」

「違います」


 ソウの言葉は欠片も的を射ていなかった。

 ツヅリは前振りからの落差もあって更に機嫌を悪くする。


「もうお師匠なんて知りません! 勝手にしてください!」


 ツヅリはそう言い残し、一人、バーテンダー協会総合支部への道を急ぐ。


「どっと!」


 だが、急にスピードを上げたせいで、前から歩いてくる人にぶつかってしまった。

 どさり、と尻餅をつくツヅリ。


「おい、気をつけろよ!」


「す、すみません」


 ぶつかった男は悪態をつき、ツヅリを助け起こすこともなく去って行った。


「大丈夫か?」

「……は、はい」


 伸ばされたソウの手を、ツヅリは少し恥ずかしくなりながら取る。さっき「知らない」と宣言して、数秒も経たないうちに頼ることになってしまった。

 ツヅリは羞恥で俯きながら立ち上がり、尻についた土をポンポンと叩く。


「何やってんだよお前は」

「す、すいません。気を付けます」

「怪我はないか?」

「はい」


 身体の調子を確認してから、ツヅリは答える。

 その言葉を受けてソウは少し表情を和らげるが、突如、厳しい目つきになった。

 その変化に怯んで、ツヅリは一歩引く。


「ど、どうかしましたかお師匠?」

「ちょっと動くな」

「はい?」


 その宣言の直後、ソウは許可も取らずにツヅリの脇腹のあたりに手を伸ばした。

 対応できず、動けなかったツヅリの身体にソウが触れる。


「ひゃっ!?」


 びくりと身体を震わせてツヅリ、今度は二歩ほども距離を取った。


「な、なにするんですかお師匠!」

「ない。なくなってる」

「はぁっ!?」


 ない。というソウの言葉に、ツヅリは戦慄する。


「な、なんでお師匠が、ダイエットのことを知ってるんですか!?」


 そこにあった皮下脂肪がなくなったことに師が気付いた、とツヅリは思ったのだ。


(というか気付くってことは、私が一瞬太ったのを知ってたの? 嘘でしょ? 見た目に変化が出ないうちになんとか戻した筈なのに? 気付かれてたの?)


 ソウに「太ったな」と思われないために隠れて苦労していたツヅリ。それが全てパーになったと考え、焦燥にかられる。

 対するソウはそれよりも激しい焦燥にかられていた。


「違げぇよバカ! お前の贅肉のことなんて知るか!」

「なっ! 乙女心をなんだと!」

「どうでもいい!」

「お師匠のアホ!」


 師の心ない言葉に苛つくツヅリ。

 しかし、続いたソウの言葉は、そのカッとなった頭を冷やすには充分だった。


「財布がなくなってる。さっきの奴にスられたんだ」

「えっ……」


 言われたツヅリは慌てて身体をぺたぺたと確かめる。

 懐の脇腹のあたり。今回の任務のために必要な、経費をたんまりと詰め込んでいた協会の財布を探す。

 しかし、あるはずのものが、そこには入っていなかった。


「ど、どどどどうしましょうっ!? お師匠!?」


 一気に血の気が引いたツヅリ。

 その弟子の慌てぶりを一先ず落ち着けるために、ポンっと頭に手を伸ばすソウ。


「とりあえず落ち着け」

「は、はい」


 ソウはツヅリが落ち着いたと見てから、改めて辺りを見回した。

 だが、そこに先ほどの男の姿はない。


 ソウがスリに気付いたのは、そもそもそれが原因なのだ。一般人にしては隙のない身のこなしだった男。しかしその点では不思議に思っただけだった。

 ソウが疑ったのは、男が人ごみに紛れた途端にその気配を消失させてからだ。

 ソウはその段階ですぐに財布を確認し、辺りを探ったが、既に男は姿を消していた。


「……あの男を探しても、すぐには見つからないだろうな」

「で、でも探さないと大変なことに……!」

「もう時間が経ちすぎた。中身だけ抜き取られてたら、それが俺たちの金だと主張する証拠がない」

「そんな……」


 師の言葉に、いつもの陽気な態度を改めて、深く沈み込むツヅリ。


「すみませんお師匠。私が不甲斐ないばかりに」

「おう反省しろ。だが過ぎた事を悔やんでも仕方ない」

「……はい」


 ソウは決して甘やかさずに言ってから、ポリポリと頭を掻いた。

 そこでツヅリは、思い出したように言った。



「で、でもお師匠の持っていた分でなんとかなりますよね? 一気に資金が半分になっちゃったら、任務終了までギリギリ持つかどうかですけど……」



 二人は『瑠璃色の空』の威信をかけてこの依頼に臨んでいる。その際にアサリナに充分な資金として、予想される必要な資金の二倍程度の額を預けられていた。

 だから、二人は分担して半分ずつを持っていた。つまり、最悪の事態として片方が資金を失っても最後までギリギリ保つ計算だったのだ。


 そう、計算では。


「あ……そ、そうだな。予定ではそういうことになってるよな」


 尋ねられたソウは、言葉を濁す。


「え? お師匠?」

「だがな、予定というのはあくまでも未定であり、例えばさっきみたいな事が起きるというのも避けられないわけだ」


「ですよね。だから二人で分担して持ってたわけですから」

「そして未来というのは誰にも分からない。そんなトラブルが片方に起こったら、もう片方には起こらない、というワケではないと思うんだ」


 瞬間、ツヅリの頭の中を嫌な予感、いや、確信が走った。

 わなわなと震える唇から、言葉を漏らす。



「……お師匠……まさか?」

「ごめん。昨日ちょっと使っちゃった」



 ピシリ、とツヅリの額に青筋が走る。


「何やってるんですかアホお師匠!」

「すまん、返す言葉もねぇ」

「反省してください! そして二度と同じ過ちは繰り返さないでください!」

「……おう」



 さっきとはまるきり立場を逆転させている二人が、そこには居た。

 所属協会の威信をかけた作戦は、いきなり窮地に立たされたのであった。


※1004 誤字修正しました。

※1005 誤字修正しました。

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