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『瑠璃色の空』本部

 時は少し戻る。


 王都バスペル。

 人口数十万を数える、大陸の中心地にある大きな街だ。


 物流と人流の中心であり、金をつめばこの大陸の中で手に入らないものはないと言われている。この街周辺の気候も温暖であり、海はないが大きな湖を抱えている。

 果実や香草──とりわけ『カクテル』の材料にもなるような植物の多くも栽培可能であり、それ故にこの街には一つの特徴がある。


 それは、国の中心であると同時に、バーテンダー協会の中心でもあるということだ。


 この都市内に存在するバーテンダー協会の数は三桁を越えていて、千を越えるバーテンダーを擁している三大協会の本部もあれば、十をギリギリ越えるような所属人数の弱小協会の本部も存在する。


 そのギリギリの末端の方の協会。

 ギチギチに詰め込まれた街並みの、さらに隙間に滑り込む建物。

『瑠璃色の空』の本部は、街の中心から大きく外れた、地価の安い場所に存在した。




「お師匠。お願いがあります」

「……あ?」


 お師匠と呼ばれた男、ソウ・ユウギリがソファーに寝転がって目だけを向けた。

 端整な顔つきと、似合わない無精ひげ。服装はとてもラフで、今すぐ外に出ろと言われても戸惑うことだろう。

 何よりも今、その瞳はどんな魚よりも死んでいた。


 その男に声をかけた少女、ツヅリ・シラユリは、少し前屈みになり、怒りの混じった目を向けながら、言う。


「掃除の邪魔なんで、どっか行ってください」


 手には箒とちりとりを持ち、マスクに割烹着という掃除スタイルの少女。

 その言葉を向けられたソウは、頭を押さえつつぼんやりと答える。


「……二日酔いだから、パス」

「お師匠。今日は大掃除って知ってましたよね? 自業自得です」

「……鬼かよ」


 ジンジンと規則的な鈍痛が生じる頭を押さえて、ソウが言う。

 その物言いにそれなりにカチンと来たツヅリが、鬼の形相で怒鳴った。


「鬼でもなんでも良いからさっさとどいてください! もうその周りだけなんですから! というか手伝ってくださいよ!」

「うるせえ! でけえ声出すな! 頭に響く!」


 うえっぷ、とえづき、ソウはしぶしぶ身体を起こす。

 その顔は青ざめていて、とても掃除を手伝えるようには見えない。

 むしろ、無理をしたら掃除をする箇所を増やしてしまいかねないだろう。


「ツヅリ、水」

「自分でとってきてください」

「……鬼かよ」


 憎まれ口を叩きながら、ソウは言われた通りに台所へと向かった。

 立ち去ったソウに白けた目を向けた後、ツヅリは居間のソファー周辺の掃除にとりかかった。



「ソウさん、大丈夫?」

「あー、平気平気、これよりも酷い時あったから全然余裕」


 ソウが台所に向かうと、そこの掃除を終えてゆっくりとしている少女の姿があった。

 年齢は十二、三といったところの、線の細い少女。

 名前はフリージア。彼女はこのバーテンダー協会『瑠璃色の空』で働いている雑務、兼家政婦といったところだ。


「はい、これ生姜湯。二日酔いに効くらしいから」


 ソウが備え付けられたテーブルに頭を押し付けてぐったりしていると、見かねた少女が温かい飲み物を差し出した。


 ここはバーテンダー協会の本部なので、大した食材は置いていない。が、簡単な軽食を作るための薬味などは常備されている。生姜もその一つだ。

 もっとも、最近は少しだけ事情が変わって、ここに住み込みで働く少女のために、色々と食べられる物も増えていたりもする。

 他にあるのは、ポーションやライムなど『カクテル』の材料になるものばかりだが。


「ありがとよ。なんて気が利く子だおまえは」

「えへへ」


 隣にちょこんと座ったフリージアに礼を言って、生姜湯をすするソウ。

 ほろ苦く、刺激ある生姜の味が染み込んでいて、胃の中がすっとしていく感覚だ。

 それによって吐き気を多少抑えられ、少し軽くなった頭でソウは言う。


「うん、美味い。料理も掃除も洗濯も完璧だなリーは」


 ソウはフリージア──リーをやや大げさに誉め称えた。

 そこまで言われて、少女は恐縮し、その顔を赤く染める。


「そんなことないよ。まだまだ、だから」

「いいや、そんなことある。いつ嫁に出しても恥ずかしくないくらいだ」

「……え」


 不意に少女の声のトーンが、がくっと下がる。

 鈍くなっている頭でもその変化に気付いたソウは、慌てて少女の様子を見る。


「リー? 何か気に障ったか?」

「……嫌」


 少女は、小さな声で主張する。


「私、まだここに、一緒に居たい、です。だから、お嫁になんて……その、嫌、です」


 捨てられるのを怖がる子犬のように、フリージアは潤んだ瞳をソウに向ける。まだ慣れない敬語を精一杯使って、懇願をしているようだった。


(あー、まずったな。いくら二日酔いだからって何やってんだ俺は)


 ソウは鈍痛がぶり返してきた頭で、反省した。

 フリージアがこの『瑠璃色の空』で働き始めたのはおよそ三ヶ月前だ。

 それまでの彼女は、あまり幸福とは呼べない生活をしており、自分は要らない人間だと思い込んでいた。

 そんな彼女を、善意と言えどもどこかへ追いやるような発言は慎むべきだった。


 そこを慌ててフォローするように、ソウは努めて穏やかな笑顔で言う。


「冗談冗談。リーをどこかにやるわけないだろ」


 ポンと頭を撫でてやりながら、ソウ。それだけで少女はぱっと輝くような笑顔になる。


「本当?」

「こんな可愛いリーをその辺の男にやるもんか。そうするくらいだったら俺が貰う」

「え……」


 ソウの言葉に、少女は顔を赤らめさせた。先ほどよりも、動揺している。

 それにまたシニカルな笑顔を浮かべてソウが言う。


「冗談だ」


 頭をポンポンと叩かれて、フリージアはうーと顔を俯ける。

 そんな少女らしい、夢見がちな反応を自然にするようになったのもつい最近だ。

 ソウは、少女のその成長を自分のことのように嬉しく思うのだった。




「というわけでソウ。ちょっと、総合支部のほうに書類持って行ってくれる?」


 二日酔いから冷めたソウが軽い昼食でもと考えていると、朝から何やらごたごたと仕事をしていた女性が、ソウに依頼する。

 女性の名前はアサリナ・オリオン。

 『瑠璃色の空』の秘書であり総務。雑務の仕事をフリージアに譲ったことで、更に実権に近くなったこの協会の真のボスである。


「どういうわけか知らんが無理だ。今から昼飯を食わないと死ぬ。他を当たってくれ」

「じゃあ丁度良かった、お昼ご飯を食べた後くらいに提出してきてくれる?」


 ソウが面倒なので断ろうとしたが、アサリナはそれを許さない。

 切れ長の瞳に、短く整えられた髪の毛。そんな冷徹な雰囲気を纏う程度には、アサリナは怠慢を許さない厳しい性格をしているのだ。


 ソウはため息を吐き、逃げるのを諦める。


「……分かったよ」

「そう、助かるわ」

「いくら払えば見逃してくれる?」

「…………」


 逃げるのを諦めて懐柔を試みる。


 その往生際の悪さには、アサリナも言葉を失った。

 だがそれも一瞬。すぐに彼女は頭に角を生やす勢いでまくしたてる。


「本当に、少しくらいは働きなさいよ! あんたその金誰が払ってると思ってんの!?」

「お前に見えるけど、建前はうちのボスってことになってるだろ」


「集まったお金を回してるのは私でしょうが!」

「じゃあ、その集まる金の大元の、依頼を解決してるのは俺等だろうが」


「ああもう! ああ言えばこう言う!」


 のらりくらりと逃げ口上を述べるソウに、アサリナはますますイライラする。

 かと言って、彼が言っていることもあながち間違いではない。


 特に先日の一件『魔物の異常発生及びそれに関する外道バーテンダーのガリアーノ栽培実験』という、長ったらしい名前のついた事件の解決に大きく貢献したということで『瑠璃色の空』はかなりの額の報奨を国から受けることになった。

 途中からは三大バーテンダー協会の一つ『翼の魔術師団』が調査を代行したので、詳しいことは分かっていない。

 だが、裏ではかなり大きな外道バーテンダー協会が絡んでいたらしい。


 そんな大事件に繋がりそうな一件。それを解決したのは、目の前で労働を拒むこの男なのであった。

 本人は『あー、なんか凄腕のバーテンダーが助けてくれたっぽい』とか適当なことを言っているので真偽は定かではない。

 だが、ソウが実際は相当な実力者であることをアサリナは知っている。

 だからこそ、熱心に働かないことに苛立つのだが。


「とにかく! ちゃっちゃと書類届けて、そのついでに新しい依頼貰ってくること!」


 額に青筋を立てる勢いでアサリナは怒鳴る。

 その勢いに押されて、ソウはうっかり書類を受け取ってしまうのだった。


「……はぁ、めんどくせぇ」

「うるさい。大掃除手伝ってないんだからそんくらいやりなさい」

「へいへい、っと」


 言われるがまま、ソウは肩をすくませつつ仕事をこなすために扉に向かう。ダラダラとした足取りで玄関扉に辿り着き、本部を出て行こうとした。


 だが、ちょうどそのタイミングで、若い男がその場に走り込んできた。


 呆気に取られるソウとアサリナを尻目に、肩で息をする若い男。短い時間息を整えると口を開き、叫んだ。


「すいません! こちらバーテンダー協会『瑠璃色の空』でございますか!」


 若い男は周りを見ずに声を上げたあと、アサリナとソウの顔を交互に見る。

 二人は顔を見合わせたあとに、アサリナが返事をした。


「え、ええ。その通りです。私が『瑠璃色の空』の受付、アサリナ・オリオンです」

「良かった! やっと辿り着きました。まさかこんなところにあったとは」


 ほっと胸をなで下ろした男の大げさな態度に、アサリナは浮かべた笑顔を少し硬くしていた。


「とても辺鄙で不便な所に隠れていたので、探すのに苦労しました!」

「そ、そうかしら。私はここが気に入っているのだけど」

「そうですね。能ある鷹は爪隠すと言いますし、わざとこんなボロい所を本拠地にしているんですよね!」


 恐らく悪気のない青年の言葉が、どんどんアサリナの機嫌を損ねていく。

 この場所はバーテンダー協会が発足するときに色々とあった場所なので思い出が深いのだ。アサリナもけなされていい気はしない。

 事実、笑顔にヒビが入り、今にも「帰れ!」と怒鳴り散らしそうだ。


「それはいいんだけどよ、いったい何の用なんだ?」

「あ、はい! そうでした!」


 ソウはアサリナの心情を察して、さりげなく話題を進めた。

 青年はその言葉に、慌てて持っていた鞄をゴソゴソと漁りだす。そして数枚の書類を取り出した。


「こちら、バーテンダー協会連盟からの認定書と、依頼になります」


 勢い良く差し出された紙を受け取るアサリナ。その書類にさっと目を通したところで「へっ!?」と頓狂な声を上げた。


「どうした? 脱税がバレて認定が取り消されたのか?」

「してないわよ! というか逆よ逆!」


 アサリナはソウに見えるようにバッと書類を立てる。


『ここ最近の活動を認めて、バーテンダー協会『瑠璃色の空』をBランクに認定する』


 要約するとそういった内容が書いてあった。


「へー、おめでとう。ところでこれって何の意味があんの?」

「あんたねぇ……」


 ソウのあまりの意識の低さに、アサリナは怒りを通り越して呆れる。そのやり取りに、バーテンダー協会総合支部で働いているだろう青年が驚愕の表情を浮かべた。


「ご存知ないのですか!?」


 ソウはしれっとした顔で頷く。それを聞いて、何故か男の方が慌てて説明をした。


「まず、今まであなた方はCランク協会だったのですが、それが今回、貢献度や実力を鑑みて上位三〇パーセントのBランク協会に認定されたのです。それに伴い、今まで見られなかった情報閲覧ができたり、危険な依頼を請け負うことが出来るようになります」


「……つまり仕事が増えるってことか」

「はい! より困難で名誉な依頼を任されることになりますよ!」


 明らかにテンションが落ちたソウの態度を、若い男は責任感の表れと取った。


「もちろん特権も色々と付与されます! 畜舎や土地の優先的貸与に『イデア』の仕入れの際の減税、運営に関する様々な援助や免除に、交流会への招待や──」

「ああ、いい、分かった分かった。頑張ります」

「はい! よろしくお願いします!」


 明らかに面倒になったソウなのだが、若い男は嬉しそうに言葉を続けた。


「さし当たっては、まず『瑠璃色の空』の方々に受けて欲しい依頼がございます」


 男がその白い歯を出して爽やかに言ったのと、


「んん!?」


 受け取った書類に目を通していたアサリナが濁った唸り声を上げたのはほぼ同時だった。


「詳細はそちらの依頼書をご覧ください」


 男の案内に従ってソウがアサリナに再び目を向ける。アサリナはまさしく困惑に表情を固めたまま、少し震える手で件の書類をソウに手渡す。

 その書類に書かれていたのは、とある依頼への参加要請。

 Bランク以上の協会向け任務にして、恐らくSランクですら参加するだろうもの。



『ウルケルの街周辺に出没が確認されている、ドラゴンを撃退せよ』



 要約すると、そんな内容が書いてあった。


ここまで読んで下さってありがとうございます。


本日の更新はここまでになります。

二章は一応、ドラゴンがテーマ(というほどでもないですが)になります。

とはいえ、メインテーマがカクテルであることは変わりないので、お付き合いいただけると幸いです。

※1002 誤字修正しました。

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