表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/167

氷の瞳に映るもの

 少女は喧騒の響く町の広場で、一人ため息を吐いていた。

 感情は、正しく、退屈。

 この賑やかな街には、今現在たくさんの人が集まっている。その人種の中でもとりわけて多いのは『バーテンダー』だ。


 そして、少女もまたその一人だった。


(…………平凡)


 少女は目の前を通り過ぎた、二十代後半くらいのバーテンダーをそう評す。

 別に手合わせしたわけでもなければ、そもそも会話をしたわけでもない。

 それでも、その身のこなしや纏う雰囲気から、それは分かり過ぎるほどに分かった。


 だが、それは決してその男が悪いわけではない。

 少女にしてみれば、目に映るほとんどのバーテンダーは所詮、平凡止まりなのだから。


(……こんなつもりじゃ、なかったのに)


 広場の噴水に腰掛けながら、少女は一人思う。

 少女がバーテンダーを志したのは、丁度六年前。彼女が十二の時であった。

 理由は単純。その時に憧れた職業が、たまたまバーテンダーだったからだ。


 裕福な家庭に生まれた。

 将来はどこぞの貴族の長男あたりと結婚して、その妻として一生を過ごすのだろうと考えていた。

 そんなある時、親の付き合いで、バーテンダー協会の交流会を見学しに行った。


 それが、彼女の人生の転機となった。

 そこで見た『カクテル』というものに、彼女は魅入られた。


 伝統と、技術と、そして個性。

 複雑に絡み合ったしがらみと自由。その中で成果を示し続けるバーテンダーという職業に、彼女は初めて憧れという感情を抱いたのだ。

 その交流会が終わった時、彼女の中には一つの気持ちが芽生えていた。


『カクテルを理解したい。バーテンダーが、何を思っているのかを知りたい』


 そして彼女は、親の決めたレールにほんの少し手を加えることにした。

 親を説得さえすれば、バーテンダーになるのに大した手間はかからなかった。


 ただ、少女の願った未来には、二つの誤算があった。

 一つは、彼女のバーテンダーとしての才能が、自身の思った以上に大きかったこと。

 ちょっとレールから外れるつもりの行動だったのに、いつしか彼女は所属する協会において、広告塔とまで言える程、有名なバーテンダーになってしまっていた。


 そして誤算はもう一つ。

 彼女がその噂を聞き、いずれ会いたいと目標にしていた人物。

 彼女が同じ立場に立ち、話をしてみたいと思ったバーテンダー。


『蒼龍』──『ソウヤ・クガイ』が、いつの間にか姿を消してしまったということだ。



「ん?」


 考え事をしていた少女──フィアールカは、その騒動に気付くのが少し遅れた。

 やや遠くから、自分の居る広場に向かって喧騒が近づいてくるのだ。


 事は単純。

 盗みを働いた人間が逃げていて、それを追いかけている人間が居る。


 こういった人がたくさん集まる街ではよくある光景。それだけなら、彼女の意識の中に大した印象は残らなかっただろう。

 だが、彼女はその光景を気にせずにはいられなかった。


 その原因は明白だ。

 理由は分からないが、追いかけている人間が、


「そいつは俺の獲物だ! 誰も手を出すな!」


 と、周りの人間の助けを拒絶しているのだ。


 逃げている男よりも、フィアールカは追いかけている男のほうに注目する。

 革のコート、端整な顔立ちに似合わない無精ひげ。明らかに旅の服装ではあるが、目を引くものが一点。

 それは腰にぶら下げている、黒い『銃』の姿だ。


(あれ……市販の流通品じゃない)


 フィアールカは、その銃を見ただけで、ほんの少し男に興味を持った。


 バーテンダーが持つ『銃』は、大きく分ければ二つがある。

 一つは、誰にでも扱えるようにチューンされた、市販されている量産モデル。

 もう一つは、職人に頼んで一から自分専用に作られる、オーダーメイド。


 持っている銃は、そのバーテンダーの実力の目安になる。

 金が有り余っているのか、もしくはそれ相応の実力があるのか。


 フィアールカは、ほとんど無意識に追いかけている男を目で追っていた。


「ごらぁ! 痛い目あいたくなかったらさっさと止まれやこの泥棒が!」


 追いかける男は、逃げる泥棒に向かって声を荒げる。


「うるせえ! それで止まる奴がどこにいんだ間抜けがぁ!」


 だが、泥棒は当然のごとく、それで止まりはしないのだった。


 フィアールカの目には、足の速さは追いかける男の方が上に見えた。

 だが、泥棒は自由に移動が出来るのに対して、追いかける男は進路を強制される。

 この人ごみの中においては、やや、逃げる側が優勢であった。このままいけば、いずれ逃げ果せることができるだろう。


「良いのか!? 本当に痛い目見るけどそれでいいのか!?」


 追いかける男が叫ぶ。


「へっ! できるもんならやってみな!」


 逃げる泥棒もそれに答える。


 フィアールカはその光景を見ながら、なんて馬鹿らしいのだろうと思った。

 追いかける男は周りに協力を求めればいいのに。そうすれば、相手を捕まえることもできるだろうに。

 オーダーメイドの銃を持つほどのバーテンダーなら、その程度の判断はできるはずだ。


(やっぱり、ただのプライドの高い金持ちか)


 そう思うと、フィアールカは途端に男に対しての興味を失いかけた。

 だが、その思考の直後。男が取った行動に度肝を抜かれた。



基本属性ベース『ジーニ45ml』。付加属性エンチャント『ライム15ml』、『アイス』。系統パターン『ビルド』」



 なんと男は、走りながら銃を抜いて宣言を開始したのだ。

 それによって、フィアールカの心は一気に失望にまで傾きかける。


 カクテルとは、かなり繊細な魔力の調整を必要とする魔法だ。少しでも配分を間違えればその真価を発揮しない。

 動きながら発動させるなど、常識では出来る筈がないのだ。


(走りながら宣言なんて……嘘っ!)


 だが、男の銃は、宣言に応えるように鈍く震えた。

 フィアールカはその光景に、失いかけていた興味を再び奮い起こされる。

 そんな芸当が出来る存在に、一つだけ心当たりがあった。


 フレアバーテンダー。


 動きながらカクテルを作れる、邪道を極めたバーテンダー。

 曰く、血に飢えた獣。戦闘に明け暮れ、カクテルの神髄を汚す者。

 そう伝え聞いてはいるのだが、フィアールカの目にはまったくの真逆に映った。


(なんて……澄んだ魔力)


 未だ遠くにあって、肌に感じる魔力の波は、驚くほどに清らかだ。

 とはいえ、それがどれだけ綺麗なカクテルであろうと、役に立つとは限らない。


(この人ごみでカクテルなんて、無理に決まってる)


 男と泥棒が走っているのは、往来なのだ。さらにここは広場なのだ。当然周りには人ごみがある。むしろ、その人ごみのせいで男は泥棒に追いつけないでいる。

 そんな中で、カクテルを放つなど愚の骨頂。

 銃から放たれる魔力の塊を、正確に泥棒にだけ当てるなど、ほとんど不可能である。


 それが、フィアールカのみならず、この世界で少しでも『カクテル』を知っているものにとっての常識であった。

 そして、男の非常識でもあった。


 フィアールカはその一部始終を見ていた。

 男は宣言を終えた銃を構え、その照準を逃げる男に綺麗に合わせる。

 そして、その状態でピタリと停止した。


 時間にして、ほんの数秒。

 男は寸分も狂わぬエイミングで泥棒を狙い続けて、



「【ジン・ライム】」



 人ごみが途切れたほんの一瞬の、そのまた一瞬を狙って引き金を引いた。


 銃口から放たれたのは『ジーニ』属性、風の魔力を持った緑色の光弾だ。

 それは吸い込まれるように泥棒へと向かって行き、その背中に直撃した。

 解放された魔力は、小規模な竜巻のように、泥棒の身体を空高くに舞い上げる。

 その数秒後に泥棒は地面に叩き付けられ、その動きを止めた。


「はっ! 大人しくしねーからそういうことになるんだよ!」


 恐るべき神業を見せた男は、まるで誇る様子もなく動きを止めた男にゆっくりと近づいて行く。

 フィアールカはその光景の全てに言葉を失っていた。

 何から何まで、自分の中のバーテンダーというものを越えていた。


【氷結姫】だとかいう称号を与えられ、周りの人間達に天才だともてはやされても感じることのなかった、高揚感をはっきりと自覚していた。


(私の退屈を、私の心を満たしてくれる人が、ここにいる)


 気付いたら、少女は言葉を交わしたこともない男に、憧れにも似た感情を抱いていた。

 そして、無意識に声をかける。


「ずっと、あなたを探していました」



 その少女の言葉を受けて、男は静かに振り向いた。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


今日から二章を開始致します。

本日は二話投稿の予定です。

続きは二十一時に投稿致します。


以後は、あらすじにも書いたように、二日に一回投稿の予定です。

よろしければお付き合い頂けると幸いです。

※1001 少しだけ台詞の場所を修正しました。

※1002 表現を少し修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ