心の中の『英雄』
「それじゃ、出発すっか」
そんなソウの一言と共に、馬車はハーベイの町を後にした。
アジトの制圧から、旅立つまでに二週間もかかってしまった。
それもこれも、ハーベイの町にはバーテンダー協会の支部がないせいである。報告をするのにもベグスの町まで使者を送らないといけなかったのだ。
それから報告を受けたもっと大きい協会が辿り着くのにも更に時間がかかり、引き継ぎを済ませるのにこんなに日が経ってしまった。
「お師匠。それで本当に本当なんですか?」
ツヅリの疑問の滲むような声に、ソウは面倒くさそうな顔を向ける。
「なにが?」
「お師匠がどうしても倒せなかった所に、通りすがりの凄腕バーテンダーが現れて止めを刺したって」
「本当だって言ってんだろ。何回も言わせるな。脳味噌腐ってんのか?」
「……本当かなぁ」
調査を引き継いだのは、市民の危機に駆けつけるのが趣味の『翼の魔術師団』だった。
その報告の際、ソウが告げたのは『自分たちだけじゃ無理です。なんか凄腕の流れバーテンダーが助けてくれました。ラッキーでした』といったものだった。
あの日、結局ツヅリは目を覚まさなかったので、彼女は戦いの結末を知らない。
「そうは言うがな。逆にお前、あれでどうやって勝てっつんだ。お前あんだけ期待させといて『5ml』って、どうしてくれんだよ」
「うぐぅ……だって、一回しか上手く行かなかったんですもん」
「ほーん。相変わらずだねぇ君は。なに? やっぱり『略式』も嘘なん?」
「本当ですもん!」
その報告にツヅリはなかなか納得していないようだったが、『翼の魔術師団』は別だ。
むしろ、たった二人、しかも片方は見習いのバーテンダーという組合わせで『外道バーテンダー』のアジトを一つ潰したという方が信じられないだろう。
結局、ソウの申請は滞りなく受け入れられて、生け捕りにした外道バーテンダーの処遇や、町の復興なんかは『翼の魔術師団』が行うことになったのだ。
もっとも、リーダーのカリブは、未だに口も聞けない状態であるようだが。
「……あの、ソウさん」
ソウとツヅリがギャーギャーと喚いていると、御者を務めていた少女の声。
「なんだリー?」
「……私、本当に、その」
「良いんだよ。そういう約束だって言ったろ? お前は遠慮しすぎんな。もっとツヅリをこき使っていいんだぞ」
「なんでですか!」
ツヅリの言葉を無視して、ソウは少女、フリージアの頭を優しく撫でた。
話の通り、彼女は町を出て行くことになった。
町の人間は誰も彼女を引き止めたりはせず、そして誰も彼女に感謝もしなかった。
子供達は少しバツが悪そうではあったが、大人達は驚くほど素っ気なかった。
少女に救われたという事実よりも、町の立て直しで頭が一杯だったのだろう。
本当に誰にも必要とされないまま、少女はソウ達のもとに付いた。
カリブから適当にぱくった馬車を少女が御することが出来るので、ソウ達は少女をとても必要としているというのも、皮肉ではあった。
「……良いのかな。私」
「ん? 何が?」
ソウがフリージアを撫でていたのを見て、自分も、と乗り出して撫でているツヅリ。
「結局、あの人達には何も、できなかったような」
「……よしよし。本当にリーちゃんは良い子やねぇ」
「……あ、あの」
更に優しく撫でられることで困惑するフリージア。
ツヅリはその反応すら愛おしいと言うように、静かに言った。
「リーちゃんは、良い子だから気になるよね。だったら、その気持ちは忘れなくて良いから。その代わり、あの人達だけじゃなく、色んな人に少しずつ返していけば良いから」
「……そうかな?」
「うん、そうだよ」
「……はい」
そのあと、ほんの少しの静寂。
馬車の車輪が回る音だけが、のどかな草原に響く。
「……さて、いつまでもさぼってんじゃねぇぞツヅリ。さっさと『テイラ』の訓練に戻るんだよ」
「お師匠、さっきから私とリーちゃんに対する態度違いすぎませんか?」
「だってリーは可愛いけど、お前は可愛くないからな」
「……冗談ですよね!? 私の反応見てからかってるだけですよね!?」
ちょっとだけ涙目になりながら、しぶしぶと訓練に戻るツヅリ。
未だにやっているのは『テイラポーション』からの弾薬精製であった。
ただ、成果は上がっていて、誤差0.5mlなら二回に一回は作れるようになっている。
さらに安定させれば、すぐに略式も使いこなせるようになるかもしれない。
「……お師匠? どうかしました?」
ソウが見ているのに気付いたツヅリが、不思議そうな顔をする。
ソウは少し悩んだあとに、ツヅリの頭も優しくなでた。
「……え? え? お師匠?」
咄嗟の師の行動を理解出来ないでいるツヅリに、そっぽを向きながら答えるソウ。
「あの日の夜。頑張った分はまだ褒めてなかったからな。今褒めてやる」
「え、あ、その?」
「良くやったなツヅリ。よく頑張った。お前は俺の自慢の弟子だ」
「…………はい」
師の行動の意味を理解し、ツヅリはやがて気持ち良さそうに目を細めた。
それをしばらく続けた後、ソウは手を離す。
「こんなもんか。犬にはちゃんとご褒美を上げないと躾にならないって聞くからな」
「……お師匠の照れ隠しですよね、それ」
「うるさい黙れ」
ツヅリの言葉に図星を指され、珍しくソウはストレートな憎まれ口を叩いた。
気絶していたツヅリは、ソウが言った『凄腕バーテンダー』のデタラメ以上のことを知らない。ソウは迷ったが、結局は何も言わないことにしたのだ。
(別に知らなくてもいいことだ。俺が何者だったかなんてな)
そうすることで、ツヅリの中の『英雄』とやらのイメージも保たれることだろう。
わざわざ教えて『失望』させるのは、可哀想だ。
ソウはそう思って、口を閉ざすのだった。
(『別に知らなくてもいいことだ。俺が何者だったかなんてな』とでも格好つけてるんでしょうね。このお師匠は)
そっぽを向いて黙り込んだソウを見て、ツヅリは頭の中で心情をトレースする。
ツヅリは最初から、ソウの言った『凄腕バーテンダー』の存在など信じていない。
いや、その『凄腕バーテンダー』が『ソウ・ユウギリ』であることに確信を持っていた。
それは彼女が覚えている、ある記憶に合致することなのだから。
「そういえばお師匠」
「なんだ?」
ツヅリは丁度良い機会だと思って、ソウにあることを尋ねていた。
「お師匠のその銃って、結構年期入ってますよね。いつから使ってるんです?」
「あぁ? 十年は経ってないくらいだと思うぞ」
「そうですか」
なんでもない世間話のように、ソウは流した。
だが、それはツヅリにとってはある確認であった。
(『実は私、五年前のあの事件の日、お師匠に会ったことあるんですよ』なんて、言ってみたらどんな反応するのかな?)
ツヅリは、その想像を頭の中でした。
五年前。
そのとき、まだツヅリは今よりもずっと子供だった。
そして、ある事件に少しだけ巻き込まれたのだ。
『神機簒奪事件』
当時のことで、はっきりと覚えていることは少ない。
だが、二つのことだけは心の底に刻まれている。
一つは、自分がそのとき、『ソウヤ・クガイ』というバーテンダーに助けられたこと。
そしてもう一つは、そのバーテンダーが持っていた『銃』の形だ。
「……お師匠、実は私」
ふと、そこまでを口に出してみる。
「なんだよ」
「いえ、なんでもないですっ!」
だが、やっぱりその言葉は呑み込むことにした。
言いかけで止められたのに、ソウは少し気持ち悪そうな顔をする。
しかし、それで良いのだとツヅリは思う。
自分の尊敬する人の秘密を自分だけが知っている。
それはどうしようもなく良い事だと思えるのだった。
一章完
ここまで読んでくださってありがとうございます。
本日は、四回更新で、一章完結です。
これにて一章は完結になります。
自分がやりたいことを書いてきた本作ですが、沢山の方に読んでいただけて嬉しいです。
よければ、ご感想や評価など、いただけると嬉しいです。
二章は、ある程度書き溜まったら投稿する予定です。
どうか、この先も楽しんでいただければ。
※0928 誤字修正しました。