四大属性と弾丸
翌日の朝。ソウは夜明けと同時に活動を開始する。
ソウはまず、自身の持っている道具、生命線──『銃』の整備を行うことにした。
なぜならば、彼の職業は『バーテンダー』であり。
『銃』とは即ち、魔法──『カクテル』を打ち出す際に使う『杖』の様なものだから。
『カクテル』とは通常の魔法とは全く違う形態の魔の力である。
通常の魔法とは、魔力を己の中で練り、様々な事象を引き起こすものだ。
しかしカクテルは『魔力の結晶である弾丸』と、とある材料の『存在を抽出した弾丸』を『銃』の中で混ぜ合わせ、己の身に宿る以上の力を発揮する新しい『魔法』だ。
誰にでも扱えるように洗練された、スタンダードレシピという魔法群も存在し、新しい魔法をも弾丸の組合せ次第で簡単に創り出すことが出来る。
ただし、極めることは難しい。
誰にでも扱えるというのは、技術の研鑽しか道がないということだ。
例えば、ある人物が素晴らしいレシピを作りだし、それを広めたとしよう。しかしそのカクテルが、作った本人の卓越した技量に裏打ちされたものだとしたら。
そのレシピを半端な技術で真似たところで、出来上がるのは初歩的なカクテルにも劣る駄作になる。
故にカクテルは、誰にでも扱える。それなりの、効果を生み出す。
だが、極めることは、とてつもなく難しい。それこそ、本来の魔法のように。
ソウは整備をテキパキとこなしていく。
整備と言っても、本格的なものは寝る前に済ませている。朝に行うのは点検に近い。
だが、カクテルを放ったのであれば、念を入れるに越したことはない。
僅かな不備ですら、繊細なカクテルを扱う上では不安材料になってしまうからだ。
六連装式の愛銃『ヴィクター・フランクル改』を整備し終えた後、ソウは弾丸の確認を今一度行った。そして、諦観とも取れるため息を吐いた。
「ジーニを使い過ぎたか……」
通常、カクテルにはベースとなる基本的な属性が四つある。
風の『ジーニ』。
水の『ウォッタ』。
火の『サラム』。
土の『テイラ』。
それらは通称『四大属性』と呼ばれる、この世界に存在する普遍的な属性だ。
バーテンダーの間ではそれぞれを『ジン』『ウォッカ』『ラム』『テキーラ』と呼ぶこともあるが、その理由は明らかではない。
弾丸はそれぞれの属性力を持った結晶、魔石から生成され、その量によって『15ml弾』『30ml弾』『45ml弾』などに別れる。『存在』を抽出する物体も同様である。
それらの量の組合せがカクテルのレシピとなり、発動する魔法を決定するのだ。
通常、バーテンダーは弾丸を自分で作成する。
だが、材料となる魔石がなければ、それら弾丸を補充することはできない。
「こんな田舎で『ジーニ』の魔石なんて売ってんのかね? つうか、売ってたとしてどんだけふっかけられるんだか」
ソウは頭を抱え、そのことは考えないようにした。
朝の整備を終えてソウは部屋の外に出る。ソウが寝ていた部屋はお世辞にも良い部屋とは言えなかった。悪く言ってしまえば、物置であった。
とは言っても、久しぶりに雨風を気にせず、魔物を警戒する必要もなく眠れたのだから文句を言うつもりは微塵もない。
あえて一言言いたい相手が居るとするならば、
「…………」
ソウの隣の部屋、豪華な二人用の客間で寝ている筈の弟子がそうであろう。
最初は軽く、次に強くノックして待ってはみるものの、少女が出てくる気配はない。
「…………たく」
ソウは呆れの声を吐き捨ててその場を離れることにした。ある程度は旅慣れしていると言っても、久しぶりのベッドの感触で寝坊するのは分からなくもない。
小言を言うのは後からにしようと、ソウは一人で運動のために外に出た。
「ほはようほふぁいまふ」
「……おう」
一時間ほどの運動を終え、再びドアをノックすると、ごそごそとした音の後にようやくツヅリが顔を出した。
目はトロンと垂れ下がり、髪の毛もボサボサ。とても大人には見えない出で立ち。
師であるソウの方が、むしろ恥ずかしく感じるようなだらしなさだった。
「少し話をと思ったが、訂正する。身だしなみを整えろ。大至急」
「ふぁーい?」
未だ寝ぼけているのか、気のない返事をするだけのツヅリ。
その態度は、さすがにソウの癇に障った。
「……三分だ」
「へ?」
「三分以上待たせたら、てめぇの恥ずかしい癖を協会に報告すっぞこの『おもらし娘』!」
「!?」
やや強い口調で放たれた言葉の弾丸は、ようやくツヅリの睡魔を撃ち殺す。
眼を丸くしたツヅリは慌てて部屋に戻り、ドタバタと大掃除の様な音が響く。
ソウがじっと時間を計り続けて、二分五十六秒の時点。
「お、お待たせしました!」
バン、と扉を勢いよく開いてツヅリが現れる。頬は軽く上気し、肩で息をしているが、先ほどのだらしない寝間着姿よりは様になっている。
もっとも髪の毛が整ってはおらず、あらぬ方向にぴょんぴょんと飛び出していたが。
「まぁセーフにしておいてやる。良かったなおもらし娘ちゃん」
「忘れてくださいよぉ!」
「おう、忘れてやるよ。都合の良いときに思い出すかもしれんけどな」
ぐぬぬと睨むツヅリから一切のプレッシャーを感じることなく、飄々と返すソウ。
「……それで、お話ってなんですか?」
整っていない髪の毛を撫で付けながら、ツヅリは話を切り出した。
「そうだった。お前に二言三言言ってやろうと思ったんだが……」
そのまま少し悩むソウ。何の話かと言われると、整備はしたのかとか、今日の行動の予定とか、寝坊したことに関する小言とか色々ある。
だが言いたいことが多過ぎてどこから文句をつけていいのか分からなかった。
「お話中に失礼します。ユウギリ様。シラユリ様」
悩んでいるところで、この屋敷の使用人である妙齢の女性に声をかけられた。
ソウはすぐに女性へと向き直り、先ほどまで弟子に向けていた渋い顔を改める。
「なんか用ですか?」
一応は笑顔であるが、礼節を二で割ったような態度でソウは応じる。
女性は気にした様子もなく、微笑みを浮かべて言った。
「朝食のご用意が整いましたので、準備が出来ているようでしたらお連れ致しますが」
「そいつはすいません。不肖の弟子が寝坊してたんで、用意出来たら行きます」
「でしたら、準備が出来たところで家の者をお呼びください。ご案内させて頂きます」
女性は微笑を浮かべながら一礼をして去って行く。
彼女の姿が見えなくなったところで、ソウも浮かべていた笑みを消した。
「つうわけだから、さっさと準備しろ」
半眼で優しさの乏しい顔になったソウが、ツヅリを促す。
「……相変わらず、完璧な対応ですね、お師匠」
「おう。んなことよりさっさとしろ。俺は運動してたから腹が減ってんだよ」
しっしと動作でツヅリを促し、ソウは廊下に立ってそれを待った。
準備を終えたツヅリがドアを開けた時に、ソウはちらりと部屋の様子を覗き込む。散らかったままの机の上には、しっかりと『銃』の整備をした痕跡が残っていた。
(……まぁ。そこだけは良し)
減点続きの弟子に一つだけ加点ポイントを見つけて、ソウはほんの少し溜飲を下げる。
「あっ! お師匠、今私を褒めようって顔してますね? 良いんですよ?」
その表情の変化を目敏く見つけたツヅリが、ニンマリと笑う。
「おう、偉いぞ」
「いだだだ! なんでそんな力強く頭を撫でるんですか!?」
全力で頭をグリグリと撫でるソウ。だが、同時に頭の中でもう一つツヅリを評価した。
この弟子はよく人を見ている。細部の変化を見逃さない──言い換えれば繊細であるということもまた、バーテンダーとして必要な素質であった。
「なんで笑顔ですか!? 特殊な性癖ですか!? まぁ知ってますあだだだっ!」
これで場の雰囲気をもっと読めれば、と心中でこぼし、ソウは撫でる手に力を込めた。
※0914 誤字修正しました。