【ダイキリ】(3)
「は、はは。なんだ、何かと思えばその程度か!」
ツヅリの登場に怯んだカリブではあるが、遠目に見てもソウの手にある弾丸の量の少なさは分かる。
たった5mlだ。【ゴールデンキャデラック】の通常レシピでも20ml。
いくらカクテルに重要なのは比率だといっても、それでは余りにも少なすぎる。
「良い機会だ。もう一度言ってあげましょう。『そんな少量で、役に立つんですかね?』」
笑いながら、カリブは次のカクテルの準備を始めた。
見て分かるのは『ソーダ』のカートリッジ。そして込める銃弾は『ジーニ』『レモン』『シロップ』そして『アイス』。
狙いは『ジーニ』属性の中範囲攻撃魔法。【ジンフィズ】だ。
「ちっ」
ソウは少し苛立つ。今はまず相手の対処をしないといけない。
だが『ジーニ』がない。同じ【ジンフィズ】をぶつけて消すことができない。
カリブもそれが分かっていて『ジーニ』属性のシェイクを選んだのだろう。
シェイクの魔法を、ビルドで打ち消すことはできない。
だが、シェイク同士のぶつかり合いで発生する余波は、ビルドの比ではない。
相殺は不可能。ぶつけあうのも厳しい。さりとて【ジンフィズ】を走って避けるなどもってのほかだ。
【グラスホッパー】が効いていたとしても難しいだろう。
「残念だったね! 終わりだ!」
カリブはすでに宣言を始めている。
ソウはポーチから、三つの弾丸を取り出した。
『テイラ』『シロップ』『アイス』、そして『オレンジ』のカートリッジ。
テイラ属性でも初歩的なビルド。石柱を勢い良く打ち出す【アンバサダー】。
「はは、今更そんなのでどうしようっていうんだ!」
カリブは壮絶な笑みを浮かべたまま、ソウの行動を待つ事なくシエイクに入る。
この段階で、手を変えてソウがシェイクを始めても、絶対に間に合いはしない。
だが、それでもソウは、焦らなかった。
ゆるりとした動作で、手の中の『ガリアーノ』を宙高くに投げ上げる。
「『テイラ』『シロップ1』『オレンジアップ』」
淡々と宣言を済ませ、カリブを見た。
カリブも丁度、シェイクを終わらせた所だった。
「よく粘ったけど、おしまいですね。【ジンフィズ】!」
慇懃な皮を張り直したカリブが、引き金を引く。
強烈な魔力を秘めた緑の風が、狙い定めた地点を中心に巻き起ころうとする。
ソウは静かに、カクテル名を呟く。
「【アンバサダー】」
そしてその銃口を、自分の足元へと向けた。
黄色の光が地面に到達した直後に、緑色の暴力はソウを中心とした半径5メートルを食い散らかした。
「なっ!?」
だが、その中にいたソウが、赤い花を咲かせることはなかった。
カリブがソウの行動に驚いた瞬間には、すでに【ジンフィズ】の範囲内からソウは抜け出していた。
【アンバサダー】の飛び出す力を利用し、宙空へと飛び上がったのだ。
「ばかな!?」
当然そんなことが出来る人間など、カリブは聞いたことがない。
【アンバサダー】はあくまでも『攻撃用』なのだ。普通なら足を打ち砕かれ、よしんば上手くいっても相当な衝撃を受ける筈。
だが、ソウはその勢いを完全に利用しきって、宙を舞っている。
「この時を待っていた」
ソウは笑みを殺し切れず、カリブの驚愕の顔を見下ろす。
宙にありながら、巧みな体捌きで薬莢を排出。新しい弾丸を込める。
シリンダーに詰め込んだのは『ウォッタ』と『アイス』。
そしてカートリッジには『オレンジ』のみ。
「基本属性『ウォッタ45ml』、付加属性『アイス』、系統『ビルド』、マテリアル『オレンジ』アップ──」
宣言をし、直後には銃が準備を告げるように鈍く唸る。
カリブはぽかんとした顔で、それでも口角だけをつり上げる。
「今更【スクリュードライバー】だと! やっぱり馬鹿じゃないか!」
馬鹿はお前だ。
ソウはカリブを評した。
確かに【スクリュードライバー】では、カリブの【ゴールデンキャデラック】に傷一つ付けることはできないだろう。それは何度も挑戦した通りだ。
そうやって何度も【スクリュードライバー】を撃ってきたこと自体が、カリブの油断を誘うための方策だったのだ。
避けることを忘れさせ、狙いを付けやすくするための。
宣言には続きがある。『ガリアーノ』を使う上で、忘れてはいけないカクテルがある。
「え?」
カリブが間抜けな声を発した。
それは丁度投げ上げていた、たった『5ml』の──言い換えれば『1tsp』のガリアーノが、マテリアルスロットにはまった時だった。
「──フロート『ガリアーノ1tsp』」
ソウは小さくそう宣す。
それと同時に、完成していた筈の【スクリュードライバー】は更なる変化をきたす。
それは直前まで【スクリュードライバー】だったもの。
そして、そこに『ガリアーノ』を『フロート』、つまり浮かべることで完成する、まったく別のカクテル。
ハーベイの町で、金色の壁を打ち崩す、シルバーブレット。
「【ハーベイ・ウォールバンガー】」
宣言と同時に飛び出したのは【スクリュードライバー】の鮮やかな青系色とはまた違う、白銀の光弾だった。
それはソウの狙いどおり、回避行動も取れなかったカリブの利き腕に直撃する。
金色の膜が一瞬浮かび上がるが、
「あ、ああ!」
その膜に蜘蛛の巣のような亀裂を作って、魔力は爆散した。
現れたのは『氷』だ。『ウォッタ』の水の魔力に、加えた『ガリアーノ』が変化を与え、薄氷の膜がカリブの体表面を這いまわる。
それは瞬く間にカリブの末端まで包み込み、その後は身体の内部へと浸食していく。
だが、
「な、なめるなぁ!」
ソウがようやく地面に着地したのと同時、カリブの気迫の声が上がった。
すると、打ち破られていた筈の金色の膜が、張り直された。
それは氷の膜の更に下を覆うように現れ、カリブの身体を凍結から守る。
「ふ、ふはは!」
カリブは氷に手足の自由を奪われながらも、勝ち誇った顔をソウに向けた。
「残念だったな! お前の奥の手は封じられた! この氷が溶けるまで数分もかからない。その間に僕の【ゴールデンキャデラック】が切れることはない! はは、まぁお前達を逃がす時間を与えるのは癪だが、構わないさ。実験データが失われることはない!」
「そうか。じゃあ、ちょっと待ってろ」
ソウはカリブをほとんど無視して背を向ける。
カリブの動きを止めるのに成功した時点で、既に優先順位は限りなく下がっている。
ソウの中で一番の心配事は、ツヅリの安全になっていた。
「……生きてるか」
ツヅリの元に駆け寄って、脈拍を測るが特に問題は無さそうだった。
だが、全ての力を出し切ったように、ツヅリはぐっすりと目を閉じている。
緊張と不安の中、精力を注ぎ込んでたった一つのチャンスを繋いでくれた少女の髪の毛を、ソウは優しく撫でた。
そして、ようやく再びカリブの前に立った。
「どうしたんです? まさか逃げる前に少しでも情報を集めよう、なんて考えてるんですか? 残念ですけど──」
「いや、そんなことはどうでもいい。ようやくお前を倒す番になっただけだ」
涼しい顔でソウが言う。その言葉は出来の悪い冗談のようにカリブに聞こえた。
「はぁ? 倒す? どうやって? ガリアーノはもう作れない。【ゴールデンキャデラック】はこの通り元通りだ。それであなたに何が出来るんです?」
「そうだな」
ソウは淡々と、ポーチの中から弾丸を取り出す。
ぱっと見ると、それは【ダイキリ】の材料である。だが【ダイキリ】と違うものもいくらかは含まれている。
「そういやお前、『蒼龍』に会ってみたいとか言ってたよな?」
「かもしれませんね……それがどうかしましたか?」
「いや、なんでだろうと思ってな」
世間話のように軽くソウは尋ねる。
カリブにはソウの言葉の意図が分からないが、別に答えてもいいことだと判断した。
「決まっているじゃないですか。盗むんです。『英雄』とまで呼ばれた『蒼龍』の技術を。どんな秘密があって、彼はそんな高みに辿り着いたのかを」
「ふーん」
自分から聞いておきながら、ソウは生返事をする。
用意した銃弾を込め終え、特に抑揚のない平坦な声で言った。
「『蒼龍』の【ダイキリ】がなんで蒼いのかなら、知ってるぞ」
「なに?」
「教えてやろうか?」
ニヤリと酷薄な笑みを浮かべた後、返事すら待たずにソウは宣言を開始した。
いや、それは宣言ではなく『詠唱』だった。
《七花七星。蒼炎纏いし暴虐の牙よ。炎熱を統べし憤怒の化身よ》
一言告げる度に、恐ろしいほどの魔力が爆発寸前まで高まる。
それを強引に抑えつけながら、それでも言葉は続く。
《我が前に並びし贄を喰らい、我が前に群がる蟲を散らせ》
放たれてもいないのに、熱を帯びるような気配の中。
静かに、だが力強くソウは『銃』を振った。
流れるように、輝くように、その動きに一切の無駄はなく。
されど無骨なままの運動は、ある種の芸術にまで昇華される。
そして、それがゆらりと止まると、ソウは最後の言葉を詠じた。
《我は炎熱の覇者。冠すは『蒼龍』。我の敵は、汝の敵なり》
その一言をもって、『カクテル』は完成した。
「な、そ、それは、なんだ?」
カリブの震え声にソウは、温度を感じさせない笑みを浮かべるのみだ。
「『蒼龍』の【ダイキリ】がなぜ蒼いのか。それは【ダイキリ】じゃないからだ。【ダイキリ】をベースに自分の好きな味を探ってたら、いつの間にか蒼くなっちまったんだ」
「ば、馬鹿な……『英雄』が、こんな所に居るわけが!」
「ああ、『英雄』なんてどこにも居ねえさ。『ソウヤ・クガイ』は五年前に死んだ。ま、五年前の『ソウヤ・クガイ』に今の『ソウ・ユウギリ』が負けるわけも、ねぇけどな」
あれほど荒れ狂っていた力は、今は静かに、ただ炸裂の時を待つ。
それはソウの感情だった。平坦で、鷹揚で、緩やかな表面に覆われた、烈火の怒り。
外道に手を染め、人の命を省みず、邪悪を尽くす男への、純然たる破壊衝動。
「ま、待って──」
ソウは銃の引き金を引く。言葉の代わりに、カクテルで答えるように。
「【ダイキリ・アレンジド】」
その直後、放たれたのは七つの頭を持った蒼い火龍だ。
彼らは知能を持つかのようにお互いを確かめあい、ソウのほうを一度だけ向く。
そして前を見た。
自分たちの主が『敵』と定めた『蟲』を見た。
それで、何もかもが終わりだった。
蒼い七頭の火龍は次の瞬間にはカリブを呑み込んでいた。
「──! ────!」
蒼い炎に包まれたカリブの叫びは、声にすらならない。
ソウは、はぁ、とくだらない幕切れにため息を吐いた。
最初から、分かっていたことだった。
カリブを倒す方法も、それをするための準備も。
【ゴールデンキャデラック】を打ち破るには、同種の攻撃を浴びせるか──防御を打ち破る強力な攻撃を叩き込めばいいのだから。
ただし、あまりにも高めてしまった【ダイキリ・アレンジド】を使うには、繊細な操作を要する。そのために足止めをする必要があるのが、難点だったのだ。
「……ひ、……ひぃあ」
「お、生きてたのか」
蒼い炎が消え去った後、その跡地から一人の男が現れる。
全身の服も、髪の毛も失い、それでもなお息だけはある。
「さすがに三百倍のキャデラックは大したもんだな。完全に殺す気だったんだけどな」
だがソウには、それも気の毒とも思えた。通常であれば一瞬で消し炭になれた所、ギリギリ死なない程度の炎に焼かれ続けたのだから。
「ま、生きてたんなら無理に殺す必要もないかね」
生きているなら生きているで、引き出せる情報もあるだろう。
怒りは既に放ったのだ。ソウはカリブを拘束し、一件落着のつもりになる。
「いやいや、まだ残ってる残党と、町の人間の解放もあるのか。だるいなぁ」
はぁ、とやる気のないため息を吐いてから、ソウはひとまず、ツヅリを起こすべきか否かで迷うのだった。
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その三回目です。
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