足りない物と、足る力
ツヅリは、師に背中を向けて、懸命に走っていた。
状況は最悪だ。カリブはこちらの攻撃を一切受け付けない。対してソウは、相手の攻撃を一度でもまともに受けたら、戦えなくなるのだ。
カリブが好き勝手にカクテルを放ってくるのに対し、ソウはそれを的確に、打ち消し続けなければならない。しかもそれすらも、ただの時間稼ぎに過ぎないのだ。
勝機といえば、相手のカクテルの効果が切れるまで打ち消し続けること。
それでも弾薬が尽きるのが早いかどうかの戦い。
そんな中で、ソウはツヅリにある一つの頼み事をした。
『どうにかして、ガリアーノを手に入れてこい!』
ツヅリはそれを聞いた。この広大な畑の中から『ガリアーノ』の果実を見つけ出し、『特攻弾』を作るのが、自分の仕事だと理解した。
「でも、でも、でも!」
ツヅリはその為に、師を一人置いて、駆ける。
されども、どこまで行っても見当たるのは『花』だけ。
「果実なんて、どこにもないよぉ!」
泣きそうになりながら、それでも懸命に走るツヅリ。
その思いとは裏腹に、結果はどこにも現れそうになかった。
「【スクリュードライバー】!」
それは一瞬の隙を突いたソウの攻撃だった。
荒れ狂う暴風のようなカクテルの光の中。カリブの意識の隙を縫うようにして、ダメもとで叩き込んだ一撃。
「あはは。無駄ですよ。僕の【ゴールデンキャデラック】は破れませんから」
だが、魔物ですら気絶せしめる一撃を受けても、カリブにはダメージ一つない。
そのまま笑顔で、次の弾薬を込める。
「ちっ」
ソウも舌打ちをしながら、それに合わせる。装填、宣言、そして放つ。
「【ジントニック】」
「【ジントニック】!」
生み出された二つの風の刃は、お互いを切り刻み合う。
それはやはり、ほんの少しだけソウの魔法が競り勝つ。
だが、勝ったところで残りの力は、カリブを傷付けるには至らない。
「くくく、粘りますねぇ? もしかしてあれですか? 十五分で効果が消えるのを待ってるんですか? それは愚かですよ」
「どういう意味だ?」
カリブがおかしそうに笑い、ソウは不愉快に目を細める。
支援魔法の効果は基本的に十五分だ。それは誰が使っても変わらない。
だからこそ、ソウはひたすらに精神をすり減らして、相手と同種のカクテルを放ち続けていた。
「決まっています。僕の【ゴールデンキャデラック】は消えません。少なくとも貴方と戦っている間はね」
「…………分量、か」
思い当たるものはあった。
相手を攻撃するための魔法に、大量の材料を注ぎ込むのはあまり得策ではない。
なぜならば攻撃力が上がるわけでもなく、範囲や効果時間などが増えるだけだから。
だが、補助魔法では話が違う。
効果は上昇しなくても、効果時間が増加するのは、それだけで何倍もの意味がある。
それはソウの【グラスホッパー】でもそうだし、カリブの【ゴールデンキャデラック】でもそうだ。
「僕はこの【ゴールデンキャデラック】に、このアジトにある『ガリアーノ』全て、およそ『6000ml』を注ぎ込んでいます」
「……馬鹿な」
ソウの口から驚嘆が漏れる。
通常のレシピだと、材料を全て合わせても『60ml』。
ガリアーノだけで『6000ml』ならば、他も合わせれば『18000ml』だ。通常の三百倍の分量を注ぎ込むなど正気の沙汰ではない。
「ええ。考えようによっては無駄でしょう。ですが構いません。貴方を倒せば、実験は継続できる。何より、一番大切なのは実験データです。それさえあれば、事実ここが潰れた所で何の問題もありません。『あの方』も満足するでしょう」
「……お前等にも親玉が居るってことか?」
「……サービスしすぎましたね。ですがまあ良い。あなたはここで死ぬのですから」
それまで浮かべていた薄い笑みを消し、カリブは再び銃弾を取り出す。
それに応えて、ソウもまた同じ材料を取り出した。
「あはは。無駄だと分かっているのに粘るんですか? もしかして、あのお弟子さんが『ガリアーノ』を見つけてくるのを期待しているんですか?」
ソウは答えず、淡々と相手の動きだけを見る。
「言ったじゃないですか! このアジトにある『ガリアーノ』は全て注ぎ込んだってね! ここにはもう『ガリアーノ』は存在しない。あなた方に打つ手はないんですよ!」
カリブの目的は、まるでソウの表情を絶望に染めることのようだった。
だがソウは、不敵な笑みを消さない。額から汗が流れ、ジリジリと精神が削られるような戦いの中でも、決して余裕を崩さない。
カリブが動きを止めたので、ソウも少しだけ言い返すことにした。
「俺も少しだけサービスしてやるよ、カリブさんよ」
「なんです?」
「あいつをあまり舐めないほうがいい。あれは天才だからな」
「あはは! 天才だと何なんですか? 僕を倒せるとでも言うんですかぁ!?」
カリブの狂ったような声を聞き流して、それでもソウは待つのだった。
ツヅリがどうにかして、『ガリアーノ』を手に入れてくることを。
「……ない。やっぱりどこにもない」
広大な畑を走りきり、収穫所のような建物を隅々まで探しても『ガリアーノ』の液体はおろか、実一つも見つからなかった。
ツヅリは畑の前で座り込みそうになり、それを気力だけで支えた。
怖い。どうしようもない。諦めてしまいたい。
頭の中には次々と弱音が浮かんでくる。
だが、それらを更に大きな意思の力で撥ね除ける。
「お師匠に頼まれたんだ。何回も迷惑かけて、何回も馬鹿やったのに、それでもお師匠が私に託してくれたんだから!」
そこまで気を入れ直し、ツヅリは畑の前でふと足を止めた。
それは諦めたからではない。発想の転換だ。
はっきり言って、ここに『ガリアーノ』の果実がないことは認めるべきだ。
では何がある?
花だ。ここには花があるのだ。
「この花を、どうにか、できれば……」
ツヅリは地面に膝をつき、畑に咲く花をじっと見つめる。
この花は、なぜ咲いている?
ソウが言っていたのだ。『土地の魔力が豊富』ならば、促成栽培されると。
そして町の人間、何百人から魔力を吸い上げて、畑はゆっくりと成長している。
であるならば、一つに絞って魔力を注ぎ込んでやれば、より急速に育てることが出来るのではないか。
「そうだよ。魔力を注ぎ込むなら、私にはこれがあるんだから」
ツヅリは腰から『ニッケル・シルバー』を抜き放つ。
銃は『カクテル』を作る道具である。同時に『魔力を撃ち出す』道具でもある。
言い換えれば、それを破壊ではなく照射へと向ければ、植物に与えることも可能だ。
「なら、それをやればいい」
やり方など教わってはいないが、どうにかしてみせる。
ツヅリは腰のポーチから一つずつ弾を抜き出す。
風の『ジーニ』。これは植物を成長させる刺激と言っていた。
水の『ウォッタ』。これは循環させる体液と言っていた。
火の『サラム』。これは活性化のエネルギーだと言っていた。
そして土の『テイラ』。
「……だよね。私が『テイラ弾』を持ってないのは、当たり前だよね」
ポーチの中には、それだけがぽっかりと抜けていた。当たり前だ。今まで使えなかったのだから必要もなかったのだ。
「でも、今作れば……しまった」
改めて作ることを考えたが、自分の胸に『テイラ』の魔石がないことを思い出した。
せめて二人目はどうにか素手で倒しておけば、と後悔しても始まらない。
「じゃあ、どうすれば……」
ツヅリは悩み、そして結論はすぐに出せた。
「……私の中のテイラの力……私自身から『弾薬』を取り出せば良いんだ」
ぽっと浮かんだアイデア。そんなことは今まで考えたことすらなかった。
だができる筈だ。そもそもこの畑だってそう作られている。できないわけがない。
ツヅリは自分の胸元に手を当て、意識を研ぎ澄ませる。
そこに眠っている筈の、自身のテイラの魔力に手を合わせる。
いける。確信する。
それも、すごく、計りやすい。
《生命の波、古の意図、我求めるは魂の姿なり》
手の中に力の奔流を感じる。
コツンとした感触。
胸に押し付けていた手を離した。
「……できた」
そこには確かに『テイラ45ml』の弾薬が存在していた。
身体の芯から根こそぎ力を奪われたような虚脱感があるが、それでも意識ははっきりしている。
身体はまだ動く。
「でもなんだろう? なんだか輝いているような?」
出来上がった弾丸を見て、ツヅリは少し不思議に思う。それはソウが使うテイラの弾とは少し異なって見えた。
黄色というよりは、光色のように、少しだけキラキラと輝いているようだった。
「ううん。今はそんなことは良いの!」
ツヅリは出来上がったばかりの弾薬を銃に込める。
宣言はいらない。これはカクテルではないのだ。
それぞれの弾薬を活性化させる魔力を慎重に送り込む。
どういうわけか、このテイラ弾は不思議なほどに想い通り、扱えた。
そして、ツヅリはその引き金を引く。
「くっ!」
ソウは苦悶の声を漏らしながら、カクテル同士のぶつかり合いの余波に耐える。
カリブが放ったのは【ジントニック】。
それに対してソウが放ったのは【ラムトニック】である。
風と炎の同出力の力は、互いに食い合うもその余波を辺りに撒き散らした。
降り掛かる火の粉にカリブは平然としているが、ソウはそうもいかない。
少し距離を取り、息を止めて灼熱の風が通り過ぎるのを待った。
「もう集中力が切れたんですか? それとも『ジーニ』が切れたんですか?」
その行動は、カリブの目には明らかなミスに映った。
「……はっ、ちげえよ。ちょっと身体を温めたくなっただけだ」
ソウも軽口を叩いてはみたが、事実、半分以上は正解だ。
残弾数はすでに各属性ともに心許ない。『ジーニ』に至っては、尽きた。
だから、相殺するにしても他の属性を使わざるを得なかった。
だが、風にぶつけるなら、水か土にするべきだった。
そこの判断を誤り、最も余裕があった炎を選んだのは、明らかな判断ミスだ。
それでもソウの心から余裕が消えることはない。
「……気に入らないですね。さっきから」
カリブは苛立たしげに、食って掛かる。
「なぜあなたは絶望しない? 絶体絶命って分からないほどに馬鹿なんですか? そんなわけがない。馬鹿がそんなに強くなれるわけがない。なら何を信じているんですか?」
「言っただろ。俺の弟子は天才だってな」
その返答が気に入らなかったのか。
ついにカリブのほうが余裕の態度を崩し、今まで続けていた敬語も捨て去って怒鳴る。
「ふざけるな! もしかしてあの弟子が『ガリアーノ』を育てるとでも思っているのか? 馬鹿を言うな。僕にだってそんなことはできない。あんただってそうなんだろ? 僕達のような一流以上のバーテンダーに出来ないことが、なぜあんな小娘にできると思う!」
カリブの怒鳴る言葉を聞いて、焦る表情を見て、ソウは心でクククと笑う。
カリブの言った通り、ただのバーテンダーに植物の『促成栽培』などできない。
魔力を与えることはできるだろう。だが、それだけでは足りないのだ。
植物を育てるのに必要なのは魔力だけではない。幾人が研究を重ねた結果、生体や精霊の持つエネルギーもまた植物を育てるのに必要だというのが分かっている。
一方ツヅリは、人の身にして馬鹿げた量の『テイラ』を持っている。そして、今彼女は通常の、魔力だけを持った『テイラ弾』など、持っていないのだ。
ならば、それを連想し、それが出来て、おかしくはない。
「お師匠!」
その声は、ソウの後方、遥か遠くから聞こえてきた。
確かな希望を持って、届いた。
「っ、これを!」
ソウが振り向くと、ツヅリが何かを投げ寄越す。
そしてそのまま、力を使い果たしたように倒れ込んだ。
カリブが驚愕の声を上げているが、気にしない。
今はツヅリを助け起こしにいく余裕もないが、仕方ない。
ソウはツヅリが届けてくれた弾丸を、つかみ取る。
それはたった『5ml』分の弾丸。それでも確かな『ガリアーノ弾』だった。
「さて、これからだぜ、カリブさんよ」
切り札のようにそれを握りしめ、ソウは不敵にカリブへと笑いかけた。
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※0928 誤字修正しました。