表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/167

足りない物と、足る力

 ツヅリは、師に背中を向けて、懸命に走っていた。


 状況は最悪だ。カリブはこちらの攻撃を一切受け付けない。対してソウは、相手の攻撃を一度でもまともに受けたら、戦えなくなるのだ。

 カリブが好き勝手にカクテルを放ってくるのに対し、ソウはそれを的確に、打ち消し続けなければならない。しかもそれすらも、ただの時間稼ぎに過ぎないのだ。


 勝機といえば、相手のカクテルの効果が切れるまで打ち消し続けること。

 それでも弾薬が尽きるのが早いかどうかの戦い。


 そんな中で、ソウはツヅリにある一つの頼み事をした。


『どうにかして、ガリアーノを手に入れてこい!』


 ツヅリはそれを聞いた。この広大な畑の中から『ガリアーノ』の果実を見つけ出し、『特攻弾』を作るのが、自分の仕事だと理解した。




「でも、でも、でも!」


 ツヅリはその為に、師を一人置いて、駆ける。

 されども、どこまで行っても見当たるのは『花』だけ。


「果実なんて、どこにもないよぉ!」


 泣きそうになりながら、それでも懸命に走るツヅリ。

 その思いとは裏腹に、結果はどこにも現れそうになかった。




「【スクリュードライバー】!」


 それは一瞬の隙を突いたソウの攻撃だった。

 荒れ狂う暴風のようなカクテルの光の中。カリブの意識の隙を縫うようにして、ダメもとで叩き込んだ一撃。


「あはは。無駄ですよ。僕の【ゴールデンキャデラック】は破れませんから」


 だが、魔物ですら気絶せしめる一撃を受けても、カリブにはダメージ一つない。

 そのまま笑顔で、次の弾薬を込める。


「ちっ」


 ソウも舌打ちをしながら、それに合わせる。装填、宣言、そして放つ。


「【ジントニック】」

「【ジントニック】!」


 生み出された二つの風の刃は、お互いを切り刻み合う。

 それはやはり、ほんの少しだけソウの魔法が競り勝つ。

 だが、勝ったところで残りの力は、カリブを傷付けるには至らない。


「くくく、粘りますねぇ? もしかしてあれですか? 十五分で効果が消えるのを待ってるんですか? それは愚かですよ」

「どういう意味だ?」


 カリブがおかしそうに笑い、ソウは不愉快に目を細める。

 支援魔法の効果は基本的に十五分だ。それは誰が使っても変わらない。

 だからこそ、ソウはひたすらに精神をすり減らして、相手と同種のカクテルを放ち続けていた。


「決まっています。僕の【ゴールデンキャデラック】は消えません。少なくとも貴方と戦っている間はね」

「…………分量、か」


 思い当たるものはあった。


 相手を攻撃するための魔法に、大量の材料を注ぎ込むのはあまり得策ではない。

 なぜならば攻撃力が上がるわけでもなく、範囲や効果時間などが増えるだけだから。


 だが、補助魔法では話が違う。

 効果は上昇しなくても、効果時間が増加するのは、それだけで何倍もの意味がある。

 それはソウの【グラスホッパー】でもそうだし、カリブの【ゴールデンキャデラック】でもそうだ。


「僕はこの【ゴールデンキャデラック】に、このアジトにある『ガリアーノ』全て、およそ『6000ml』を注ぎ込んでいます」

「……馬鹿な」


 ソウの口から驚嘆が漏れる。

 通常のレシピだと、材料を全て合わせても『60ml』。

 ガリアーノだけで『6000ml』ならば、他も合わせれば『18000ml』だ。通常の三百倍の分量を注ぎ込むなど正気の沙汰ではない。


「ええ。考えようによっては無駄でしょう。ですが構いません。貴方を倒せば、実験は継続できる。何より、一番大切なのは実験データです。それさえあれば、事実ここが潰れた所で何の問題もありません。『あの方』も満足するでしょう」

「……お前等にも親玉が居るってことか?」

「……サービスしすぎましたね。ですがまあ良い。あなたはここで死ぬのですから」


 それまで浮かべていた薄い笑みを消し、カリブは再び銃弾を取り出す。

 それに応えて、ソウもまた同じ材料を取り出した。


「あはは。無駄だと分かっているのに粘るんですか? もしかして、あのお弟子さんが『ガリアーノ』を見つけてくるのを期待しているんですか?」


 ソウは答えず、淡々と相手の動きだけを見る。


「言ったじゃないですか! このアジトにある『ガリアーノ』は全て注ぎ込んだってね! ここにはもう『ガリアーノ』は存在しない。あなた方に打つ手はないんですよ!」


 カリブの目的は、まるでソウの表情を絶望に染めることのようだった。

 だがソウは、不敵な笑みを消さない。額から汗が流れ、ジリジリと精神が削られるような戦いの中でも、決して余裕を崩さない。

 カリブが動きを止めたので、ソウも少しだけ言い返すことにした。


「俺も少しだけサービスしてやるよ、カリブさんよ」

「なんです?」

「あいつをあまり舐めないほうがいい。あれは天才だからな」

「あはは! 天才だと何なんですか? 僕を倒せるとでも言うんですかぁ!?」


 カリブの狂ったような声を聞き流して、それでもソウは待つのだった。

 ツヅリがどうにかして、『ガリアーノ』を手に入れてくることを。




「……ない。やっぱりどこにもない」


 広大な畑を走りきり、収穫所のような建物を隅々まで探しても『ガリアーノ』の液体はおろか、実一つも見つからなかった。

 ツヅリは畑の前で座り込みそうになり、それを気力だけで支えた。


 怖い。どうしようもない。諦めてしまいたい。


 頭の中には次々と弱音が浮かんでくる。

 だが、それらを更に大きな意思の力で撥ね除ける。


「お師匠に頼まれたんだ。何回も迷惑かけて、何回も馬鹿やったのに、それでもお師匠が私に託してくれたんだから!」


 そこまで気を入れ直し、ツヅリは畑の前でふと足を止めた。


 それは諦めたからではない。発想の転換だ。

 はっきり言って、ここに『ガリアーノ』の果実がないことは認めるべきだ。

 では何がある?


 花だ。ここには花があるのだ。


「この花を、どうにか、できれば……」


 ツヅリは地面に膝をつき、畑に咲く花をじっと見つめる。


 この花は、なぜ咲いている?


 ソウが言っていたのだ。『土地の魔力が豊富』ならば、促成栽培されると。

 そして町の人間、何百人から魔力を吸い上げて、畑はゆっくりと成長している。

 であるならば、一つに絞って魔力を注ぎ込んでやれば、より急速に育てることが出来るのではないか。


「そうだよ。魔力を注ぎ込むなら、私にはこれがあるんだから」


 ツヅリは腰から『ニッケル・シルバー』を抜き放つ。

 銃は『カクテル』を作る道具である。同時に『魔力を撃ち出す』道具でもある。

 言い換えれば、それを破壊ではなく照射へと向ければ、植物に与えることも可能だ。


「なら、それをやればいい」


 やり方など教わってはいないが、どうにかしてみせる。

 ツヅリは腰のポーチから一つずつ弾を抜き出す。


 風の『ジーニ』。これは植物を成長させる刺激と言っていた。

 水の『ウォッタ』。これは循環させる体液と言っていた。

 火の『サラム』。これは活性化のエネルギーだと言っていた。


 そして土の『テイラ』。


「……だよね。私が『テイラ弾』を持ってないのは、当たり前だよね」


 ポーチの中には、それだけがぽっかりと抜けていた。当たり前だ。今まで使えなかったのだから必要もなかったのだ。


「でも、今作れば……しまった」


 改めて作ることを考えたが、自分の胸に『テイラ』の魔石がないことを思い出した。

 せめて二人目はどうにか素手で倒しておけば、と後悔しても始まらない。


「じゃあ、どうすれば……」


 ツヅリは悩み、そして結論はすぐに出せた。



「……私の中のテイラの力……私自身から『弾薬』を取り出せば良いんだ」



 ぽっと浮かんだアイデア。そんなことは今まで考えたことすらなかった。

 だができる筈だ。そもそもこの畑だってそう作られている。できないわけがない。


 ツヅリは自分の胸元に手を当て、意識を研ぎ澄ませる。

 そこに眠っている筈の、自身のテイラの魔力に手を合わせる。


 いける。確信する。

 それも、すごく、計りやすい。



《生命の波、古の意図、我求めるは魂の姿なり》



 手の中に力の奔流を感じる。

 コツンとした感触。

 胸に押し付けていた手を離した。


「……できた」


 そこには確かに『テイラ45ml』の弾薬が存在していた。

 身体の芯から根こそぎ力を奪われたような虚脱感があるが、それでも意識ははっきりしている。

 身体はまだ動く。


「でもなんだろう? なんだか輝いているような?」


 出来上がった弾丸を見て、ツヅリは少し不思議に思う。それはソウが使うテイラの弾とは少し異なって見えた。

 黄色というよりは、光色のように、少しだけキラキラと輝いているようだった。


「ううん。今はそんなことは良いの!」


 ツヅリは出来上がったばかりの弾薬を銃に込める。

 宣言はいらない。これはカクテルではないのだ。


 それぞれの弾薬を活性化させる魔力を慎重に送り込む。

 どういうわけか、このテイラ弾は不思議なほどに想い通り、扱えた。


 そして、ツヅリはその引き金を引く。




「くっ!」


 ソウは苦悶の声を漏らしながら、カクテル同士のぶつかり合いの余波に耐える。

 カリブが放ったのは【ジントニック】。

 それに対してソウが放ったのは【ラムトニック】である。


 風と炎の同出力の力は、互いに食い合うもその余波を辺りに撒き散らした。

 降り掛かる火の粉にカリブは平然としているが、ソウはそうもいかない。

 少し距離を取り、息を止めて灼熱の風が通り過ぎるのを待った。


「もう集中力が切れたんですか? それとも『ジーニ』が切れたんですか?」


 その行動は、カリブの目には明らかなミスに映った。


「……はっ、ちげえよ。ちょっと身体を温めたくなっただけだ」


 ソウも軽口を叩いてはみたが、事実、半分以上は正解だ。

 残弾数はすでに各属性ともに心許ない。『ジーニ』に至っては、尽きた。

 だから、相殺するにしても他の属性を使わざるを得なかった。


 だが、風にぶつけるなら、水か土にするべきだった。

 そこの判断を誤り、最も余裕があった炎を選んだのは、明らかな判断ミスだ。

 それでもソウの心から余裕が消えることはない。


「……気に入らないですね。さっきから」


 カリブは苛立たしげに、食って掛かる。


「なぜあなたは絶望しない? 絶体絶命って分からないほどに馬鹿なんですか? そんなわけがない。馬鹿がそんなに強くなれるわけがない。なら何を信じているんですか?」

「言っただろ。俺の弟子は天才だってな」


 その返答が気に入らなかったのか。

 ついにカリブのほうが余裕の態度を崩し、今まで続けていた敬語も捨て去って怒鳴る。


「ふざけるな! もしかしてあの弟子が『ガリアーノ』を育てるとでも思っているのか? 馬鹿を言うな。僕にだってそんなことはできない。あんただってそうなんだろ? 僕達のような一流以上のバーテンダーに出来ないことが、なぜあんな小娘にできると思う!」


 カリブの怒鳴る言葉を聞いて、焦る表情を見て、ソウは心でクククと笑う。

 カリブの言った通り、ただのバーテンダーに植物の『促成栽培』などできない。

 魔力を与えることはできるだろう。だが、それだけでは足りないのだ。


 植物を育てるのに必要なのは魔力だけではない。幾人が研究を重ねた結果、生体や精霊の持つエネルギーもまた植物を育てるのに必要だというのが分かっている。


 一方ツヅリは、人の身にして馬鹿げた量の『テイラ』を持っている。そして、今彼女は通常の、魔力だけを持った『テイラ弾』など、持っていないのだ。

 ならば、それを連想し、それが出来て、おかしくはない。



「お師匠!」



 その声は、ソウの後方、遥か遠くから聞こえてきた。

 確かな希望を持って、届いた。


「っ、これを!」


 ソウが振り向くと、ツヅリが何かを投げ寄越す。

 そしてそのまま、力を使い果たしたように倒れ込んだ。


 カリブが驚愕の声を上げているが、気にしない。

 今はツヅリを助け起こしにいく余裕もないが、仕方ない。

 ソウはツヅリが届けてくれた弾丸を、つかみ取る。


 それはたった『5ml』分の弾丸。それでも確かな『ガリアーノ弾』だった。


「さて、これからだぜ、カリブさんよ」



 切り札のようにそれを握りしめ、ソウは不敵にカリブへと笑いかけた。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


本日は、四回更新で一章完結までいくつもりです。

その二回目です。

次回の更新は二十二時過ぎを予定しています。

※0928 誤字修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ