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ソウの襲撃

「ククク。おうおう、まるでアリみたいに湧いてきやがる」


 アジトの隠し入り口である洞窟を駆けながら、ソウはまた一人、敵を無力化して言う。

 隠し入り口は、森の中にぽっかりと空いた洞窟のようなものだった。地下を通ってアジトの中へと通じているらしく、それがまるでアリの巣のように思えた。

 だが、足並みを乱し、バラバラと向かってくる敵の姿は統率されているとは言えない。


「ま、しかたないかね」


 誰に聞かせるでもなく、ソウは呟いた。

 ソウの横にフリージアの姿はない。アジトの入り口のところで帰ってもらったからだ。


【サンブーカ・コン・モスカ】の本当の効果は、防御だ。

 三つの火の玉が、襲い来る攻撃から三度、対象を守るという効果がある。

 なけなしの弾丸の一発を使ったので、もう使えないが、その効果はフリージアの無事をソウが確信するくらいである。


 そしてその時点。

 洞窟に乗り込む前から、すでに勝負は始まっていた。


 ソウは考えた。

 カリブはどうやら、ソウのことを高く買っているようだった。

 となれば、ソウが隠し入り口に気付くのは想定内だろう。


 他の入り口は門なのだ。人員をそこに大量に集める効果は薄い。それよりも洞窟のような閉じられない場所に、警戒を含めて人間を多く配置する。当然の発想だ。

 それ故に、フリージアがしっかり離れる時間を確保したあと、ソウはその洞窟の穴の中に『カクテル』をぶっ放した。


 カクテル名は【アースクエイク】。

 いかにもな名前だが、このカクテルは『テイラ』属性ではない。『ジーニ』属性だ。

 その効果は、爆音による三半規管の混乱。食らった人間が、まるで地震を受けたように立っていられなくなるから、その名が付いている。



「しっかし、こんな状態でも向かってくるんだから、大したもんだ」


 ソウが零す程度には、相手は戦意を喪失することなく向かってきていた。

 足元をふらつかせ、立つのも覚束ないのに向かってくる姿には、同情を禁じ得ない。

 同情したところで、負けてやるほど優しくはないのだが。


「問題はツヅリだな。あいつが盾にされたりすると、流石にな」


 倒した相手をいちいち拘束しながら、ソウは思う。

 カリブはソウに相応しい準備をすると言っていた。それが、仮にツヅリを攻撃の盾とするような戦い方だとすると、手こずるのは目に見えている。


「だが、そういうタイプには見えなかった。やけにプライドが高そうだったな」


 作業を終えて再びソウは走る。ややあって、ようやく洞窟の出口が見えてきた。

 月明かりを求めて飛び出したい衝動をこらえ、出口の縁からゆっくりと外を見る。


 そこに広がっているのは畑のように見えた。月明かりが照らしているのは、規則正しく植えられている植物。花を咲かせている『ガリアーノ草』。

 だが、その花の謎も今はどうでもいい。

 その場には、バーテンダーが銃を装備して待ち構えていた。


 その数は五人。洞窟の出口を中心に扇状に広がっている。

 銃にはカートリッジが挿入されているものと、いないものがある。威力の減退を計算しつつ数で仕留める算段だろう。両端の二人がカートリッジ無しだ。恐らくシェイク。


 それぞれが、そこそこに腕が立つのは見て分かった。

 遮蔽物はない。身を隠しながら戦えないなら、数に勝る相手が圧倒的に有利。


「さて、どうしたもんかね」


 困難な状況だ。だが決して不可能ではない。

 それまでは温存していた弾丸を、ゆっくりと銃へと込める。


「基本属性『(ヴォイド)』、付加属性『クレームドミントグリーン20ml』『クレームドカカオホワイト20ml』『生クリーム20ml』『アイス』、系統『シェイク』」


 そして宣言。瞬く間にブゥンと魔力が満ちた音。

 その銃を顔の高さまで上げ、常よりも力強く振った。


 ソウは通常、シェイクで魔力の塊を壊してしまわないように優しく振ることが多い。

 だが、このカクテルの場合には、それぞれが相応に混ざりにくい。中身を無理やり花開かせるようにハードシェイクをするのを流儀としていた。

 やがて、絶妙のタイミングでシェイクを止め、その銃口を自分に向けた。


「【グラスホッパー】」


 放つ。

 緑白色の暖かい塊が身体に吸い込まれ、隅々まで満ちていく。全身の細胞が活性化し最適な状態を作り上げる。筋肉の隅々にまで爆発しそうなエネルギーが充填される。


 身体能力強化の特殊魔法【グラスホッパー】。

 バッタの名を持つそのカクテルは、カクテルで戦うことを至上とするバーテンダーに、圧倒的に不人気な支援専用魔法だ。だが、ソウはこの魔法がお気に入りだった。

 自身の手足を道具から武器へと変えてくれるこの魔法。材料が少々特殊な点に目を瞑れば、これほどパフォーマンスが良いものはない。


「よし」


 準備を整えると、ソウは新しい弾丸を銃に込める。

『ウォッタ弾』『アイス』『オレンジ』のカートリッジ。

【スクリュードライバー】の構えだった。


「略式──『ウォッタ』『オレンジアップ』」


 宣言を済ませる。時間を置く前提で準備をするのは、主義ではないが、致し方ない。

 ソウは一度呼吸を整え、ゆっくりと長い息を吐いてから、


 飛び出した。


「っ! 来たぞ!」


 急に飛び出した影に気付き、男達が叫ぶ。だが、その照準が遅い。

 理由は簡単。ソウが道中で敵から奪った、揃いのマントを羽織っていたからだ。

 目くらまし程度の期待だったが、それによって男達は一瞬だけ動作が遅れる。


「撃て!」


 号令の後、男達の銃から、赤や青、色鮮やかな破壊の魔力が涌き起こる。

 しかし、すでにソウは相手の効果範囲からギリギリ脱していた。


「【スクリュードライバー】!」


 走りながら、カクテルを起動する。狙いは号令を放った左端の男。

 ソウの放った水色の光弾は、男に直撃し意識を刈り取った。残り四人。


「シッ!」


 細く息を吐きながら、ソウは一番右端にいた男に最接近する。

 男は自分の放ったカクテルが外れた事実に驚愕していて反応が鈍い。

 ソウは容易にその腹に拳を打ち込み、意識を刈り取った。


「くそっ!」


 その段階で、残った三人はすでに次の動きに入っている。

 新しい弾を込め、宣言をして次のカクテルの準備をしているのが、二人。


 ではもう一人は?

 銃を捨てて腰の剣に手を伸ばし、ソウへと向かって来ていた。


 ソウは咄嗟に先ほど沈めた男を前に突き出す。突進してきた男は、それによって突進を無理やり反らされる。そうやって体勢を崩した瞬間、ソウは男の懐に潜り込む。

 剣を持つ手をひねりあげ、バランスを崩した所で足を払う。

 宙に浮いた男を、渾身の力で蹴り飛ばした。


 男が吹き飛ばされた先には、次のカクテルの準備をしている男の一人がいた。

 二人の男がもつれて倒れ込む。


「『ジーニ』『カットライム』『トニ──』」


 その段階で、残ったビルドの男が宣言に入る。

 ソウは少しだけ感心する。略式も使えるのか。想定よりも早い。

 間に合わない、と判断。


 ソウは懐に仕込んでいたナイフを抜き出し、それをビルドの男めがけて投げた。


「なっ」


 男は驚愕に目を開く。ギリギリの所でナイフを回避。

 だが、宣言を途中で中断させられた。目的は達した。

 ソウは男に向かって走りながら、既に銃弾を装填し終えている。

 男は焦りながらも正確に宣言を行う。


「『ジーニ』『カットライム』『トニックアップ』!」


 やはり相当に早いが、それは愚策だ。

 対するソウは、宣言を行わない。ただ、取り付けていたカートリッジを外し、叫ぶ。


「『ジーニ』!」


 有効射程内に入ってさえいれば、そちらが早い。

 圧縮された風の塊は、男の頭を無慈悲に揺さぶった。



「制圧完了……か」



 周囲の安全を確認し、ソウはもつれて倒れ込んだ男の方へ向かう。

 ようやく這い出してきた、意識ある男の頭を踏みつけて聞いた。


「なぁ、案内して欲しいんだけど、良いか?」


 頭を踏みつけられながら、反抗的な目で男はソウを睨む。


「なぜ、俺たちを殺さない?」


 問われて、ソウは少し考える。何故と言われても特に理由はなかった。


「あえて言うなら、殺さなくても勝てるから殺さなかった。殺すと気分悪いからな」

「なっ」


 その発言を聞いて、男はソウと自分たちとの圧倒的な力量差を悟った。

 そして、必要があれば、その行為に躊躇いを持たないことも。


「つうか聞いてるのはこっちなんだよ。案内するのか、痛い目見るのか、どっちだ」


 グリグリと踏みつけながらソウが問う。先ほどよりも、言葉に圧力が増していた。


「わ、分かった。案内する。だから──」

「ま、それなら殺さないでおいてやるよ」


 にたりと、わざとらしい笑みを浮かべてソウは答えた。



 だが、その笑みに親しみなど一切含まれていないことは、誰の目にも明らかであった。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


本日二回更新予定の二回目です。


そして明日は、四回更新で一章完結まで行く予定です。

それぞれ、十八時過ぎくらいから、二時間おきに、二十四時過ぎくらいで一章完結します。

よろしければ、お付き合いいただけると幸いです。


※0926 誤字修正しました。

※0927 誤字修正しました。

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