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作り話

「ねぇ、お兄さん」

「なんだ?」


 月明かりの差し込まない森の中。

 ぼんやりと辺りを照らす光の玉の中心にいる少女は、小声でソウに声をかける。


「約束の話、なんだ、けど」


 表情の見えない背中越しの声。生気をあまり感じさせない、押し殺すような声。

 ソウはうんざりとした気持ちに、仄かな嫌みを乗せて言った。



「言っておくが。アジトに着いたら自分を殺してくれ、なんて願いを聞く気はない」


「っ!?」



 少女はその言葉に、驚愕の表情をしながら振り向いた。


「おい、足元を見ないと転ぶぞ」

「……そうじゃなくて」

「なんで分かったのかって?」


 無言で頷く少女。ソウは声の調子を変えず、諭すように低く答える。


「それはなリー。お前の声も表情も態度も、ずっと、何か諦めてるみたいだからだ」

「……だからって」


 それだけで何かが分かるのはおかしい。

 そう言いたいだろうことは察し、ソウはペースを崩さずに答える。


「そんで勝手な推測。リーには村での居場所がない。そんなお前が進んで協力する理由はなんだ? それによって何かが変わるからだ。だが、俺の奇襲を成功させて、村に認めて貰おうってのには、覇気がまるでない。成功しても、失敗しても良いみたいに見える」


「…………」


「成功しても失敗しても、求める結果が変わらない。ということは、この奇襲の結果にお前の望みはないことになる。その段階でお前が望めることは何か。答えはまあ、そんなところだろう」


 足を止めずに、しかしその足取りを確かに重くして、少女は進む。

 その背を追いながら、ソウは僅かに暗い感情を吐き出した。


「なぁリー。お前はどうして協力を申し出た?」

「……だって、私は居ても居なくても、変わらないから。だったら、これが村のために私にできることかもしれないって思ったから」


「そうまでして、気にかけるような連中か? 迷惑かけないように、死ぬ覚悟までして」

「……そうだよ。だって今まで、世話してくれたんだから」

「世話してくれた、ねぇ」


 ソウは再び少女の姿を見る。

 フリージアの身体はお世辞にも健康的には見えない。

 頬は少しこけているし、足や腕も少女の年代にしては細い。

 着ている服もボロボロに見えるし、髪もボサボサだ。


「お前はそう思ってるのかもしれないが、多分違うぞ」

「え?」

「連中はお前を世話してきたわけじゃない。殺さなかっただけだ」


 そこに怒りというほどの激情は乗せず、さりとて無関心にもなれず、ソウは言った。


「世話するってのは、相手を気にかけることだ。ぞんざいに扱っていいわけがない」

「……それでも、恩を感じるのにおかしいことなんて」

「ある。あるに決まってんだろ。殴られたり蹴られたり、ないがしろにされたり。人間扱いされないことに感じる恩なんてない。恨んで当然なんだよ」


 がらになく熱くなっている自分を感じながら、ソウは答える。

 だが、それに対する少女の瞳は、暗い。


 たった一つの出口を否定され、前にも後ろにも道がなく、淀んでいて、沈んでいて、どこにも先を見ていないようだった。


「……リー。少しだけ休憩するぞ」

「え?」


 前触れもなく、ソウが告げる。今度こそ純粋な驚きで、フリージアは足を止めた。


「結構歩いただろう。俺は良くてもお前は辛いはずだ」

「……でも」

「良いから休憩だ」


 ソウに強く言われて、訝しみながらも少女は手頃な岩に腰をかけた。

 そばの木にもたれながら、ソウは呟くように語りかける。


「せっかくだから、一つ作り話でもしてやろう」

「作り話?」

「ああ。よくあるお話だ」

「…………」


 近くの岩に腰をかけ、無言でソウの言葉を待つフリージア。


「……ある所に、一人の少年がいた。裕福でもなけりゃ貧しくもない。なにも不満を感じたことのないごく普通の少年だった」


 この世界にありふれている、なんてことのない家庭の一つ。


「まぁ、そんな少年が普通に暮らしていたんだが、5歳になるくらいで転機が訪れる」

「……転機?」


「町で事件が起きて、両親も兄妹も死んだ。家もぶっ壊れた。ただ一人少年だけが何も持たずに生き残った。よくある話だ」

「……よくは、ないよ」


 まるで自分を揶揄されているように感じ、フリージアは少しムッとする。


「だが、少年は幸運だった。その場にたまたま居合わせた男に、たまたま拾われたんだ。一人では生きていけない少年は、それで命を救われた」

「……良い人だったの?」


 少女の問いかけに、ソウは小さく首を横に振った。


「だが、少年は不幸だった。拾った男は裏組織のバイヤーだった。少年はさっさと売っぱらわれて、どっかの組織の子飼いにされた。それからは地獄だった。集められた沢山の子供と一緒に死ぬほど訓練させられることになった。実際何人も死んだし何人も殺された。だけど不思議なことにな、そこの子供達は誰一人、組織を恨んだりしないんだ」


「……なんで」

「なんでだと思う? リー」


 ソウに尋ねられて、フリージアは口籠もる。

 そこに見出した答えを口に出したくないのだ。

 それを知っていて、ソウははっきりと言葉にした。


「それが世界の全てだったからだ。それしか生きる道がないと思い込んでいた。いつの間にか、組織が自分を生かしてくれていることに感謝すらしていたんだ」


 数々の叱責は、ミスをしたら生き残れない世界での愛情。

 数々の特訓は、この世界を生き残る強さを身につけさせる親切。

 思いやりの欠片もない褒め言葉は、動かない目標の急所をついたら与えられるもの。


「そんな特訓が何年も続いた後。訓練に耐え抜いた子供達にはついに任務が与えられる。そうして次は、動く目標にナイフを突き立てるわけだ。訓練の延長みたいにな」


 ソウはひどく冷たい笑みを浮かべていた。


 その気迫にフリージアの背筋が凍る。

 ヘビに睨まれたカエルのごとく身体の自由が利かなくなり、足の震えを止められなくなる。


「おっと悪い、作り話、作り話だって」

「……うそ」

「おいおい、信じろよ。バーテンダーは嘘吐かないぜ?」


 ソウは意識して柔らかい笑みを浮かべた。

 さっきまでの空気が一瞬で瓦解し、フリージアは自分でも不思議なほどに心を緩めさせられた。

 それだけ、ソウの笑みはするりと心に入り込んでくるものだった。


「そういった生活をずっと続けているうちに、少年は少しずつ、自分の価値をどこにも見つけられなくなった。そうやって毎日生きて……違うな、生かされているうちに、気付いたら少年は、組織の中でもエースと呼ばれるようになった」


「……それって」

「組織の中で一番強くて、一番上手いって意味だな。少年はそん時、お前より少し下くらいか」


 少女ははっと自分の姿を見る。自分の年齢で、そのような生活を送っている子供がいるなど、今まで考えたこともなかったのだ。


「そんなある日のことだ。そこそこの権力を持つに至った少年が、次の任務の為に調べ物をしていたら、ある事実に気付いた」

「……それはなに?」

「幼い頃、自分の村を襲った事件の犯人は、自分の所属している組織だって事実だ」

「そんなっ!?」


 フリージアは、その悲痛な事実に、我が事のような驚愕を浮かべる。


「それで、どうなったの?」


 ソウは少女のその素直な反応に、作っていない笑みを零した。

 こんなコテコテのストーリーに、そこまで純粋な反応をする少女が、とても好ましく思えたのだ。


「当然、少年の心の中には怒りが湧いた。だけど同時に、組織への感謝もあったんだ。今まで生かしてくれたのは、組織だからってな」

「……そんなの」

「おかしいと思うか? でも事実だ。餌も寝床も、組織から与えられていたものだった。殺されないってことと、人間扱いされるってことは別なのにな」


 その言い方に、フリージアは自分の境遇を考え込むように目を閉じる。

 まったく自分と同じ話をされているわけではない。しかし、少しは似通った話をされているとは思った。そして気になった。

 これから先、その少年がどうなったのか。


「それで、その男の子はどうしたの?」


 質問を受けて、ソウはニヤリとした笑みを浮かべながら続けた。


「簡単さ。全部どうでもよくなって死のうとしたんだ」

「っ!?」


 少女が目を見張る。まるで、先ほどまでの自分の出した結論をなぞるようだった。


「少年は、次の計画の情報をわざと流した。ふらっと酒場に紛れ込んで、そこにいた身なりの良い大人の前で、さも偶然話を聞いたみたいにな。そんで何食わぬ顔で組織に戻って、そのまま計画を実行した。当然、全て筒抜けなんだから簡単に罠にかけられ、実行犯は一網打尽だ。少年もそのまま死ぬつもりだった」


「……でも生き残った?」


 少女が真っ直ぐにソウを見つめてくるので、ソウは少しバツが悪くなる。


「ああ。少年が無抵抗で攻撃を受けようとしたら、そこで対峙していたのが、たまたま酒場で情報を流した相手だった。少年も大人もビックリだ。そして不思議なことに、その大人は少年を殺さなかった」

「その人はどうしたの?」


「殺してくれってわめく少年を、引き取って育てたんだ。今までされてこなかった人間扱いを、その大人がしてくれた」

「…………」


「熱心に世話をされて、ようやく少年は気付いたわけだ。殴られたり蹴られたりってのは、別に愛情でもなんでもなかったんだってな。そんなもんに縛られて自分を犠牲にしたり、死のうとしたりするのは、なんて馬鹿な話だったのかってな」


 ふぅ、とソウは一息をついた。


「これで作り話は終わりだ。どうだ、面白かったか?」


 ソウに感想を求められても、少女は苦い表情で曖昧に笑うだけだった。

 ソウの顔と、地面とを交互に見ながら、それでも何も口に出せないでいた。

 不器用な少女の姿にソウはやれやれと軽く息を吐き、どこかわざとらしく口にする。


「それで話は変わるんだが。俺たちのバーテンダー協会は、現在人手不足なんだ」

「え?」


 突然切り替わった話題。フリージアはぽかんとソウを見上げる。


「どこかに掃除とか洗濯とかができて、頼まれた雑用なんかもこなせて、住み込みでも働けるような人間がいたらすごく助かるんだよな」


 唐突に聞かされた芝居がかった言葉。

 それがどういう意味を持つのか理解出来ないほど、フリージアは愚かではなかった。


「……でも、その……」


 しかし、何かを求めるということが、少女はひどく下手くそだった。

 ソウはその様子をじっくりと観察してから、意識して優しく言う。


「……いいんだよ。自分の状況を変えたくて、ここに居るんだろ?」

「……はい」

「だったら、どうする? 俺は、お前が助かるための手助けをする約束なんだぜ?」


 少し少女に近づき、その頭を優しく撫でるソウ。

 少女はそれにビクリと反応するが、嫌がりはしなかった。


「あの。私、その」


 言って少女は、まっすぐにソウの瞳を見た。


「……私なら、その条件に、ピッタリだと、思う、から」

「そうなのか。それじゃあよろしく頼んでもいいのか?」

「……はい」

「了解」


 ソウは少女の申し出にえらく簡潔に答えて、そっぽを向いた。

 それが照れ隠しなのではないかと、少女はなんとなく気付いた。


「さてと、休憩時間を取りすぎたか。ちょっと急ぐぞ。大丈夫か?」


 少女を撫でるのをやめ、ソウが視線を正して切り替えるように言った。

 フリージアはその言葉に、休憩前よりも大分すっきりとした顔で頷いた。


「なんだかすごく、軽くなった気がします」

「そいつは良かった。じゃあ、案内を頼む」



 少女はうんと頷いた。

 ようやく年相応の笑みを見せたなと、ソウは心の中だけで思った。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


明日は二回更新の予定です。

十八時と二十時に更新したいと思います。

よろしければご覧になってください。

※0927 誤字修正しました。

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