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小さな意識

 ソウが町に帰り着いたとき、既に日は殆ど暮れていた。

 だが、いくら日が暮れていようと、雰囲気の異様さにはすぐに気がついた。


 何かがあった。その予感は、道なりに宿に着いた時点でほぼ確信に変わった。

 宿の前に停まっていたはずの馬車の姿はなく、宿に明かりがついている様子もない。


 そしてなにより、この距離にまで近づいても、ツヅリが姿を見せないのだ。

 出した宿題が終わらなくて、気まずくて顔を出さない可能性もゼロではない。

 だが、無理な量ではないし、彼女の性格からは考えづらい。


(となると当然……なにかあったわけだ)


 ソウは油断なく銃に手を伸ばしつつ、宿の扉を開けた。


「……ユウギリさん!」


 宿に入ると、さっきまでほとんど感じなかった気配がある。

 暗がりではっきりとは見えないが、目の前の相手はカリブである。


「無事だったんですね!」

「何があったんですか?」


 ソウはカリブに尋ねる。

 暗闇の中、ぼそぼそとした声でカリブが言った。


「それが、あなたが帰ってくる前に、野盗の襲撃があったんです」

「……なに?」

「彼女は私達を庇って戦ってくれたのですが、力及ばず……連れ去られてしまいました」


 ソウは感情を動かさずに、カリブの話を静かに聞く。


「私は咄嗟に身を隠したので事なきを得ましたが、荷物はほとんど持ち去られてしまいました。もはやここから脱出するのも難しいでしょう」

「子供達はどうしました?」

「彼らも隠れてやり過ごしたようです。どうやら慣れているようで」

「なるほどね」


 それらの言葉を聞いて、ソウは一通りの状況確認を終えた。


「ユウギリさんは、彼女を救いに行くつもりですか?」

「……まぁ、野盗のアジトらしき場所は見つけましたがね」

「それはすごい!」


 偽りのない感嘆の声でカリブは言った。


「でしたら、こちらに付いてきてくださいませんか? 少量でしたら、野盗から隠しおおせた物資もあります」


 カリブはソウを手招きする。


「ええ、じゃあ、確認させて貰いますかね」


 ソウは自然な足取りでカリブに近づいた。

 二人の距離が、手の届く範囲にまで近づく。


 その瞬間。



 カリブがニヤリとした笑みを浮かべ、手に隠していたナイフを突き出し。

 ソウが見越していたかのように、カリブの手からナイフを蹴り落とした。



「なっ!」


 カランカランと地面に転がったナイフを呆然と見つめるカリブ。

 そのナイフを蹴り飛ばしてから、ソウはドスの効いた低い声を発する。


「あまり俺を舐めるなよ。そんな嘘に騙されるほど、俺はお人好しでも馬鹿でもねぇぞ」

「ちっ!」


 短い声を発し殴り掛かってきたカリブの拳を、ソウは容易く避ける。

 そのまま回転の勢いを付けて、ソウはカリブの背中を力強く蹴り飛ばした。


「ぐぅっ」


 吹き飛ばされて床を転がったカリブの口から、鈍い苦悶の声が漏れた。


「大人しく降伏しろ。外道バーテンダー」

「……なぜ?」


 小さい疑問の声。なぜ自分が敵──それもバーテンダーだとバレたのか。

 その声に、ソウはつまらなそうに返す。


「お前ちょっと前に、俺にガリアーノの瓶を見せながら言ったよな。『こんな少量で役に立つのか』ってな」

「……それで、なぜ?」


 それは確かに、カリブが瓶を見せびらかしながら言った言葉だった。

 しかし、事実として30ml程度では普通、一、二回分のカクテルにしか使えない。満足な量だとはとても言えない。

 カリブの重なる疑問に答えるように、ソウはただ冷淡な声で答えた。


「なんでバーテンダーとほとんど接したことがない商人に、そのガリアーノが『少量』だってわかるんだ?」


「それは……」

「扱ったことのない人間が、それも知識がないと言っている人間が、カクテルの分量についてだけ詳しいなんて、おかしい話だよなぁ?」


 それを扱うバーテンダーなら、どれくらいの量が『少量』か『多量』か分かる。

 だが、直接バーテンダーと関わる機会がないはずの男に、その判断ができるだろうか?


 ソウはその言葉を聞いた瞬間から頭の中に湧いた疑惑の処理を行っていた。

 だが、断定できる材料はついに出せず、カリブが何かを隠している、という所までしか判断はできなかった。

 そのせいで、ツヅリに警告までしか与えられなかったし、こうやってむざむざ攫われる結果になってしまったのだ。


「っと。また無駄に説明しちまったな。最近の悪い癖だ」


 カツカツと足音をたて、うずくまっているカリブに近づいて、ソウは告げた。


「さぁ。ツヅリの所まで案内して貰おう」


 ソウがカリブに促すと、男はくく、と歪んだ笑い声を出す。


「まさか、そんな所から疑われていたなんて……ユウギリさん、やはりあなたは油断ならない男だった。ここでは、勝てそうにない」

「何を言って……!」


 ソウの質問に行動で答えるように、カリブは咄嗟に立ち上がると外へと走り出した。


「逃がすか!」


 その急な逃走に対応し、ソウは銃へと手を伸ばすが、


「……なっ!?」


 突然身体にまとわりついてきた、何本もの手に行動を阻害される。


「ガキども! 放せ!」


 それは、この場に入った瞬間から、姿は見えなくとも感じていた無数の気配の正体。

 物陰に隠れるようにしていた町の子供達の手だった。


「ははっ! 良いぞお前ら! ちゃんと足止めできたら親は生かしておいてやる!」


 ソウは強引に振り払うも、次から次へと伸びてくる手を処理し切る間に、カリブはどんどんと遠くなる。


「待ってますよユウギリさん! 相応しい準備をして、必ず殺してあげますから! 来なかったらあの子がどうなるかは、分かりますよね?!」


 やがて、カリブの姿は闇に溶け、捨て台詞だけが耳へと届く。

 カリブの逃走が完了したところで、子供達はその必死な態度を緩める。


「くそっ!」


 後には、苛立ちに染まるソウと、諦めたような顔をした子供達だけが残っていた。




「てめえらは、最初からグルだったわけか?」


 リーダーの少年の胸ぐらを掴み上げながらソウは尋ねる。

 少年は光のない目を反らしながら、静かに答えた。


「……ちがいます」

「じゃあいつからだ?」

「今朝。あなたが居なくなってから、持ちかけられました。そうしないと、両親を殺すって言われて」

「その脅しで、あいつの計画に加担したってわけか」


 少年を締め上げて、ソウは昼間に起こった出来事を知った。

 ツヅリの動向を探り、嘘の計画を持ちかけたこと。油断したツヅリは、戦うことすら出来ずに倒れたこと。そのままツヅリは、隠れた入り口を使ってアジトに運ばれたこと。


「くそがっ!」


 少年を乱暴に解放しながら、ソウは汚く吐き捨てた。

 その剣幕に周りにいた子供達が肩をすくませるが、どちらかといえばそれはソウ自身に向けられたものだった。

 グツグツと煮えたぎるような怒りと、腹の底に渦巻くような不快感。


 他人を信用しすぎるなと忠告したのに、容易く武器すら手放したツヅリにも責任はある。

 だがそれ以上に、目の前でツヅリの危機を見過ごしていた自分に腹が立つ。


(ミスは認めよう。ならば、どうする?)


 しかし、ソウはすぐに頭を切り替えた。

 囚われたなら、間に合う内に助ければ良い。


「お前らに聞く。俺に協力する気のある奴はいるか?」


 ソウは集まっている子供達に鋭い目を向けて言い放った。

 子供達は、その言葉にビクリと反応はするが、名乗り出るものはいない。


「もう一度聞く。腑抜けどもの中に少しくらいは骨のある奴はいないか?」


 二度、強い言葉で脅すように、揺さぶってみるも、変わらず。


「てめえら、そんな簡単に諦めていいのかよ? なんで奴の言いなりになる? 状況を変えるのが怖いのか? それでこのまま何も変わらないで、緩やかに腐って死んで行くのがお望みなのか? 今立たないで、いつ立つんだ?」


 三度、挑発を混ぜながら言ってみるが、やはり反応は変わらなかった。

 その様子に、ソウは内心舌打ちをする。


 ソウには現状、土地勘のある子供の協力が必要だった。

 相手に対策の時間を与えないために、今夜、それもなるべく速くアジトに辿り着きたい。

 そのためには、アジトの場所が分かる子供に案内してもらう必要があった。


 たかが一日調査したところで、暗い森の中をアジトまで歩けるとは思えない。

 だが、大人しく日が昇るのを待っていては、それだけツヅリの身が危うくなるのだ。

 しかし、両親を人質に取られている子供に、それを強要するのは酷というものだった。


「……ならいい」


 ソウが交渉を諦め、力づくで従わせることを考えて銃に手を伸ばしかけたとき、


「……私が、いく」


 一人の少女が、弱々しく手を挙げた。年の頃は十二、三の、線の細い少女だった。


「お、おまえ! 自分が何を言ってるか──」

「分かってるよ」


 リーダーの少年が声を荒げるが、少女は鋭い一言でそれを遮った。

 ソウは少女の顔を真正面にとらえて尋ねる。


「名前は?」

「フリージア」


 威圧するかのようなソウの問いに怯えることもなく、少女は真っ直ぐに返した。


「それじゃあ、長いからリーと呼ぶな」

「えっ……」


 少女は、唐突にそう呼ばれ、驚いた。

 それを、ソウは多少不思議に思う。だが、その理由を察することなく続けた。


「……一応言っておくが、もしかしたらお前の両親も危険に──」

「……私には、もう、居ないから」

「そうか分かった。助かる」


 その事実に対し、ソウは意図的に無関心を返した。それは優しさでもあった。

 ソウはフリージアを外へと促す。協力者が見つかった以上、いつ裏切るともしれない子供達の前で詳しい話をするつもりはない。


 しかし、それに答える前に、少女が静かな声で言った。


「一つお願いしたいことがあるの」


 ソウは足を止め、少女の方を向く。

 その意思を感じて、フリージアはその先を言う。


「お姉さんが言ってた。私が助けを求めたら、お兄さんは断ったりしないって」

「……なわけあるか。内容次第だ」

「じゃあ、聞いて欲しいな」


 真っ直ぐな瞳で、抑揚の少ない静かな声で、少女は言葉を紡ぐ。


「お兄さんは、助けてくれる? 私も、皆も、大人達も、全員助けてくれる?」


 その言葉に、ソウ以外の全員が息を呑んだ。ソウはちらりと子供達の様子を窺う。

 何故少女がそんなことを言うのか分からない。そう、表情が語っていた。


 それ故に、ソウはこの少女の事情を察した。

 両親もなく、子供達の中でもみすぼらしい姿。

 さしずめ厄介者扱いされていたのだろう、と。


「……そんな約束はできない。特に、お前を助ける、なんてことはな」


 だからソウは、無責任なことは言わなかった。所詮部外者の自分が彼女の何を守ってあげられるというのか。

 しかし、その答えに少女はむしろ安心したようだった。


「それじゃ、私は勝手に助かるから、その手助けはしてくれる?」


 その、あまりにも控えめな要求に、ソウは目をひそめつつ答えた。


「……わかった。それならいくらでもやってやる。俺に出来ることならな」

「約束?」

「ああ、約束する」

「ありがとう」


 今にも消えてしまいそうな繊細な笑顔で、少女は一度頷いた。

 ソウはその礼に手だけで返事をし、すぐに外へ出て行く。


「それじゃ、みんな、バイバイ」


 少女はそんな言葉を残すと、澱みのない足取りでソウを追いかけた。




「時間がない。リーはどの程度アジトについて知っている?」


 人が居ない故にまるで廃墟のような町通りを急ぎながら、ソウが尋ねる。

 幸い今夜は満月に近く、月の明かりはないという程ではない。夜道を歩くのに苦労はなかった。そうでなければ、カリブのことをこうも容易く逃がしたりもしないだろうが。


「抜け道も、場所も分かるよ。中のことは、良く分からないけど」

「十分だ。案内できるか?」

「うん。でも、明かりがあると助かる、と思う」


 ソウは少し悩む。明かりを付けながら進むことは、敵に発見されるリスクを伴う。

 だが、警戒されているのは今更だ。見つかるのが遅いか早いかの違いでしかない。


「わかった。明かりは使おう」

「それじゃ、どこかで松明でも」

「その必要はない」


 ソウは銃を抜き、腰のポーチに手を伸ばす。

 取り出したのは、無色の弾丸に、黒い粒が詰まった小瓶。


「何それ?」

「コーヒー豆だ」


 言いながら、ソウはその中から三粒ほどを取り出し、宣言した。


《生命の波、古の意図、我求めるは魂の姿なり》


 宣言から数を数える暇もなく、コーヒー豆は黒色の弾丸へと姿を変えた。

 そうして二つの弾丸を銃に込め、立ち止まることもなくソウは宣言する。


「基本属性『(ヴォイド)』、付加属性『サンブーカ30ml』『コーヒービーン3』、系統『ビルド』、マテリアル『イグニション』」


 呪文のような宣言ののち、ソウは了承も取らずに少女に銃口を向けて言った。



「【サンブーカ・コン・モスカ】」



 宣言の直後、銃口からは鮮やかに燃える三つの光弾が放たれる。


「ひっ」

「大丈夫だ。攻撃力はない」


 怯えたフリージアに襲い掛かることなく、光弾は少女を中心にしてグルグルと回りだした。少女は不思議そうにソウに尋ねる。


「これは?」

「明かりの代わりだ。本当は別の効果だけどな……熱いから気をつけろ」


 そっと触ろうとしていた少女は、注意されてはっと手を引っ込める。


「それじゃあ改めて案内を頼む。アジトの隠し口までな」

「わかった」



 言葉少なに、ソウとフリージアは夜道を駆けた。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


本日二回更新の二回目です。

明日は、普通の更新の予定です。

※0925 誤字修正しました。

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