計画とツヅリ
食事は想定していた通りの質素なものだった。
子供達が自前で食料を育てているのだ。豪華なものにありつけるとは思っていない。
両親の教えを忠実に守りながら畑を耕し、動物の世話をし、そうしてようやく作り上げた食べ物なのだ。感謝こそすれ、文句を言うつもりはない。
子供達はみなが一緒に食事を取るようだった。ざっと見ただけで二十から三十人くらいが、思い思いのテーブルについている。この場も元は食堂か何かだったのだろう。
ツヅリは促されるままに席につき、食事の合図を待った。
子供達の集まりを眺めつつ、ツヅリは横目でカリブを捜した。
どうやら彼はこの場には来ていないらしい。
「ねぇ、カリブさんは?」
ツヅリは隣に座ったフリージアにそれとなく尋ねる。
「……断られた」
それが事実かどうかは判断できないが、ツヅリは師の言葉を思い出す。
『俺が居ない間は、誰にも気を許すなよ。特にカリブには』
その言葉の色眼鏡で見ている自覚はあるが、こういうことがあるとつい疑ってしまう。
(まさか……ね)
あまり一つの見方に囚われすぎてはいけない。は意識して思考をフラットに戻す。
間もなくして、子供達のリーダーである少年が音頭をとった。
「いただきます」
『いただきます』
少年の言葉に合わせて、子供達は食事を開始する。
リーダーの少年はそれを見届けると、ツヅリの居るテーブルに腰を下ろした。
「お姉さん。少しお話をしても良いですか?」
「うん。大丈夫だよ」
ツヅリは笑顔で頷く。
隣に座っているフリージアは、少し表情を硬くしたように見えた。
「あの、商人の人は居ませんよね?」
「え? 多分いないと思うけど、ねぇリーちゃん」
「う、うん」
少女はビクリと身体を震わせるが、肯定を返した。
それを確認してから、少年が口を開く。
「……実は、お話したいことがあるんです。あなたが一番、信頼できるから」
「……なにかな?」
ただならぬ雰囲気に身を正すツヅリ。少年は一拍置いて、言った。
「あなた達と一緒に町に入った商人。野盗と結託している商人の一人です」
「……詳しく聞かせてくれる?」
「はい」
少年は語った。
彼らがカリブと野盗の繋がりを見たのは、たまたま山の中で食材を探していたときのことらしい。
それ故に、カリブはまだ子供達に気付かれているとは知らない。
それを最初に伝えなかったのは、あの時点ではツヅリ達を信用したわけでもなく、やすやすと情報を渡すわけにはいかなかったからだ。
しかし今、ツヅリを呼びに言ったフリージアが何事もない様子。それでいて、少し打ち解けているように見えたので、信用して本当の話をした。
要約するとこうだった。
「なるほどね。それは、本当に信じていいことなの?」
「はい。疑うのなら、直接その子に聞いて下さい。実際に見たのは、彼女ですから」
少年はその子と言ってフリージアを指した。その他人行儀な態度に多少思うところはあるが、ツヅリは少女へと向き直る。
「本当?」
少女は幾分かの逡巡を見せる。だが、すぐに小さく頷いた。
「その、商人の人が野盗とっていうのは、本当、です」
「分かった」
ツヅリはそれだけを聞いて、商人、カリブが目下のところ敵であると断定した。
「それで、それを今、私に言った理由を聞かせてくれる?」
「出来たらあの商人を捕らえるのに協力して欲しいんです」
少年は、迷う事なく言い切った。
ツヅリは一度考えたが、自分だけでは結果を出すわけにはいかないと判断する。
「……分かった。お師匠が帰ってきたら相談してみるよ」
「それじゃ遅いんです」
「え?」
唐突な否定を返され、ツヅリは少し面食らった。
「今まで、この町に旅人が訪れると、その次の日には旅人たちも野盗に攫われてしまうんです。だから、もしかしたら今にも野盗達がこの町に来るかもしれません」
「嘘っ!?」
寝耳に水も良い所だ。ツヅリはパニックに陥りそうな頭を必死に抑え付ける。
「……それなら尚更、すぐにでもお師匠に連絡を取らないと」
「でも、今ならあの商人を捕らえれば、人質にできるんです」
少年の依頼内容を思い出し、ツヅリは頭の中で状況を整理した。
「……ああ、そういうこと」
現時点で、いつ町が襲われてもおかしくはない。そしてその狙いは、ツヅリとソウである。
協力すると言っていたカリブは敵で、それを考えずにツヅリが野盗と戦おうとしたところで背後から襲われるだけとなってしまう。
であるならば、予めカリブを捕らえて交渉したほうが有利になる、というのは正しい。
しかし、人質一人いたところで、戦いに勝つことなど出来るだろうか。
「それを聞いてると、私は迎え撃たずに逃げたほうが良さそうなんだけど」
「はい。それは分かります。ですからあの商人を捕らえた段階で、すぐに町を離れて下さってかまいません。これは僕達からのただのお願いなんです」
「そういうことね」
つまりツヅリは、野盗達と戦う必要はないということだ。
ツヅリはあくまで少年達の手助けで、少年達はカリブを捕らえたら、そこからは独自に交渉を行う。その段階でツヅリは自由に逃げても構わない。
何も知らないソウが帰ってきたとしても、野盗に捕まることはないだろう。子供達に伝言を残すなり、何かの方法で合流すればいい。
ここまで考えて、その話には子供達の安全が入っていないことが気にかかった。
「交渉が成功すると、思うの? 下手したら君達みんな……」
だが、少年は心配いらないという風に首を横に振った。
「たぶん、僕達はみんな人質なんです。この町から出ることもできず、人を引き止め、そして親達を従わせるための道具なんです。だからこうして、生かされてるんだと思います」
その声音に、年不相応の悲哀をツヅリは感じた。
恐らくは、今話をしている時点で彼は覚悟を終えてしまっているのだ。
「わかった。協力するよ」
「本当ですか?」
「止めても無駄みたいだしね」
ツヅリははぁ、と少しだけ息を吐いて観念した。
と、その直後、
「……あの──」
少女のか細い声が、ツヅリの横合いからかけられる。
だが、フリージアの言葉を遮るように、少年が強く言った。
「フリージア。ツヅリさんがせっかく協力してくれるんだ。今更なにかあるのか?」
「……ない、です」
少女は言いかけた言葉を呑み込んで、俯いてしまう。
「ちょっと、そんな言い方は──」
「良いんです。これは僕達の話ですから」
少年の横暴なやり取りに口を挟もうとするが、すっぱりと斬られた。
少女に目配せをしても、顔を俯かせて何も言う様子はなかった。
「…………それで、そのカリブさんとはどう対峙するつもりなの?」
納得はいかないままツヅリが話を戻すと、少年もまた真剣な表情に戻る。
「今一人が商人を呼びに言っています。それでこの部屋に入ってきたところを全員で襲い掛かるつもりです」
「それ私は要らないんじゃないの?」
「いえ、もしも相手の力が強くて僕達では敵わなかった時には、ツヅリさんの力が必要なんです」
「…………」
なんとも子供らしい行き当たりばったりな計画だ。
ツヅリは呆れつつも、自身の銃に手を伸ばした。
「殺す必要はないんだよね?」
少年に確認を取ってから、ツヅリは装填する弾丸を選出する。
手加減が出来るのは、ツヅリが扱う物の中では【スクリュードライバー】くらいだ。
裂傷系や燃焼系の傷を負わせるのは忍びない。必然的に打撃を与えるものにならざるを得ない。
また、【スクリュードライバー】以外は実際に減量で使ったことがないために、魔力濃度を下げるとどれくらい威力が下がるのかも分からなかった。
「準備はすぐに済むけど、あとどれくらいで来るの?」
「さっき呼びに行った所なので、すぐには来ないと思いますけど」
少年のぼんやりとした返事。
その答えにツヅリが気を抜いた瞬間だった。
「それなら準備する必要はないよシラユリさん。もう来ているからね」
背後からの声。
「なっ!?」
慌ててドアの方を見ると、柔和な笑みを浮かべたカリブが、そこに立っていた。
最初の驚愕はその登場に。しかしツヅリの視線はすぐに、彼の腕へと移った。
「おっと、大人しくしたほうが良いよ。そうじゃないと、この子の命が、ね?」
「んー! んー!」
カリブは言いながら、拘束している少年の首筋にナイフを押し当てる。
少年は必死にもがき、カリブの腕から逃れようとしている。
「うるさいよ。そんなに死にたいんなら後でゆっくり殺してあげるけど」
「!?」
だが、少年はカリブに脅され、すっかりと動きを止めた。
固まった状況の中、ツヅリは心を落ち着けるように深く息を吸い、尋ねる。
「本当にあなたは野盗だったってわけ?」
「まぁ、そういうことになりますね」
カリブは問答を楽しむようにニンマリと笑顔を浮かべていた。
「私達を最初から狙っていたの?」
「……さぁ、どうでしょう?」
キリキリと空気が張り詰める。緊張でどんどんと身体が強張って行くツヅリと、対照的にのびのびとした表情のカリブ。
「それで、この子の命が惜しかったらその銃を手放してはくれませんか?」
言葉と同時に、カリブはナイフをさらに強く少年の首筋に押し当てる。
奥歯を噛み締めつつ、ツヅリは銃を持つ手から力を抜いた。銃は手の中から零れ、鈍い音を立てて床に落ちる。
「さあ、こちらに」
ツヅリは迷わずにカリブへと滑らせる。銃はカリブの足元で止まった。
「これでいい? じゃあ、その子を解放して」
「ええ、いいでしょう。この子は解放してあげますよ」
にたり、とカリブは笑みを浮かべ、そしてすぐに少年の拘束を解いた。
(これでいい。大丈夫。まだ数の有利はこちらにある。これでもお師匠に鍛えられているんだから、素手でだって一人くらい……)
頭の中で戦いの準備を始めながら、ツヅリは解放された少年が逃げ出すのを待つ。
だが少年は、カリブの側をすぐに離れようとはしなかった。
瞬間、ツヅリの後頭部に、ズンとした衝撃が走った。
「……っぁ?」
「……ごめん、ツヅリさん」
ツヅリは身体を崩れさせながら、頭の中を疑問符で埋め尽くす。
(なんで? なにが起きた? 頭が痛い。意識が……)
遠のいていく意識の中で、遠くカリブらしい声が聞こえていた。
「……連れて行け……人質……狙いは……だ」
そこから先の言葉は、ツヅリには届かなかった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
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そろそろ、一章の終わりが見えてきました。
今日はこのあと二十三時過ぎに、もう一度更新する予定です。
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