ツヅリと少女
時間は少し戻り、昼食前。
町に一人残ったツヅリは、木製の見張り台に陣取って外をちらりと見る。
異常のないことを悟ると、すぐにまた別の作業に移った。
《生命の波、古の意図、我求めるは魂の姿なり》
封を開けた瓶の中身。
『テイラ』のポーションから、弾薬を一つ作る。
目標は『30ml弾』。そして出来上がったのは、
「う〜ん。『30.7ml弾』ってところかなぁ?」
未だに、順調とは言えない練習弾である。
ツヅリは外れの弾をぽいっと投げ捨てて、再び瓶へと向き直る。
《生命の波、古の意図、我求めるは魂の姿なり》
『28.8ml弾』
《生命の波、古の意図、我求めるは──》
『31.1ml弾』
《生命の波、古の意図──》
『29.4ml弾』
《生命の波──》
『30.3ml弾』
「しゃああああ! 出来たぁああああ! 完璧! ……ではないか」
何度目かの挑戦で誤差0.5ml以内の弾丸を作成し、ツヅリはガッツポーズを取る、も、すぐに少し落ち込んだ。
だが、宿題がまた進んだのは事実。ツヅリは出来の良い弾をポーチにしまった。
現在ポーチの中には、試作弾が四十ほど。現在の一日の日課は百発。
五十発を達成したと思ったら、すぐに目標を倍に増やされたのである。
ソウが帰ってくるのが日暮れだとすると、なかなかに厳しい戦いだった。
「くっ、お師匠め。きっと可愛い弟子の顔が絶望に歪むのを見て、楽しんでいるに違いない。あのサディストめ、愛情が歪んでるよぉー」
頭の中でニヤニヤとツヅリを見下ろしているソウに、苦言を呈す。
だが、その言葉が誰にも届くことはないのだった。
「ふぅ。一度片付けようかな」
床に転がった失敗弾の数々を見て、ツヅリは呟く。
失敗弾といっても、捨てる必要はない。この世界には、バーテンダーの数よりも大分少ないが、弾薬を元の物質に戻す魔法の使い手が居るのだ。
この失敗作の数々も、少しお金を払えば再びテイラのポーションに戻る。
それは魔石を新たに買うよりもよっぽど安上がりなのだから、やらない手はない。
節約上手の気分になって、ツヅリは鼻歌混じりで見張り台の掃除を始めた。
「……あの」
掃除が終わるか、くらいのタイミングで、弱々しい声が聞こえた。
「ん?」
「……ぁ」
ツヅリがそちらを見ると、怯んだように一歩引く少女の姿があった。
「えっと、どうしたの?」
「あ、その」
「…………」
「…………」
そのまましばらく無言で待つ。やや経って、意を決した少女。
「お、お姉さん」
「ほいほい、なんでっしゃろ?」
「その、えっと」
意を決したように見えて再び口籠もった少女。
その姿を見て、ツヅリは少し考える。こちらから歩み寄った方が早そうだ、と。
「それじゃ、ちょっとお話でもしよっか?」
ツヅリは作業を手早く終わらせ、少女を自身の隣に招く。少女は素直に隣についた。
「私はツヅリ。あなたのお名前は?」
「あ、その……フリージアって言います」
「じゃあリーちゃんだ」
ツヅリは了承も取らずに名前を略し、笑顔で少女の頭を撫でた。
「え、あ、あの?」
その突然の行動に見るからに戸惑う少女。
「あ、ごめん。可愛らしい女の子を見るとつい。嫌だった?」
「そういうわけでは」
「ならばよしよし」
許可を貰ったと解釈し、ツヅリはなおも少女を撫でた。
年の頃は十二、三くらいだろう。線が細い、儚気な少女だ。その顔には疲れやストレスが見え隠れしているようだった。
「リーちゃんは、何かお話したいことがあったんだよね?」
「……はい」
ツヅリに引っ張られるように、少女は恐る恐る口を開く。
「えと、お姉さんと、あのお兄さんは、悪いバーテンダー、じゃない、んだよね?」
「あーうん。確かにお師匠は悪人みたいだけど、別に悪者じゃないよー」
子供達は昨日の段階から、あまりソウ達に友好的ではない。初対面があれだったのだ。
それもこれも師の強引な手法のせいだと、ツヅリは内心で師をけなす。
「私達は悪者じゃなくって……そう、実は正義の味方なのです」
「…………ほんと?」
「本当です。その証拠に、誰も傷付けてないでしょ?」
「……そう、だね」
少し大きなことを言っている自覚はあったが、ツヅリは胸を張った。
少女の不安そうな顔を少しでも和らげてあげたいと思ったのだ。
「だからね。私とお師匠に任せてくれれば、ちゃんとリーちゃんのお母さんやお父さんを取り戻してあげるから。安心してよ」
それはツヅリの気遣いの言葉だったが、向けられた少女は陰鬱に顔を俯かせた。
「……わたしには、お父さんもお母さんもいないから」
「……そうなんだ」
「昔は、お爺ちゃんと一緒に暮らしてたけど、お爺ちゃんも死んじゃったし」
ツヅリはしまったなと思う。
この時代、身寄りのない子供というのも珍しくはない。ただでさえ田舎の町だ。病に冒されでもしたら治療も満足には受けられないだろう。
ソウと旅をしてきたこの一年でも、数え切れないほどそういう子供は見てきた。
だが、この町の特殊な状況で、少女の表情を読み切れなかった。
「……わたし、お荷物なんだ」
「……ううん、きっとそんなことないよ」
「でも言われるの。町長さんにも、他の子にも。お前は邪魔だって」
「…………」
ツヅリは何も言えない。下手な慰めは、きっとこの少女を救わない。
当たり前だ。ツヅリが何を言ったところで、この少女の待遇は変わらないのだ。
「でも、今は、わたしみたいな役立たずでも、みんなの役に立てるみたい」
その諦めたような笑顔を見て、ツヅリは少女が自分に接触してきた意味を悟った。
(そうか。この子は私のことを探りに来たんだ)
町の大人が居ないという状況が、くしくも彼女に役割を与えていた。
子供達の間で一番ぞんざいに扱われる彼女だから、得体の知れないバーテンダーに探りを入れてくるという仕事を与えられたのだ。
一番居なくなってもいい人間。
ツヅリはそれに、自分を重ねてみようとして、途端に胸が苦しくなった。
貧乏名家の、末娘として生まれた自分は、大した期待をされずに育ってきた。
だが、役割のない身分だからこそ、好き勝手に振る舞っていられた。両親から可愛がられもした。居なくなっていい人間などとは、欠片も感じたことはなかった。
それを思うだけで、彼女に共感してあげられない自分が嫌になった。
「でもリーちゃん。このままで良いの?」
「……はい」
少女はどこか空虚な表情で頷く。居場所のない孤独よりも、居場所のある孤独がいい。
少女の小さな声には、その思いが溶けているように思えた。
「……ダメだよ。そんなのはダメ」
しかし、それはツヅリにはまるで気に入らなかった。
「命がある限り、何かを諦める必要なんてない。自分が苦しいのに、それを受け入れるなんてダメだよ。戦ったっていい。逃げたっていい。助けを求めてもいい。でも、諦めたら、そこで終わっちゃうんだよ?」
ツヅリが立ち上がり、否定された少女はきょとんとそれを見上げる。
「変える努力をして、更に悪くなるかもしれない。でも、何も変わらないよりは良い。悪くなっても、諦めないで挑み続けるしか、方法はないんだから。だから、えっと」
どうにもぐちゃぐちゃと整理されない感情のまま。
それでも欠片でも何かを伝えたくてツヅリは手を伸ばした。
「私は出来る限りリーちゃんを助けたい。だから、リーちゃんも手を伸ばしてよ」
結局、自分には何もできないかもしれない。
それでも、何かのきっかけになればいい。
この少女がこれから先、一人でも立って、歩いていけるきっかけになればいい。
役立たずと罵られても、お荷物と揶揄されても、それを跳ね返せるように、そんな風にいつかなれればいい。
「……わかんないよ」
しかし少女は、その目を伏せるだけだった。
ツヅリも伸ばした手を、どこにも届けられないその手を、そっと下げた。
「でも、これだけは覚えておいてね」
「……なに?」
「私も、それにここには居ないけどお師匠も、リーちゃんが助けを求めたら、無視なんてしないと思うから」
「…………わかった」
自分がお人好しで考え足らずの自覚はある。
そしてソウがああ見えて、結局お人好しであることも知っている。
だから、彼女が何かを求めるのなら、それを決して無下にはしないはずだ。
勝手に師を巻き込みながら、ツヅリはそう思った。
「……えっと、それでなんだけど」
話を一段落させ、ツヅリは言いにくそうに声をかける。
「……うん?」
「良かったらね、お昼ご飯とか、みんなと一緒に食べられないかな?」
「……食べたいの?」
「そう。もっと他の子ともお話したいから」
「わかった。付いてきて」
ツヅリの急な提案は、驚くほど早く少女に受け入れられた。
それに首をかしげていると、少女は答える。
「わたし、お姉ちゃんをお昼に呼びにきたの」
「あ、そうなんだ」
少女がツヅリを尋ねてきた理由の一つは知れた。どうやら、子供達も相応にツヅリに興味があるらしい。そういう誘いであれば、乗らないわけにはいかなかった。
「……あ、遅いって怒られちゃうかも……」
「それは私がさせないから、安心して」
見張り台から降りながら、子供達と何を話そうか思い悩むツヅリであった。
※0923 誤字修正しました。