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頭の中のあれこれ


「それじゃあ、後は任せたぞ」

「はい。お任せください」


 翌日。ソウはツヅリを町に残して一人で調査に向かう。

 野盗達の施設へ子供達に案内を頼むのが楽ではあるが、リスクを考えるとそれを取るのは少しだけ悩む。

 結果、聞いた話を頼りに川を探して、そこから探ることになった。


 どう動くかについては夜のうちに話し合っているので、特に確認することはない。

 ないはずではあるが、別れる前にソウはツヅリを手招いた。


「うん? なんですか?」

「良いからこい」

「はぁ」


 唐突な師の誘いに戸惑いながら、ツヅリはソウの側に寄る。

 ソウは小さな声で耳打ちした。


「俺が居ない間は、誰にも気を許すなよ。特にカリブには」

「え?」


 唐突な言葉にツヅリはポカンと口を開ける。


「確証はどこにもないから、大きい声では言えない。お前に伝えるかも迷ったが、それくらいは心に留めておけ」

「……わかりました」


 ツヅリはその言葉に疑問を返すことはしなかった。

 言いたい事は言い切ったと、ソウは殊更に声を大にして言う。


「んじゃ、行ってくる。テイラの訓練はちゃんとしておけよ」

「うげ」

「あ?」

「りょ、了解です!」


 その反応を確認して一度頷き、ソウは町を出た。




 鬱蒼としげった森の中をソウは進む。

 土色の中に広がった乾いた枯れ葉を静かに踏みながら、植物の作る死角、動物の気配、風の音、森の匂いへと神経を尖らせる。

 様々な感覚を無意識下で走らせて、周囲の全てを把握しつつ。身体の状態はいつ敵に襲われても良いように、適度な緊張を保っている。

 それでいて、表層の意識ではずっと考え事をしているのだった。


(本当にツヅリを残してきて良かったのか?)


 身体が自動で拾ってくる情報とは裏腹に、心はずっとあの寂れた町に置き去りである。

 ソウにはどうも、カリブという男を信頼することができない。


 ここ数日、カリブの馬車に揺られながら幾度となく話をしてきたが、ソウにはまだ彼の心というものが、見えた気がしていなかった。

 疑うべき、と、考え過ぎ、という意見が頭を飛び交い、どうにも収まりがつかない。

 そうしていると、弟子が小憎たらしい笑顔をしたイメージが浮かんだ。


『えー! お師匠そんなに私のことが心配なんですかぁ? そうですよね! だって私はお師匠の大切な愛弟子ですからね! 可愛くて仕方ないですよねっ! ねっ!』


 ツヅリが言いそうな言葉を頭の中のツヅリが吐いた。


「だー。やめだやめだ。大丈夫だ。……おっと」


 ソウはぶんぶんと頭を振って弟子のイメージを払い。

 うっかり敵地の中で、声を出してしまったミスを反省する。


(今はあいつの才能を信じよう)


 結局、何かがあっても対処ができることを信じるしかないのだ。


(なにより、あいつは俺の想像を超える天才だった。まさか『略式』まで……とはな)


 モスベアー二頭を倒したという頭の痛い報告の最中で、ツヅリとルキの二人から同時に聞いた。

 ツヅリは『略式』によって『カクテル』を発動させたのだという。

 実際に目の前でやってみせた時には成功しなかったが、二人分の証言は一考に値する。

 むしろ、それを聞いたからこそ、ソウはツヅリにテイラの修行を始めさせたのだ。


(『略式』の骨になるのは、目分量みたいなものだからな)


 カクテルの『通常発動』と『略式』の違い。

 それを魔術的に説明するのは難しいが、感覚的な話ならばできる。


 通常の発動は『30ml』という数字を『計りを使って計量する』ようなもの。

 対して略式は『30ml』という数字を『目分量だけで計量する』ようなものだ。


 無論、そこに誤りがあれば魔法は発動せず、僅かなズレであっても威力はどんどんと減じてしまう。

 だが、発動できたという事実そのものが、すでに一定の判断基準となる。

 それができたとするならば、テイラに関してだけは最初から目分量を余儀なくされた彼女は、ようやくそちらに進めるのではないか。と、ソウは判断したのだ。


 とはいっても、すぐにどうにかできるとはソウもまだ考えてはいない。


(ま、安定もしないうちは練習だな。この調子なら『略式』なんてすぐに扱えるようになるだろうし、気長に待つさ)


 弟子の輝かしい才能に、少しだけ目を細めながら、ソウは結論をつけた。

 俗に一流と呼ばれるバーテンダーであっても『略式』を使わないものはざらに居る。

 それはそうだ。使わない方が安定して、完成度の高い『カクテル』になるのだ。


『略式』を実戦で使える段階、それも動きながら使えるようにまで鍛えているソウの方が圧倒的に異端であった。

 だが、その技術……カクテルの正道とは少しずれた技術こそ、ツヅリのような人間が『テイラ』を扱うのに必要だというのだ。


(皮肉なもんだねぇ。才能があるから、回り道をしないといけない。おっ)


 バーテンダーのちぐはぐな運命に感じ入っているところで、ずっと意識外で動かしていた五感が、ソウに異常を訴える。


 人の足音である。


 川よりも先に人間が見つかるとは意外であったが、ソウは気にしない。

 その足音のほうに、獣のごとく気配を殺しながら近寄る。


 捕捉した。


 木の幹に隠れながら様子を探る。男二人。

 一人の手には……『銃』が握られている。

 もう一人は、『銃』のほかに『剣』を腰にぶら下げていた。


(典型的な、前衛後衛の組合せだな)


 場合によって前衛後衛に別れたり、二人同時にカクテルを発動させたり。獣相手にも、野盗の集団相手にも、そして魔術師相手にも対応できる組合せだ。模範的と言っていい。


(ま、それならそんなに怖くないけどな)


 頭の中で、男二人を倒す算段を立てながら、ソウは結論づけた。

 以前戦った暗殺者の二人組と比べるとどうだ。

 戦いにくいのは明らかに、銃と剣の二人組。だが、怖いのは暗殺者のほうだ。


 剣と銃の組合せということは、前衛は常に相手と接触していることになる。

 ならば選ばれる魔法は必然的に、制御しやすく援護に使いやすい『ビルド』になる。仲間を巻き添えにしないための選択だが、同時に対処も容易い。

 仲間を巻き添えにするのに躊躇すらなく、広範囲型の『シェイク』をぶっ放してくる相手に比べたら、心労が少ないのは確かだ。


(と、油断してたら自爆に巻き込まれる、なんて可能性もあるが)


 思い込みこそが最大の隙になる。戦闘においては、先入観を真っ先に捨てるべきだ。


(とはいえ、今は戦うつもりもないんだけどな)


 ソウは気配を殺したまま、二人を観察する。二人は歩幅を揃えて歩きながら、退屈そうに周囲を見渡していた。恐らくは施設を発見されない為の見回りだろう。

 だが、彼らはその仕事にあまり熱心とは思えない。現にこうして、敵対する人間を見逃しているばかりか、逆に後を付けられているのだから。




 彼らに気付いたのは幸運だった。

 夕暮れ近くになって、二人の男はソウをアジトへと案内することになった。


 その施設は、高い塀に周りをぐるっと囲まれたドームのようなものだ。塀は岩を積み重ねたような作りだが、そう簡単に登ることはできなさそうだ。

 身を隠しながらぐるりと周囲を一周する。見張りの人間は少ない。見張り台らしきものはなく、たまに人間が巡回するように塀の上を一周するのみだ。


 入り口は目に見える範囲では二つ。一つは整地された道に繋がり、一つは川に繋がっていた。そう、このアジトには川が繋がっているのだ。

 上流から流れ込む水は、アジトの中を通り、出てくるころにはその流量を大きく減らしている。これだけ少なくなると、野生動物たちが頼りにするには心もとないのだろう。


(そして、困ったモスベアー達が上ってこないように『用意した魔獣』をボスに据えて下流へ向かわせたってわけか?)


 それが出来るのなら、話は繋がる。

 上流にアジトという原因を作りながら、問題が発生するのは下流だ。しかも、下流で発生するのは魔物問題。その魔物も人間狩りのスペシャリスト。

 さらに調査に来た人間には暗殺者を差し向ける徹底ぶり。

 それでいて、被害が出るのは田舎なのだ。大規模な調査隊が組まれるとは考えにくい。


 これでは、上流の問題が発覚するのは、だいぶ遅れることだろう。全ては、上流で行われている何かを悟らせない為の、時間稼ぎ。

 ハーベイの町の人間が、子供以外全員攫われたというのもそのため。労働力というのは建前。本命はアジト近くの人間が異常を察知してどこかに報告するのを遅らせるため。


 また、ダミーの情報を結託した商人などから流して、この町の異常の察知をさせない。

 徹底して存在を秘匿したまま、この場所で何かをやっているのだ。



 では、何をやっている?



 ソウが状況を整理した所で、ヒントは風に乗ってやってきた。

 風にふわりと運ばれてきたのは、甘い香りだ。

 バニラを彷彿とさせる、甘くて芳醇で、そして癖のある、香り。薬草のような、媚薬のような、魔法のような香り。そして、今この場にある筈はない、香り。

 何故ならば、それは。



「ガリアーノ……だと?」



 季節外れの、花の香りだったのだから。


ここまで読んで下さってありがとうございます。


少し遅れてしまって申し訳ありません。

ちょっと危なくなっても、一章完結まではしっかり毎日更新いたいします。

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