ハーベイの町
ハーベイの町に着いたのは、ベグスを出てから二日というところだった。
町並みはベグスよりいくらか小さく、街というよりは村に寄っている。道は踏み固められた土。町の周囲には広がった畑と囲まれた森。門のようなものは存在せず、見張りの人間も見当たらない。
そして何より、肌にまとわりつく空気の違いがあった。
「なんだか、人気のない町ですね。お師匠」
ツヅリの言うように、活気や人の熱のようなものが、その場からはほとんど感じられない。
まるで、その町には誰も住んでいないようだった。
「とりあえず、中心に向かってみましょうか」
その言葉に反対する理由もなく、一同は馬車を停められそうな中央へと向かう。
道中にも人気はない。天気の良い昼間だ。誰も出歩いていないというのは考え難い。
「どうしたんでしょうか?」
「……さあな」
ツヅリの不安に対する解答はソウも持ち合わせてはいない。
だが、その答えは、別の形でもたらされた。
「止まれ!」
高く鋭い声が響いた。その声が聞こえた直後、馬車の周りを人影が囲む。その数は瞬く間に膨れ上がり、あっという間に馬車の道を塞いでしまう。
「お前達はこの町になんのようだ!」
もう一度、高い声。それを発したのは少年だった。
年の頃は十五に満たないだろう。健康的に焼けた肌を持ち、がっしりとした体格だが、顔にはあどけなさが残っている。
少年は周りを制しながら、一歩前へ出た。周りの人影も、年齢の違いはあるが、全員が子供のようだ。だが、子供だと侮れないほどの剣呑な雰囲気が、その場にはあった。
「わ、私達は行商人と旅人です! 決して危害を加えるつもりなど!」
子供の圧力に押されつつ、抵抗の意思がない事を手で示しながら、カリブは叫ぶ。
「嘘つけ! どうせ野盗の仲間なんだろ!」
「さっさと降伏しろ!」
しかし相手は聞く耳を持たず、敵意を抑えるつもりはないようだった。
ソウはざっと周囲を見渡して、ツヅリに耳打ちする。
「ツヅリ。この状況だったらどう対処する?」
「え?」
唐突なソウの言葉に戸惑いながら、ツヅリはうーんと頭を巡らせる。
「えっと、どうにかして私達が野盗じゃないって説得します」
「どうやって?」
「その、真摯に話をして……です」
ツヅリの解答に、ふんとソウは鼻を鳴らした。
カリブのほうを見やれば、ツヅリが言った真摯に話をしている姿がある。だが、子供達はよほど何かに怯えているのだろう。話せば話すほどに警戒を強めている。
話を聞いてもらえる状態ではなさそうだった。
「その答えだと、二十点くらいみてえだぞ」
「……じゃあ、お師匠ならどうするんですか?」
ツヅリの言葉に、ソウはにやりと口角を上げた。
「役割分担だ。俺がまず話を聞ける状態にする。そしてお前が説得しろ」
「どうやってです?」
「こうやってだ」
ソウは流れるような手つきで、腰のポーチに手を伸ばした。
そのまま赤い弾頭の弾を一つ抜き出し、銃に込める。
「ちょ、お師匠!?」
ツヅリが突然の行動に驚くが、ソウは気にせずにその弾薬を空に向けて放った。
「『サラム』!」
銃に込められた炎の魔力の塊が、銃口から爆炎となって噴き出す。
ドンという爆発音と沸き起こる炎熱。ただのベース弾であるのが不思議なほどに高純度であるそれは、その場にいたほとんど全ての人間の注意を引いた。
その瞬間を待っていたと、轟くような大声でソウが叫ぶ。
「うるせえぞガキ共! あんまり聞き分けがねえとてめえ等全員ぶっ殺す!」
その言葉の後、ソウは銃口をリーダーらしき少年へと向ける。
「で? どうする?」
「……ぇ……あ」
少年は明らかな恐怖で一歩後ずさった。
その少年の前に、すかさずツヅリが滑り込む。
「ね、私達危害を加えたくないの。だから話を聞いてくれる?」
師の突飛な行動に呆れながらも、表面上は笑顔で話しかけるツヅリ。
少年はその勢いに押されて、コクリと頷くほかなかった。
「というわけらしいです」
「ほーん。図らずとも大当たりってことか」
ツヅリが子供達から聞き出した情報に、ソウはそう結論づけた。
「はい。で、どうします?」
「どうするってもなぁ」
ここで起きている異変。この町には、今大人がいないという。
大人達は、川のほとりに現れた謎の施設に、労働力として捕らえられているらしい。
謎の施設が発見されたのは数ヶ月前、ベグスの街で異変が起きた時期と同じだ。
発見当初、この町の大人達は突如として現れた施設に困惑した。
そんな時に、町に行商の一団がやってきたという。町長は渡りに船と、その一団と交渉して施設の調査を頼もうとした。
だが、馬車が運んでいたのは荷物ではなかった。施設を拠点としている少数の外道バーテンダーだったのだ。彼らは武力で町を制圧し、大人達を根こそぎ攫って行った。
そして労働力として使えない子供だけを残して去って行った、ということらしい。
「それで、私達を襲った理由なんですけど」
子供達がソウ達を野盗の仲間だと思った理由。
答えは単純。商人とバーテンダーという組合せが、野盗達とまったく一緒だったから。
その勘違いの上、馬車一台ならば自分たちが勝てると思ったらしい。
「浅はかだな」
一通りの説明を聞いたあと、ソウはつまらなそうに吐き捨てた。
「そうは言っても子供ですから」
「俺たちが本当に悪人だったら、子供だろうと容赦しなかったと思うがね」
「……それは、そうですけど」
ため息を隠さず、落胆と苛立ちの表情を見せて、ソウはツヅリに言う。
「とりあえず、泊まるところの交渉たのむわ」
「わかりましたー」
「ま、施設の話も詳しく聞きたいし、なるべく優しく相手してやれ」
ヒラヒラと手を振る師に、ツヅリはもの言いたげな視線を向けた。
「というかお師匠は無茶すぎです。あんな脅迫まがいのこと」
「あの場では一番に話を聞かせる必要があったからなー。俺も怖がられるのは不本意だが仕方ないな。仕方ないな、あぁ」
「…………」
ツヅリはわざとらしい師の態度に思う。もしや、自分で相手をするのが面倒だから、意図してそういう行動を取ったのでは、と。
だが、その疑問を口にすることは、ついに出来なかった。
ツヅリが交渉すると、すぐに今は使われていない宿屋へと案内された。
その後、リビングルームに集まって三人はこれからのことについて話す。
「それで、カリブさんはどうするんで? この様子じゃあ、まともな取引はとてもできそうにありませんがね」
「そうですね。どうやら一杯食わされたようです」
尋ねられたカリブは、固い笑顔を浮かべた。
「ガリアーノの取引も嘘なんでしょう。あなたがたに護衛を頼んでいなければ、ここの子供達に襲われていたか……野盗達にカモにされていたか……」
「……ま、その点は運が良かったってことで良いんじゃないすかね」
「そう思う事にします」
力なく笑ったあと、カリブは何かを言いたげにソウを見る。
それだけでソウは悟った。この町をすぐ離れるために護衛を頼みたいのだと。
「残念ですが、俺たちも何かを成すまでは、ここを離れるわけにはいかない」
カリブに先んじてソウが言うと、カリブは存外気にした風でもなく頷いた。
「ええ。分かってます。ですからお二人の協力をさせてくれませんか?」
「協力?」
「はい。安くしておきますし、後払いでも構いません。お二人の目的を果たすために私の持っている商品を使ってください」
ソウはカリブの馬車に積まれていた荷物を思い出す。
そこにあったのは少なくない魔石。レモンやライムといったイデアの材料。銃の部品や周辺の小物など、バーテンダーにとっては必要不可欠なものばかりだ。
他にも貴金属などの場所を取らない貴重品や、食料なども積んでいた。
「……良いんですか?」
「はい。というより、そうさせてください。言ってしまえば、お二人は私の生命線です。私を見捨てることも、荷物を力づくで奪うこともできる。それなのに、私のことを案じてくださっているんです。そんな方々に協力したいと思うのは当然ですよ」
カリブの打算と本心の入り交じったような言葉に、ソウは思考を巡らす。
(本心か? あまりにも美味くないか? いや、利益よりは命を優先するのも──)
「お師匠。ここはご厚意に甘えましょうよ」
その結論が出るよりも先に、ツヅリが言った。
「お師匠も前に言ってたじゃないですか。甘えられるなら、しなきゃ損だって」
「……ああ。まあ、そうだ、な」
確かに言った記憶はあった。そして、今のタイミングは迷っている場合でもない。
「それじゃ、悪いんですがお願いできますかね?」
「はい、喜んで。そのかわり一つお願いがあるのですが」
「この町の護衛ですかね?」
ソウが尋ねると、予想通りにカリブは首肯を返した。
「勿論調査を邪魔するつもりではないんですが、協力する代わりにお二人のうち片方はこの町に残ってはいただけませんか? 私一人では、何かと……」。
ソウはそれに良い顔はできなかった。カリブの気持ちは分かる。子供達や野盗など、不安材料は尽きない。それを思えば、こちらは二人組なのだからそう願うのも無理はない。
(だが、この状況で、ツヅリを一人にするべきでは……)
とはいえ、ソウの頭からは未熟な弟子と別行動を取るリスクが離れない。
「でしたら、私が残りますよ。お師匠」
その師の葛藤を知ってか知らずか、ツヅリは朗らかに提案していた。
その絶妙なタイミングの差し口に、ソウは少し呆気に取られてツヅリの続きを聞いた。
「お師匠が一人で動けたほうが調査しやすいと思いますし、私だって防衛に専念すれば少しは戦えると思います。そのほうが、危険は少ないと思いますので」
ツヅリは自分の考えた結論を真っ直ぐに師へと伝える。
対するソウは、弟子の意思を感じ取ってなお、心を確かめるように尋ねる。
「……それでも、危険だぞ」
「承知の上です」
しばしの沈黙。二者択一の思考。そして決断。
ソウは返事の代わりにツヅリの頭をぽんっと軽く叩いた。
「いつも俺が助けてやれるとは限らない。分かってるな?」
「はい」
「ならいい。任す。それでいいな?」
「はいっ!」
ソウはツヅリから手を離した。それだけで、ソウの思いはツヅリへと伝わっていた。
「それでは、取引成立ですか?」
「……ひとまずは、そういう形でお願いします」
「もちろん、喜んで」
言ってカリブは、愛想良く笑いながら手を差し出す。
ソウはそれを無愛想に取ったのだった。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
ようやっと展開が動いてくる頃合いかと思われます。
もう半分は越えているので、一章完結までお付き合いいただけると幸いです。
※0922 誤字修正しました。