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カクテルという魔法について

「うーん。いい天気ですねー!」


 馬車の荷台に座りながら、ツヅリは降り注ぐ太陽に目を細めた。

 現在地点は、ベグスの町から北に向かった道の途上。馬車に揺られて一日という所だ。



 あのあとすぐに、ストック邸に挨拶をして次の目的地へと向かうことになった。

 ツヅリは、ルキとはそれからも仲良くしていたし、使用人たちともそれなりに親交を深めていた。だから別れの時には、なかなかに後ろ髪を引かれたのだった。


 だが、良い事もあった。別れの時、今まで病に伏していたはずのルキの母親が、少しだけ顔を覗かせたのだ。

 他にも、その場に居る全員から感謝の言葉を述べられ、ぶっきらぼうに返事をして早く逃げたがっている師匠の顔。それはツヅリの目にはとても新鮮に映った。

 薄情な面ばかりを見せる師の、可愛らしい所を見た気がしていた。



 その師は今現在、ツヅリの隣に座って、表情を曇らせていた。

 むしろイライラしていた。

 そしてなにより、その表情を和らげようとしたツヅリの一言に、呆れていた。


「……空を見る暇があったら、この散らばった惨状に目を向けろ」

「…………」


 ソウは馬車の荷台の床に散乱している、ポーション製テイラ弾を一つ拾い上げる。

 あえて言葉にするとしたら『26.3ml弾』というところだろうか。

 他に散らばっているのも同様だ。『33.7ml弾』とか『12.8ml弾』とか『42.2ml弾』とか。


 正確な分量が完成度を決めるカクテルにおいて、お粗末にも程がある弾丸たち。

 それらは全て、ツヅリの作り出したものだった。


「……なんで上手くいかないんでしょうか」


 足元に散らばった弾丸を見つめながら、ツヅリは弱音を吐いた。


 ツヅリは、テイラ弾を思ったように作ることができない。


 他の属性やイデア弾ならほとんど誤差なしで正確に作成し、正確に魔力を送り込むことができる。にも関わらず、ことテイラにかけてだけは、それができなかった。

 正確に弾薬化することもできず、師の作った弾に魔力を送り込むことも難しい。

 故に、ツヅリはテイラの弾を持ってはいない。意味がないからだ。


 バーテンダーであっても、一つくらい扱えない属性があるのは珍しいことではない。

 とはいえ、扱えるに越したことはない。


 これはカクテルの修行を始めて比較的早く見つかった問題でもあった。

 ソウに、他の属性の扱いに慣れたら上達すると言われて、目を瞑ってきたのだ。

 そして今日、久しぶりにやってみた結果が、コレだった。


「私やっぱり、テイラの才能ないんですよ」


 だが、ソウはその落ち込む弟子に対して、まるで正反対のことを言った。


「それは違うぞツヅリ。おまえはテイラの才能がありすぎるんだ」

「……はい?」


 ソウは弟子を励ますためというより、当たり前のことを述べるような口調で続けた。


「疑念はずっとあったんだが、確信に変わった。おまえはテイラの才能が高い。おそらくバーテンダーの枠を超えて、普通の魔術師にでもなったほうが良いくらいにな」

「……それっておかしくないですか? 現に扱えてないじゃないですか」


 訝しむ弟子の視線を受け、ソウは練習用のポーションを差し出した。


「試しに『300ml弾』でも作ってみろ」

「……はぁ」


 言われた通りに、ツヅリはポーションを受け取り、詠じた。



《生命の波、古の意図、我求めるは魂の姿なり》



 魔力の奔流をその身に感じながら、手の中に弾薬を具象化する。

 それは、ほとんど完璧な『300ml弾』であった。


「……できました」

「だろうな」

「ど、どういうことなんですかお師匠!?」


 目の前で起きた事象を信じられずに師に詰め寄るツヅリ。

 ソウは少し言葉を考えながら、説明する。


「俺たち非才なバーテンダーってやつは、いわゆる魔術師に比べて大きな魔力を扱う才能に乏しい。だから小さな魔力で扱えるカクテルを使うわけだ。だが、カクテルを扱うには繊細な調整が不可欠。その繊細な調整は非才であるがゆえに簡単に行えることでもあるんだよ」


 ソウは言いながら、バーテンダーが飲み物としてのカクテルを作るのに使う道具、メジャーカップを取り出した。

 メジャーカップとは円錐の頂点同士を連結させたような器具で、ソウが今持っている規格なら30mlと45mlの二つの分量用のものだ。

 その30mlのほうを指差しながら、続ける。


「例えるなら、バーテンダーはこの30mlの計量器を使って15mlや30mlの弾を作ったりする。これが普通の話だ。だがお前は違う。才能のせいで扱える容量がでかすぎるんだ」


 ソウは荷物の中からゴソゴソと空き瓶を取り出す。容量は750mlだ。


「お前はテイラだけ、この瓶を使って計ってるみたいなもんだ。だから30なんて小さい値を正確に計れない。代わりに300だのいうどでかい値なら、ほとんど苦労もなく、恐らく俺よりも早く正確に計ることができる」


 俺よりも、という単語に反応して、今まで黙って話を聞いていたツヅリがぱっと顔を輝かせる。


「え? 本当ですか!?」

「いや、流石に俺よりは遅いな。うん」


 その表情に少しイラっときて、ソウは自身の発言を訂正した。


「とにかく、お前がテイラを上手に扱えない理由はこんなところだ。解ったか?」

「……それはわかりましたけど、じゃあどうすればいいんですか?」

「そんなことも解らんのか?」


 自信満々の物言いをするソウに、ツヅリは期待の目を向ける。

 その期待を笑顔で打ち砕くように、ソウはテイラの魔石をポンと手渡した。


「扱えないなら、扱えるようになるまで練習しろ。30入らないわけじゃないんだから、やってりゃそのうち出来るようになる」

「……解決策になってないんですけど」


 師に笑顔で谷底に落とされた気分になるツヅリ。


「そんな上手い話はないんだよ。おら解ったらまたポーション作りから始めろ。まったく300mlも無駄に使いやがって」

「300で作れって言ったの、お師匠じゃないですかぁ!」


 相変わらず理不尽なソウの言葉にツヅリは反発するが、結局拒否権などないのだった。

 その様子を見ていた馬車の御者が、二人の会話に笑い声をたてた。


「はは、面白いもんですね。バーテンダーさんの会話ってやつは」

「こいつはどうも。騒がしくてすいませんね」

「いえいえ、お二人のお話を聞いてると退屈な道中も暇しないですみます」

「そう言われると、乗せてもらってる手前色々お話しないといけないすかね」


 人の良さそうな御者の言葉に答えながら、ソウは頭を掻いた。

 御者の名はカリブといった。年の頃は二十前半というところ。柔らかな短い金髪の男で、商人というよりはどこかの貴族の子弟のような整った顔立ちである。


 出会ったのはソウとツヅリが北に向かおうとしていたところ。カリブもまた北へ出ようとしており、護衛を引き受ける代わりに乗せてもらうことになったのだ。


「バーテンダーの話なんて、田舎の行商では噂くらいしか耳にしませんからね。実際にお話するのは久しぶりです」

「そうですかね。結構そこら中にいる気もしますけど」

「そうかもしれないですが、商売柄、直接は関わりませんよ」


 カリブはそこで、あ、と何か思い出した表情を浮かべた。


「でも『英雄』の話は、未だに良く聞きますよ」

「……『英雄』ねぇ」


 その単語に、大した反応も見せずにソウはおうむ返す。


「あ! 『英雄』って私も知ってますよ! 『ソウヤ・クガイ』のことですよね!」


 しかし、一人黙々と作業を続けていたはずのツヅリは、目を輝かせて話に入ってくる。

 どこか陶然とした表情を浮かべ、つらつらと『英雄』にまつわる話を語り出す。


「五年前に王都で起こった『神機簒奪事件』を解決した凄腕のバーテンダー。彼の作る【ダイキリ】は超高熱の蒼い七頭の龍であることから『蒼龍』の異名を持つとか。しかし、五年前の事件以降姿を消した伝説の人物」

「そうです! 彼が姿を消した原因は誰も知らず。今は何をしているのか分からない……ロマンがありますよねぇ」


 意気投合するように、『英雄』の話で盛り上がるツヅリとカリブ。

 その二人の反応を、ソウは面白くなさそうに見ていた。


「はっ、『蒼龍』だかなんだか知らねえが、戦ったら俺が勝つけどな」

「えー? そんなん言ってもお師匠の【ダイキリ】、五つ頭じゃないですか。勝てっこないですって」

「…………」


 その反論に少しだけイラっとしたソウは、低い声でツヅリに告げた。


「おい。一体だれの許可があって作業休んでんだ。飯抜きにされてえのか犬?」

「犬じゃないですわん! あ、犬じゃないです!」


 反射的に犬語で答えてしまったツヅリは、顔を赤く染めながらも作業に戻る。

 そのやり取りをまた面白そうに見ていたあと、カリブは付け足した。


「できるなら、いつか会ってみたいもんですね。『英雄』に」


 その夢見るような声に、ソウは目を細める。


「だから、バーテンダー関連の品物を扱ってるってことですかね?」

「あ、やっぱり分かりますか? 凄いですね!」

「ま、こんだけ甘い匂いがしてれば」


 馬車の空いたスペースに座っているだけで、ソウにはそれが分かった。この馬車に乗っているのは通常の品物よりも、バーテンダーが扱うような品が多い。

 カリブは少しだけ積み荷の覆いをずらし、液体の入った小瓶を取り出す。


「見てください。なんとこれ『ガリアーノ』です!」

「……ええ。知ってますよ」


 瓶に収められていても、ソウの卓越した嗅覚にはその存在が悟られていた。

 ガリアーノ。甘いバニラの香りがする、カクテルの材料だ。


「これ、実は先日知り合った商人に少し分けてもらったものなんです。なんでも、この先の町で仕入れたとか」


 商人の言葉に、ソウは少し首を傾げる。


「この先で? 確か、ガリアーノの植生地はここらではなかったと思いますが」

「そうなんですが、その人曰く、その町は独自のルートでガリアーノの取り扱いをしているとか。私もそれを目当てで向かっているところでして」

「へぇ」


 ソウは頭の隅に情報を留める。その言葉が本当なら、この先の町はますます臭い。


「しかし、こんな少量で役に立つんですかね?」


 ソウの様子に気付く事なく、カリブはのんきに小瓶を振った。その中にはガリアーノが入っているが、内容量は精々30mlといったところだ。


「やっぱり強力なカクテルを作るには、多量の材料が必要なんじゃないんですか?」

「それがそうでもないんですよ」


 カリブの疑問に、素っ気なく答えるソウ。

 その質問は、バーテンダーを志すものが最初に持つ疑問であった。


 例えば【ダイキリ】。

【ダイキリ】に使うサラムの弾丸は、通常『45ml弾』だ。ではこれを二倍の『90ml弾』で作れば、威力は二倍になるのではないか。カクテルを良く知らないものはそう思う。


 だがそれは間違いだ。


「単純に分量を倍にしたところで、『カクテル』の威力は変わらないんですよ」

「そうなんですか?」

「ええ。カクテルの威力を決めるのはあくまでも『完成度』です。分量を倍にしたところで、『完成度』が倍になる訳じゃないでしょう? 影響が出るのは『効果時間』や『範囲』といった威力とはまた違うところです」


 それが、カクテルという魔法の面白いところでもあった。

 通常、魔法とは扱う魔力に比例して威力もあがっていくものだ。

 だが、カクテルに関しては、魔力の上下はあるにせよ、その『完成度』──魔法の『密度』のようなものが、もっとも重要視されるのだ。


「そうじゃなきゃ、たくさん金を持ってる『練金の泉』が最強のバーテンダー協会ってことになる」

「言われてみれば、そうですね……」


 カリブが納得したところで、ソウはため息をつく。


「とは言っても、潤沢な資金があれば色んな材料が使いたい放題って考えれば、弱小よりは大手のが強いのは当たり前なんすけどね」

「あはは、それはどこの世界でも仕方ないですね」


 カリブの笑い声に苦笑いを返しつつ、ソウはツヅリのほうを見た。


 テイラの魔石を手に、溶媒となる水とにらめっこしながら四苦八苦している。

 才能があるが故に苦しめられるとは、バーテンダーも因果な魔術師だ。


 しかし、その代わりに、彼女には一つ特技がある。


 それは、非才なソウでは到底真似出来ないものであり、彼女がいずれ成長していくにつれて、その重要性に気付くものだ。


 とはいえ、今ではない。

 今はまだ、彼女は駆け出しの半人前であり、ソウの可愛い不肖の弟子だ。

 眉毛をハの字にして、うーんと唸っているただの少女だ。

 ソウは励ますように、ツヅリに声をかけた。


「ツヅリ。今日中に誤差0.5ml以内の弾、五十発は作れよ。じゃないと飯抜きな」

「ひーん! お師匠の鬼! 悪魔! 人でなし!」

「百発にして欲しいのか? 犬」

「優しい課題にしてくれてありがとうございますわんっ!」



 北の町に向かって揺れる、馬車の上。

 ツヅリは師に媚びる時に犬語を使うことを覚えた。


※0921 誤字修正しました。

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