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大人のみりき

「まったくお師匠は……もう、まったく、わん」


 ぶつぶつと独り言を呟きながら、ツヅリは交易所に向かっていた。

 道行く人々はちらちらと見てくるが、特に問題があるわけでもない。

 顔見知りになった何人かが手を振ったり、話しかけたり、その様子を遠巻きに見て何かを理解されたり、というのが今の状況であった。


「しかも照れ隠し、下手すぎ、わん」


 その状況に不満を漏らしながら、ツヅリには師の最後の冗談の理由が分かった。

 真面目な話をしすぎたから、急に恥ずかしくなったので誤摩化したのだ。

 師匠の、変に自分を見せたがらない性格は、ツヅリには分かっている。


「だからこそ……わたしがしっかりしないとお師匠は大変なことになるはず、わん」


 師の悩みの原因の何割かは自分であることを忘れて、ツヅリが決意する。

 そんな彼女が街道を歩いていると、顔なじみになった肉屋の店主が声をかけた。


「よう犬の嬢ちゃん。串焼き食うか?」

「犬じゃないですわん! いただきますわん!」


 ほらサービスだ、と肉屋の店主から串焼きを与えられ、幸福感に包まれるツヅリ。

 お金が余ったら寄りますわん、と挨拶をしてその場を去る。


「そもそも、お師匠はなんでわざわざ嫌われるような真似を……わん」

「あら犬のお嬢ちゃん。良いリンゴが入ったわよ?」


 考え事をしていると、今度は露店の女主人から声をかけられる。

 目を向けると、確かに赤々と染まった質の良さそうなリンゴが山になっている。


「後で寄りますわん! 二つ取っておいてくださいわん!」

「ふふ、大好きなお師匠の分かしら?」

「ち、違いますわん! お師匠なんて大嫌いですわん!」


 必死に否定してから、ツヅリは急いでその場を去った。


(どうも、犬として可愛がられている感じがする、わん)


 自分の状況の危機を肌で感じながら、ツヅリは足を速めた。




「お師匠、ただいま戻りましたわん!」

「おう、ご苦労」


 お使いをすませてツヅリは屋敷に戻った。

 その背には、ソウが注文したいくつかの補給物資を詰めた荷物を。

 その手には、リンゴ、串焼き、焼き菓子に果実水など、これでもかとお土産を持って。


 その様子にソウは呆れ顔を隠せない。


「おまえ……使って良いって言われたからって、あてつけみたいに買ってくるか普通?」

「ち、違いますわん! これ、サービスでたくさん貰っただけですわん!」


 師の表情の変化を察して、ツヅリは慌てて言い訳する。

 今までコソコソと買っていたのと違い、許しが出たので少しだけ奮発したツヅリ。

 それに気を良くした店の人間がおまけを付けた。それに触発されたのか、買い物をする店で次々とおまけが増え、気がついたらどっさりとお土産を抱えていたのだ。


「というわけで、つまり私の魅力ってやつです、わん?」


 持っていた荷物をどさりとテーブルに乗せ、自信満々に言ってのけるツヅリ。


「……魅力、ねぇ? ぷふっ」


 その言葉に、思わず失笑するソウ。

 その馬鹿にしたような物言いは、流石のツヅリもむっとくる。



「まぁ、お師匠には分からないかもしれないですけどね! わん。私の大人のみりきって奴は……わん」



 しなを作り、出来る限りのセクシーポーズを取ってみるツヅリ。

 とは言っても、わんと付けている時点で台無しである。

 ツヅリ自身ですら、少し自分のやっていることが滑稽な気がしていた。


「ふーん」


 ソウは半眼でその様子を眺めたあと、無造作にツヅリに近寄って、



 なんの躊躇いもなく、スカートをめくった。

 純白の布地が、外気に晒されて眩しく光る。



「な……」

「この子供パンツの、どこにもみりきが見当たらねーな」

「なぁあああああああああ!?」


 突然の事態に一瞬フリーズしたツヅリだが、師のダメ押しの一言で正気に戻る。

 慌てて距離を取るようにバックステップした後、ソウの頭めがけて全力で回し蹴りを放った。無意識だが、羞恥と怒りのコンボによって相当な力が秘められた蹴りだ。

 ソウはその蹴りをひょいと軽く頭を下げるだけで回避し、また近づいてツヅリのスカートを、再びめくる。


「後ろに何かあるってわけでもねーな」

「ッシッ!」


 後ろを取られたツヅリだが、先ほどの蹴りの反省を生かし、今度はかがんでいるソウの軸を捉えて前蹴りを繰り出す。

 だがソウは慌てる素振りすら見せずに、繰り出された足の逆側に体を滑りこませ、回避した後にツヅリの軸足を払った。


「きゃっ」


 バランスを崩され、どすりと盛大に転ぶツヅリ。


「いつつ……ふぁっ!?」


 そして気付く。自身が足を開いて思い切りスカートをめくれさせていることに。

 慌てて丸出しになっていた下着を隠し、涙目でソウを睨むツヅリ。

 対するソウは、自分でやったにも関わらず、見ていられないと目を押さえていた。


「……お前相変わらず、格闘ダメな」

「…………」


 一応助け起こすように伸ばされたソウの手を払って、ツヅリは立ち上がる。

 まだ手でスカートを押さえたままだ。


「食らってくださいよお師匠!」

「やだよ、食らったら痛いじゃん」

「だからですよ!!」


 先ほどの理不尽な行動と攻防に目を血走らせたまま、唸るツヅリ。

 その口調からは犬すら消え去っていた。

 だが、そこを咎めることなく、ソウは少しだけ考え込む。


「……お師匠?」


 流石に不思議に思ったツヅリが、怒りではなく困惑で尋ねるが、ソウは答えない。



 先ほど、ツヅリがいない間にソウが報告をすませた内容は、こうだ。


 この一連の騒動が人為的に引き起こされたことは、確定的である。


 暗殺者の時点でほとんど決まりではあるが、決め手となったのは魔獣だ。

 ソウが戦いながら確認した魔獣の魔石は、不自然だった。あまりにも綺麗な位置に、あまりにも純度の高い魔石が埋まっていたのだ。

 そしてあの戦い方。明らかに訓練を積んだかのような動きと、こちらを観察する注意深さ。おそらく、対魔物ではなく、対人間に調教された魔獣であろう。


 そのようなことが可能かどうかはさておき、それはほとんど疑いようがない。

 というのが、ソウの出した結論だ。


 報告を受けたアサリナは半信半疑だったが、現場の判断に任せるという。

 アサリナの方でも軽く調査を行った結果が出ていた。この地方に、外道バーテンダー協会の姿が見え隠れしているという。


 外道バーテンダーとは、道ならざる方法で高みに至ろうとするバーテンダーだ。

 バーテンダーとしての修練の方法を選ばず、時には非道も平気で行う。そんな人間が寄り集まって作ったのが、外道バーテンダー協会である。

 こちらも大小様々なものがあるが、揃って言えることは一つ。彼らは人の命でさえも、利用することに躊躇いはない。

 つまりは、この案件においてはこちらも相応のリスクを背負うということだ。


 アサリナがソウ達に判断を任せるということ。

 それは、この依頼を継続するかどうかは、ソウに委ねるということだ。



 ソウは悩みながら、目の前の弟子を見る。カクテルの才能だけを取るなら、疑いようはない。まだ不安定なところもあるが、数として考えても悪くはない。

 だが、戦力としてはどうだろうか。


「……あの? え? 私が悪い流れですか? え? あ、わん? わん?」


 不安そうな顔でアホなことを言っているツヅリを、果たして戦闘に駆り出せるのか。

 さっきの攻防で、相変わらず体術ができないのは確認した。


 だが、それ以上に分かったこと。ツヅリは、内側に対して無防備すぎる。


 一週間前は、少年を信頼しすぎて、目を離した。さっきは、ソウを信頼していて、いとも容易くスカートをめくられた。

 彼女は、心を許した相手に隙を見せ過ぎる。


「ツヅリ」

「わ、わん」

「いや、犬語はもういい。真面目な話をする」

「は、はい」


 スカートの件を一切謝ることなく、ソウは言う。


「これまでお前に話さなかったことを話す。そして、お前に委ねたいことがある」

「はぁ」

「まず、この依頼についてなんだが──」


 そう言って、ソウは今まで自分の内に留めておいたことを全て話した。

 暗殺者のこと、魔獣のこと、その後ろに潜む黒幕のこと。

 もちろんその実力、今のツヅリ一人では殺されるだけだろう、ということも。


 いきなり話を聞かされたツヅリの表情は、すっと青く染まる。

 自分がソウの庇護下で、どれだけぬくぬくと生活していたのかを知ったのだ。

 その変化を見つつも、ソウは最後、ツヅリに判断を委ねる。


「それで、ここから先は、お前の意見も聞こうと思う」

「……意見?」

「この依頼を、進めるか、投げるか。その意見だ」


 卑怯なことを言っている自覚は、ソウにもあった。

 この一言は、逃げだ。ソウには、ツヅリの命をかける決断ができないでいた。

 間違えてしまったら、自分の力量が及ばなかったら、これからどれほど成長するかも分からない弟子の命を散らしてしまう。


 自分一人ならば良い。どんな状況であっても生き残るくらいの自信もある。

 だが、それをまだ修行を始めて一年程度の弟子に要求するのは酷に過ぎる。

 だから判断を委ねた。少しでも躊躇するなら、引こうと。


「えっと?」


 唐突に尋ねられたツヅリは、戸惑う。

 これまで師と行動してきて、意見を求められたことなどなかった。

 いや、夕飯の献立とか、道に迷ったときの右左とかならあった。だが、依頼の可否を委ねるような、重たい質問はなかったのだ。


 ツヅリは考えるように、これまでのことを思い出す。

 ここに来てから、既に二回、死を覚悟した。うち一回は、自分ではどうしようもなかった。だが、どちらも生き残った。

 直接、間接の違いはあっても、ある人のおかげで生き残れた。

 迷う必要はどこにもなかった。


「大丈夫です。行きましょうお師匠」


 命の重さを計ったにしてはやけに短い時間で、ツヅリは決断する。


「……本当に分かってるのか?」

「はい」


 ソウが訝しんで尋ねるが、ツヅリは晴れやかにその想いを口にした。


「もし、お師匠が無理だと思ってるなら、私の意見なんて聞かずに依頼を放棄するはずですよね?」

「……それは、な」

「ということは、お師匠は私を少しくらいは認めてくれているって、思っても良いんですよね?」

「……ああ」


 ソウが誤摩化さずに、ツヅリの質問に答える。

 その一言を受け、ツヅリはより晴れやかな表情で言った。


「でしたら、師の期待を裏切るわけにはいきません。優秀な弟子なんですから」


 えへん、と胸を張るツヅリ。

 ソウは、面食らって何も言えない。


「あ、あれ?」

「……はぁー」


 その謎の自信に、ソウはすっかり毒気を抜かれてしまった。

 そして決断する。


「わかった。続行する。それで一つ言っておくことが──」

「わかってますよ!」


 ソウの言葉を遮って、ツヅリは自信満々に答えた。



「『俺の背中は、お前に任せる』って言いたいんですよね?」



 ふふん。と胸を張り、師の言葉を待つツヅリ。

 ソウは手をあげ、ツヅリの頭をゴチンと叩いた。


「いだぁ!」

「そういう変な思い込みで、勝手に行動するなって言いたいんだよボケ!」

「……ふぁい」


 しゅんとした弟子を見て今一度迷うソウだが、覚悟を決めて雑念を振り払う。


「それじゃ、ツヅリ。すぐに移動するがそれと並行してやってもらうことがある」

「……はい?」


 ソウはツヅリが持ってきた補給物資の中から、一つの石を取り出し、ツヅリに投げ渡す。


「うっ……これは……」

「そろそろ『テイラ』の修行も始めるぞ。お前が苦手な、な」



 手の中の魔石を見て、ツヅリは表情を曇らせる。

『テイラ』は、ツヅリが発動することすらできないカクテルの属性だった。


※0920 誤字修正しました。

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