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『蒸留』


「それおかしくないですか?」


 ソウの説明を静かに聞いていた筈のツヅリが、押さえ切れずに尋ねていた。


「ポーションで作るのって『練習弾』の筈じゃないですか」

「……そうだな」


 ツヅリの疑問にソウは頷き、同意を返す。


「確かに、俺達バーテンダーがカクテルを発動させるときは、魔力の塊──魔石から弾薬を作る。仮にポーションから作った場合、魔力密度は魔石から作った場合の一割あるかないかってところだな」


 それは常識以前の純然たる事実であった。そもそも第五属性以外の属性のポーションとは、魔石を魔法的な処理で水に溶かしたものを指す。ポーションは液状の薄まった魔石と言っても良い。魔力を薄めたものが、もともとのものと同じ密度の魔力を持つ筈が無い。

 そして、この世界には第五属性の魔石は存在しないのだ。

 ある特殊な工程を経ることで無属性のポーションを作り、それを更に特殊な処置を施すことで第五属性のポーションは作られる。つまり、ソウが言っていることが確かならば第五属性のカクテルは即ち、練習用の魔法にしかならないということだった。

 その事実を確認したところで、ソウは相変わらずの人を食った笑みを浮かべる。


「だがな、現実に第五属性の魔法カクテルは存在する。それは何故か。ポーションから作った弾薬を『実弾』にする方法が存在するからだ」


 当たり前のことだが、それはツヅリにとって初耳であった。当然、そんなことは頭の片隅にも浮かんでこない。

 だが、横で聞いているだけのティストルは、そのソウの説明を魔法的に考えていた。そしてある答えに行き着く。


「……弾薬を核として、そこに魔力を?」


 ふと呟いたティストルにソウはニヤリとした笑みを、ツヅリは疑問顔を向ける。


「流石だティスタ。優秀な魔術師だな」

「い、いえ。ただ、先日バラン先生の研究室を見たので、それで」

「ああ。ま、あそこまで大掛かりなもんじゃない」


 ティストルの脳裏に浮かんだのは、以前バランの研究室で行われていた実験。人間から魔力を集め、それを『シャルトリューズ草』へと注ぐというもの。

 言い方を変えれば、植物を核としてそこに魔力を集めているということだ。

 量を集めるではなく、質を高めるというのは、実は魔法的に考えても特殊なことなのだ。魔法は、そういう風にできてはいない。


「この魔法を開発したのは、実はバーテンダーらしくてな。当時は色々揉めたそうで、結局大衆には公表されなかった。魔法のお偉いさんから大層な名前を付けられたらしいが、バーテンダーの間では違う呼び方をされている」


 大衆には公表されない魔法というものも実はある。その理由も様々だが、大抵は悪用の元になるか、もしくは著しく危険があるか、という理由だ。そして、この場合の危険に自他は問わない。

 そしてその技術はそんなものの一つであるという。だから知っている人間と知らない人間がいる。

 フィアールカは知っていて、ツヅリは知らない。S級協会の幹部は知っていて、B級協会の構成員は知らない程度の魔法。



「俺達バーテンダーは、その魔法を『蒸留』って呼んでいる。飲み物としての『カクテル』が、アルコールと同じ扱いをされているのにあやかってな」



 蒸留。


 それはこの世界における、ポーションではない純正の酒を作る際に使われる技術の一つ。魔法濃度ではなく、アルコール濃度の話だ。

 アルコール度数の低い酒を沸騰させ、沸点の違いから、その蒸気を集めることでより濃度の高い酒を作り出す手法。

 やっていることは全然違うのだろうが、それこそバーテンダーが第五属性を扱うための技術なのだと、ソウは言った。


「原理ってほどでもないが、やっていることは簡単だ。要はポーションで作った弾薬に、俺等自身の『第五属性』の魔力を注いでやって、少しずつ魔力の密度を高める。それだけだ」

「……それだけです?」


 説明を聞いて少し身構えていたツヅリだが、ちょっと拍子抜けしてしまった。大層な前置きの割には、あまりにもあっさりとした話だ。


「そんな話が、その、公表されないなんて大袈裟な話になるんですか?」

「ま、魔法について門外漢な俺達バーテンダーからしたら、そういう感想だよな」


 ソウはツヅリの言葉に軽く頷きつつ、ティストルを見やった。そのティストルは、ツヅリとは違って考え込むようにしている。

 だがツヅリはティストルの表情を大袈裟だと捉え、拗ねたような声でソウに抗議する。


「そんな簡単な話なら、さっさと教えてくれても良かったじゃないですか」

「そう言うな。というか俺は今だってお前に教えたくなんてない」

「……なんですかその意地悪」


 師の軽い口調にツヅリは唇を尖らせる。が、ソウはあくまでも軽い口調のままでも、さらりととんでもないことを言う。


「だってお前、これ下手したら死ぬんだぞ?」

「……は?」


 あまりにも軽いのでいつもの冗談かとツヅリは疑うが、ソウの目には嘘を吐いている様子はない。

 先程まで考え込んでいたティストルが、そこで口を開いた。


「ソウさん。質問しても良いですか?」

「ああ」

「まず一つ。その『蒸留』で、一つの弾薬を作るのにどの程度かかりますか?」


 ツヅリは、ティストルが何を尋ねているのか良く分からなかった。ツヅリのイメージの中にあるのは『弾薬化』のように詠唱一つで一発の弾薬をつくること。

 そこに時間がかかるなど、想像もしていない。

 だがソウの答えは、そんなツヅリの想像を軽く打ち破る。


「そうだな。どんなに急いでも一週間──一発作るのに150時間くらいはかかるな」

「へ?」


 あまりにも想定外の答えに、ツヅリは頓狂な声を上げていた。

 だがティストルは、その答えに納得が行った様子で、続いて質問する。


「では、その時間を『早めよう』とすると、何が起きますか?」

「作った弾薬が破裂してパーになるだけなら御の字。弾薬が崩壊した際の魔力にあてられて死ぬか、もしくは無理して魔力を使いすぎて死ぬかだな」


 ティストルはその答えを聞いて納得しつつ、すっと汗を垂らした。隣ではきょとんとしたツヅリが重ねて尋ねていた。


「ど、どういうことですか? いったい何でそんなことに?」


 ソウは質問にすっと目を細める。ここから先は軽く考えるなと諌めるように。


「まず、お前が考えている以上に『弾薬』ってのは完成された状態なんだ。そこに手を加えるってのは想像以上に難しい。少しでもコントロールを失えば『弾薬』は崩壊。さっき言ったように、良くてパー。悪けりゃ逆流して酷いポーション酔いを引き起こすか、反対に持ってかれて欠乏症にかかるか──最悪、魔力が未知の魔法を引き起こし、死ぬ」


 ぞっと、ツヅリの背筋が凍った。そこに本気の凄みがあった。

 そうやって一歩引いたツヅリに、ソウはさらに畳み掛ける。


「その繊細なコントロールのもと、じっくりと時間をかけて弾薬を作ったところで、魔力自体は他の属性──魔石から作った弾薬の四割ってところだな。しかもこの魔法には『自分の魔力』を使うからな。出来上がった弾薬も作成者本人にしか使えないって制限付き。更に言えば、第五属性のカクテルは直接的な攻撃力を持たないものが多い。ここまで来れば、バカのお前でもなんとなく分かるだろ?」


 問い返されて、ツヅリもなんとなく理解はできた。

 ソウがなぜ、第五属性のカクテルをツヅリには黙っていたのか。


「危険に比べて、得られるものが少なすぎる?」

「そうだ。そんなものを、まだ四大属性のカクテルすらまともに作れない新人に教えてどうする? 下手に興味を持たれたら、それこそ事故の元だ」


 ソウがツヅリに、今まで第五属性のカクテルをひた隠しにしていた理由がすっと胸に降りてきた。

 ツヅリのことを信頼していないとか、甘く見ているとかそういう話ではない。真剣に、ツヅリにはまだ早いと考えていただけの話なのだ。

 自身に扱えない力を教えられたところで何の意味も無い。むしろ、何かの拍子にそれを無理に使おうとすれば、それだけ危険が増す。

 ソウはツヅリのために、それを黙っていたのだと、はっきりと理解した。

 ツヅリの表情の変化を見て、ソウは先程までの鋭い目つきを少し緩め、冗談っぽく言った。


「ま、第五属性の話がしたいんなら、せめて『テイラ』くらいはまともに使えるようになってからだな」

「な、別にもう使えますし!」

「……百回中、何回誤差0.1ml以内に抑えられる?」

「……七十回、くらいです」

「百回中百回になってから言いな」


 言われてツヅリは押し黙った。胸の中では、自分が人よりテイラの扱いが難しいと知っているくせに、という文句が浮かぶが、できないものはできない。

 そんなツヅリとソウのいつもらしいやり取りを、ティストルは少し微笑ましく見る。そこでふと、ソウの表情に気づいた。

 ティストルの勘違いでなければ、ソウの表情に少し、違和感があった。

 まるで、ツヅリに何か。もう一つ大切な何かを、隠し仰せたとでも言うような。


「分かりましたわソウ様」


 そんな空気の中、ずっと何かを考え込んでいたフィアールカがすっと口を開いた。

 その表情には、ひとつの疑問がぱっと氷解した、清々しい色が浮かんでいる。


「……何がだ?」

「このレシピ集の記述についてです」


 フィアールカは、怜悧な顔つきに似合わぬ浮かれた様子でレシピを開いて見せている。そのページは【ビトウィーン・ザ・シーツ】の場所だ。


「ソウ様は先程、この記述が『でたらめ』だと言いましたわね。しかし、私の知っている他の第五属性のカクテルを見れば、そこには少し語弊がありますわ」

「……ほう」

「ええ。端的に言えば、このレシピに乗っている第五属性の魔法は『でたらめ』というよりも『強力過ぎる』のです」


 フィアールカの確信に満ちた表情に、ソウはツヅリに見せるのとはまた違う、小さな笑みを見せる。


「……そうだな。それが、誤解の正体だ。その本では【ビトウィーン・ザ・シーツ】は、眠っている人間にしか効果がない、と書いてある。だけどそれは正確じゃあない。正確には起きているか眠っているかの、まどろみの瀬戸際、まさに『ビトウィーン・ザ・シーツ』の瞬間にしか効果がないんだ」


 言われてフィアールカは渋面を作った。

 それはつまり、意識がはっきりしていないけど、まだ眠ってはいないようなタイミング、まさに夢見心地のときということ。

 そんなタイミングで、目の前でカクテルの『シェイク』なんぞを始めようものなら、情報を得たいと思う相手もすっかり目を醒ましてしまうのではないか。


「……使えない、ですわね」

「そうだな。ぐっすり眠っている人間には全くの無意味、かといって効果がある人間に対しても、それじゃあ結果的に無意味。そういう使えないカクテルだから、現在には伝わってないんだよ」


 ソウのあっさりとした断言に、フィアールカはがっくりと肩を落とした。つまりは、見つけたときには宝の山かと思ったこのレシピ集も、その実は絵に描いた餅ということだ。

 使えない魔法が列挙されているレシピ集に、いったいなんの意味があるのか。


「あれ? でもそれっておかしくないですか?」


 ふと、先程までの話を聞いていたツヅリが、また疑問を口にした。


「何がだ?」

「えっと、そのカクテルが眠っている人には無意味ってのは分かります。でもそれってつまり、眠っている相手はそのカクテルを撃たれても眠ったまま、ということですよね?」


 あっ、とその場にいた残り二人も一斉にその事実に気づいた。

 ソウの言葉が正しいのなら、それはソウに【ビトウィーン・ザ・シーツ】の効果が無かったという説明でしかない。

 ソウが、今こうして起きている説明にも、ソウが少女達の質問に答えていた理由にもなりはしない。



「……くく」



 その事実に少女達が気づいたと同時、ソウは唇を歪ませる。

 だが、その表情に先程の敵意とはまた違う、純粋な怒りのようなものを見せた。


「もう一つ、最後の誤解だ。フィアールカ、特にお前には言っておきたいことがある」

「……は、はい」


 愛称であるフィアではない。フィアールカと呼んだことからソウの本気具合が見て取れる。ソウは淡々と、説明するように言葉を進める。


「無味無臭の睡眠薬には、三つの種類がある。知っているか?」

「……いえ」

「一つ、摂取すると舌がジンジンと痺れてくるやつ。二つ、摂取すると体全体がぼうっと熱くなるやつ。そして三つ、摂取すると嘘みてえに頭がガンガン痛くなるやつだ」

「……………………」


 フィアールカはふと思い出す。ソウが眠ったように見えたときのこと。

 フィアールカの吐いた真っ赤な嘘に、頭を押さえるようにしていたこと。

 それはつまり。


「……あの睡眠薬は?」

「三つ目だよクソが」


 さーっとフィアールカの背筋が冷えた。ソウの瞳には明確に、この借りは必ず返すと書かれてある。

 そんな二人のやり取りを少し遮るように、ツヅリが口を挟む。


「というかお師匠っ! その睡眠薬の効果というか、眠くなったりは、その?」

「悪いが、俺は体質的に睡眠薬効かないんだよ」

「……へっ!? じゃ、じゃあなんで?」


 なんで、眠ったふりなんかをしたのか。

 そんなツヅリの言外の問いかけに、ソウは何度目かも分からぬ意地の悪そうな笑みで答えた。


「癖なんだよ。相手が何か企んでいるときは、とりあえずそれに乗ったフリをするのがな」

「…………ぁ」


 ツヅリの頭に、自分たちが昼間に何をされたのかが浮かんできた。つまり、少女達は、またしてもまんまと、ソウに逆に嵌め返されたということ。

 つまりは、最初から一切合切何一つソウには効果がなかったということなのだ。

 ニッと三人を小馬鹿にしたように笑うソウに、少女達はまた言葉を失う。

 不思議な沈黙が支配する部屋にノックの音が響く。つづいて、若い少女の控えめな声が聞こえてきた。


「あの、お話、まだ終わらないの?」

「もう終わった」

「ほんと!?」


 ソウの返事に、嬉しそうに先程まで待たされていたフリージアが部屋へと入ってくる。彼女は子供らしくソウの腕を取り、それから沈黙している三人娘に目をやった。


「……? どうしたの?」

「なんでもない。ただちょっとばかし、説教しただけだ」

「そうなんだ」


 フリージアは少し同情の顔をする。しかしすぐ、ソウに頭を撫でられてくすぐったそうな顔になった。


「待たせて悪かったな。見学に戻ろう」

「うん!」


 ソウはフリージアに優しく言ったあと、三人を一瞥する。しかし、何かを言う事はなく、スタスタと部屋を出て行った。

 後に残された三人はしばらく茫然としていたが、ようやくツヅリが口を開く。



「なんじゃそりゃあ!!」



 ツヅリの絞り出した叫び声は、返事もなくただ室内に響くのだった。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


少し説明気味で長くなってしまいましたが、収まりが悪かったので一話に収めてしまいました。

大変更新お待たせして申し訳ありません。あと二、三話くらいでこの長かった幕間も終わりの筈です(予定)

よろしければお付き合いください。


※0506 誤字修正しました。

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