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氷解と新たな疑問


「さてお前ら、俺は優しいからまだ聞きたいことがあるなら答えてやろうか?」

「……いえ、その……ごめんなさい」


 明らかに本心からではない笑みを浮かべるソウに、ツヅリは冷や汗をかきながら静かに言った。

 フィアールカの時間が終わると共に、中の異変に気づいたツヅリとティストルは部屋へと駆け込んだ。その瞬間に分かったことは、ソウが先程とはまるで違う表情で、はっきりとした意思を持っていることだった。

 悪い予感が働いて咄嗟に逃げ出したくなったツヅリだが、ソウに「まぁ座れ」と促され、対面のソファーに三人並んで座っての最初の台詞である。

 すっかり冷め切った紅茶のカップが、そのままその場の雰囲気を表すようだった。


「まぁ待てよ。俺は別に謝れと言っているわけじゃない。むしろお前達を評価していると言っても良い」


 ツヅリの謝罪を面白そうな顔で聞いていたソウは、緩やかに首を振る。


「え?」


 青い炎のような静かな怒りの声を覚悟していたツヅリに、その答えは些か拍子抜けであった。ソウは淡々と、まるで他人事のように口を動かす。


「なに、いくつかの勘違いと、それに誤解の上ではあったんだが、お前等はこの俺に睡眠薬を飲ませるに至った。これは、ああ、俺の油断は確かにあったが、俺がまんまと出し抜かれた形だ。その点に関しては褒めてやる」

「……あの、その割に目が全く笑ってないんですけど」


 ツヅリの恐る恐るの指摘である。

 ソウは確かに口では褒めるようなことを言っているが、目は一切笑っていない。むしろ、先程のぼーっとした表情の方が優しくすら見えた。

 この場にいる誰もが、ソウが言葉とは裏腹に、もの凄く怒っていることが分かっていた。

 薬を盛った張本人であるフィアールカは、能面のように張り付いた無表情でなんとか動揺を誤魔化そうとしている。


「いやいや、まさか身内からこうもあっさりと薬を盛られると思って無かったからな。俺も些か平和ボケをかましていた。反省しないといかん」


「……あのー」


 ツヅリが恐る恐る手を上げ、発言の許可を貰おうとした瞬間。

 ソウに対峙している三人の背筋に、ゾワリと怖気が走る。




「だからお前ら、これからは敵ってことで良いんだよな?」




 ソウの身体から発せられる圧力は、少女たちがそれまで感じたものの比ではなかった。

 相手が力を持っているとか、魔力がどうだとか、そういう話ではない。

 純粋に、相手がこちらを『殺そうとしている』のが分かるのだ。


 死の恐怖と言葉にすると陳腐だし、それくらいはいくらか乗り越えてもいる。

 だが今は少し状況が違う。彼女達はいきなり、なんの心の準備もないままに『死線』へと放り込まれたのだ。

 動くこともできない──いや、迂闊に唇一つ動かそうものなら、殺されるという感覚。

 心臓の動きすら、気になって仕方がない。止まれと念じる度に、鼓動は勢いを増していく。その鼓動の音が聞かれるだけで殺されるという、どうしようもない焦り。


 それは時間にして数十秒のことだった。開いた目を反らせなかったツヅリから、知らずの内に雫が垂れるまで、その状況は続いた。



「……たく。冗談だよ」



 そんな言葉と共にソウはあっさりと雰囲気を解除した。

 その台詞の後、三人の少女はたまらず荒い呼吸を繰り返した。その段になってようやく、自分たちが呼吸すらしていなかったことに気づいた。

 そんな少女達を眺めて、ソウは優雅にツヅリが残していた紅茶を口に含む。


「ま、俺が気づかなかったのは、お前らに『敵意』が無かったからでもあるし、その点を勘違いしてはいない。だがな、お前らがやったことは、俺がさっきやったことと似てるってのは忘れんなよ」


 ソウの放つ『敵意』は、純粋に研ぎ澄まされた『殺意』とほとんど同質であった。

 そんな気配を放っていた男が、今は冷めた紅茶を飲んで余裕の笑みを浮かべていた。

 少女達は、誰からともなく、静かに頭を下げ、声を揃えた。



「「「……ごめんなさい」」」


「おう、分かれば良い」



 ソウはふん、と多少鼻息を荒くしながらも彼女らの謝罪を受け入れたのであった。




「それで、その」


 謝罪が済んだあと、誰も何も言えないで居た中、最初に口を開いたのはフィアールカだった。

 ソウに薬を盛った張本人である彼女が、まずは声を上げなければ行けないという責任感もあった。しかしそんな殊勝な心がけだけではない、純粋な疑問の方が大きかった。

 ソウはじとりとフィアールカの方を向き、顎で続きを促す。


「……ソウ様に、聞きたいことが」

「いつから、魔法が解けていたかってか?」

「っ」


 あっさりと図星を指されフィアールカは言葉を詰まらせる。

 ソウはふー、と息を吐き、先程質問に答えていたような淡々とした口調で述べた。


「まず、先程俺は、勘違いや誤解があると言ったが、覚えているか?」

「……ええ」

「それについて、一つずつ説明してやろう」


 ソウは指を一本立てて、まずは『カクテル』についての話をした。


「まずは一つ。お前が使ったこの【ビトウィーン・ザ・シーツ】についての誤解だ」

「……と言いますと?」

「単刀直入に言えばな、そのレシピに乗っている『魔法効果』は、『でたらめ』なんだよ」

「え?」


 フィアールカは、あっさりとしたソウの回答に、思わずテーブルの上に置いてある名前のないレシピブックに目を落とした。


「し、しかし、このレシピの記述はかなり正確な──」

「──ああ。『オルド属性』以外は、その通りだ。だがな『オルド属性』だけは、記述が正確じゃない」


 フィアールカの疑問にも、先回りするようにソウは回答した。


「フィア。お前、今回の計画はかなり慎重だったな? 情報がとことん洩れないように、自分一人で練っていた。だから、小さな綻びも恐れて、事前に魔法を試してみなかっただろ?」

「……ええ」

「だから分からなかったんだよ。そのレシピに乗っている『オールド』のカクテルは、現在はほとんど『魔法カクテル』として使われないものばかり。その理由は単純に『魔法』として使い物にならないからなんだ」

「……それは……」


 フィアールカは、少し思考を巡らせるように黙り込んだ。

 会話が途切れたと思ったタイミングで、話にすっと割り込んだのはティストルだった。


「あの、ソウさん」

「なんだティスタ?」

「そもそも、私たちは『オルド属性』の『魔法カクテル』について、良く知らないのですが」


 その質問に、実はさっきからずっとそわそわしていたツヅリがハッとした顔でティストルを見た。

 ティストルは一度だけちらりとツヅリを見て、うんと頷く。ティストルは、ツヅリが聞きたくて、でも結局聞けなかったことを代わりに聞いたのであった。

 そもそも『第五属性のカクテル』とは、なんなのか。なぜ、魔石の存在しない属性の魔法が存在しているのか。

 なぜそれを、今の今までツヅリには教えてくれなかったのか、と。


「……あーしゃあねえな。ツヅリにはまだ早いと思ってたんだが、教えてやるか」


 ソウは面倒臭そうに、頭をボリボリと掻いてから、軽く息を吐く。

 レシピ本を舐め回すように見て考え込んでいるフィアールカを置いて、少女二人は背筋をピンと伸ばした。

 ソウは知識の確認をと、最初に基礎的な部分を話す。


「まず、俺達バーテンダーが使う『魔法』は『カクテル』と呼ばれている。それは基軸となる『魔石』──『魔力の塊』をベースに、その他の材料を混ぜ合わせて魔法を定義する様式が、即席ポーションでもある飲み物の『カクテル』を作るのとほとんど同一だからだ」


 ソウは『飲み物』に『魔法』が合わせたと言ったが、それは、魔法が先か飲み物が先かという、この世界の起源論争にもなっている問題だ。

 ある者は『銃』の構造の複雑さを理由にあげて、飲み物である『カクテル』の方が自然発生したのだと主張し、ある者は『飲み物』から『魔法』という流れの不自然さを上げて、最初に魔法として生まれた『カクテル』が、研究の後に『ポーション』としての有用性が発見されたのだと主張する。

 その当たりは、過去の資料が何故かしっかりと残っていないので定かではない。


「だが、この世界で魔法を勉強した人間なら、誰でも知っていることがある。四大属性──四大スピリッツと言われる『ジーニ』『ウォッタ』『サラム』『テイラ』の魔石は存在するが、第五属性『オルド』の魔石は存在しないことだ」


 ソウの発言に、ツヅリとティストルは共に頷いた。それは常識だ。

 この世界には『第五属性』の魔石は存在しない。そしてそのせいで、古くから第五属性の研究は他に比べて遅れ気味であるとも言える。


「しかしだ。オルドの魔石はないが、オールドポーションはある。人類は、魔石のない状態から研究を重ねて、どうにか水に『第五属性』を宿すことに成功したわけだ」

「はい。それも知っています。ですから『第五属性』の研究者は、その、嫌でもカクテルとお友達になるとか」


 第五属性の研究が遅れているもう一つの理由はそんなところだ。

 ポーションは研究の際に事故で魔力欠乏症になったときの命綱だ。つまり、魔法研究者は研究とポーションを切り離すことができない。それと同時に、魔法使いは、バーテンダーを軽視している傾向にある。研究中にカクテルに頼るのを恥と思う魔法使いも居る。


 しかし、こと『第五属性』に限って言うと、何故かポーション屋はバーテンダーと仲が良いのだ。第五属性のポーションを手に入れるためには、彼らと仲良くならなければならない。

 彼らと仲良くなるというのは、ほぼ必然的にバーテンダーとも仲良くなるということ。

 故に、第五属性の研究は、誇り高い魔法使い達から人気がないのである。

 ティストルの言いにくそうな顔に、ソウも難しそうな顔で頷いたあと、つまり、と結論をつける。


「オルドの魔石はないが、オールドのポーションはある。それは転じて、オルドの魔石から『弾薬』は作れないが、ポーションから『弾薬』は作れるということだ」

「……え、でも、それじゃあ」


 ツヅリは、そこでようやく師の言葉の着地点に気づいた。

 というか、その着地点を予め知っていたのだ。知っていて、しかしそんな訳は無いだろうと勝手に排除していた。魔法として成り立つ前提ですらない話だったから。


「第五属性『オルド』の『魔法カクテル』はな──オールドポーションから『弾薬』を作るんだよ」


 ポーションは『薄めた魔石』のようなもの。当然、ポーションからでも『弾薬』は作れるし『カクテル』も発動できる。

 しかしそれでは、実用的なカクテルにはならない。


 だってそれは、ただの『練習弾』なのだから。


ここまで読んで下さってありがとうございます。


一週間以内に全く更新できず大変申し訳ありませんでした。

更新目標は引き続き、なるべく早くで、具体的なことが言えずに申し訳ありません。

※0408 誤字修正しました。

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