表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/167

反省文と罰

「それじゃあ、ここ最近の調査で分かった結果から報告します」


 ソウがいつになく真面目な顔で、ストック邸にて進捗報告を行う。

 モスベアーとの戦いからおよそ一週間が経過していた。


「単刀直入に言えば、モスベアーが出現した原因は、水不足です」


 断言したソウは、説明を促すようなストックの顔に頷いて続けた。


「伺っていた被害状況と、実際の調査を照らし合わせた結果、モスベアーは主に湖近辺を棲家としていることが分かりました。そこで私達は『彼らは水を求めているのでは』と推測しました。その推測に沿って、モスベアーが本来生息している方角の水源の調査も並行して行ったのですが……ツヅリ」


 ソウがちらりとツヅリの方を向く。発表者の交代だ。

 交代の理由は、この結果に関してはツヅリにまとめさせていた、というのが一つ。

 あとは、単なる嫌がらせだ。


「……わん」


 羞恥に震えながら、ツヅリは返事をして立ち上がる。

 頭に犬耳を、首にオシャレというよりは実用的な首輪をつけた姿で。

 ストックはその様子に苦笑いを浮かべているが、事情を知っているので何も言わない。

 師を涙目で一睨みしたあとに、ツヅリは報告を続ける。


「調査した結果、北の地方からこの地に流れている川の水量が極端に減少していることがわかりました、わん。それによって飲み水の確保に困ったモスベアー達が、南下してきたのが今回の異常出現だと思われます、わん」

「水量減少の原因は分かったのですか?」

「それについては、まだ調べがついておりません、わん」


 そこまで言ってから、ツヅリは席について師に続きを託す。


「というわけで、俺たちはこれから北に向かって調査を続けたいと思います」


 これからの行動方針について、ソウは結論を述べた。

 その後の報告は、現在までに掛かった費用や、調査先の地理、調査中についでに判明した些事などに移って行った。




「お師匠……もう勘弁していただけませんかぁ!?」

「あ? なんか足りなくね?」

「勘弁していただけませんか……わん」


 結果報告を終えた後、これからの話はまた準備が出来たらとなって、ソウとツヅリは廊下を歩いていた。その歩きがてら、ツヅリは自分の現状の不満を述べる。


「……さて、ここに一枚の反省文があります。読んでみましょう」


 愉悦というよりかは怒りを感じさせる声で、ソウは懐から出した紙を読み上げる。


『私、ツヅリ・シラユリは師匠に言われた簡単な仕事も出来ない犬以下のアホです。おまけに弾薬を無駄遣いし、親切な依頼主にも多大な迷惑をかけた間抜けです。師匠の許しが出るまで、言いつけに従う忠実な犬になることを誓います』


 悔しそうに俯くツヅリの眼の前にヒラヒラと紙を踊らせて、ソウが言う。


「それで、罰として見習いから犬に降格したアホ弟子は、いったいどういう理由があって罪を許して貰えると思ったんでしょうか?」

「……だって……わん」

「だって?」


 律義に『わん』を付けた後に、ツヅリは憤りを叫ぶ。


「私いま周囲の人になんて言われてるか分かりますかわん!?」

「しらね」

「犬のお嬢ちゃんですわん!」


 犬歯を剥き出しにして犬に徹するツヅリ。

 もちろんソウは、彼女がなんと呼ばれているのかなど知っていたが、同時に知ったことではなかった。そうでなければ罰にはならない。


 モスベアーとの一件の後、屋敷に戻った上で事情を聞き、当然のごとく大激怒したソウ。

 そして科した罰が、犬になることだった。

 犬耳と首輪をつけ、命令には絶対服従の上で語尾に『わん』を付ける。

 正直に言えば師弟関係を解消してやろうかとすら思ったが、現状の戦力的には猫の手も借りたいくらいであったので、それでひとまずの決着とした。


 当然ながら、一週間程度で許す気はさらさら無いのだ。


「すれ違う人、すれ違う人、みんな私を獣人族だって勘違いしますわん」

「だから?」

「人間だって分かる度に、残念そうな生暖かい表情をされるんですわん!」


 この世界には、人類という大枠の括りの人種が何種類か存在する。

 大陸の中央で大多数を占める人間。北方に住み独自の技術を持つ機人、南方を縄張りとし自然と共生する獣人などが主な種族だ。

 そして小さな子供なんかは、他の種族になりきってごっこ遊びをする、ということも良くある話であり。ツヅリに対する視線とは、つまりそういうことだった。


「それで?」

「もう私この町で、まともに人間として暮らしていけないですわん!」

「じゃあ犬として生活すればいいだろ」

「非道いですわん!」


 ツヅリの処分にはソウなりの温情が含まれているのだが、任務の裏を知らないツヅリには、この状態がただの嫌がらせにしか思えなかった。

 もちろん、ただの嫌がらせの意味も多分に含まれてはいるのだが。


「使用人さんとか、お店の人とか、近所の子供達にまで犬呼ばわりされるんですわん! ここまで来たらむしろお師匠にだって被害があるはずですわん! やめましょうわん!」


 半分以上が本気の懇願であるそれに、ソウは冷ややかな目を向ける。


「それなら大丈夫だ」

「わん?」

「お前のことは、犬になるのが趣味の頭が弱い子ってしっかり説明してあるから」

「わんわん!」


 ツヅリの渾身の抗議も、犬になっている時分では、ただの冗談にしか聞こえなかった。

 ちなみに、はいやイエスなら『わん』。いいえやノーなら『わんわん』と言う決まりだ。


「嫌々言っても、元気にわんわん鳴いてるんだから、本当は気に入ってるんだろ?」

「わんわん! わんわん!」


 首を振りながら、顔を赤くして涙目で言ってはみるが、犬語では説得力に欠ける。

 このままでは埒が明かないと、ツヅリは攻め方を変えてみることにする。


「……お師匠も前に言ってたじゃないですかわん。【ダイキリ】で『四つ頭』を発動出来たら『一人前』として認めてやるって、わん。そりゃお師匠の助けを借りましたけど、私ちゃんと発動出来ましたわん!」


 ツヅリは自身の成長を上げて、この扱いの不当さを訴えた。

 半分以上をソウに助けられたとはいえ、四つ頭の【ダイキリ】を発動させたのは事実だ。それは二人が属する協会本部どころか、国中を騒がせかねない一大事でもある。

 もっとも、ツヅリ本人は未だにその事実に気付いてはいない。


「ほう。結果を示したんだから、犬扱いはもう嫌だと?」

「その通りですわん!」

「俺はお前の犬姿、良く似合ってると思うけどな」

「え、そうですかわん? ……って、どんな適当な褒め方ですかわん!」


 似合ってるなんていう、普段はほとんど聞かされたことのない褒め言葉に一瞬心を踊らせかけるツヅリ。だが、冷静に考えると、何一つ良い事は言われていなかった。

 その弄ばれた乙女心も相まって、今までで一番の勢いでツヅリは師に食ってかかった。

 その必死な姿は、さすがのソウをも少し気の毒な気分にさせる。


 訳はなかった。


「……さて、ここにお前の知らないもう一枚の紙がある」

「わん?」

「……ジーニ、ウォッタ、サラム……お前が無駄に使った分の代金に、ストック氏の裏庭の修繕費。お前が泥だらけに汚した服の代金と──お前が、買い出しの途中につまみ食いした代金。その合計なわけだ」

「…………」


 魔法の犬耳をへたれさせ、俯き、冷や汗を止めどなく流すツヅリ。


「仮にお前が実力的に『一人前』になったとしよう。で、弾薬の無駄遣いで『半人前』。人様に迷惑をかけて『見習い』。さらに命令違反も重ねて『犬』になる。実に正当な扱いだとは思わないか?」

「……わん」


 そこに書かれていた合計金額は、決して少なくない。上手くやれば、二週間くらいは宿に泊まりながら好き勝手暮らせる程だった。

 更に悪いことに、お使いの途中に勝手に金を使って、近所の子供達とおやつを食べたのまでバレていた。


「もっとも。犬のしつけがなっていなかった分、前の三つは俺も責任を持たないといけない。たとえどれだけお前が悪かろうとな。だからそこはもう怒らない」


 優しい笑顔で、ソウはツヅリの頭をポンポンと叩く。それはまるで、聖母か神父の、暖かく包み込むような手だ。


「……だが、この最後な。俺が気付かないとでも思っていたのか? 犬?」

「……わん」

「どうやらお前には、犬の自覚が足りてないようだな?」


 先ほどまで優しく包み込んでいた手で、頭をグリグリと撫でるソウ。


「いだだだだ! いだい、いだいです!」

「わんはどうした?」

「痛いわん! いだいですわん!」

「ふんっ」


 ソウはようやくそこでツヅリを解放した。

 ツヅリは真っ赤な顔で、うーと唸りながら頭をさする。

 その姿に、ソウは情けないやら憎らしいやら、複雑な気持ちになる。


「お前なぁ。つまみ食いなんてどうせバレるんだからちゃんと言え。近所のガキ共に群がられて身動き取れなくなったとかだろ? 別に責めるつもりはねえから」

「……え? あ、わん」

「だから、変なことで誤摩化すな。お前の師匠はそんなに信頼できねえ男か? そんなに器の小さい男に思えるのか?」


 ツヅリは師が怒っている理由を悟った。

 決して嫌がらせだけで、こんなことをさせているわけでは無いのだということも。

 師を信頼し、心を開いていなかったのは、自分だったのだ。


「どうなんだ? ツヅリ」

「わんわん! わんわん!」


 自分の行いが今更になって恥ずかしくなり、必死に否定するツヅリ。

 その返事を聞いて、ソウはにこやかに頷いた。


「真面目な話してんのに『わんわん』とか、舐めてんのか?」

「理不尽ですわん!?」


 散々弄ばれた末に、唐突に切られたツヅリが目をうるませて鳴き声を上げた。

 信頼をわざと自分で貶める冗談で満足し、ソウは言う。


「おら、分かったらさっさと犬らしくお使いに行ってこい。注文しておいた魔石がそろそろ届いたころだ。ダッシュで取りに行ってこい」


 しっしっと追い払われるような仕草に、ムッとしながらも従うツヅリ。


「うー、分かりましたわん!」

「余った金で骨買っても良いぞ。お駄賃だ」

「私は犬じゃないですわん!」


 肩を怒らせながら、命令通りにダッシュで外に出て行く弟子を見てから、


「……さて、こっちも色々と話しておかないとな」


 ソウも協会の本部へ、色々と報告をしておくことにした。

 なんだかんだと気に入っている弟子を、守るためにも。


 実のところ、ソウがツヅリに犬の格好……獣人の格好をさせているのも、伊達や酔狂だけの話ではない。

 周りの目を、強引にツヅリに集めるため。

 言い換えれば、ツヅリを町で独りにしないためだ。


 何者かに狙われている危険性がある任務だ。常に注目を浴びるような姿を取らせることで、奇襲や暗殺の危険から遠ざける狙いがあった。


 さらに獣人は、人間に比べて身体能力が高い。はったり程度の効果しかないが、突発的な実力行使の危険も多少は減るだろう。

 弟子を危険から少しでも遠ざけたいというソウの心が、罰のついでにそこにはある。



 そんな計算の上で、ツヅリは辱められているわけなのだが。

 しかしそれもまた、事情を詳しく聞かされていないツヅリには関係のない話だった。


※0920 誤字修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ