ツヅリの質問
二人目の質問者となったツヅリは、ティストルからの軽い助言を受けて、入れ替わりに部屋へと入った。
そして、ティストルがそうであったように、ツヅリもまたソウの前に出てしばし言葉に迷っていた。
ツヅリはティストルと違って、ゆっくりと考える時間があった。あったが、そんなものは本人を前にしての度胸に代わるものではなかった。
決意したように表情を硬くしては、すぐにその眼に不安がよぎる。そんなことを何回か繰り返す。
その様子を、ぼーっとソウは眺めている。
「……すぅ……はぁ……」
自分の弱気を抑え込むように、ツヅリは深呼吸を繰り返す。
彼女が聞こうとしていたことは、まさしくこの『カクテル』に使われた技術の一つ。
第五属性と呼ばれる『オールド』を基本属性にした『カクテル』について。
ソウとはもうそれなりの付き合いになるにも関わらず、ツヅリは第五属性『オルド』のカクテルについて教わっていなかった。存在することさえ、知らなかった。
その理由を、はっきりと師の口から聞く。直接聞いたって教えてもくれなさそうな師だからこそ、こんな方法を使ってでも本音を知りたかった。
どうして、自分はそれを教えて貰えないのかと。
「……よしっ」
そして、何度目かの決意の後に、ついにツヅリは口を開いた。
「お師匠は、その……」
口に出してからやはり詰まる。とはいえ、そこまででかかった勢いで、ツヅリはついに言えた。
「……その、お師匠は私のことが、その、嫌いだったりは、しませんか?」
しかしその質問は、普段の快活な彼女からすれば、ひどく迂遠で弱気であった。
ストレートには聞けなかった。何故、教えて貰えないのかと尋ねるだけでも良かったのにだ。
それがもし『ツヅリが嫌いだから意地悪していた』なんて理由だったら──万に一つもないとは思ったが、もしそんな理由だったら──ツヅリは立ち直る自信が無かった。
それにソウは、特に間を挟むこともなく答える。
「嫌いではありません」
「そ、そうですか!」
ぱぁっと、ツヅリの表情が華やいだ。
はっきりと言葉にしてもらえたことは、彼女にとってこの上ない安堵となった。
ないと思いつつも、心の底では否定し切れなかった疑念が消えて、ツヅリにとって最も聞きたくない答えはなくなった。
だが、そうなると、別の理由があるということになった。
ツヅリは、もう一度深呼吸をして、二番目に聞きたくない理由の方を尋ねてみた。
「ではその、お師匠は私を……駄目な弟子だとかなんだとか、思ってますか?」
「駄目な弟子だと思っています」
「即答!?」
先の質問で華やいだ筈の表情は、途端にショックに彩られた。
ツヅリの頭の中では、それが結論になってしまった。
嫌いで意地悪していたわけではない。しかし駄目な弟子だと思っている。それはつまり、自分はそれを教えられるような『良い弟子』では、ない。
そう短絡的な結論を付けて落ち込みかけたツヅリに向かって、ソウの言葉が続いた。
「しかし有能な弟子だと思っています」
「……え?」
答えに続きがあったことで、ツヅリは呆気に取られた。
ティストルから教わったことだ。こっちが質問のつもりで言ったことでなくとも、それが質問と取られれば答えを言われる。『駄目な弟子だ』とか『なんだ』とか、で二つの質問だと思われたのだ。
『駄目な弟子』かと言われれば、そう思っている。
しかし『なんだ』と言われれば、有能な弟子だとも、思っているのだと。
「え、そ、あ、ありがとうございます……」
普段の師からは、逆立ちしたって聞けないようなストレートな褒め言葉に、ツヅリは訳も分からず礼を言っていた。
その非日常的な答えに、ツヅリはもう一つ、普段だったら絶対に聞けないような質問をするりと投げていた。
「ではその……弟子としての私に、不満はないですか?」
言ってから、ツヅリはぐっと身構えた。
不満がないわけがない。ただでさえ、常日頃から小言や皮肉を言われ続けているのだ。師と自分の価値観の違いから喧嘩することも多い。
そんなソウから、不満が出てこない筈が無い。
それでも、自分がソウの弟子としてもっと相応しくなるために、できることが知りたかった。
そんなツヅリの質問に、それまで即答してきた筈のソウが、初めて少し回答に時間を要した。だが、それも数瞬、すぐにソウは回答をよこす。
「もう少し、師の指示に素直に従って欲しいです」
「……うぐ」
「ですが、特に不満はありません」
「……はい?」
最初のひと言を皮切りに続くかと思われた不満の言葉はなかった。
それが理解できず、拍子抜けしているツヅリにソウは淡々と続ける。
「思う所はたくさんありますが、それは人としての考え方の違いによるものです。弟子としてのツヅリに大きな不満はありません。ツヅリは自分に迷惑をかけていると考えているかもしれませんが、弟子は師匠に迷惑をかけるものです。迷惑や面倒をかけるのが弟子の仕事であれば、師匠がそこに不満を感じるわけがありません」
淡々と、しかし温かくソウは言った。
ふっと、ツヅリは心が軽くなったような気持ちを覚えていた。
ソウの言葉に、自分もまた同じようなことを考えていたのだと思い出した。人としてのソウには言いたいことが山ほどあるし、実際に何度も言っている。
しかし、師としての、バーテンダーとしてのソウに、自分がいったいどんな不満を覚えたというのだろうか。
ソウの下についてから今まで、何も感じていなかったではないか。
どんな無茶ぶりがあったとしても、ソウは自分を信じていた。そして、自分もソウの期待に応えるために無茶をこなしてみせることが出来た。
それが自分と師との関係性であれば、その他など瑣末なことなのだ。
師以外からもたらされた『オールド』で不安になってしまったのも、逆に言えば、それまで一切不安を感じさせることを、ソウがしてこなかったからだ。
「…………はぁ、私、馬鹿だなぁ」
思わず口をついて出たのは、そんな自戒の言葉だった。
フィアールカに乗せられたとはいえ、初めて師を疑った。そして、それ故にグチャグチャと色々考えてしまったのが、とんだ空回りであった。
「はい、馬鹿ですね」
そんなツヅリに、ぼーっとした表情で、的確にソウが追撃を加えてきた。
ツヅリは、ぐうっとダメージを受けつつ、しかと否定する。
「……い、今のは質問じゃないです」
「はい」
ソウは、分かったのか分からないのか、静かな声でそう答えた。
そのくらいのタイミングで、コンコンとノックの音がした。フィアールカが、そろそろ質問を終わらせろと言っているのだ。
自分の中で最後の質問を言う準備はできていた。
『何故自分に、オールドの魔法を教えてくれなかったのか』
だが、それを聞く必要はないとも感じていた。
『オールド』を教えなかったのは、ソウなりに理由がある。それはきっと間違いない。そしてこれまで、ソウが何かを間違っていた覚えがない。
だから、もう良い。
師が自分を評価してくれているのなら、自分は師を信じるのみだ。だからツヅリは、その最後の質問は自分の胸にしまっておくことにした。
「……でも、あと一つくらいは聞いても良いんだよねぇ」
その代わり、ツヅリはせっかくだからと、何か違う質問を投げることを考える。
その『とりあえず最後に何か』が、ティストルが犯したのと同じ過ちだとも知らずに。
「それじゃ、私はどういった所を直すのが良いと思いますか?」
軽い気持ちでツヅリは尋ねた。
弟子としての不満はないとは言っても、こういう所を直して欲しいとか、思っていないわけではないだろう。だったら、ここでその一つや二つ聞き出して、直してみせたら師も自分を見直すだろう。
その程度の覚悟だったが、対するソウは静かに言った。
「はい。私が考えるツヅリの、直さなければいけない所は三カ所。直すべき所は十四カ所。直したほうが良い所は十八カ所。直したようが良さそうな所は十二カ所存在します。それらを全て列挙していきます」
「え?」
その返事が、ちょっとツヅリの想像の範疇を越えていた。
弟子として不満はないと言いながら、ソウが凄まじい量のツヅリへの不満を抱えていることだけが分かった。
そして、それを理解した瞬間に、慌ててソウの制止に入る。
「まず、なおさなければいけない所ですが──」
「──ストップ! ストップ! いきなり長い説教なんて聞きたくないですよぉ! もっと短くまとめてください!」
ツヅリは涙目になりながら大声で叫んだ。
ソウは述べかけていた答えを急停止し、『良い女になってください』と簡潔にまとめたのであった。
もちろん、ストレートに『良い女ではない』と言われたツヅリは、多少なりともショックは受けたのであった。
※0312 誤字修正しました。