ティストルの質問
「……落ち着きましたわ」
さっきまで笑っていたのが嘘のように、浮かない顔でフィアールカが言う。
「……うん」
「……私は最初から、落ち着いてはいましたけど」
ツヅリとティストルも、げっそりとした顔ながらようやく頭を上げた。
最初の質問からして致命的なダメージを受けた三人ではあったが、そこでいつまでも落ち込んでいるような性格ではない。
仮に引きずっていたとしても、今は忘れることに決めた。落ち込むのはいつでもできるが【ビトウィーン・ザ・シーツ】の効果は今しかないのだ。
そのあたりのしたたかさがなければ、バーテンダーや魔術師などやっていられない。
「ここで提案なのですが、質問するのは時間交代制にするのはいかがかしら?」
その中で、フィアールカは提案する。
ツヅリとティストルは視線だけで続きを促した。
「私たちは協力者ですが、一から十まで秘密の共有をしているような仲ではありません。聞かれたくない質問もあるでしょう?」
「……そだね。確かにその方が、気は楽だと思う」
その提案に、ツヅリはすぐに賛同した。断る理由もなかったからだ。ティストルも、賛同の意思を示す。
「……私はあまり気にしませんが、お二人はその方が良いのなら」
「では決まりということで」
三人の意思は統一され、静かにルールが定まった。
【ビトウィーン・ザ・シーツ】の効果時間は恐らく十五分ほど。既に三分ほど経過してしまったので、一人の持ち時間は四分足らず。できる質問はそう多くない。
その段取りを、フィアールカが中心となってテキパキと決めて行く。
「順番は、ティスタさん、ツヅリさん、そして私の順で」
「分かった。残り一分で次の人がノックをするんだね」
「ええ。カクテルを放ったのは私ですので、最後は私が責任を持ちます」
最後、というのはカクテルの効果が切れるときのこと。おそらくはまた眠りに戻るだけだが、不測の事態に備えてだ。
段取りの確認を終えて、三人は頷き合う。
「では、そういうことで」
「最初はティスタだね」
「あ、は、はい」
それらが決まると、ツヅリとフィアールカの二人はそそくさと出口へと向かって行く。あまり自分から意見を出さずに頷いていたティストルは、やや不安そうな顔をした。
自分一人で残されて、何を質問すれば良いのか分からないと言いたげに。
「大丈夫ですわよ。良い機会ですから、日頃溜まっている色々を聞いてしまいましょう?」
フィアールカはそんなティストルに微笑で返したのだった。
「……あ、えっと」
部屋に一人残されて、ティストルは悩んでいた。
何を聞けば良いのか。うんうんと頷いていたが、恐らくティストルが一番、今回の件に積極的ではなかったのだ。
協力を決めた理由はあるのだが、それがなんだったのかを上手く思い出せない。
「ど、どうしよう。えっと、好きな食べ物とか、聞いてみようかな」
当たり障りのない質問を浮かべては、慌てて頭を振る。そんなことは、日頃のソウに聞いたって教えてくれることだ。別にここで聞く必要はない。
「……思い出さないと」
そもそも、自分が協力を決めたのはいつの話だったのか。
思い返してみると、ソウと二人きりでバーに向かった日のことだった。
「……ふ、二人きり」
今、自分が置かれている状況もまた二人きりなのだと意識して、ティストルは僅かに物怖じする。が、もう少しだけ、自分の気持ちを探ってみる。
あの日何があったのか。自分は、なにを思ったのか。
ふっと浮かんできたのは、一人の女性と楽しげに笑うソウの姿だった。
そのとき、ソウに聞こうと決意したことがあったのだ。
「ソ、ソウさん。質問したいことがあります」
「はい」
ぐっと喉に力を込めて声を出す。それ以上に強く、拳を握りしめる。
さっき、三人がまとめて相手にされていないと知った。それを今ここで質問するのは怖くはある。が、聞かないとモヤモヤを抱えたままになってしまう。
だからはっきりと、尋ねた。
「ソウさんは、リナリア先生のことをどう思っているんですか? 先生とはどんな関係なんですか?」
ティストルは勢いに任せて一気に尋ねた。
難しい質問をしたせいか、少しだけソウの顔に無表情以外の色が映る。が、回答が定まったと思った瞬間には、元のぼんやりとした顔に戻った。
「リナリアのことは、妹のようなものだと思っています」
「い、妹……?」
それは、咄嗟に理解できる関係性ではなかった。
ティストルには家族はもう居ない。少なくとも彼女はそう思っている。母一人子一人の環境で育った故に、妹という存在の実感がない。
ただ、ぼんやりと魔道院で自分を慕ってくれる後輩のような感じだろうと思った。
そして、そう思った瞬間に思った以上にホッとしている自分にも気づいてしまう。
妙に座りの悪い気持ちでいると、ソウは二つ目の質問にも答えた。
「関係性もまた、兄と妹のようなものです」
「……つ、つまり、特別な感情はないんですね?」
「はい」
ソウがリナリアのことをどう思っているか、またどんな関係であるのか。その答えはどちらも一緒だった。
ソウがリナリアに心を開いて見えるのは、彼が彼女のことを妹のようなものだと思っているからなのだ。つまりは、余計な心配などする必要はないのだ。
いや、そもそも心配する資格などないし、『妹』と『おっぱい』では、どちらが立場的に上なのかと言われると、分からない。
それでも今度こそ、自分の中で誤魔化しようのないほどの安堵が生まれた。
「……もう、良いかな」
その答えにティストルは満足してしまった。
結局のところ、自分は他の二人に引っ張られる形で協力した身だ。聞きたいことがあって、それはもう明確な回答を得た。これ以上、何かを求めるのも野暮というものだろう。
確かに、ソウとリナリアが昔何をやっていたのかとか、気になることはある。だけど、それをこの状況を利用して聞くのも、スッキリしない。
それをしっかり、ソウの口から教えて貰えるようになるのが、一番良いのだ。
しかしそうなると、三人で分ける筈だった時間に余裕が生まれる。まだノックの音すら聞こえていない。
そう思うと、最初に切り捨てた筈の案が首をもたげた。
せっかくだから今度、何か手料理の一つでも振るってみようか。そんなことをティストルは思ったのだった。
「それじゃ、ソウさんの好きな食べ物はなんですか?」
取るに足らない質問であった。平素のソウであれば、そこからいとも容易くティストルを幸せな気持ちにさせる会話をしてくれるだろう。
だが、今のソウは、そういうソウではなかった。
ほのぼのとしていたティストルの心をぶち壊すようなことを、平気で言った。
「それは食欲的な意味ですか? 性欲的な意味ですか?」
「………………はい?」
ティストルは、自分がどんなことを言われているのか理解するのに、しばしの時間を要した。
ソウの表情は無表情に見えた。最初の質問のときのような葛藤もなく、当たり前のように尋ねているのだ。どちらの意味なのか、と。
外から時間を知らせるノックの音がしたところで、ようやく我に返り、ソウへと精一杯の声で言った。
「食欲的な意味に決まってます! せ、性欲的な意味ってなんですか!? 性欲って!?」
それまでの落ち着いた雰囲気とは正反対に、慌ててティストルは言い返す。
言われたソウは、ティストルの補足を受けて回答した。
「果物全般と、味の濃い肉料理。それに酒さえあれば完璧ですね」
「な、なるほど……あまりお菓子とかは、好きでは無いんですね……」
「性欲的な意味は、胸の大きい美人のお姉さんが──」
「なんでそっちも言うんですか!?」
当たり障りのない質問だったのに、ソウは抜け目無くティストルへとセクハラを敢行したのだった。
涙目になったティストルだったが、ややあって『性欲的な意味ってなんですか!?』の部分にソウが答えただけなのだと気づいた。それもまた、質問への返答と取られたのだ。
ひどく融通の利かない魔法だと思った。
ティストルはやや呆れ顔で、それでも一つだけ、浮かんできてしまった質問を最後にする。
「……ソウさんは、セクハラが好きなんですか?」
「あなたがそれを望むなら」
「望んでません!!」
そして時間になってツヅリが扉を開けると、嬉しいような悲しいような複雑な表情のティストルが、ぼんやりと胸を押さえつつ唸っているのであった。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
更新すると言っておいて、更新が大変遅れて申し訳ありません。
言い訳のしようもございません。次回更新はなるべく早く行いたいと思います……
※0221 誤字修正しました。