死屍累々
カクテルが発動してしばしの間があった。誰も言葉を発さずにいた中で、ツヅリが恐る恐る声を出した。
「……決まった?」
「……手応えはあったわ。カクテルは、きちんと発動したはずよ」
魔法を放った張本人であるフィアールカは、はっきりと成功を告げる。
その言葉に応えるように、ずっと机に突っ伏していたソウが、のそりと上半身を持ち上げた。かけていた椅子に座り直し、目を閉じたまま沈黙を保つ。
「…………」
その態度に、三人の少女はぐっと唇を結んだ。
身体を持ち上げたソウが、そのままカッと目を見開いて怒鳴る想像をしてしまったのだ。
しかし、ソウはその態勢のまま静かに待機を続けていた。
ようやく、フィアールカは最初の質問を投げかける。
「……尋ねますわ。あなたは私の質問に何でも答えるわね?」
「はい」
ソウは質問を受けると薄く目を開けて、淡々とした口調でそれだけを言った。
その仕草に、いつものソウらしくない不気味さを感じつつ、フィアールカはひとまずほっと胸を撫で下ろした。
「……どうやら成功したみたいね」
フィアールカの安堵は、少し遅れてツヅリとティストルへと広がる。
両名もまた、恐る恐るソウの様子を窺いながら、質問を投げる。
「えっと、じゃあ質問です。お師匠はどこに所属しているバーテンダーですか?」
「Bランクバーテンダー協会『瑠璃色の空』に所属しています」
普段はあまり聞いたことのない師の丁寧な言葉遣いに、ツヅリもまたちょっとだけ薄気味の悪いものを感じる。しかし、同時にそんなソウが普通の状態ではないのだというのも、なんとなく察しが付いた。
その場に残ったもう一人、ティストルもまた、当たり障りのない質問をした。
「では、私は誰か分かりますか?」
「ティストル・グレイスノア」
「私の所属は?」
「シャルト魔道院に所属している学徒です」
全ての質問に、ソウは淡々とした口調で答える。しかし、そのどれにも嘘を吐いている様子はなかった。
三人はその状況を認識した後に、一度ソウから距離を取って三人で顔を突き合わせる。
淹れてもらった時に比べればすっかり冷めた紅茶を、心を落ち着けるために口に含み、ツヅリが言った。
「……ど、どうする? あの、私今すっごい混乱してて何聞いて良いかとか、分からないんだけど」
「お、落ち着きましょう。えっと、とりあえずソウさんは今、本当になんでも答えてくれるんですよね?」
フィアールカから事情を聞いていなかった二人は、そう言いながら混乱したように目を丸くする。
唯一人、この状態を最初から計画していたフィアールカが、二人を宥めた。
「そう、そうね。まずはこのカクテルについて軽く説明しますわ。このカクテルは私達の質問に対して、ソウ様が思っている事を素直に答えさせる効果があります。どういう事かわかりますか?」
「え? 質問になんでも答えるってことじゃないの?」
「確かにそう言うこともできます。ですが本質は、ソウ様の建前を剥がせるということなのです」
ソウは普段から、思っていることを素直に人に伝えはしない。
それはこの三人がなんとなく察している共通認識だ。
時に皮肉だったり、時には配慮だったり、とかくソウは自分の本心をあまりさらけ出すことはしない。言葉が足りないと感じることも、たくさんある。
しかしそれは、三人よりも人生経験が豊富なソウが、言わない方が良いと判断しているという意味である。
「言い換えれば、うかつな質問をすれば、ソウ様の本心を聞いて傷つく可能性が少なからずあるということです」
フィアールカの脅すような物言いに、全員がごくりと唾を呑み込んだ。
それを踏まえて、フィアールカは最初の最初に、とあることを尋ねようと考えていた。
「そして私はまず最初に、ソウ様が『私たち』をどう思っているのか、聞いてみたいと思います」
言った直後には、フィアールカはふっと笑みを浮かべる。
一拍遅れて、ツヅリとティストルは同じような反応をする。
「……って! え? 『私たち』!? フィアだけじゃなくて?」
「……あっ! そ、そうですよフィアさん! なんで『私たち』!?」
二人とも、好奇心と恐怖心が入り交じった複雑な表情で、興奮するように立ち上がる。
確かに、今この場でそれを聞きたい気持ちはとても大きかった。が、聞きたくない気持ちも同じくらい大きかった。
それを、建前のない状態で聞くというのが、怖くないわけがなかった。
だが、その声を受けてもフィアールカはふっと笑みを浮かべたままだ。その反応は想定済みというように、流れるように言う。
「確かにお二人の気持ちも分かります」
「だったらさ!」
「ですが、それを聞かないことには、こんな大それたことをした意味がないではありませんか。この場以外で、ソウ様のはっきりとした答えを聞ける場所がありますか?」
「……そ、それは……」
フィアールカの言葉に、最初は語気荒く立ち上がった二人は言いよどむ。一番聞きたいことは、確かにそれなのだ。どんな建前があろうと、まずそれは知りたいのだ。
反論の声が上がらないと見て取ったフィアールカは、付け加える。
「そして、世の中にはこういう言葉もあります。『死なば諸共』と」
「それ普通、敵に対して使うやつだよね!?」
ツヅリの抗議をさっと流して、フィアールカは颯爽とソウの前に立った。
彼女自身も感じていた恐怖を踏み砕いて、堂々と足を踏みしめた。
ソウからどんな答えが来ても、決して倒れぬという決意を固め、そして尋ねた。
「ソウ様は、この私、フィアールカ・サフィーナのことをどう思っていますか?」
「思い込みの激しいストーカー」
「ぐふぅっ!?」
そして、フィアールカの決意は脆くも崩れ去り、思いっきり崩折れて膝を突いた。
そのショックの大きさたるや、半分泣いているくらいだった。
慌ててツヅリが駆け寄り、顔面が氷のように白く染まっているフィアールカへと声をかける。
「フィ、フィア!」
「だ、大丈夫ですわツヅリさん。こ、これくらい覚悟の上で」
「大丈夫じゃないでしょ! めっちゃ震えてるから!」
フィアールカの肩を抱くツヅリの手にも、彼女の振動は大きく伝わってきていた。
だが、フィアールカはそこでめげずに、立ち上がる。ここで負けるわけにはいかないという、決意を持って。
それから、更にもうひとつ尋ねた。
「で、ですが、フィアールカ・サフィーナを女性として、魅力的と思っていますか?」
「ガキだと思っています」
「……………………」
今度こそ、フィアールカは打ちのめされたように両手を地面につき、震えていた。
確かに、自分の中にもまだまだ相手にされていないという自覚はあった。だが、それでも魅力の一つや二つは感じて貰えていると思っていた。
だが、返ってきたソウの本音は、いつもの建前を剥がしたそれは、あまりにも鋭利な刃となってフィアールカを切り刻んで行った。
「あ、あの、フィア。えっと、げ、元気を」
傍らに寄っていたツヅリに揺さぶられると、突如フィアールカはたがが外れたように鈍い笑いを上げ始めた。
「……ふふ。うふふふふ」
「フィアさん?」
思わず敬語になるツヅリ。
だが、そんな彼女の気遣いに応えるでもなく、フィアールカはぶつぶつと独り言を呟きはじめる。
「そう、そうね。ええ。未だ私はスタートラインにすら立っていないと。ええ、良いでしょう。認めましょう。はっきりしましたわ。だけど、だけどです。このまま、このままでは終わりません。ええ、決して終わりませんとも」
その鬼気迫る様子たるや、思わずツヅリが数歩距離を取るほどだ。
だが、気持ちを切り換えることに成功したらしいフィアールカは、先程までのショックを微塵も感じさせぬ爽やかな笑顔で、言った。
「では、二人のことも、私が聞いてあげましょう」
「え!?」
「っ!?」
自分が傷ついたから道連れにするつもりだ。そうツヅリとティストルは直感したが、時は既に遅かった。
うっかり距離を取っていたツヅリが止める間もなく、フィアールカは尋ねる。
「ツヅリさんのことは、どう思っていますか?」
「並外れたアホ」
「ぐはぁっ!」
ソウの容赦ない本音が、今度はツヅリへと突き刺さった。男女関係の微かな含みすらない、純然たる悪口であった。ストーカーとどっちがマシかは、考えどころだが。
もちろん、尋ねた本人であるフィアールカにはダメージはない。意気揚々と最後に残った名前を告げる。
この事態を察して、必死で耳を塞いでいるティストルに聞こえるように、少し声を張り上げて。
「ティスタさんのことは、どう思っていますの!?」
「おっぱい」
「……………………」
必死に耳を塞いでいたティストルだが、聞こえてしまったのだろう。
前二人に比べても、あまりにシンプルすぎる認識が。
彼女は彼女で、耳を押さえていた手を豊かな二つの山へと持って行き、その二つを潰すようにしてうずくまってしまった。
まさしく死屍累々といった状況がそこにはあった。
誰も彼もが、幸せになっていないのであった。
ツヅリは頭を抱え、ティストルは胸を抱え、そしてフィアールカは狂ったように笑っているのであった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
大分遅くなってしまい申し訳ありません。
少々、お師匠がクズ過ぎるかもしれません。許してあげて欲しいです。
※0215 誤字修正しました。




