欺くには
「なぁに?」
しばしの沈黙の後、呆れ果てた顔から一転して、ソウは鋭い視線をフィアールカに送った。その視線にゾクゾクとしたものを感じつつ、フィアールカは平静を保つ。
「と言ったらどうします?」
「どう、だと」
冗談の顔をするフィアールカ。だが、ソウは既に提示された状況を頭で整理し始めていた。
先程のフィアールカの発言から、これまでの行動に納得の行く筋が通る。自分の正体もろもろを含めれば、それこそ聞きたい事など山ほどあるだろう、と。
「……俺から、何かを引き出そうってか」
「引き出すなんて物騒な。私が乙女的な気持ちでいることは本当ですわ」
「……てめぇ」
直後、ソウはダンとテーブルに手を付いた。
しかし、その動作に一番驚いた顔を見せているのは、手を付いたソウ自身である。
「……な……に?」
立ち上がろうとした筈なのに、気づいたら手を付いていた、そんな顔をした。
突然の事態について行けず、ツヅリとティストルは目をパチクリとさせていた。その中で、フィアールカただ一人が、悦に入った様子で優雅にカップを傾ける。
ソウはふらりと揺れる頭を押さえ、それから、絞り出したような声で言う。
「……フィア……てめえ……何を……混ぜた?」
ソウの視線の先にあったのは、先程まで飲んでいた紅茶だ。
フィアールカはいえいえ、と優雅に首を振ってみせる。
「それは初めからそういう茶葉ですわ。私はただ、フリージアさんに『ソウ様にはこの茶葉を使ってあげて』と言っただけです」
「……リー……を……利用…………しやがって」
「だって、私とフリージアさん。ソウ様が信用して口をつけるのは、どちらか分かりますもの」
ソウとフィアールカの会話はそこまでであった。
そのやり取りを終えたとき、ソウはまるで糸が切れた人形のように、静かにテーブルに突っ伏した。それからすぐに、寝息のような静かな音が聞こえてきた。
ソウは、いつも見せるのとはまるで違う、安らかな表情を浮かべているのである。
ツヅリは恐る恐る、フィアールカへと尋ねた。
「あの、フィア? どういうこと?」
「どういうこともなにも。私の『当初の計画』通り、こうやってソウ様を眠らせることに成功致しましたわ」
フィアールカは言い切った。これが計画の通りであると。
「ま、だって私こんなの聞いてないよ」
「ええ。だって言ってませんもの」
「ティスタは聞いてた?」
ツヅリはもう一人の共犯者であるティストルに尋ねるが、彼女もまた首を横に振った。
もう一度視線をフィアールカへと戻すと、彼女はふふっと静かに笑う。
「敵を欺くには、まず味方からですわ」
つまるところ、フィアールカは最初から『実力行使』に失敗した場合、第二案として『睡眠薬』の使用を検討していたのだった。
しかし、注意深いソウのことである。仮にツヅリやティストルがその第二案を知っていた場合、彼女達の仕草から怪しまれる危険性があった。
たとえば、この場にあってもガチガチだった二人が、睡眠薬のことを知っていたら、ソウがそれを含むかを無意識に注視してしまっただろう。そんな状態であれば、ソウは十中八九、紅茶の中に何かが入っていることに気づく。
だから、あえて二人には嘘の作戦を伝えておいたのである。それなりに信用できて、かつ、今日はもう何もしない、と思えるような。
ソウの目から見ても、二人にはもう謀は無いと思わせられるような作戦を。
そうやってソウの警戒心を全力で下げたからこそ、ソウはフィアの計画通りに紅茶を口に含んだのであった。
「ということで、ようやく舞台は整いましたわね」
軽い説明だけに留めて、フィアールカはさっさと銃の準備に入っていた。
計画自体は上手くいったというのに、まだ色々と不服がありそうなツヅリに、フィアールカはさっと告げる。
「個人差にもよりますが、この睡眠薬で眠らせられる時間は三十分から二時間ほど。あまり悠長にしている余裕はありませんわ」
ツヅリのこれからの発言を全て却下する勢いで、フィアールカは淡々と予定を告げる。
「ソウ様が目を覚ましたとき、もの凄く激怒されるのは既定路線でしょう。ですから、私たちがやるべき事は二つ。一つは私たち各々が聞きたい情報をしっかりと仕入れること。もう一つは、ソウ様の激怒をなんとかする弱みを握ることです」
「……あの。さらっとものすっごくゲスなこと言ってるような」
「仕方ありませんわ。私、こう見えても結構焦っているのです。だって、ソウ様は私の行いを許してくれるでしょうが、好感度だだ下がりは決まったも同然ですもの」
許してくれることまでを謎の自信で確信しつつも、それ以外もしっかりと確信しているフィアである。彼女にしては珍しく、ほんの少しだけ、行いを後悔するような含みがある。
その感情を読み取ったティストルは、そこでさりげなく提案する。
「……あのフィア。でしたら弱みとかではなくて、後でしっかりと謝ったほうが良いんじゃないかと」
「嫌ですわ。だって悪い事なんてしてないもの。それもこれも、私を焦らしに焦らしたソウ様がいけないんですもの」
「子供ですか!」
思わずティストルがツッコミを入れるレベルだったが、フィアールカはツンと聞こえない振りをした。
「良いですわね。では、いきますよ」
反対意見をことごとく聞き流して、フィアールカはおほんと一声唸る。
そして、自らの愛銃『コバルトミラージュ』を構え、ポーチから弾薬を抜き取った。
それはツヅリが今まで見た事もない、琥珀色の弾薬も混じっていた。
「基本属性『オルド・ブランデー20ml』、付加属性『サラム20ml』『コアントロー20ml』『レモン1tsp』『アイス』、系統『シェイク』」
するりとフィアールカの指先から、魔力が抜けて銃へと流れ込む。その少しの魔力が弾薬まで届くと、起爆のための力が目を覚ましはじめる。
そんな宣言を聞いていて、ツヅリはおや、と思った。
基本材料が全く聞き慣れないものだったことではなく、副材料の中に『サラム』が入っていることについてだ。
そんなツヅリの疑問に、シェイクに入る前のフィアールカが軽く答えた。
「『サラム』は『火』を司りますが、同時に『魂』や『光』なんかとも繋がりが強い。このカクテルの場合は『魂』への干渉なのかもしれないわね。第五属性のカクテルには、意外と他の属性の要素を含むものが多いのよ」
当然ツヅリは知らなかった知識だ。それは即ち、師が教えていない知識。
ツヅリはそこでまた、胸がキュウっと締めつけられるような気がした。あまりにもあっさりと教えられることを、自分は一年経っても教えて貰っていないのだと。
自覚してしまうと、どうにも、苦しかった。
フィアールカは、ツヅリの表情の変化を見ていたが、自分でフォローすることはなかった。彼女のわだかまりは、その師に解いてもらえば良いと思ったのだ。
頭の中を切り換えて、フィアールカはシェイクを行う。
銃の中の弾薬を活性化させるため、魔力を起こし、過不足無く混ぜ合わせ、ただの力を一つの魔法へと作り替える。
第五属性のカクテルは、特にその辺りが難しい。それらはその他四大属性と、弾薬の成り立ちからして異なるためだ。
他の属性と同じようにしては、いともたやすく第五属性は埋もれ、魔法は失敗する。細心の注意を払い、指先にまで意識を宿し、銃が伝えるもの全てを受け止める。
やがて、フィアールカの全身がそこだと告げたタイミング。彼女はゆっくりとシェイクを止めた。
青灰色の愛銃は鈍く唸り、その身がいつでも魔法を発動できることを告げていた。
「二人とも、準備は良い?」
最後の意思を確認すべく、フィアールカは尋ねる。
未だに迷いを見せる二人ではあったが、ことここに至って逃げるつもりはなさそうだ。
ツヅリは歯を食いしばるように、ティストルは拳を握りしめながら、しっかりと頷いた。
「……では。【ビトウィーン・ザ・シーツ】
そしてフィアールカは引き金を引く。
放たれた温かな琥珀色の弾丸は、狙い澄ました通りに、動かないソウへと吸い込まれていった。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
大分更新が遅れてしまい申し訳ありません。
以前述べたように、長くなってしまいましたがそろそろ詰めになります。