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裏切りの理由


 ソウから何も聞かれないという居心地の悪い時間の後、フィアールカは予定の時間より少し遅れて現れた。

 少女の多少は悪いと思っていそうな顔に、ソウは冷やかしの声をかける。


「随分と遅かったな」

「申し訳ありません。少々、協会内政治がございまして」

「大手は大変だねぇ」


 まさに他人事のような感想を漏らし、ソウはさっさと話を進めた。


「んじゃ、俺の聞きたいことはもう分かってるだろ?」

「そう、そうね。私たちの目的、ですね?」


 フィアールカはぴくりとも眉を動かさず、にこやかな笑顔で対する。

 それを端から見ているツヅリとティストルは、彼女の度胸に感心する。とても、ここから先にデタラメを連ねようとしている少女の顔には見えない。


「立ち話もなんですし、座って話せる場所に行きましょう。丁度おやつの時間ですし、飲み物も出しますわ」


 底の見えない笑みを浮かべたまま、フィアールカはソウを誘った。

 それから誰に目を向けるかと思えば、真っ直ぐにフリージアへと声をかける。


「フリージアさんも。この前お話しした美味しい紅茶の淹れ方を教えてあげますよ」

「ほんと!」

「ええ」


 ふふ、と笑みを浮かべる彼女の姿は、さっきの笑みよりは自然体に見えた。

 それからソウ達を先導して、フィアールカは大会運営本部からほんの少し外れた場所へと歩き出したのだった。




「はいソウさん! 私が淹れたんだよ!」

「おう、さんきゅ」


 フリージアから差し出されたティーカップを受け取って、ソウはにこやかに笑んだ。


 フィアールカに連れてこられた場所は、この大会以前からあっただろう、小さな屋敷の一室だ。恐らくはこの土地を管理するための拠点の一つであり、今現在、模擬戦闘が行われている屋敷となんらかの関係がある施設だろう。

 その応接間のような場所に通され、フィアールカとソウは堂々と、ツヅリとティストルは恐る恐る席に着いた。ソウとツヅリが隣り合い、向かい合うようにフィアールカとティストルという席順だ。

 話を始める前に飲み物を淹れるとフィアールカが言うので、フリージアが手伝いに向かい、そして今それが出てきたというわけだ。


 澄んだ色をした紅茶は、カクテルばかりを見てきたソウにとっては馴染みの薄い美しさであった。


「どうです? 美味しい? 美味しい?」

「待てよ、まだ飲んでないって」


 他の面々にもカップを配ってから、フリージアは急かすようにソウに感想を求める。

 それに苦笑いを浮かべつつ、ソウは一口含んだ。


「うん。美味いぞ。いつの間に腕を上げたんだ?」


 すっと鼻に通る紅茶らしい酸味と香りに、ソウは頷く。

 感想を聞いたフリージアは、えへへと子供らしく喜んでから、ツヅリやティストルを気にした。

 二人は、配られたカップに手を伸ばす素振りもなかった。


「おい。お前等もちゃんと飲んで感想言ってやれよ」

「へ? あっ! はい!」


 ソウが釘を刺すと、一時停止していたツヅリはすぐに動く。釣られてティストルも動き、二人そろって一口。

 温かな液体を含み、ほうっと息を吐いた。


「なんだか落ち着きますねぇ」

「本当に、とても美味しいです」


 さっきまでカッチコチに緊張していた二人だが、その緊張も美味くほぐれたようであった。評価を気にしていたフリージアも、静かに安堵した。

 それを確認してから、ソウはできるだけ優しくフリージアに伝える。


「それでなリー。俺達はこれからちょっとばかし難しい話をするから、その間、外で待っててくれるか?」

「……邪魔、ですか?」

「そうだな。邪魔じゃないが、居ないほうが話しやすい」


 ソウの歯に衣着せぬ物言いに、フリージアは目を伏せる。だが、もともとのソウの性格を知っているからこそ、変に落ち込むことはなかった。

 ソウの真剣さ故に、仕事の話をすると思ったのだろう。


「分かった……りました」

「ありがとうな、じゃあ、俺の代わりに試合の様子をちゃんと見ててくれ」

「うん!」


 そうして、フリージアはペコリと頭を下げると、駆け足で部屋を出て行った。この屋敷の広間にも試合を中継するモニターがあったので、そこに向かったのだろう。

 それを見送ったフィアールカは、優雅にカップを傾けつつ、補足するように言った。


「大丈夫。広間にもお菓子を手配させてあります」

「話が分かるじゃねえか」


 フィアールカの隙のない手配に感心しつつ、ソウはフリージアが淹れてくれた紅茶をもう一口含む。


「ふむ、確かに美味いが、アレだな。紅茶ってえと、アレを入れたくなる」

「アレとはなんです?」

「聞いたことねえか? 紅茶には『ブランデー』──『オールドポーション』が良く合うってな」


 ソウが何気なく言ったひと言で、隣のツヅリがむせた。

 唐突な弟子の反応に、ソウは怪訝な顔をする。


「どうした急に?」

「い、いえ、なんでもないです」


 ツヅリはなんでもない風を装ったが、内心は穏やかではなかった。

 なぜなら、ツヅリ離反の発端は『オールド』なのだ。もうそれなりの付き合いになるにも関わらず、師から未だに『オールド』のカクテルを教わっていなかった。

 その不信感というか、なんとなくの寂しさと怒りで、ツヅリはフィアールカの計画に乗ると決めたのである。

 ツヅリの誤魔化しに、ソウは目を細める。


「……ま、何でも無いなら良いけどよ」


 だが、それ以上の追及をすることはなかった。

 ツヅリの失敗をフォローするように、相変わらずの鉄面皮でフィアールカが言った。


「生憎と台所には『ブランデー』は置いておりませんわ。申し訳ありません」

「そうかい。ま、言ってみただけさ」


 さして残念そうでもなく、ソウは静かにまた一口含む。

 その様子をじーっと見ていたフィアールカが、何かに納得した顔をして、ついに話を切り出した。


「それで、ソウ様が聞きたいこととは、なんでしょうか?」

「決まってんだろ。お前等が俺に隠れて、コソコソと何を企んでんのかって話だよ」


 すっと、場の空気が引き締まった。

 ソウは予め、そう尋ねると決めていたような自然な流れで決め打つ。


「フィアールカ・サフィーナ、主犯はどうせお前だろ?」

「あら、どうしてそう思いますの?」

「ツヅリもティスタも、俺に思い切り歯向かうタイプじゃねえし、何よりこの大会そのものがお前の企画だろうが」

「ふふ」


 ソウの追及に、フィアールカは微笑で返す。もちろん、この場では肯定の意味になる。

 いちいちそんな駆け引きを楽しむこともなく、ソウは詰め寄った。


「単刀直入に聞くけどな。お前、何がしたいんだ?」

「なに、とは?」

「誤魔化すなよ。単純に俺と戦いたいって風じゃねえだろ? しかし、どんな事でも良いから俺に勝ちたいって風でもない。前者なら、こんな大会なんてやらねえで俺に正々堂々挑めば良いし、後者ならもっと試合に勝つための作戦を組むだろう」


 ソウの分析からすれば、そもそもフィアールカは、一対一で戦うのを好むタイプだ。

 だからこそ、今回の行動は色々と疑問が残る。

 単純に戦いたいだけならば、一対一で挑んでくる方がフィアールカらしい。しかし彼女は、ツヅリとティストルを誘った。

 さりとて、その二人を巻き込んでまでソウからなにか白星を奪いたいというのなら、試合に勝つ為の試合運びをすべきだった。

 つまり、フィアールカの今回の行動は、どうにもソウからすると中途半端に思えたのである。


「だから、お前はこの大会中に俺を『直接倒す』必要があったと踏んだわけだが、それは何故だ?」


 ソウの鋭い問いかけに、相変わらず隣で聞いているだけのツヅリは息が詰まりそうになっていた。

 ティスタも同様だ。もともと、フィアールカに引きずられるようにして参加した彼女にも、この圧力は耐えがたい。

 二人はただ、フィアールカの事前に立てた作戦の通りに、事が運ぶのを祈るしかなかった。


 今回の模擬戦で失敗した場合、ソウが不思議に思うだろうことまでは読めていた。

 だからこそ、説得力のある理由が必要だ。


 フィアールカの立てた作戦は、こうだ。

 嘘を吐くには、そこにほんの少しの本当を混ぜる。なおかつ、本来の目的は悟らせないようにしなければ、ならない。

 それが無理ならば、その目的はもう失ったと思わせられれば良い。

 そして、フィアールカはその逃げ道に、自身の感情を盾にすることを考えた。

 それが、こう。





「おまじないに、ソウ様の髪の毛が欲しかったんです」




「…………ほぁ?」





 たっぷり、十秒ほどの間を置いて、ソウは自身に理解できない理由を述べたフィアールカへ、声を漏らした。

 しかし、意味のある言葉にはならなかった。

 彼女が、一体何を言い出したのかが理解できなかった。

 そしてそれを、フィアールカは好機と捉えたように畳み掛ける。



「髪の毛です。ソウ様の髪の毛が欲しかったんです」


「……すまん。言っている意味が良く分からない」


「最近、若い女の子達の間で流行っているおまじないです。好きな相手の髪の毛を、相手に気づかれないように一本貰って、それにごにょごにょっとすれば好きな人との距離が縮まるっていう」


「…………………………………………」



 やや前のめりに言ってみせるフィアールカと、どんどん後ろに下がって行くソウ。

 さっきまで鋭い目つきをしていたソウが、今はヒクヒクと曖昧な苦い顔しかできない。



「そして私たち三人は、大なり小なりソウ様に好意を抱いています。でも、ソウ様のことですから、気づかれないように髪の毛なんて抜かせて貰えるわけがありません。ならばもう、三人で力を合わせて気絶させて、強引に貰って行くしかないじゃありませんの」


「……お、おう」


「ですから。私たちは協力したのですわ。勿論三人ともがまったく同じ気持ちというわけではありませんが、ソウ様と仲良くなりたいと思っているのは一緒ですから」



 ソウは逃げるように、視線をそっと他二人へと向ける。ツヅリとティストルは、それぞれ顔を赤くしつつ目を背けた。

 分かっていたのだ。確かにこんなくだらない理由ならば、ソウの追及を逃れられると。

 そしてその感情が、この三人が結託しうる共通項であることも。

 だが、こんなでっち上げをして、堂々と開き直れる度胸はフィアールカにしかなかった。

 ソウは目の光を失い、ガンガンと痛む頭を押さえながらもう一度フィアールカを見た。


「……ですが、こうやってソウ様にバレてしまった以上、このおまじないは無効です。ソウ様も、無遠慮に乙女の秘密を暴くなんて、野暮ですこと」

「…………はぁ」


 ソウはこれ以上ないほど大きなため息を吐いた。

 誰も何も言わないので、ソウはブンブンと頭を振って、聞いた。



「なんだその理由は……そんなことで、大会を開くって、嘘だろ」



 あきれ果てて何も言えない、と言外に思いを乗せるソウ。

 しかし、ツヅリとティスタはほっと胸をなで下ろしていた。どうやら、この荒唐無稽なフィアールカの言い訳は上手く機能したようだと。

 確かにソウは今、納得したかは置いておいても、明らかに追及する気を失っている。


 そんなぐにゃぐにゃに弛緩した空気で、フィアールカが、ぼそり。




「なーんて。もちろんそんなのは嘘です。本当は、ソウ様に魔法をかける為に、眠ってもらいたかっただけですの」




 終わったと思ったその空気の中で、フィアールカの唐突な暴露が、三人の耳を滑って行った。



ここまで読んで下さってありがとうございます。


大変申し訳ありません、少し眠ってしまっていて更新が大分遅くなりました。

そろそろ、このやたらと長かった幕間も終わりを迎えそうです。


※0126 誤字修正しました。

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