目を覚まして
「はっ!?」
フィアールカは、魔法的な昏睡から意識を取り戻した。
体を起こして辺りを見渡せば、そこが会場本部脇に取り付けられた医務施設であると気付く。
広く屋根を張ったテント。そこに並んでいるのは大量のベッド。それらには自分と同じように、カクテルによって気を失った人間たちが横たわる手筈だ。
本格的な治療を行う施設というよりは、ただ、気を失った人間を突っ込んでおく墓場のような場所である。
「……く」
目を覚ますと同時に、フィアールカは自身のベッドを思い切り殴った。
ぼふんとした感触が返り、痛くなどない。フィアールカは握っていた拳を開いて、すぐに近くのスタッフに声をかけた。
「そこのあなた。良いかしら」
「はい。目が覚めましたか、姫」
「覚めました……それより聞きたいことがあります」
フィアールカは少しぶっきらぼうに返す。目が覚めた瞬間よりも、イライラが大きくなっている。
その理由の一つは、自分がたまたま声をかけた相手が知り合いだったこと。そしてその知り合いが、自分を見てやたらとニヤニヤしていること。
するつもりだった質問の前に、少々睨みを入れる。
「……いくら儲けたのかしら?」
「やや。神聖な訓練の場でそのようなことは」
「ホクホク顔で言わないで頂けます?」
フィアールカはため息を吐いた。もちろん賭け事があったとしても取り締まる気などない。それはもっと、真面目な人間がやればいい事だ。
真面目に不真面目なフィアールカは、さっさと状況の確認に移りたい。
「まあ良いわ。まず、今は何時ですか?」
「およそ十四時半。だいたい一時間くらい寝ていた計算ですね。第三試合も中盤ってところですよ」
「……十四時半」
シンデレラの効果時間はややばらつきがあるが、平均が二時間ほど。
自然覚醒にはやや早い時間で、多少ぼーっとする。フィアールカは頭を振って、まずは状況の把握に務める。
「分かっていると思いますが、ルールの変更は」
「あー。最初にはっちゃけてくれたおかげで大幅に変わりました。とりあえず、脱獄の禁止と、人質を盾にすることにペナルティを設けました」
「そう、そうね。ひとまずはそんなところね」
それは自分が起きていたとしても、真っ先に行ったことだろう。もちろん後で詳しく確認はするが、及第点だ。
それなりに優秀な部下の動きに感心し、フィアールカはさらに尋ねる。
「では、私の失態に上は何か言っているかしら?」
「えー、まぁ。あれですね。『氷結姫』あらため『負け姫』みたいな?」
「良いわ。後で黙らせます」
模擬訓練とはいえ、ほとんど無名のバーテンダー協会に一本取られたフィアールカに、文句を付けない上層部ではない。
まぁ、その辺りはどうとでも言い訳ができる。先程の試合の動きはイレギュラーそのものだったので、後付けでなんとでも言える。
盛り上げるために、最初からシナリオ通りに動いていた、とかだ。
なにより、フィアールカ個人としてはこれで『瑠璃色の空』を、上が無視できなくなるほうが、面白い。
と、個人の感想は置き、一応は運営側として色々と考えるフィアールカ。その後も、瑣末な運営側の確認をしたあとに、一息を吐く。
「で、一番重要なことですが。映像記録は残っていますか?」
「もちろん。そう言うと思ってましたよ」
優秀な部下だ。と、フィアールカはふふと笑みを浮かべた。
これこそ『機械』の利点だろう。誰でも、情報を記録することができる。
実際に自分が戦っていた時の動きを、客観的に確認するのは重要だ。ましてや今回は、完全にソウにしてやられた形である。
いったいどのようにして相手が動き、自身が破れたのかを確認する必要がある。
特に最後の最後。完璧な伏兵にフィアールカは討たれたのだから。その動きを見てみないことには、このモヤモヤは晴れない。
そう思ったところで、フィアールカはふーっと自身の中の熱を少し吐き出す。
「……ま、それは後でも良いかしら」
「えぇ? 珍しいですね姫。戦闘狂のあなたが、それを後回しだなんて」
「……ふふ。今はそれよりも、優先するべきことがあるだけですわ」
不敵な笑みを浮かべて、フィアールカはベッドから降りる。ふと、自分の隣に並べられている少女の寝顔が目に入った。
確かに、あの戦闘において自分と彼女は、とても近くに居た訳ではある。
ましてや、今が第三試合の最中なら、まだここにいる方が普通だろう。
「ツヅリさんも、まぁ、頑張りましたね」
戦う時の顔とは似ても似つかない、可愛らしい寝顔を晒しているツヅリである。
色々と思う所はあったが、ツヅリもまたフィアールカと一緒に勝利のために頑張ったのだ。実際に役に立った場面もあったし、労わないこともない。
もう少し周りを見てみると、外道チームの若手二人も近くに横たわっていた。見た顔だが、名前までは出てこない。
「彼らは?」
スタッフに尋ねると、彼は思い出すようにしつつ、答える。
「あー、最後の最後ですかね? たった二人で、八人を相手に奮闘していた若手です。地の利はありましたが、その条件で三人撃破してますんで、たいしたもんですよ」
言いつつ、スタッフの男はフィアールカにリストを渡してくる。
一番上の名前は『リミル・グレッドノード』とあった。その下にも、続々と名前が連なっている。
フィアールカは、それら一人一人の名前を、心に刻んだ。ソウの指揮の下とはいえ、自分を倒した者達だ。見所はある。
何かあったときのために、気にかけておこうと思ったのだ。
それを済ませてから、リストをスタッフに返して下がらせる。誰にも聞かれていないと確認してから、フィアールカはツヅリの肩を揺さぶる。
「ツヅリさん、起きなさい」
「う、うーん」
フィアールカの声に反応して、ツヅリは少し呻く。だが、目を覚ます気配はない。
「…………」
それをどう思ったか、フィアールカは優しく告げる。
「起きないと、あなたの四肢を氷漬けにして抵抗できなくしてから、思いつく限りのあらゆる方法で辱めるわよ」
「怖いよ!?」
身の危険を感じたようで、ツヅリはバッと起き上がって身構えた。
その防衛反応を示した後で、ようやくキョロキョロと辺りを見回す。呆然とフィアールカの顔を見つめて、寝ぼけた顔で呟く。
「……あ、あれ? 私はさっきまで」
「試合は終わりました。外道チームの勝ちです」
「あ、じゃあお師匠勝ったんだ。良かったぁ」
フィアールカから試合の顛末を聞き、ツヅリは少し嬉しそうに言った。
言ってから、ハッと頭を覚醒させたようで、慌てだす。
「って、私達が負けてるんじゃん! 全然良くないよ!」
「そう、そうね。良くないわ、とても良くない」
ツヅリのボケが収まったと見て、フィアールカもほうっ息を吐いた。
あれだけのことをやらかしたのである。ソウからの事情聴取がなされない訳がない。とにかく今は、今後の為にも言い訳を考えておかなければいけないのだ。
「というわけで、ソウ様が様子を見にくる前に、シナリオを確認しておくわ」
「……シナリオ?」
「そう。私達の計画を隠蔽するためのシナリオよ」
それは、可能性をしっかりと繋げるためにフィアールカが用意していたものだ。
あくまでも、フィアールカ達の目的はソウに『勝つ事』である。そういう設定のシナリオだ。多少強引かもしれないが、それが今、一番有効だろう。
そうでもしておかないと、ツヅリの口からうっかり計画の『根幹』までもが漏れてしまいかねない。それだけは、避けなければならない。
「ティスタさんには既に伝えてありますから。後はツヅリさん、あなたが合わせるだけよ」
「……あの、なんで、私には事前に教えてないのかな」
「だって、下手にあなたに教えると、危険性が増すじゃない? 色々と」
「そ、それは、私がお師匠と接する時間が長いからだよね!? 他意はないよね!?」
ツヅリの焦り声に、フィアールカはただ意味深な笑みを返すだけであった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
大変遅れて申し訳ありません。
次回の更新は明後日の予定です。しっかりと……