試合と勝負の決着
増援が現れた瞬間、フィアールカの頭は即座に戦況を更新する。
何故、などという疑問は今挟むものではない。まずは現状でどう対処するかだ。
救援が現れた時点で数の有利は覆された。だが、依然としてティストルが居る事から攻撃される危険性は少ない。
攻められはせず、攻め切れないという状況は変わっていない。その点に関しては焦る必要はない。だが、それはあくまでカクテルでの攻撃に限った話。
援護を受けたソウが、肉弾戦に持ち込もうと近づいてくる可能性は高い。
「ティスタさん! 彼らの担当はなに!」
ティストルを盾にするように位置取りをしながら、ソウを牽制しつつフィアールカは言う。
尋ねられたティストルは、そこにいる四人の姿を見る。それぞれが、どこに配置された人間かを確認する。
そこに居るのは四人。男女、二人ずつ。ティストルの知る配置からして、裏口を任されていた少女たちと、階段に陣取った凸凹の二人組だ。
「裏口と階段です。残りは正面玄関の二人の筈です」
ティストルの言葉を聞き、事前情報と照らし合わせて、頭の中で埋め合わせる。そして、そこに齟齬を発見する。
「もう一人は?」
「牢屋の中に」
「なるほど」
返ってきた言葉をまとめ、状況の把握はすぐに済ませた。
ソウは恐らく、この状況まで想定済みだった。というよりも、これを狙っていた。だから、残り時間に合わせて、この部屋を最後の主戦場にするつもりだったのだ。
二人足りないのは、足止め要員だ。恐らく、他の人員が引き上げてくるのに合わせて戦線を下げ、防衛ラインを二階の廊下に引き直した。狭い廊下だし、短時間であれば二人でも防衛もできるだろう。ソウのことだから、そこに最も実力のある者達を用いている。
残り五分で行動に移せば、今くらいのタイミングで集まる。ソウはそれを見越して体力の配分を行ったのだろう。
フィアールカの行動を読み、ツヅリのイレギュラーも吸収し、ティストルの優位性も分かった上で負けないための作戦を作った。
計画に足りない部分は、博打と自身の能力で埋めてみせた。
覆す機会と、能力はいくらでもあったというのに、ここまで追い込まれていることにフィアールカはジクジクとした敗北感を味わっていた。
現実としても、『時間』という要因で敗北を目前にしているのはフィアールカだ。
「……でも、負けませんわ」
フィアールカの中で、試合運びの完敗は処理された。
それを処理した上で、新しい展開を考えなければならない。
「時間はもう二分くらいだ。お前らに勝ち目はない」
「勝ち目、ですって」
ジリジリと、間合いを計りながら少しずつソウは迫る。傍らに控えている若手達も、いつでもカクテルの準備に取りかかる姿勢だ。
銃を何度も握り直し、ポーチに手を添え、フィアールカやティストルの攻撃にいつでも備えられるようにしている。
ソウとの戦闘が小休止したことで、遠くかすかな交戦音もフィアールカに届いている。二階の廊下で、静かな最終決戦が行われているのだ。
そんな状況で、フィアールカは静かに悩んでいた。
「諦めろ氷結姫。いくらお前でも五人は相手にできない。俺一人なら、ギリギリ倒せるかもしれんがなぁ」
ソウの挑発に耳を貸す気はないが、それはフィアールカの見解と一致した。
残った時間で相手を全滅させ、勝利をもぎ取るのは困難だ。
だが、ソウ一人に狙いを絞れば、まだ可能性は無いではない。
試合に負けて、勝負に勝つというあれだ。本当の目的がソウである以上、それができれば勝利なのだ。目指すのは、正しい選択かもしれない。
そう思うと、フィアールカの頬に微かな笑みが浮かんだ。追いつめられた時に、ソウが笑っている時の気持ちが、ほんの少し分かった気がした。
「──そう、そうねっ」
フィアールカの雰囲気が変わったことを察し、ソウが警戒する。
だが、フィアールカは銃を構えたわけではなかった。観客席にまで届かせるくらいの気持ちで、声を張り上げた。
「総員撤退!」
フィアールカがここで選んだのは、試合に勝つ道だった。
ソウを眠らせることができれば、試合に負けて勝負に勝ったと言えるかもしれない。
だが、フィアールカの狙いはどうやら、ソウにはバレていないらしい。それならば、チャンスはまだある。
今ここで試合に勝っても、勝負に負けたことにはならないのだ。
ならばここは、勝ちを拾おう。勝てる試合で勝たない理由はない。
今から全力で離脱すれば、充分に時間内に敷地から出ることができるのだ。
フィアールカの声が響き渡った瞬間に、その場にいる二人が動いた。
「お前ら援護しろ!」
「ティスタ守って!」
ソウは突然の大声で呆けている若手達に指示を出し、一人距離を詰めんとする。
一方のフィアールカも弾薬を摘みながら、同じような指示をティストルへと吐いた。
若手達の動きより、ティストルの動きの方が早かった。
《風の魔素よ》
ティストルは杖を構えて、魔法を扱う時の枕詞を口ずさむ。そしてそれから、小節を重ねることで魔法の質を高めるのが通常の魔法だ。
だが、スピード重視の場合には、それだけで発動できる初歩的魔法が選ばれる。
「《ジーニ》!」
それは、カクテルで言う所の属性弾のようなもの。威力も似たり寄ったりで、それほど強力とはいえない。
だが、当たれば人一人の意識を刈り取るくらいはできる。ソウの直進を遮るには充分な効果だった。
「《ジーニ》! 《ジーニ》! 《ジーニ》!」
ティストルの妨害によって、ソウの侵攻は遅れる。若手達の対応も鈍い。
援護しろと言われても、どこを狙えば分からない。と言う風に、銃を構えるも引き金を引けずにいる。
「基本属性『ウォッタ60ml』、付加属性『ペルノー1dash』『アイス』、系統『ビルド』」
そしてその間に、フィアールカは銃に込めた弾薬に魔力を注ぎ切る。ソウから逃げる為に必要な、盾をもう一度張り直すのだ。
フィアールカの宣言を聞けば、狙いも分かる。その氷の壁が、彼女達の逃走に必要な『後ろ盾』になる。
フィアールカは祈る様な気持ちで銃の応答を待つ。暴風を越えて迫るソウの姿。彼が眼前に迫るよりも前に、手の中の塊は震えた。
「【ウォッカ・アイスバーグ】!」
銃からウォッタの魔力が弾ける。それは少女二人の眼前に展開する、壁だ。
半透明の先に、ソウと若手達の姿が映る。だがそれをじっくりと観察することもせず、フィアールカはティストルの手を取った。
「飛び降りるわ!」
「──はい!」
振り返り、入ってきた窓枠に足をかけ、フィアールカは躊躇いなく跳んだ。地上からは四メートルほどはあるだろうが、このくらいは訳も無い。
遅れて背後から、幾重にも重なる水の爆発音。ソウ達が壁を突破するために攻撃したのだと分かる。
だが、あれを破り、再び銃を構えるまでにフィアールカなら氷狼を展開できる。そのスピードで逃げる自分に、簡単に攻撃できるものか。
迂闊にソウが飛び降りてこようものなら、狙い撃てば良い。その方がむしろ良い。
空中にあって、その後の計画をシミュレートし、腰のポーチから『ジーニ弾』を取り出し込めるフィアールカ。
「『ジーニ』!」
地面に放つことで衝撃を吸収し、優雅に着地する。
そして、すぐに追ってくるだろうソウよりも先に、カクテルを準備しようとポーチに手を入れ──。
「ざーんねん。【スクリュードライバー】」
「え?」
その声は、フィアールカの背後からあまりにもあっさりと聞こえた。
フィアールカはもはや体を動かすことも出来ず、背中を強かに撃ち抜かれる。直後には【シンデレラ】の魔法が、フィアールカの意識を奪っていく。
薄れ沈んで行く思考の中で、それでも渾身の力で振り向く。
フィアールカが最後に見たのは、いかにも軽薄そうな男がウィンクをしている姿だった。
試合時間、三十分。
勝者『外道チーム』
ここまで読んでくださってありがとうございます。
作中に出てきた初歩的魔法ですが、名称を改めるかもしれません。暫定ですので、ご了承ください。
ようやく、試合が終わりましたが、もう少しだけ続きます。
※0113 誤字修正しました。