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残り時間の使い方


 ことここに至って、ようやくフィアールカはソウの本気を垣間見た。

 もちろん、ソウが今まで本気を出していなかったのかと言えばそれは違う。彼が真剣にフィアールカの相手をしていたのは間違いない。

 しかし、ソウが行っていたのは本気の『現状維持』だった。

 二人の実力を拮抗させ、常にフィアールカに『もう少しで勝てる』という希望を抱かせるための戦闘。

 お互いに攻めあぐねている状態こそ、ソウが全力で作り出していたものだった。


「っ!」


 フィアールカは唇を噛む。時間は残り五分を切っている。残弾数を考慮しても、仕切り直す余力はない。

 脇に居るティストルは、積極的に攻撃するつもりはないらしい。だが、的確な援護を行っているので、動きに不満があるわけでもない。

 だというのに、ソウは先程以上に捉えられそうにないのだ。


「どうしたどうした! そんなノロノロ撃ってたら当たんねえぞ!」


 ソウの挑発に上りそうになった血を、フィアールカは必死で抑えた。

 残り時間も、残弾も少ない。そんな状況だからこそ、焦って無駄玉を撃ってはならない。


「私は『狼』の量産に入ります! ティスタさんは牽制を!」

「了解です!」


 残弾数が決まっているフィアールカと違い、魔法使いであるティストルに制限はない。

 フィアールカの指示に従ってティストルは風の魔法を幾重にも放つ。風の壁を作って動きを阻害し、風圧弾を放って牽制する組み合わせだ。

 だが、彼女自身の戦闘経験が浅いのと、ソウの規格外の動きに翻弄され、効果は薄い。

 今もまた、常人では目で捉えることすら困難であろう風の塊を、上下左右あらゆる方向を利用して軽々と躱し切った。

 しかし、流石のソウもこちらに反撃をするまでには至らない。ティストルの存在もあるだろうが、単純に彼は今、時間稼ぎに全能力を注いでいる。


 フィアールカは努めて冷静に状況を見た。

 今のソウには、この部屋において上下の観念が消失しているようだ。天井も壁も今のソウにとっては地面であり、足場のようである。

 壁に足をついたかと思えばあらぬ方向に飛んでいる。床に手を付けたと思えば器用に体を捻りもする。そして天井にぶつかったと思えば、軽やかに受身を取って次の瞬間にはこちらを睨んでいる。

 フィアールカと一対一で戦っていた時に比べて、どう考えても身体能力が格段に向上していた。


(いつの間に【グラスホッパー】を……)


 流石に、今のソウの動きは人間離れしているにも程がある。となれば、必然的に何らかの効果時間にある。そしてフィアールカは、ソウが好んで使用する『身体能力強化』のカクテルを知っていた。

 だが、そのカクテルは系統パターンが『シェイク』だ。一対一の状況で使われたら気付くし、そもそも使わせたりはしない。

 だが、現状としてソウはその恩恵を受けている。となれば答えは一つだ。

 フィアールカと戦う前から使用していて、フィアールカとの一対一での戦いではそれを隠していただけなのだ。


(当然、その目的は、私に有利な戦場だと誤認させることね)


 それにいち早く気付いていれば、仕切り直す時間もあった。そもそもが、ソウのような男が、基礎的なカクテルを疎かにするなどと考えるのが誤りだった。

 だが、ソウとの拮抗した戦いはフィアールカから普段の冷静さを奪った。ギリギリの戦いで高揚し、またしてもソウの術中に嵌ってしまっていた。

 戦闘が好きな自分の悪い癖を、自覚しつつも反省しきれていなかったのだ。


 結果として、フィアールカは時間に追いつめられ、じりじりと迫る焦燥と戦わされている。

 フィアールカの眉間に皺が寄っているのを見て取り、ソウは更に挑発を重ねる。


「どうした! 綺麗なお顔が歪んでるぜ!? もっと撃ってきたらどうだよ!」

「生憎ですけれど、私の美しさは多少顔が歪んでもびくともしませんの」


 堂々と返したフィアールカに、ソウは軽く口笛を吹いた。相変わらず、表情はなんの揺らぎもない余裕そのものだ。

 しかし、フィアールカはその一瞬、ソウの肩が自身のイメージよりも激しく上下していることに気付いた。

 疲れているのだ。という、当たり前の事実に気づき、フィアールカはハッとした。



「ティスタさん! 範囲は捨てて連射して! 真っ直ぐ狙って動かすの! ソウ様の体力は五分保たないわ!」



 フィアールカの声が飛び、ソウの余裕の表情が僅かに陰った。

 ティストルはフィアールカの指示に従い、攻撃を当てる努力を捨て、攻撃を放つことに専念する。

 それと同時に、フィアールカは思考の最中に作っていた【グレイ・ハウンド】達をソウへとけしかける。ぶっつけでは連携が取れた動きこそ出来ないが、魔法を避けるように動かすくらいはできる。


 ソウは向かってくる攻撃に、無理やりに作ったような笑みを浮かべた。

 飛んでくる風の塊は、当然だが避けなければならない。

 だが、これまでと同じように、規格外の動きで風の壁をすり抜けるようなことができない。真っ直ぐに向かってくる連射弾には、常に動き続けることでしか対処できない。

 しかし、そこにフィアールカの氷狼が襲い来る。それもソウを仕留めるでなく、ジワジワと体力を削るような嫌らしい動きで、だ。

 ソウを捉えることはできないが、確実に動かす攻撃。それを受けて、ソウは少しずつ、だが確実に息を荒くしていった。


(やっぱり! いくらソウ様と言えど、そんな無茶は続きませんわ! だから私達を挑発し、少しでも出し切らせようとしていたのね)


 ソウの三次元的な動きに付き合わず、ただ立ち止まることを許さない攻撃を繰り返す。口と手と、想像力をフルに使ってカクテルを放ちつつ、フィアールカは頭の中で頷く。

 ソウの身体能力はフィアールカの理解の外にあるが、限界がないわけではない。

 だからこそ、余裕の表情でこちらの焦りを誘った。焦らせれば焦らせるほど、攻撃は単調になり、ソウは容易く攻撃を避けられる。

 そして、そうなればなるほど、ソウは体力を温存することができる。


 しかし、冷静になれば勝ち筋は見えてくる。

 残り時間が五分だから早く倒さなければ、ではない。

 残り時間が五分だから、その五分を目一杯使うべきなのだ。



「はっ! さすがだな! やっぱり、伊達に戦闘狂は! やってねえか!」



 ソウの言葉が、長く続かなくなってきている。短く、意味が切れる。動きは衰えないが、それでも確実に体力は削ってきている。

 フィアールカの体感時間では、まだ二分半は残っている。

 その間に、ソウの動きが鈍る瞬間は必ず来る。

 ここに弾薬制限のあるツヅリではなく、ティストルが残っている幸運を噛みしめつつ、フィアールカはソウに笑みを返した。口は動かさない。

 言葉ではなく、今はカクテルを宣言するべきときだ。


「だが、惜しかったな! 五分の時点で、そうすべきだった!」


 そんなフィアールカに、ソウは一人で続けた。

 もはや追いつめられた状況でありながら、息を少し切らしながら、それでもソウは余裕の表情で笑ってみせる。

 その底知れない態度に、フィアールカは僅かな引っかかりを覚えた。だが、口は澱みなくカクテルの材料を宣言している。


 直後、それまで足を動かして避けていたティストルの魔法が、ソウの体を擦った。ソウはグラリと体をよろめかせ、ルーチンの動きが乱れた。

 それまで流麗に避けていたソウが初めて見せた、致命的な隙だった。



「! 【スクリュードライバー】!」



 この機を逃すまいと、フィアールカは狙いを定めてカクテルを放った。同時に、まとわりつかせている氷狼に、大きく攻撃をさせる。

 仮にここで外しても、ソウの限界は近い。それを確信し、フィアールカの頭に勝利が過る。熱くなった頭が、攻撃を集中させる。

 そこで、ソウの口元が僅かに動いた。



「残念。時間切れだ」



 自身めがけて飛んでくる水の光弾に、襲い来る氷の狼に、ソウはなんの対処もしなかった。

 否、する必要がなかった。

 代わりに、ただそれだけを練習させられ、ただそれだけを放ち続けた、数人の声が揃う。

 突入前にはカクテルの準備をしておけという、ソウの言葉を忠実に守った、歳若い男女の声が。



『『【スクリュードライバー】!』』



 一人一人の精度は、フィアールカのそれに劣る。ましてや、宣言から時間も経っているだろうから、その減衰もある。

 だがそれでも、寄り集まった四つの光弾は、フィアールカの攻撃を掻き消すには足りた。

 直後、ソウの目の前で無軌道な水の魔力が爆ぜた。ソウはその余波に僅かに前髪を濡らす。

 だが、その顔に不満の色は浮かんでいない。むしろ、想定通りに事が運んている満足感がある。

 ソウの目の前には、もはや狼も、水の爆弾もない。あるのは二人の少女の姿だけだ。



「残り二分! 助太刀に来ました!」

「ご苦労」



 歳若い声に、ソウは顔を向けることもせず鷹揚に返した。

 その事態に、フィアールカとティストルの攻撃の手は静かに止んでいる。

 二人の目の前にはソウと、彼の率いる外道チームの若手四人が佇んでいるのだった。



ここまで読んで下さってありがとうございます。


新年、あけましておめでとうございます。

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