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【ダイキリ】(2)

 突然の乱入者に沸いたのは、ツヅリだけではない。

 それまで大人しくなりゆきを見守っていた獣たちが、抗議の唸り声をあげる。

 そちらをソウは、キッと睨んで叫んだ。


「さえずるな雑魚ども! ボスに意見すんのか!?」


 その声の意味が分かったわけでは、もちろんないだろう。

 だが、その直後に響いたボスの唸り声で、モスベアーたちは静まり返った。


「はっ、吹っ飛ばされたのが相当頭に来てるみたいだな」


 ソウがボスを見ながら感想を漏らす。

 魔獣の顔には、ツヅリとの戦いでは見せなかった感情、怒りが垣間見えた。

 じりじりと間合いを計っているその姿に、ツヅリに対するような余裕はどこにもない。


「さて、ツヅリ。作戦を説明する」

「はい」


 油断無く相手を見ながら、ソウが話す。


「一番楽なのは俺が一発ぶっ放すことだろうが、その暇は貰えそうにない。かといって魔獣が来たんじゃ、さすがの俺でもビルドじゃあ荷が重い。ならどうするか?」


 ソウはちらりとだけツヅリを見て、言った。


「俺が魔力を込める。そんでお前が、振れ」

「……え?」

「魔力の調整は俺がやる。それくらいはあいつを抑えながらできる。だが、シェイクはどうしても立ち止まる必要がある。だからそこはお前に任せる」


 その提案に、ツヅリはさっと顔を青ざめさせ、答える。


「……そ、そんな! だって私さっき!」

「効かなかったのか? そりゃ、お前がまだまだだからだ──ろっ!」


 そこまで言ったところだった。

 ボスは、これ以上の相談は許さないと、二人に向かって突進してくる。

 そのボスに向かって、迎え撃つようにソウはまっすぐ走り出した。


 そのあまりの行動にツヅリは一瞬目を閉じかけるが、すぐに思い出す。

 先ほどの蹴りから考えて、ソウは現在、あるカクテルの効果時間であると。


 想像の通り、ソウは人間離れした動きでぶつかる直前にすれ違い、横向きに蹴りを入れて熊の進路を強引にずらした。



 ソウの得意とするカクテルの一つ。

 身体能力強化の特殊魔法【グラスホッパー】。

 材料に『ミント』と『カカオ』という、特殊な植物を用いたポーションと『生クリーム』を使用したカクテルだ。


 四大属性の魔力を使っておらず攻撃の力も持たない、イデアの組合せと術者自身の魔力を利用した、高等カクテル。

 だがその効果は絶大だ。卓越した技術と合わされば、圧倒的種族差のある魔獣との格闘戦ですら演じられるようになる。



 再び距離を取って突進される前に、ソウは走り込んで距離を詰める。

 その際に、銃に弾薬を込めながら、ツヅリに向かって叫んだ。


「前にも言っただろう! お前はシェイク上手いけど、長いってな!」


 ツヅリはその言葉に、ただ耳を傾けていた。

 熊はすでに体勢を立て直していて、足音を頼りにソウに向かって腕を振るっていた。

 ソウは飛び上がり、その腕を軸に体を反転させる。そのまま重力にしたがって熊の顔を蹴飛ばし、再び距離を取った。


 強化をしたところで、種族の差は大きい。魔獣はこちらの攻撃が致命傷にはならず、ソウは良い一撃を貰ったら終わりである。

 それなのに、ソウはにやりと余裕の笑みを浮かべている。


「その長さが足引っ張ってんだよ! そこを越えたら、お前はずっと先に行けるんだ!」


 言いながら、ソウは四足で迫ってきた魔獣の牙を避ける。

 制動して立ち上がり、再び二足になった魔物は、左右の腕を振ってソウに殴り掛かる。

 ジャブやストレート、時折フェイントを織り交ぜながら、力に任せて伸ばされる腕。


 それは、とても野生生物とは思えない、洗練されたものだ。

 さりとて、戦いに特化したソウには、読みやすい動き。

 いつまでも攻撃が当たらないことに焦れた魔獣は、大振りのアッパーカットを放った。


 ソウは待っていたかのように軽く体を反らして避ける。

 そしてすぐ巨体の下へと身を滑らせて、抜け様に足をかけて熊のバランスを崩した。

 足をかけただけなのにソウに凄まじい負荷がかかるが、それは相手も同じこと。


 倒れ込んだ魔獣が起き上がるのに、少し時間が空く。


 それは、ほんの僅かな隙だ。

 だが、ソウが意識を集中させるには充分だった。


「基本属性『サラム45ml』、付加属性『ライム15ml』『シロップ1tsp』『アイス』、系統『シェイク』」


 静かな声。

 この直後には、再び暴風のような攻撃に晒されるというのに一切の気負いがない。


 その迷いのない心に応える銃。

 スピードはツヅリよりもずっと速く、しかしてその音も大きかった。

 そのまま放ったとしても大きな力であると予感させるその魔力。


「ツヅリ!」


 それを、ソウは迷う事なくツヅリへと投げ渡した。

 ツヅリは、迷いの中にあってもその銃をしっかりと受け取った。


「合図は出す! 考えず振れ!」


 ソウのその叫びに、ツヅリは自分の思考を閉じることにした。

 余計なことを考えるのはやめにしよう。自分ではなく、全てを師に委ねよう。


 もしかしたら、その行為はバーテンダーとして失格なのかもしれない。

 だが、それが今できる最善なら、選ばない理由はない。

 心の迷いを全て、師に預けて。


 ツヅリは、銃を振った。


 自分の愛銃よりも、重く太い銃。

 師の分身のように、ツヅリの心を受け止める銃。


 上、下。リズミカルに。中身を意識して。

 詠うように、跳ねるように。

 魔力をよりあるがままに。

 不意に、ツヅリの意識とカクテルの意思が溶け合った感覚がした。



「今だツヅリ!」



 ソウの声に、ツヅリは目を開く。

 緩やかにシェイクを終え、銃を、一人では敵わなかった魔獣へ。


 そのタイミングに合わせて、ソウは魔獣を足場にして跳んだ。


 道が、開いた。



「【ダイキリ】」



 自分の口から出た言葉。

 それなのに、どうにもその声はいつもより澄んで聞こえた。

 そして、師匠の銃から放たれる、爆発的な火熱。


 理解が追いつかなかった。


 目の前で、四つの頭を持った火龍が、塵も残さずに魔獣を喰らい尽くしたのだった。


「……うそ……」


 先ほどの、自分の魔法が通じなかった時とは違う。

 純粋な驚きの声が、その口から漏れ出していた。

 あれだけ恐ろしかった魔獣も、信じられないほど強力な炎も消え去って、そこに残るのは焦土と化した地面だけ。


「なにぼけっとしてんだ、行くぞ!」

「きゃっ!」


 しばし呆然としていたツヅリを、いつの間にか戻っていたソウが担ぎ上げた。

 それも、ロマンの欠片も無い、肩に丸太を背負うようなスタイルで。


「ボウズもだ」

「わっ」


 次にソウは、手で支えるではなくしがみつかせて、ルキをおんぶする。

 その姿勢は、どうにか片手を空けるためのものだ。

 ソウは自由にした右手を背中に回して言う。


「ツヅリ、銃返せ」

「あ、はい」


 未だに呆然としていたツヅリは、その声で我に返る。

 伸ばされた手に、名残惜しい気持ちで銃を渡した。

 ソウはすぐになけなしの『ジーニ弾』を片手で器用に込めてから、言った。


「じゃあ逃げるぞ!」


 宣言の直後、頭を潰されて混乱状態に陥ったモスベアーの包囲網をすり抜けて、一目散にソウはその場を走り去った。




「ところでツヅリ」

「はい?」


 魔物たちからある程度距離を取って、ようやく少しソウがペースを落とした頃。

 ソウは、ツヅリを担いでからずっと言おうと思っていた言葉を、ようやく口にした。


「ずっと思ってたんだ。暴れないで聞けよ?」

「はぁ」


 何のことだか分からずに担がれたままキョトンと返すツヅリ。

 対する、すごく嫌そうなソウの顔。聞くと言ったのに二、三度口を開いては閉じ、やがて意を決して尋ねる。



「……なんでお前の服、濡れてんの? まさかとは思うんだけどさぁ……」

「え?」



 ソウに言われて、初めてツヅリは自身の体の感覚を気にする。

 そして、股間を中心にじんわりと湿った感触が広がっていることに気付いた。


「ぎゃああああああああ! お師匠の変態!」


 最初に注意されたにも関わらず、ツヅリは悲鳴を上げてジタバタと暴れ出した。

 それによって、今度はソウが叫び声をあげる。



「おわああああ! 暴れんなつったろ! やめろ! つうかずっと頬がじんわりと湿ってんだよ! 暴れると擦り込まれるだろ! 逆にどうしてくれんのこれ!? ふざけんな汚ねぇだろ!?」


「変態! お師匠のセクハラ野郎! もう降ろして!」



 その声を聞いて、ソウはもう我慢ならんとツヅリを投げ捨てる。


「いだっ!」


 その突然の動きに、ツヅリは対処できずに尻餅をついた。

 ツヅリはお尻を叩きつつ立ち上がり、涙目でソウを睨む。


「本当、お師匠最低です」

「お前がおもらし娘ちゃんなのが悪いんだろ」

「気付いても言わないのが紳士じゃないんですか!?」

「言わなかったらずっと、小便まみれのお前の服触ってないといけないだろうが!」

「あーもう聞きたくない! お師匠なんてすね毛ボーボーになれば良いのに!」


 ぷいっと顔を背け、機嫌を損ねたツヅリ。

 はぁーとため息を吐いた後に、ソウはおんぶしていたルキにも声をかけた。


「ボウズ。お前も立って歩けるか?」

「う、うん」

「じゃあそうしろ。さすがの俺もちょっと疲れた」


 ツヅリとは対照的にルキを丁寧に降ろしたあと、ソウは肩をポキポキと鳴らしながらふぅと息を吐いた。

 その背を見ながら、ルキはソウに尋ねる。


「ねぇ、あんちゃん」

「あ?」

「なんで、あんちゃんは、その、山に居るの?」


「…………」


 ソウ、黙る。

 ポリポリと頭を掻く。

 そして言う。


「……そんなもん、屋敷でお前らが山に入ったとか言われたから、急いでだなぁ」

「嘘ですお師匠。私たち、山に行ったなんて誰にも言ってません」


「…………」


 ソウ、再び黙る。

 あー、と唸り、言う。


「……本当は、ジーニの魔石が見当たらなくてな。この山の山頂付近に転がってるって聞いたんで探しに来たんだよ」

「嘘だよ。僕、そんな話聞いたことないよ」


「…………」


 ソウ、三度黙る。

 彼の服装は、どうみても魔石を掘るつもりには見えない。ピッケルの一つすら持っていない。完全にいつもの服装である。

 ただし、ツヅリの知っているソウにはない装備が一つだけ。目立たないが、見覚えのない袋を、ずっと背中にかけているのだ。


「……どうでもよくね?」


 結局そうやって誤魔化そうとしたソウ。


「……隙アリ!」

「あっ! 待て!」


 その一瞬の隙を突いて、ずっと怪しいと踏んでいた背中の荷物を、ツヅリが奪い取る。

 そしてソウの制止を振り切って、中を開いた。

 そこに入っていたのは、一輪の花。ツヅリには見覚えのないものだった。


「……ルーシアの花……」


 しかし、ルキにはその花の名前が分かった。

 ルーシアの花。先ほどの湖にしか生えていない花。


「……なんでお師匠が、この花を?」

「町で買った。なんかあったからついでに買った。だから高値でボウズに売ろうと思った。それだけだ。山に入ったのもたまたま。そんでお前等を見つけたのもたまたまだ」


 ソウはぶっきらぼうに荷物を奪い取ると、背負い直した。

 その強引な物言いに、ツヅリは心の中で嘘吐くなと、呆れた。


 ツヅリは先ほど結論に辿り着いたのだ。町に花が出回らない理由を知ったのだ。

 そして頭の中で、ソウがかつて言っていたカクテルが思い浮かぶ。


【チャーリー・チャップリン】


 自身の気配を周りに悟らせないという、特殊魔法。

 それがあれば、例え魔物が蠢く危険な山の中でも、自由に活動することができる。


 そして、ソウが動くには今日しかなかった。

 ソウとツヅリ──『依頼を受けた者』ではなく『ソウ個人』が動くためには。

 ルキに頼まれた時に『俺たち』と強調していた理由は、こういうことだったのだ。


「お師匠!」


 ツヅリは、どうしても嬉しくなって声をかける。


「……なんだよ」

「いえ、やっぱりなんでもありません!」



 ふふふと上機嫌なツヅリに、ソウはなんとも嫌そうに顔を歪める。

 そして、はぁー。とため息を吐いたのだった。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


一章の中の一区切りです。

少し詰め込み気味になってしまってすみません。


飲む方のカクテルはほとんど出てきませんが、

あのカクテルはどんな魔法になるんだろうとか、

こんな魔法のカクテルはどんな味なんだろうとか、

少しでも興味を持っていただけたら嬉しいです。


※0919 誤字修正しました。

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