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意表を突いた答え


 ソウにとって、ツヅリの動きは想定外だった。

 常日頃から相手を観察し、理解し、そして対策を練る事をモットーにしているソウにとって、それは屈辱でもあった。

 自分の弟子が何か努力をしているのは知っていたが、それがこんな隠し球だったとは。

 まさかツヅリが、この年で『フレア』の片鱗を見せるとは思っていなかったのだ。


「はっ!」


 しかし、それでもソウは慌てなかった。

 体勢を崩した直後の、完璧なタイミングの攻撃。自分に向かってくる風の魔力。

 着弾までの猶予は一秒もないが、体は満足に動かせない。

 そんな絶望的な状況でありながら、焦りは一切ない。

 【ジン・ライム】なら対処はできる。


 ソウは体勢を崩したまま、手首の動きだけで右手に握っていた銃を放った。


 それは寸分の狂いもなく、ツヅリが放った緑の光弾に直撃する。

 そして【ジン・ライム】の効果によって、着弾した物体──即ち銃のみが天井まで巻きあげられたのだった。


「なっ!?」


 絶対に避けられないタイミングで放った筈のカクテルが不発し、ツヅリは驚きの声を発した。ツヅリの目線はそのとき、無意識に風で跳ね上げられる銃を追っていた。その驚きに引きずられ、失念していた。

 ソウが攻撃に対応してきたということは、次は自分に危機が迫っているという事実に。

 ソウがツヅリの攻撃に意表を突かれ、体勢を崩していたのはほんの一瞬のことだ。

 彼女がその失策に気づき、慌てて視線を戻した時には、すでにソウは動いている。

 ぐっと体を沈め、次の瞬間にはトップスピードでツヅリに迫り、その手を掴んで強引に捩る。


「くぁっ!」

「わりいな」


 ツヅリが苦痛に顔を歪ませるが、ソウはつまらなそうに吐き捨てる。そんな彼の目は、眼前のツヅリではなく、奥に居るフィアールカを捉えていた。

 ともすれば、ツヅリごとソウを巻き込むつもりで銃を構えている彼女。ソウはその抜け目無さに感心しながら、手を後ろに伸ばす。

 伸ばした手に、風で巻き上げられていた銃がスポリと嵌り、ソウはそれを目の前のツヅリに向けて静かに宣した。


「【ジン・トニック】」


 ソウの銃から放たれた魔力は、するりとツヅリへと吸い込まれていき、消える。直後、がくんとツヅリの体が崩れた。

 ソウが最低限の優しさでツヅリを横たえさせるが、彼女の意識は【シンデレラ】の魔法によって刈り取られていたのだった。


「……驚きましたわ。ツヅリさんが『フレア』を」


 ソウに油断無く銃を向けつつ、そう呟いたフィアールカの声は純粋な響きを持っていた。

 本当に、心からそれを驚いている様子である。


「俺もだよ。まさか、こんな手を隠し持ってたとはな」

「それ故に、ソウ様も本気を出さざるを得ませんでしたか?」

「ああ。少なくとも、人質は解放しちまったな」


 ソウは困ったように笑った。なんのことと言えば、ティストルのことである。

 ツヅリの特攻は、結果的にソウを仕留めるには至らなかった。だが、なんの意味もなかったわけではない。

 ツヅリに対応するために、ソウはティストルの拘束を解いた。故にティストルは、その隙を突いてソウの束縛から抜け出していた。

 たたたと駆け足でフィアールカの元へと走るティストル。フィアールカの銃に睨まれているソウは、それをどうにかする術は持ち合わせていない。

 とはいえ、それでソウの口を封じたというわけではない。


「なんだよティスタ。男より女が良いのか?」

「ち、ちがいます!」


 ソウが適当な事を言えば、ティストルはちょっと必死に返す。

 それにフィアールカは乗っかって、冗談っぽくティストルを迎える。


「素直になって良いのよ。すでにあなたは私の虜だと」

「ちがいます! ちがいますから!」

「あら。あんまり必死だと、本当みたいに聞こえますよ」

「なっ……もう」


 フィアールカのからかいに辟易とした様子で、ティストルはもう何も言わなかった。だが、その足を止めたりはしない。

 流石に、この状況で勝つ為にはどうすれば良いのか、分からないわけではないのだ。


「なんにせよ。形勢は変わりましたわね」


 ティストルの移動が終われば、無駄話もここまでとフィアールカが不敵に笑った。隣に付いたティストルも、静かに杖を構える。

 ツヅリの登場から二転三転した現状が、一つの形に落ち着いた。

 窓際に陣取ったフィアールカとティストル。それに対するは、人質を失い銃一丁になったソウ。ソウにとって相当に不利な場が作られたのである。


 ソウとフィアールカはこれまで一進一退の攻防を繰り広げていた。それは、ソウとフィアールカの手数がほぼ同じであったせいだ。一対一では、相手の動きには自分自身が対応しなければならない。

 ソウがどれだけデタラメな動きをしようと、バーテンダーは基本的に魔法使いだ。時間のかかる魔法を使うには、どうしても他者の援護が必要になる。

 そしてこの状況。ティストルの実力を鑑みれば、その援護態勢が整ったと言っても良い。フィアールカ側の手数は倍になったに等しいのだ。

 それは、ソウにとってはどうしようもなく絶望的な状況である、ということだ。


「言っておきますが、逃げられるなんて考えないほうがよろしいかと」

「どうしてだ?」

「そのドアに向かった瞬間に、無防備な背中を狙い撃たせて頂きますので」


 フィアールカは静かに笑みを浮かべる。あるいはそれは、獲物を狙う猛禽類のごとく獰猛な笑みであったかもしれない。

 先程、ソウがツヅリに対応するために背中を向けたときは、ティストルに誤射する危険があったためにカクテルを放つ事はできなかった。だが、今は状況が違う。ソウがフィアールカに背中を向ければ、あまりにもあっさりとカクテルが突き刺さるだろう。

 ソウも当然、それは分かっている。分かっていても、あえて軽く笑みを浮かべた。


「んじゃ、両手を上げてゆっくり下がれば、背中は撃たれないで済むのかい?」

「試してみますか?」

「やめとこう。後ろから撃たれるか、前から撃たれるかの違いしかなさそうだ」


 ソウは軽口を叩く。だが、言葉ほどこの状況が優しくないことは分かっている。

 先手が重要と分かっているが故にお互い動かないでいるが、どちらかが少しでも動けば戦闘が始まる。

 始まれば一対二での魔法の撃ち合い。足りない分は避けるにしても、ソウの体力が尽きるのは時間の問題。


 ……そう。時間の問題である。


 ソウはちらりと時計を確認した。その時計は、訓練開始から二十分が経過したところを指している。


「十分間。私達二人を相手にできると?」


 ソウの視線を追ったフィアールカが、ソウの考えを読んだように言った。

 この戦いは、あくまでも試合形式の訓練である。そして、ソウの所属する『外道側』の勝利条件は時間一杯まで『人質』を敷地の外に出さないこと。

 目的がソウの打倒であるフィアールカと違って、ソウは時間一杯まで凌ぎ切れば勝ちになるのだ。


「さて、試してみないと分からないな」

「そう、そうね。それでは試してみましょうか」


 フィアールカは静かに、銃を構える。ティストルもそれに合わせて杖を構えた。まさしく戦闘開始の合図であり、会話が終わったことを告げる動きだ。

 だが、相対している肝心のソウは、どういうわけか銃を構えることをしない。

 フィアールカの逸る気持ちは、それを好機と訴える。だが、彼女の中の用心深い部分は、そこで躊躇を生んだ。


「……どうして、構えないのですか?」


 フィアールカからの疑問に、ソウは面白そうに唇の端を釣り上げた。


「なぁ、フィアールカ。今は訓練が始まって、何分が経ったところだと思う?」

「…………二十分、ではないのですか」


 フィアールカはもう一度、ちらりと時計を見た。確かにそこの針は、試合開始から二十分だと知らせている。

 一試合の時間は、三十分。つまりあと十分間はこの試合が続く筈だ。


 しかし、そこで一つ思い至る。果たしてこの時計が、本当に正しいという保証はどこにあるのか。


 そこまで考えると、フィアールカは体感の時間経過と時計の時間に、ずれを感じた。

 自分がこの屋敷に突入してから、十分以上は経過した気がする。にも関わらず時計は十分も進んでいない。

 一度、その疑問を持ったフィアールカは、まさかと目でソウに問う。

 その答えは、ソウからではなく、試合会場に響き渡る残り時間を告げる案内からもたらされた。



『試合終了まで、残り五分』



 訓練が膠着状態で固まったときに、最後に発破をかける目的で設定した残り時間の放送。

 その声が、無慈悲にフィアールカの余裕を奪った。


「ま、分かったと思うが時計は五分遅らせておいた。俺はたった五分耐えれば良い訳だ」

「っ! ティスタさん!」


 そのタイミングで、フィアールカはもはや会話の余地なしと、戦闘態勢に入った。

 ティストルへと鋭い声をかけ、試合開始時に比べて軽くなったポーチに手を伸ばす。

 残された時間は、全くと言って良いほどなかった。もはや、自身の目的を達成するためには一刻の猶予も残されてはいなかったのだ。

 ソウのペースにまんまと乗せられて会話をしていたことが、とんでもない失策であったのだ。



 それに対するソウは、フィアールカとは対照的な余裕の表情を浮かべているのだった。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


今後の更新についてのお知らせなのですが、明日大晦日と正月三ヶ日は基本的にお休みして、次話更新は五日の予定です。

ご了承いただけると幸いです。


※0126 表現を少し修正しました。

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