ツヅリの秘策
「なにやってんの? なにやってんのよあの馬鹿師弟はぁ!?」
観客席に座り、自分たちの協会からの代表者の活躍を見ていたアサリナは吐き出さずにはいられなかった。
こめかみを押さえ、頭痛を堪えるようにしながらひたすらに映し出される映像を睨むアサリナ。そこには丁度、ソウが悪役らしく人質を盾に銃を構えている姿が映し出されていた。
隣で同じように試合を観戦していたフリージアが、アサリナを宥める。
「アサリナさん、落ち着いて」
「落ち着いて居られないわよ!? なんでソウは氷結姫とドンパチやった上に、悪役まできっちりこなしてるの? なんでツヅリはわざわざソウと戦いに行ってるの? バーテンダーの信用は任務を忠実にこなすことよね? 評価に繋がるのはそういう部分よね? どうして二人ともそういうのを度外視で好き勝手やってるの? なんでなの?」
「えっと、それは……」
もちろんそんな理由をフリージアが説明できるわけがなかった。
というよりも、その理由を説明できる人間は当事者以外にいなかった。
アサリナからすれば『瑠璃色の空』の評判がいったいどんな風になるのかと、戦々恐々せずにはいられないわけである。
だが、アサリナの心配とは裏腹に、映像を見ている人間達からすればこの試合はそれなりに面白く映っていた。
「氷結姫とサシでやり合ってるあの男は誰だ? フレアだよな? フレアの癖になんであんなに精度の高いカクテルが作れる?」
「人質とあの子はどうして戻ってきたんだ? しかも逃げるときの動き、新人には見えなかったぞ」
「新人に見えないと言えば『練金の泉』の若手達だろ。全員のカクテルが、新人の完成度じゃない」
「いや、確かに完成度は高いがそれだけだな。あの逃げた少女の方が、咄嗟の判断と良い完成されてると見たね」
「それよりこの先どうなるんだ? あの状態では全員下手に動けないぞ」
「ああもう、なんで音声がはっきりと拾えないんだよ!」
観客達はそれぞれ思い思いの感想を述べながら、派手に戦闘が繰り広げられているスクリーンを見つめていた。
予想していた攻防とは違った戦闘が繰り広げられれば、見ている側としては当然面白い。
頭を抱えているのは、エンターテイメントではなく協会の宣伝として『つまらなくも堅実な戦い』をして欲しかったアサリナくらいである。
「どうするの。これじゃ依頼なんて……まともな入会希望者すら……曲芸目当てで来られてもなんにも出来ないわよ……ああもう、なんで好きにしろだなんて私は……」
これからの協会の苦難を想像して目を背けたくなりながら、それでも仕事柄目を離せないアサリナ。
そんな彼女に、フリージアは年齢以上に落ち着いた同情の目を送っていた。
しかし隣を見たことで、フリージアは固い表情で画面を見ている魔道院の教師、リナリアに気付いた。
彼女の目線をフリージアは追う。彼女が見ているのはソウ達が映っている大きなモニターではない。
その画面を見たフリージアは、あっ、と声を漏らしていた。
「ん? フリージアちゃんも、気付きましたか?」
フリージアの声に顔を向け、リナリアがニコニコと笑みを見せる。その笑みは、フリージアの目には少しだけ、ソウの作り笑いと重なって見えた。
だが、今気にするところはそこではなく、気付いたとある事実。
ある場にいなくてはいけない筈の人間が、いつの間にかいなくなっているということだ。
「彼はいったいいつの間に、どうやって居なくなったんでしょうねえ」
「……あの、リナリアさんはいつ気付いて?」
「ふふ。さていつでしょう」
そう言って、リナリアはまた底の見えない、ソウにも似た笑みを浮かべたのだった。
「さて、ここからどうする?」
ティストルを盾にし、動くに動けなくなっている少女二人に向かってソウが言った。
ソウに拘束されたティストルは、もの凄く申し訳なさそうに二人を交互に見つめていた。
「俺としちゃあ、試合が終わるまでずっとこうしてても良いは良いんだけどな」
「…………っ」
ソウの言葉に、フィアールカは苦虫を噛み潰したような顔をする。ティストルを撃ってしまったら負けというルールが、彼女の動きを大きく阻害している。
それに対してツヅリは、ソウに対抗するように声を上げた。
「待って下さいお師匠。私は一つ言いたいことがあります」
「ほう? 言ってみろよ」
ツヅリはそこでフィアールカに視線を一つ送る。任せろと。
それから、地下牢で見せた自信満々の顔をして、ソウへと語る。
「お師匠。私にはティストルシールドは効果がありません」
「効果がないってのは?」
「確かに、この状況でフィアは身動きが取れないでしょう。ですが私は制約を気にせずに動く事ができるのです」
言い切ってから、ツヅリは静かに、先程はソウに奇襲されてできなかった説明を始めようとする。
「なぜなら私は──」
「なぜならお前は所属が外道側だから、自分のカクテルがティスタに当たったら連合側の勝ちになる。つまり俺の負けになる。それ故にティストルを盾にできない。だから無駄なことは止めろ。なんて言い出すつもりか?」
「──そ、そうです」
ツヅリが言おうとした諸々の説明をソウは簡潔に奪った。
そして、ツヅリに続く言葉がないと知ると、盛大にため息を吐いた。
「な、そのため息は何ですか!?」
「いや、だってお前、馬鹿だろ?」
「はい!?」
師からの馬鹿認定に、ツヅリは不満げに声を荒げた。そんなツヅリにソウは呆れの半目で淡々と告げる。
「いや、お前がこの場所に来ている時点で、お前等の目的は試合の勝利じゃないじゃん。それが割れてるのに、なんで試合の話で俺を脅せると思ったんだよ」
「あっ」
「お前等が何を企んでるのか知らねえが、勝利が目的じゃない以上、狙いは俺だろ? 俺を倒せない勝ち方で良いってんなら、どうぞ遠慮なく撃ってきてくれよ」
「…………」
ツヅリは、何も言い返せずに俯く。
フィアールカもソウも、それでツヅリの動きは完全に停止したものと判断した。ティストルに至っては、ツヅリに同情の苦笑いを送っていた。
フィアールカはこの状況をどうすべきかと頭を回し、ソウもまた自分がどう動くべきかと思案し始める。ツヅリの存在は完全に置き去りだった。
だが、ブツブツとした呪詛のようなものが、すぐにその部屋に満ち始めた。
「……ふふ、良いですよ……やってやる……やってやりますよ」
声の出所は確認するまでもなかった。
さっきまで俯いていたツヅリが、両目に怪しい光を宿しソウを睨んだ。
「そこまで言うなら、撃ってやりますよお師匠!」
完全にヤケになった顔をした少女がそこに居た。
しかし、ソウが呆気に取られる時間もなく、ツヅリは銃弾を『銃』へと込める。
それに対応するべく、ソウも片手で器用に弾を込める。ソウの対応を見て、ツヅリは鬼の首を取ったように笑った。
「やっぱり! お師匠もなんだかんだ! 試合に負けるの自体は嫌なんじゃないですか!」
「っつ、てめえ!」
図星であった。
ツヅリが手を出せないと踏んでいたソウではあるが、同様に試合に負けること自体は避けたいのである。
つまり、ツヅリにとってもソウにとっても、ティストルの被害は避けたい事柄。
ツヅリが撃つと決めたら、ソウはそれに対応せざるを得ない。というのがツヅリの想像であった。ソウはツヅリからは、人質を守らないといけないのだ。
いくらソウの動きが早くとも、片手ではツヅリのスピードを上回ることはできない。
ツヅリとは違って、無闇に撃つ事ができないフィアールカは、二人のやり取りをじっと見つめる。
先に銃を構えて宣言を始めたのはツヅリ。
「基本属性『ジーニ45ml』、付加属性『ライム15ml』『アイス』、系統『ビルド』!」
ツヅリが選択したのは、光弾を打ち出し、着弾地点に竜巻を起こす【ジン・ライム】だ。この状況。ソウを正確に狙えばティストルを巻き込みにくい一発である。
それに遅れること数瞬でソウもまた宣言を行う。
「『ジーニ』『カットライム』『トニックアップ』」
ソウが選択したカクテルは【ジン・トニック】だ。扱いやすく、狙いやすく、威力はそこそこ。ビルドで作る基本カクテルであり『略式』で宣言すれば、ツヅリの魔法に速度で負けることはない。
白銀と黒。お互いの銃がそれぞれの思いに応えて鈍く唸る。
だが、ソウはツヅリの出方を見るまで無闇に撃つ訳にはいかない。
それを知っていて、先んじてツヅリが大声で叫んだ。
「【ジン・ライム】!」
「っ!」
そしてソウもまた、引き金に手をやろうとして、一瞬の判断で指を止めた。
ツヅリは、叫びはしたが銃の引き金を引いてはいなかった。
声と同時に、その銃を思い切りソウめがけて放り投げていたのだ。基本的に体術の下手なツヅリの、唯一の得意分野は投擲だ。その軌跡はソウも驚くほど真っ直ぐに、ソウへと向かってきている。
それと同時に、少しでもソウに近づこうとするかのごとく、ツヅリも全力で走り出していた。ソウから見て右側、ティストルを拘束している反対側である。
「ひっかかると思うなよ!」
ソウは叫びつつ、対応法を頭に浮かべる。
銃をどうする? ティストルを抱えたまま避けるのは面倒。弾くか。
ソウが頭でそう結論を出したとき、飛んでくる銃は思わぬ動きを取った。弾こうとしていた軌道から僅かに逸れ、ソウの狙いを狂わせた。
ツヅリの投げた銃は、ソウを狙っていたのではなかったのだ。
ではどこかと言えば、囚われつつも手足の自由はあった、ティストルに向かって投げられていたのだ。
「くぅっ!」
ティストルは、高速で飛んでくる銃を懸命に受け止めた。そして、ソウに邪魔をされる前に走ってきていたツヅリに向かって銃を投げる。
「ナイス!」
ツヅリは銃を受け取り、走りながら構えた。
ソウは銃を弾こうとした動きから、まだ完全に立ち直ってはいない。しかし、その表情には少しの余裕が見えた。
通常、カクテルは動きながらは撃てない。それができるのは『フレアバーテンダー』と呼ばれる、戦闘に特化した物達だけ。
だから、ツヅリが立ち止まるその瞬間に、体勢を立て直せれば良い。
ソウが、そう考えていることがツヅリには分かった。
やるなら今だ。
ツヅリは走りながら狙いを定める。立ち止まりはしない。ソウの虚を突くタイミングは今しかない。
余計な雑念は捨て、足の動きを意識から切り離す。動きを自動化し、頭のリソースは全てカクテルへと割く。
走り込み、動きの隙を突き、射線上にソウだけを捉える。
何度も師の動きを見てきた。それを真似てきた。宣言からは無理でも、宣言さえ終えてしまえば、放つことなら、出来る。
「【ジン・ライム】!」
走りながら、無防備な師へと向かってツヅリは引き金を引いた。
込められた魔法の力は、緩やかに弾薬へと流れ、満ちる。
それが、ツヅリの持っていた奥の手。ツヅリに今できる精一杯の『フレア』だった。
果たして、ツヅリの銃は祈りに応えるように、銃口から緑の光弾を吐き出した。
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