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人質作戦の有効性

「遅かったなツヅリ」


 ソウは背後に目も向けず、のんびりとした口調で言った。

 ツヅリは廊下から少し部屋に入った位置で、先程地下牢でそうしたように、再びティストルを人質に取る形でそこに居た。

 左手をフリーに、右手で銃を持ちティストルを人質に取りながら。じりっとした緊迫感の中、睨み合いを続けるフィアールカとソウに向かってツヅリが言う。


「お師匠。今私は、ティストルに銃を突きつけています」

「ひでーことするな」

「うぐぅ、ご、合意の上です! とにかく、それがどういうことか分かりますか?」


 師にあまりにも簡単に糾弾されてやや凹むが、そこで挫けずにツヅリは言った。

 地下牢ではしっかりと説明をしたが、ソウであればそんな説明などなくとも理解するだろうと思った。

 が、ソウはそんなツヅリの思惑を外すように、あっけなく答える。


「んー、さっぱり分からん」

「……冗談ですか」

「冗談じゃないな。分からんもんは分からん。お前が銃を突きつけてたらなんなんだ?」


 ソウの声音は本当に何も分かっていないといった軽さだ。それでいて、ツヅリの方を向くような素振りは一切見せず、ただ前を向いている。

 ツヅリは少しだけ師の反応に落胆しつつ、仕方ないと説明を始めようと思った。


「では教えて上げます。お師匠はそのまま動かないでください」


 ふぅ、とツヅリは静かに息を吐き、頭の中で説明の言葉を組み立てようと思った。

 その一瞬の思考の隙であった。



「断る」



 声が響いた瞬間だ。ツヅリの要求が『動くな』であったにも関わらず、ソウは動いた。

 ちらりと頭を動かして状況を把握。ツヅリがその銃をティストルに押し付けている様が目に飛び込み、その位置関係を頭に叩き込む。

 認識したと同時に、ソウは手の中にあった氷柱をツヅリの持つ銃目がけて、思い切り投げつけていた。


「わっ!?」


 ツヅリはその事態についていけずに腰が引ける。ティストルはツヅリ以上に身を固めてしまう。

 正確に、凄まじいスピードで飛んで来た氷柱はツヅリの銃を弾き、矛先を変えた。


「つっ!」


 ジンと右手に衝撃が走り、握っていた銃を手放しそうになるが、ツヅリはなんとか銃を取り落とさずに耐えた。

 だが、その僅かな隙間を縫ってすでにソウは二人の少女に足を向けている。


「ツヅリさん!」

「分かって──!」


 ツヅリの視界の向こうでは、ソウの突然の動きに反応して、フィアールカが既に銃を構えている。だが、ソウはフィアールカの射線上に三人が入るように動いているので、迂闊に魔法を放つことができない。

 ツヅリもすぐに気を引き締め直し、向かってくるソウへと銃口を向けた。


「ウォ──」


 叫び、ツヅリが引き金を引こうとした瞬間。


 ソウの姿が消えた。


 いや、消えたのではない。ツヅリの視界の中の死角、ティストルの身体の陰にその身を滑り込ませたのだ。

 目標を見失ったツヅリの照準は見事にブレて、ツヅリに引き金を引くのを躊躇わせる。そんな彼女に、フィアールカの叫びが届く。


「とにかく撃って!」

「っ!? ウォッタ!」


 またしてもその一瞬の隙だった。

 ツヅリの放った水の魔力の塊は、何者にも当たることなく部屋の床を撃ち抜く。

 直後、ツヅリの視界には見慣れた師の余裕のある笑みが滑り込んでくる。



「動くとなんだ?」



 ソウの左腕が、にゅっとツヅリに伸びてくる。

 殴られる、とツヅリは思わず目を瞑って衝撃に備えた。

 だが、ソウの腕はツヅリに刺さることはなく、彼女が盾にしていたティストルを奪うように動いた。


「きゃっ!?」


 左腕で背中を、右手で腰回りを抱くようにティストルを抱えるソウ。ティストルは身じろいで抵抗するが大した力はない。ソウはそのまますぐにそこから飛び退る。

 ツヅリに追撃を加える真似はしない。ソウにとってそれよりも重要なのは、せっかく手に入れた人質を盾に使うことだった。


「っ!」


 ティストルの身体を、ツヅリではなくフィアールカの方に向けるソウ。

 フィアールカはその行為に舌打ちを一つだけして、苦虫を噛み潰したような顔をした。もちろんその手には、鈍い音を立て、いつでも放てるようになっている銃がある。

 入り口付近にツヅリ。窓際にフィアールカ。そしてティストルを抱えたままゆっくりと動き、側面の壁に背を付けるソウ。

 さっきまでの激しい動きから、静かに張りつめた雰囲気に戻る室内。

 一番初めに言葉を発したのは、もごもごと抵抗していたティストルを床に下ろしたソウであった。


「手荒な真似をして悪かったな人質さん」

「……あの」

「だがもう少し人質になってもらおう」


 ティストルにそう断りを入れてから、今度は優しくティストルの首を腕で絞めるような体勢になったソウ。

 先程まで強引に抱きかかえられ、今度は拘束とはいえ後ろから優しく抱かれたティストルは、ちょっとした緊張で身体を強張らせた。


「そ、ソウさん!?」

「暴れんなよー。暴れたら締めないといけなくなる」

「で、でも、恥ず──」

「口答えするな。胸揉むぞ」

「っ──!!」


 そのひと言で、ティストルはもぞもぞとした抵抗を即座にやめた。ソウもそこで、警戒のレベルを一段階だけ下げた。

 ティストルはその手に杖を握ったままだ。下手に抵抗されるとそれが頭にぶつかる可能性はあるし、動かないに越したことはない。

 ソウはティストルが落ち着いたと見てから、もう一度固まっている現状を確認する。

 ツヅリはまんまと出し抜かれた悔しさと、ほんのりとしたソウへの恐怖心に顔が歪んでいる。

 フィアールカは、ソウに言いたいことというより、ツヅリに向かって言いたいことがありそうな渋い顔であった。

 その様子を眺めたソウは、時間稼ぎの意も少し含めてフィアールカに提案した。


「フィア。良い機会だから、ツヅリに言って良いぞ」

「…………そう、そうね。では、失礼して」


 ソウに攻撃する意思がないと確認し、フィアールカは先程、絶好のタイミングで部屋に踏み込んできたツヅリに向かって尋ねた。


「ツヅリさん。一つ良いかしら?」

「……えっと、はい」

「なぜ、部屋に入ったその瞬間に、背後から撃たなかったのかしら?」


 ツヅリは返答に詰まった。

 今になっては後の祭りとしか言い様がないが、それがツヅリのミスであったのは明白だ。

 あの状況で、ティストルを盾にしながらソウに声をかけたのは悪手。というか、そうまでする必要がなかった。そもそもその時点で挟み撃ちの形──圧倒的に有利だったのだ。

 奇襲を行う絶好のタイミング。だというのに、ツヅリは地下牢で成功した手法に拘ってソウの動きを止めることを考えた。

 ソウに声までかけて、その場を作ってしまった。

 それが結果的に、ソウの反撃を許し、ティストルを奪われる事態に発展した。


「これ以上ない攻撃のチャンスを、なぜみすみす逃したの?」


 黙り込んだツヅリに、フィアールカは意識して優しい声で言った。

 だが、ツヅリがそうしなかった最も大きな理由は、戦術がどうとか、その後の動きがどうとか、そういったものではない。

 もっと単純な、彼女自身の気質によるもの。


「……だって、背後から撃つとか、卑怯だと思って」

「…………はぁ」


 フィアールカの吐いたため息は大きかった。

 どこから突っ込んでいいのかと、少し悩むほどの時間を置いて、一つだけはっきりと告げることにした。



「人質を取っている時点で、卑怯もなにもありませんわよ!」

「ご、ごめんってば!」



 フィアールカが叫ぶが、結局起きてしまったことは変わらない。

 現状、この場にある真実は、人質役のティストルがソウの手の中にあるという事実だけであった。



※1230 誤字修正しました。

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