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突入前の決意

「追手はなし、か」


 そう呟いたツヅリの現在地は、屋敷の裏に広がっている林である。薄暗く、地面がやや湿っているが、動きにくくはない。良く整備されているのだろう。

 乱雑に並んでいるように見える木々の一本を選び、その背に隠れるようにして屋敷の様子を窺っていた。

 戦闘は未だに膠着状態のようだ。強引に攻めるつもりのない連合軍と、専守防衛の外道側では、よっぽどの何かが無いと場が動くことはない。

 であればツヅリが加勢すれば状況が動くのかと言えば、そうは言い難い。フィアールカ以外の連合側に接触するのは危険だ。何せ、顔を合わせたことがない。

 自分は味方だ、と言いながらいきなり敵側のバーテンダーが近づいてきたら、ツヅリだったら撃つ。


「というわけで、私達は秘密裏に再突入を考えるべきだと思うんだよね」


 ツヅリは、その場に居るもう一人に同意を求めた。

 傍らには、一緒に逃げてきたティストルの姿。しかし彼女は、未だにどうにも浮かない表情をしている。


「なんだか納得いかないって顔?」

「……それは、まぁ」


 一応脱出作戦を理解はしたティストルだったが、上手いやり方だったと思っていないのは明白だった。

 戦場にあって、騙す騙されるの関係はどうしようもない。どうしようもないが、それで心にしこりが残らないわけでもない。


「……それじゃ、ティスタはもうここに居ても大丈夫だよ」

「え?」


 ツヅリはそこで、突き放すようなことを言った。

 突然の言葉にティストルは戸惑ったような声を出すが、ツヅリはずっと考えていた言葉のように、スラスラと続ける。


「ティスタは、逃げる為に協力してくれたって設定でしょ? だったら、ここまで来たら一人でも逃げるのが正解の行動だもんね。外道の首領を倒そうとする人間の協力は、しなくても良いと思う」

「でも、それじゃツヅリさんは」

「もちろん戻るよ。ちらっと見た感じだと、フィアが一人でお師匠と戦ってるみたいだし」


 ツヅリの頭の中では、駆け抜けてきた際の様子から、そういう結論が出ていた。

 様子を窺ったのは、正面玄関と裏口の戦闘の状況。今現在の場所からでも、裏口の戦闘音は届いている。

 混乱に乗じての脱出の際に、ツヅリが最も危惧していたのはソウに見つかることだった。ソウに見つかっては、ツヅリは片手間で対処されるかもしれない。


 だが、目に届く範囲にはソウは居なかった。それは正面と裏口のどちらにもソウは向かっていないということ。

 しかし、フィアールカが部下だけを戦わせて自分は奥に控えているとは、性格からして考え難い。フィアールカは確実に、どこかに居るはずだ。

 つまりは、屋敷のどこかで二人は戦っている可能性が高いということだ。


 そして、一階にその形跡がなかったとすれば、その場所は二階。順当に考えれば、ソウが司令室とした部屋だと考えられる。

 そこまで考えてから、ツヅリは眉間に皺を寄せたままのティストルへと声をかける。


「ティスタに無理強いはしないよ。そりゃあっさり捕まって欲しくはないけど、嫌なら協力しろとは言わない」

「…………」


 ティストルは無言で俯いた。

 ツヅリはその様子を見て、少しだけ唇を噛む。だが、それ以上言葉をかけることはせずに、手頃な木を探しはじめた。


 一階から入ると、二階に向かう為には階段を上る必要がある。それでは、また敵のただ中に入ることになる。それでは抜け出した意味がない。

 それならばと、最初に想定していた四つのルートの最後の一つ。木を伝っての二階からの侵入を考えた。

 木登りの経験はほとんどないが、ソウに訓練されているので出来る。後は手頃な木を選ぶだけである。しかし、窓に隣接しているような都合の良い木はなかなか無い。

 ツヅリが木を眺めながらその場を去ろうとすると、引き止める声がかかった。


「待って」


 ティストルは、強く杖を握りしめ、睨むような鋭さでツヅリを見ている。


「……なにかな?」


 ツヅリには、ティストルが何を言うつもりなのか分からなかった。ただ最悪の事体を想定して、その右手を腰の銃に伸ばせるようにする。

 しかし、そんなツヅリの心配は杞憂であった。


「……私の魔法を使えば、木に登らなくても二階に入れる」


 ふっとティストルが吐き出した言葉に、ツヅリはぱっと顔を輝かせた。


「ティスタ!」

「ソウさんに見抜かれてたのは、私も一緒ですし。ここで私だけ責任を逃れるというのは、いけないことだと思います。この計画は三人で立てたもの。私には最後までそれを遂行する義務がある」

「かったいなぁ」


 ティストルの自分を納得させるための言葉に、ツヅリは苦笑いを返した。


「ティスタ。今から自分がすることを悪い事だって思うから、悩むんだよ」

「……悪い事、だと、思ってるのかな?」


 ティストルのちょっと遠慮がちな物言いに、ツヅリはうんうんと盛大に頷いてみせる。


「これは訓練だし、戦場だし、悪いことなんて何も無いよ。悪いと思っているなら後でお師匠に謝ろう? それで根に持つ人じゃないし」

「……本当に?」

「本当に」


 確認を取られると、ちょっとだけ自信がなくなるツヅリである。しかし、そこで弱音を吐いては、せっかく傾きかけているティストルの気持ちが戻ってしまう。それだけは避けねばならない。

 そんな打算的な考えをして、はったりをかますようにツヅリは大きく頷いた。

 それに対するティストルは、ふっと漏らすように笑みを零した。


「ますますソウさんに似てきたと思う。そういうところ」

「……バレた?」

「だって、表情はずっと固いままだから」


 ティストルの指摘を受けて、ツヅリは自分の顔をぐにぐにと揉み解す。

 師にならって余裕のある笑みの一つでも浮かべられれば良かったが、流石にそこまで図太くはなれない。


「やっぱり、ツヅリさんも悪いとは思っているんだよね」

「……えへへ」


 今回のことで言えば、心が全く痛んでいないのはフィアールカくらいであろう。ツヅリも勢いで動いているとはいえ、裏切ることに思うところはないではない。

 しかし、それを差し置いても計画に乗った。それは自分で負うべき責任だ。悩むのは結果が出てからでも良い。


「…………」


 余裕ある笑みを浮かべようと思った筈なのに、自然とツヅリの表情がまた険しくなっていた。

 不意に、そんなツヅリの頭をティストルがポンポンと撫でた。


「な、なに?」

「緊張が消えるおまじない。心が軽くなったでしょ?」


 にっこりと微笑むティストル。

 ツヅリは照れくさくなりつつも、言われたように若干心が軽くなるのを感じていた。


「……あうー。そんなにだったかな?」

「私も一緒です。だから、私も撫でてくれませんか?」

「了解」


 ツヅリに撫でられて、ティストルもまた少しだけ心が軽くなる。二人の中には緩やかな共犯意識が芽生え、それが互いの罪の意識を軽くした。

 後でしっかり謝ろう。それで許して貰えるように努力しよう。そう考えることで、これからの行いは正当化された。


「それじゃ、ちゃっちゃと向かいますか」


 ティストルの魔法で窓を選べるとなれば、侵入経路はよりどりみどりだ。

 侵入しやすい窓に罠がしかけられているという可能性も、あまり考えなくてよくなる。流石のソウであっても、短時間で二階の窓全てに罠をしかけるとは考え辛い。

 警戒は必要だろうが、外から見て分かる罠なら避けられる。


「さっそくお願いね。私が先に侵入して、安全そうならオーケー出すから」

「はい。静かに立っていてくださいね。まず今から使う魔法は……」


 ティストルに詳しい魔法の説明を受けながら、ツヅリは人知れずぐっと拳を握っていた。



「そういえば、何か勝つ為の作戦はあるの?」



 ふと思いついたようにティストルはツヅリに尋ねた。今からソウの元に向かうとして、ソウを倒す秘策のようなものは考えているのだろうかと。

 もともとの計画では、ツヅリが作る混乱で場を掌握し、戦力差でもってソウの優位に立つ予定だった。それが崩れた今、仮に三対一だとしても、勝てるとは限らない。



「それについてはね。ちょっとした秘策がありますよ」

「秘策?」

「お師匠に内緒で練習してたモノがね」



 ツヅリはふふ、と自信ありげに頷いた。

 ソウはツヅリの師だ。ツヅリの手の内はほとんど知っている。

 だからこそ、ソウが知らないカクテルを使えば虚を突ける。そこに付け入る隙がある筈だとツヅリは考えていた。


 そんな弟子の思惑を、現在戦っている最中のソウは知る由もないのであった。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


大変遅くなりまして申し訳ありません。

明日以降ペースを戻す予定ですが、しばらく二十二時更新は難しいかもしれません。

ご了承いただけると幸いです。

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