目的と駆け引き
「何を、言っているのかしら?」
フィアールカは努めて冷静に、そういう疑問を返した。
お互いに顔を合わせているわけでもなく、物陰から様子を窺いながらのやり取りである。であるにも関わらず、言葉に宿った緊張の気配は、その場の空気をどこまでも際限なく張りつめさせていいく。
もちろん、フィアールカの言葉は言葉通りの意味ではない。本当に何を言っているのかが分からないわけではない。
ソウが、フィアールカの目的は模擬訓練の勝利そのものではなく、ソウの撃破だと思っている、というのは分かる。
それは分かった上で、ソウが果たしてどこまで自分の目的を悟っているのかを探る目的があった。
そんなフィアールカの目的を知ってか、ソウは圧倒的に追いつめられている状況にも関わらず、むしろ余裕を持って返す。
「言葉通りってのも違うか。試合に勝つことも、俺を倒すと言えなくもないからな」
「……ええ。だからこそ」
「だからこそだ。だからこそ、お前がここにいる時点で、お前の目的は試合に勝つことじゃなく、俺を直接倒す
ことだと推定できるわけだ」
ソウにとって、予想のようなものはもはや確信へと変わっていた。
フィアールカがソウの部屋へと突っ込んできた時点で、フィアールカの第一目標は自分であると分かったのだ。
「お前が試合の勝利に執着するのであれば、取り得る方法はいくらでもある筈だ。それこそ、ツヅリを送り込んだという時点で、利用できようができまいが、俺の力を削ぐ事には成功しているわけだしな」
実際、この模擬訓練の班分けは戦力的にはかなり均等になるようにされている。それは当然所属しているチーム毎になるので、外道チームの戦力であるツヅリが居なくなった時点で、力関係の変化は無視できない。
前提条件からして、既にフィアールカが有利で進んでいるのだ。
「ですが、私がここでソウ様を足止めするというのも立派な戦略に」
「ならねえよ。取れる作戦の一つではあるが、一番に選ぶ理由はない」
ソウがフィアールカの相手をするように、フィアールカもソウの相手をする。
確かに筋は通っているが、ソウが考える上では、フィアールカがそれを選ぶには理由が足りないのだ。
ソウとフィアールカは、そもそも能力の方向性が違う。ソウはどちらかと言えば自分一人が動くスタンドプレ
ーを得意としている。対してフィアールカは、自分が司令塔兼砲台として周りを動かすことに長けている。
仮にソウがフィアールカの立場であるならば、自分が率先して厄介な個人に向かうつもりにはならない。
ソウがそう思うのであれば、フィアールカがそう考えない理由はない。
であるならば、フィアールカがソウのもとに直接向かってきたのには、なんらかの特別な理由があるということだ。
「俺がお前の立場で、チームの勝ちを願うんなら俺の所には来ない。確実に勝てるか分からない不確定要素だからな。しかし、お前は俺のところに来た。わざわざ姿を見せていたのは俺だが、真っ直ぐにここに来た。ってぇことはだ、お前はチームの勝利よりも、何か優先するべきことがあったと考えるのが自然だ」
「……そうでしょうか。私がもともと出しゃばるつもりはなかった、と思う方が自然かと」
それはソウも考えていたことだ。
フィアールカがソウへの完全勝利を思うなら。部下同士の争いは部下同士で決着を付けるべきだと考えるのは自然だ。
しかし、それはフィアールカが直接的な指示を行わない理由であって、フィアールカがソウに向かってくる理由ではない。
ソウが動いたときの為に後方に控えている、という選択肢をフィアールカは選ばなかった。
「お前がここに来た時点で、既にお前の目的は自分の為の何かだって分かるんだよ。でだ、お前が自分の目的のためにここに来たとすれば、ツヅリもまたお前自身の目的のために動いていると考えられる」
「…………」
「そうまでしたとき、お前の目的がチームの勝利だと思えるか? 俺は思えない。ってことは俺に直接用事があるってわけだ」
チームの勝利を願うなら、フィアールカはここには来ない。
フィアールカがここに来た以上、チームの勝利が最大の目的ではない。
そしてチームの勝利が最大の目的ではないのなら、試合が始まる前から仕込んでいたツヅリに試合の勝利を優先させるわけがない。
「結論として、ツヅリはこのままティスタを連れて消えるわけがない。そうやって勝つことがお前の目的じゃないからだ。で、お前の目的が仮に俺を倒すことだとすれば。俺は慌てる必要はないんだよ。人質が逃げることはないからな」
実際のところ、言い切ったソウ本人も自分の推論に確信を持っているわけではなかった。
ただ、フィアールカの性格の傾向を計算して、自分なりの解答を導き出しただけに過ぎないのだ。
しかし、そんなソウの推論をただ一人聞いていたフィアールカは、ふふふ、と愉快そうな笑い声を上げていた。
「流石はソウ様ですね。私が本当は試合なんてどうでも良いと思っていることを、見抜きますか」
「お前仮にも主催者なんだから、言い切るなよ」
「失礼。では言い換えます。そう、そうね。私が試合の勝敗なんて二の次だと思っていると、見抜きますか」
フィアールカの告白を聞いたところで、ソウは対して思うわけでもない。
ただただ、自分の推論がそれほど的外れてなかったということ。そしてツヅリがいつ、この部屋に到達してもおかしくないということを再確認しただけだ。
「お前が俺と直接戦いたいってんなら、最初からそう言やいいんだよ」
「生憎と、私も慎み深い淑女ですので、殿方に毎度毎度決闘を申し込むのは気が引けますでしょう?」
「慎みって言葉が、お前ほど似合わない女も居ないと思うがな」
軽い会話での答え合わせは、それで終わりだった。
その瞬間から、フィアールカとソウの間に漂っていたどこか間抜けな空気はすぐにまた張りつめる。
それは、状況把握の後の、二人の立場の変化をも表している。
「ですが、ソウ様がいくら私の目的を見抜いたところで、この状況が変わります? 私はいずれ来るだろう、ツヅリさんの加勢を待てば良いのです」
「俺を釘付けにできるつもりか?」
「もちろん、その為の準備は備えてきたつもりです」
言ったフィアールカは、自身のポーチに指をそっと添えた。
ソウもさっきまでフィアールカと戦っていてなんとなく分かっている。フィアールカの持つ弾薬数は、やけに多い。
それはルール違反をしたわけではない。チーム分の弾薬を再編して、自分により多くの弾薬を回しただけだろう。
フィアールカは、ここに飛び込んできた時点で、持久戦の覚悟があったということだ。
「さあソウ様。仮に私の目的が分かったところで、あなたの成すべきことは変わりません」
「お前をさっさとぶっ倒して、下に加勢に向かうってな」
「ええ。もっともそれを簡単にさせるつもりなど、私にはありませんが」
じりっとした闘志が、ソウの額にひやっとした寒気を届けた。ソウが少しでも隙を見せれば、その瞬間にはカクテルが飛んでくることだろう。
「奇遇だな。俺もお前の計画にすんなり乗ってやる気は、今のところ無いんだ」
ソウは、歳若いながらそんないっぱしの闘気を放つ少女の姿を、にやりと嬉しそうに眺めるのであった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
また、遅くなってしまい申し訳ありません。
今回の本文はもしかしたら多少の書き直しがあるかもしれません。
しかし、本筋は変わらないのでそこだけ了承していただけると嬉しいです。