闘争と逃走
ツヅリがティストルを連れて地下から様子を窺った時、丁度その目に、外から攻め込むバーテンダー達の姿が映った。
正面玄関に迫る狼が複数。そして、その後ろに陣取る連合側。相対する外道側は意図的に狭くした玄関口にて、落ち着いて迎撃を行っている。
どちらかと言えば防衛有利な戦線が構築されているようだ。連合側は突破の糸口を掴んではいないだろう。
しかし、玄関ホールにバリケードを張った外道チームは、目の前に集中していて、まだツヅリ達の存在に気付いてはいない。
片膝をついて、突進してくる氷狼に狙いを定めているリミルなど、格好の的に見えた。
(どうする? いっそここで攻める?)
ツヅリの頭の中に、そんな欲がむくむくと芽生えた。
計画通りであれば、前線に二人、二階に二人、そして後ろに二人。今のタイミングであれば、逆に挟み撃ちすることもできるように思えた。
が、ツヅリはすぐにその考えを振り払う。
現状は、ソウ、フィアールカ共にツヅリの動きに気付いていない筈だ。つまり、ツヅリがここで加勢することで、フィアールカの計画を邪魔する可能性もあるということ。
また、なんの準備もないままに、ソウにばったり出くわす可能性も残るということ。
欲をかいて行動するには、手元に情報が足りなさすぎた。
「ティスタ。私が合図したら走って脇の廊下に。その先から一度脱出する」
ツヅリはティスタへと指示を飛ばし、その機をうかがった。
どうやら、正面にフィアールカは居ないらしい。連合側は様子を見るように、散発的な氷狼の突進が繰り返しているが、見方によっては、足止め目的にも思えた。
自分からは攻め込み辛い外道側を、防衛のためにその場所に足止めする行為だ。
つまり、ここさえ抜ければ外道側から追手がかかる可能性は低い。
ツヅリは冷静に氷狼が飛び込んでくるタイミングを待ち、静かに短く声を張った。
「いまっ!」
ツヅリの合図に、二人は走った。地下牢の入り口から抜け出して、一目散に玄関ホールを突破して廊下を目指す。
地下の入り口から突如現れた二人の姿に、その足音に、防衛に当たっている外道側が気付く。
だが、前から迫ってくる氷狼から照準を外すわけにもいかず、代わりに鋭い声が飛んだ。
「二人が逃げたぞ!」
カクテル魔法の炸裂音に塗れたその場に、一際大きな声が響いた。
切羽詰まっていても、それは鋭く館内へと響いていた。
「狙え!」
「撃て!」
外道側の行動は迅速だった。まるでツヅリ達が逃げ出すことを想定していたかのように、二階から狙っていた二人がすぐにツヅリへと照準を合わせる。
「基本属性『ウォッタ』、付加属性『アイス』、マテリアル『オレンジジュース』アップ!」
通常の宣言としては、この上ない速さの宣言である。
ツヅリが廊下に向かっていることは分かっているようで、そこへと抜けるまでの少しの時間に、発射準備は整うと見えた。
「……ティスタ!」
「はい!」
ツヅリはその未来を予測し、ティスタとの位置を調整した。ツヅリがスピードを合わせ、ティスタが二階からの射線にはいるように動く。
またしても人質を使った安全確保であった。だが、最前線は外から目を離すわけにはいかず、二階からは狙われないという絶好の配置でもあった。
「っ! 発射やめ!」
既にカクテルを放つ態勢に入っていた二階の二人組は、慌てて魔法発動を止める。
そして、その隙にツヅリとティストルは廊下へと滑り込むことに成功した。
完全に逃げ果せる直前、ちらりとツヅリは玄関ホールに掛かっている、大型の時計に目をやった。
(十分……まだそんなものか)
時計は、作戦開始から十分が経過したのだと告げている。耳に届いてくる戦闘の音を聞きながら、ツヅリはどのくらいの猶予があるのかを、切に考えるのだった。
「また狼か、よっ!」
言葉とともに、ソウの放った膝が狼の胴体側面を叩いた。それによって狼は形ある氷の生き物から、飛散する氷の破片へと姿を変えた。
人間の身でありながら、半ば強引に魔法の相手をするソウ。
だが、動きが止まった一瞬に、フィアールカの声が響く。
「甘いですわ!」
既に宣言を終えていたらしい。魔石を使ったノータイムカクテルではないにも関わらず、間髪を入れずに再び魔法が飛んでくる。
「【スクリュードライバー】!」
室内で放つに当たって、攻撃速度を早めて範囲は必要最低限。それでも、普通に動いては到底避けられぬタイミングの一発であった。
ソウはその青い光弾に一瞥をくれると、一目散に近くの壁に向かって跳んだ。
「っらぁ!」
掛け声と共にソウは壁を蹴って斜め上方へと跳び上がる。そして身体を器用に回転させて天井を蹴ると、その反動を使っていとも容易く魔法の効果範囲から離脱した。
あまりにも人間離れした動きにフィアールカは感心するが、放心するわけにはいかない。それを終えた直後には、攻守交替するようにソウが銃を構えていた。
「略式『ジーニ』『カットライム』『トニックアップ』」
ソウの略された宣言が、室内に響く。かくいうフィアールカも、即座に対応に入っていた。
「『ウォッタ』『オレンジアップ』!」
同種の力で相殺は間に合わぬと判断し、最も早く発動できるカクテルを即座に選ぶ。ソウの銃から放たれる魔法に、カウンターを合わせる用意だ。
その宣言から少しも遅れることはなく、ソウは唸る銃から魔力を放った。
「【ジン・トニック】」
「【スクリュードライバー】!」
ソウの銃から解放された風の魔力が弾け、渦となってフィアールカに一目散に向かってくる。
フィアールカはギリギリ間に合った魔法を放ち、自分の目の前、効果が及ばない場所でもってわざと爆発させた。
ぶわっとした水の爆散に巻き込まれ、渦がその形を崩す。強引に解散させられた魔力は、行き場を失って部屋中に散らばった。
「相変わらず、守るのが上手いじゃねえか」
「そういうソウ様こそ、全く攻撃が当たりませんわ」
言葉を放ちつつお互いに、相手の隙を窺うようにしていた。既に何度かの撃ち合いをしたが、お互いに決定打には至って居なかった。
二人の位置関係はほとんど変化していない。廊下側の入り口付近にソウが潜み、窓側の大きな机の影にフィアールカが陣取っている。
部屋には戦闘の跡が生々しく刻まれていた。広めの部屋に散らばった氷の欠片や、焦げの跡、そして湿った床などがその痕跡だ。
フィアールカとソウの戦闘スタイルは大きく違う。ソウは自身の動きやフレア故の機動力を活かした高速戦闘スタイル。対するフィアールカは、どんと一カ所に構えた上で、防衛を行いつつ範囲攻撃で削って行くスタイル。
そして、ソウは机に隠れたフィアールカをあぶり出すことが出来ず、またフィアールカは弾数制限からかソウを捉え切ることが出来ずにいた。
『二人が逃げたぞ!』
膠着状態のまま、睨み合いを続けていたソウとフィアールカの耳に、確かにその単語が届いた。
二人には説明の必要もなく、その二人が誰であるか。そして、それが何を意味しているのかが理解できた。
理解できたからこそ、フィアールカは動かず、ソウは動けなかった。
お互い顔を合わせるでもなく、言葉だけで戦闘を始めたのはフィアールカの方だった。
「ソウ様、聞きましたか? どうやら、私達の勝利がもうそこまで来てしまったようですわ」
弾むように、フィアールカは言った。
その声には、圧倒的に優位に立った者の余裕の響きがあった。
しかし、ソウはそんなフィアールカの言葉に、軽口を返した。
「そう言って、俺を焦らせるつもりだってんなら、残念だったな」
「……はて。ティスタさんが逃亡してしまえば、連合チームの勝ちは決まりますが?」
「逃亡するんならな」
試すようなフィアールカの声と、探るようなソウの声が交錯した。
「おかしなことをおっしゃいますね。ソウ様はここを捨ててでも、ティストルさんの確保に向かうべきでは?」
そこを後ろから狙って差し上げます。とでも思っていそうなフィアールカの声だ。
そんな彼女の言葉に、ソウはふっと笑いを堪えるように言い返した。
「そしたら、俺を倒せなくなるけど、良いのか?」
ソウの確認に、フィアールカは何も言わず、落ち着いて唾を呑み込んだのだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
二つの意味で更新遅れまして申し訳ありません。
今後はまた、日曜休みの隔日更新に戻る予定です。
ただ、ちょっとコメント返しが遅れます。ご了承ください。
※1220 誤字修正しました。