それを見る観客席で
「……何が、どうなってるのよ」
観客席に用意されているいくつかのモニターを見て、アサリナが嘆いた。
この場所は、しきりのない横長の椅子が縦横に何列も繋がっているような席だった。丁度会場となる屋敷を奥に見るように、かなり広いスペースを取られている。
アサリナはそこに、フリージアと二人並んで座り、試合開始からハラハラしっぱなしでモニターを睨んでいるのだ。
彼女も事前にルールの説明は受けていた。人質を救出する『連合チーム』と人質の確保を行う『外道チーム』の二手に別れる模擬戦闘。
ルールを聞いた限りでは、特に心配するような要素はなかった筈だ。運営の都合だかで身内試合みたいになったのが気がかりだったが、考えようによっては関わる人が減るので、ソウが問題を起こす可能性が低くなると楽観した。
加えて第一試合ともなれば、派手な展開もそうそうあるまい。基本に忠実に、オーソドックスな集団戦が行われるものと思った。
観客も大体は同じ考えのようで、それほど熱の入った者はおらず、初めは軽い感覚で見ていたように思える。
「……なのに、どういうことよ」
だというのに、気付けば観客席に集まっている人間が、予想の付かない展開を見せる試合に注目していた。
始まりからしておかしかった。いきなりの仲間割れである。
撮影機械は音声もある程度は拾うが、モニター同士で音声が重なりすぎるのを避けるためか、細かい会話内容までは分からない。
だから、なぜソウがツヅリを拘束したのか、見ている側には分からなかった。
しかし、それは事情を一切知らない人間が見たらの話。ある程度事情を知っているアサリナは、冷や汗をかくほどの寒気のようなものを感じていた。
「まさか、ツヅリに何もさせない為に……?」
試合が始まる前のソウの言葉を思い出し、アサリナはぶんぶんと首を振った。
確かに、ソウはツヅリの実力が露呈することに何かしらの感情を抱いていた。しかし、それだけが理由でこんなことをするとは思えない。
だが、それが理由の一つでもあるだろうことは、なんとなく窺えた。
「アサリナさん? さっきからずっと怖い顔してるよ?」
観客席で一人百面相をしていたアサリナに、横に座っていたフリージアが声をかけた。
アサリナはその声ではっと自分のことを見直し、慌てて笑顔を取り繕う。
「いいえ、なんでもないのよ」
「……?」
フリージアの心配そうな顔を見て、アサリナは悩むのを止めることにした。
正確には、悩んでも仕方ないのだと開き直ることにしたのだ。
この場にいる限りは、試合の内容に口を出すことはできない。であるのなら、今は考えただけ無駄だ。
試合が終わり次第ソウをとっちめて、それからどんな影響が出るかを見極めて対処をする。それが悪目立ちをしている『瑠璃色の空』のために、アサリナがすべきことだと思った。
「とりあえず──ソウを応援してあげましょう」」
「うん」
アサリナはフリージアへ、モニターに注目するように声をかける。
しかし、言った自分はといえばモニターではなく、それを見ている周囲の人間をどことなく観察する。
大きなモニターの前に座っている観客の数は数えるのも馬鹿らしいほどだ。
周囲の反応にだけ目をやって、今回のことをどう利用するかをそれとなく考える必要がある。
「……あら?」
そう思って観客席を見渡してみると、一人、見知った女性の姿があることに気付いた。
アサリナが目線を向けた直後、さっきまでモニターを注視していた筈の女性は、即座にアサリナの視線に気付く。
それから、人好きのする笑顔を浮かべて静かに近づいてくるのだった。
「こんにちは『瑠璃色の空』のアサリナさん」
「……こんにちは。リナリアさん」
その女性は、シャルト魔道院で教員をしている若い女性、リナリア・ダイヤモンドであった。
リナリアとは『瑠璃色の空』の本部などで何回か顔を合わせたことがある。基本的には、魔道院の学徒であるティストルが絡む諸々の話のときだ。
「ご一緒しても?」
「ええ、構いませんよ」
リナリアの尋ねに、アサリナは小さく頷いた。
モニターに向けていた目を動かして、二人の様子を窺っていたフリージアにリナリアは笑顔で手を振り、椅子に腰掛ける。
そのふとした瞬間に、リナリアから遊びの気楽さではない、重い空気が垣間見えた。
アサリナが何かを尋ねる前に、リナリアは先手を取って、自身が今ここにいる理由を説明した。
「お察しの通り、今日の私は引率みたいなものですよ。今回の訓練ではウチの卵たちも多数参加していますので」
そう言ったときの、リナリアの疲れたような笑みに、アサリナは少しの同情を寄せる。
「それは休日なのにお疲れさまです」
「本当ですよ。こういう時に使われるのが下っ端の辛い所です」
「大変ですね」
ふぅ、と深いため息を吐いたリナリアに、アサリナは相槌を打つ。そこでまた少し気になったことをアサリナは尋ねた。
「しかし引率でしたら、ここに居ても大丈夫なんですか? 学徒達の控え室辺りに待機していなくて?」
「関係者以外立ち入り禁止ってことで、どうにも。作戦が漏れるだのあーだの言われて追い出されまして」
「それは、お気の毒に」
察することしかできないが、アサリナはリナリアの今の立場に同情した。
基本的に、休日だというのに仕事というのが一つ。加えて、一人では到底見切れないほどにバラバラに動かざるを得ない演目に一つ。
そして、恐らく何か問題が起きたとすれば、どうしようもなくても責任を負わないといけないだろうプレッシャーに一つ。といったところだ。
今の時間など、やる事がないからフリーではあるが、何かあったら動かないといけないので気の抜けない状態だろう。それは精神的には休憩でもなんでもない。
そんなアサリナの考えを裏付けるように、リナリアは何かあればモニターを睨んでいた。
「……唯一の救いは、試合運びが面白いことですかね」
「……ぅう」
素直な感想だが、アサリナは恥じ入ったように小さくなった。
「あれ? 結構純粋に褒めたつもりなんですが」
「いえその。身内同士の醜い争いが放送されるのはちょっと」
そんなアサリナの返答に、リナリアはふむぅと唸ったあと、擁護するように言った。
「醜いなんてことはありませんよ。どこの世界でも、組織の内側は意外とドロドロしているものです。より本番に近い訓練が行われているってことです」
「……その、醜い内側というのは、あまり褒められた気はしませんが」
「では言い方を変えましょう。ただの訓練だと詰まらないものですが、本気の訓練は見ている側も楽しいってことです。エンターテイメントとして誇ってくださいな」
アサリナは、リナリアが本気で擁護してくれていることは分かったが、やっぱり、少しだけ素直に喜べないのであった。
だが、リナリアは既に興味を再びモニターの中へと移している。
地下牢に移動したツヅリとティストルの二人。主に、観客達は女子二人の集まった絵になるそちらに注目しているようだ。
だが、アサリナとしては、このタイミングでソウが何かまたやらかすようなことが無いかと気になってしまう。
人質達とは違うモニター。やや広い部屋に一人で立っているソウは、窓から外の警戒を行いつつ、時折時計を気にしているようであった。
「そろそろ、動きますね」
リナリアのぼそりとした言葉。それと同時に、モニターでは地下牢の二人が何か芝居のようなものを始めた。
アサリナは、のほほんとしつつも隙の無い女性に、職業柄探るような質問をしていた。
「そういうの、分かるんですか?」
「えっと、まぁ、少しくらいは。それより、ここからきっと面白くなりますよ」
リナリアは、アサリナの問いかけにあまり真面目に答えるつもりはなさそうであった。
仕方なくアサリナもまたモニターに視線を移す。
そして願った。とりあえず、この試合はこれ以上何事も無く終わりますように、と。
だが、そんなアサリナのささやかな願いも、ツヅリの逆転劇に沸く観客席を見るに、叶うのは難しそうなのであった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
更新遅れ気味で本当に申し訳ありません。
今回の内容は、もしかしたら細部諸々を手直しするかもしれません。基本的にストーリーには変化はありませんのでご安心ください。
※1220 誤字修正しました。