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模擬戦の目的

 ゴクリと唾を呑み込んだ音が薄暗い地下牢に響いた。

 だが、その音に続いて出たのは、ツヅリと対峙している男の純粋な疑問である。


「あなたはいったい、何を言っているんすか?」


 ツヅリの行動の真意がいまいち掴めなかったのだ。

 もちろんやっている目的自体は分かる。捕まっていた筈のツヅリとティストル。この二人が協力して脱獄を図っているのだろう。

 しかし現状は、なぜかツヅリがティストルに銃を突きつけ、男を脅しているという形なのである。目的とどう繋がるのかが分からなかった。


「分からないかな?」

「人質がどうとか言われても、俺はその子を守るのが仕事じゃないっすよ」

「でも、ルールに則って考えたらさ。捕まえている人質が死んじゃうのは困るよね」


 それはこの模擬戦の大前提だ。

 設定としては、人質の身柄はこのあと合流する本隊に引き渡すことになっている。言い方は悪いが、外道にとっては大切な商品だ。それを傷付けられるのは困る。

 だが、それはあくまで設定の話であり、この状況でティストルが撃たれても気絶するだけ。むしろ、逃げようとしているツヅリの方が困ると思われた。


「わけ分かんないっすよ」


 ずっと疑問符を浮かべている若手に、ツヅリは謎掛けのように問う。


「分からない? ゲームのルールでは、人質に対する攻撃は、攻撃を加えたチームの敗北になるってことなんだけど」

「? でも、ツヅリさんは──まさか?」


 若手は少し考え、ようやくツヅリの言っている意味に気付いた。その表情にまんざらでもない色を浮かべるツヅリである。


「そう。私はあくまで外道チーム。つまり、私が彼女を撃ったら、必然的に外道チームの敗北になるってこと」


 さっきまでのふわりとした空気から一転して、地下牢に緊張が満ちた。

 ツヅリはニヤリと笑みを浮かべ、対照的に若手は乾いた笑いを返す。

 ツヅリの言い分を認めるということは、ツヅリは今、その気になれば簡単にゲームの勝敗を決する切り札を持っていると認めることになる。

 自分の行動が勝敗に直結すると認識すると、次第に男の足が震えてきた。


「そ、そんなのおかしいっすよ。だってツヅリさん、裏切った訳っすよね? だったらもう、外道チームじゃなくて、連合チームじゃないすか」


 若手は頭をなんとか回して反論する。

 裏切ったというなら、既にツヅリは連合チームの筈だ。その彼女が人質を傷付けたとなれば、それは即ち連合チームの過失になる。

 だが、ツヅリはそんな反論は予測済みと言うように、すらすらと返した。


「私が裏切ったという物的証拠はどこにも存在しないよ。むしろ、いきなり不当な扱いを受けたことへの報復として、自暴自棄になったって方が筋は通るんじゃない?」


 そう。ツヅリがここに入れられたのは、全てソウの判断によるものだ。

 そしてそれらは、ソウの経験や勘によるものが大きい。物的証拠は現段階で存在しない。

 つまりは、ツヅリの投獄はそう言う意味で不当であり、彼女がまだ外道チーム判定されていてもおかしくはない。

 ツヅリの存在は今、ゲームにおいてのグレーゾーンにある。そして、ルールの上に乗っかれば、ティストルを攻撃するというのは、外道チーム敗北の決定打にもなりうる。


「そ、そんなの、分かんないっすよ。そんなの通るわけない。ツヅリさんのやってることは、無意味っすよ」

「そう分からないよね。もしかしたら、私は連合チーム扱いされるかもしれない。その判定は、撃ってみないと分からない。でも、もしそれで負けたら、君は責任を取れる?」

「っ!」


 自分が今、試されているのだと若手は気付いた。

 ツヅリの言葉を無視して行動することはできる。しかし、それが良い結果に結びつく保証はない。

 これが本当にティストルの命が掛かっているのなら、そしてツヅリがティストル救出の役目があるならこれはありえない行動だ。

 勝ち負けがある試合にのみ許された、嫌らしい作戦であった。

 基本的にチャラチャラとしていたはずの男だが、ここばかりは無言で思考する。ツヅリはその彼の答えをじっと待つ。

 ややあって。


「分かったっすよ。どうすれば良いんすか?」


 銃を奪われた若手の男は、降参するように手を上げた。

 ツヅリの言い分がまかり通る可能性がある以上、自分の判断で勝手な行いをするのは気が引けたのだ。

 ツヅリは男の降参宣言を受けて、張りつめていた緊張を一段階だけ落とした。


「理解が早くて助かるよ。じゃあまず、この手錠の鍵をくれるかな?」


 ツヅリはニコニコと威圧的な笑顔は崩さずに尋ねた。現在、彼女の両手には冷たい手錠が嵌められている。これをどうにかしないことには、行動もままならない。


「分かったっす。今から外して──」

「おっと近寄らないでね。あなたはそれを投げ寄越すだけ。一歩でも近づいたらドカンだから」

「っす」


 ツヅリは注意深く、鍵を持って近寄ろうとした男を牽制する。

 男は無愛想に、ツヅリの足元に鍵束を投げ寄越した。


「ティスタ。外してくれる?」

「……分かった」


 ツヅリは鍵の解錠をティストルに依頼した。

 ティストルがしゃがんで鍵束を取るときも、そしてその中から手錠の鍵を探しているときも、銃はティストルに突きつけたままだ。目線も一切、男から逸らさない。

 そこまで警戒する必要は無かったかもしれない。だが、それもソウから教わったことの一つである。

 やがて、手錠の鍵が外されるとようやくツヅリの両手が自由になる。ツヅリはその感触を確かめたあとに、今度はチャラ男に移動を求めた。


「次はゆっくりと、角に移動して。そう。ゆっくりと」


 若手を、入り口から距離のある角まで移動させる。そのまま、後ろ歩きでゆっくりと入り口へと向かう。

 若手の苦みばしった顔を見つつ、ツヅリとティストルはようやく牢の外に出た。ティストルに牢の鍵を閉めさせ、距離を取ったところでようやくツヅリは構えていた銃を下ろした。


「ふぅ。ごめんね。君に恨みはないけど」

「……ほんとっすよ。裏切っただけじゃなくて、こんなことまで」

「私が言うのもなんだけど、試合終了まで大人しくしててね」


 我ながら随分と皮肉の利いた台詞だな、とツヅリは思った。

 同意を求める気持ちでティストルに視線を向けたが、ティストルはツヅリ以上に今の状態にホッとしている様子だった。

 その理由に思い当たり、ツヅリはそっと謝罪した。


「ごめんね。ずっと銃を突きつけてて」

「ええはい。自分が武器を向けられているのが、こんなに緊張するとは思いませんでした」


 ティストルは気丈に笑って見せるが、その顔は若干引き攣っている。最初の決闘魔法のおかげで致命傷にならないとは分かっていても、銃を突きつけられるのはいい気分はしない。

 そんなティストルを見て、今更ながらに、立てた作戦をちょっとだけ反省するツヅリであった。


「とりあえず、今後の話だけど」


 安置してあった自身の装備を整えながら、ツヅリはティストルに相談する。


「ここから少しでも出ると、裏口方面に二人、正面玄関に二人、そして階段に二人の兵がいるよね。背後から奇襲ってのも手ではあるけど、リスクが高い」

「ソウさんの教育で、スピードはそれなりですからね」

「うん。加えて、六人相手。隠れる場所ナシってのは、ちょっち分が悪いかな」


 もう一度ティストル人質作戦で強硬突破というのも難しい。

 なにせ上下左右に敵が居るのだ。全員に目を配らせることが困難であれば、本当にティストルを撃つしかなくなる。それでは、今こうやってなんとか脱出できた意味がない。

 それはティストルもまた心得ている。

 ティストル自身が戦えば、彼女は攻撃されないので一方的だが、それを彼女自身が許すかどうかは別問題だ。


「だから、一旦屋敷からの脱出を図ろう。フィアはきっと私からの連絡がなければ何か行動を起こすはず。その混乱に乗じて一度外に出て、二階から再突入する。そうすれば、敵に包囲されずに戦えるはず」


 頭の中でツヅリは今後の行動指針を組み立てる。

 フィアールカとの意思疎通が取れない以上、挟撃の形で合わせるのは難しい。ならば一度態勢を整えるべきだ。

 一度外に出れば、フィアールカとソウの居場所も探れる。後は落ち着いてフィアールカと合流し、改めてソウと対峙すれば良い。


「お師匠を前にしたら、最悪もう一回人質作戦を使うかもしれないけど」

「えっと、それは何故?」

「少しでも動きを止めないと、お師匠に攻撃を当てられないだろうし」


 ツヅリの言葉に、ティストルはかつて一度見たソウの動きを思い出した。

 彼女の目では追う事すら困難な、雨のような攻撃をいなし続けていた身のこなし。それに、動きながらでもカクテルを発動できる特殊技能。そして、そんな行動中にも相手の攻撃に合わせて相殺のカクテルを放つ対応力。

 確かに、ソウが大人しくカクテルを食らってくれる場面はイメージできなかった。

 ソウの回避能力を上回るには、対応できないほどの物量で押し潰すか、何らかの方法で動きを止める他に無いのだ。


「……改めて考えると、なんなんでしょうね。あの人は」

「……それを知る為にも、今日があるんじゃない」


 しみじみと頷き合ったティストルとツヅリであった。

 そんな二人に、いままで黙って話を聞いていた、地下牢の中のチャラ男が声をかけた。


「さっきから聞いてたら、なんで逃げ出すんじゃなくて、再突入とか言ってんすか?」


 チャラ男の言い分も、もっともだろう。

 さっきまでの話で言えば、隙を突いて脱出が成功したら、もうそれで勝利なのだ。制限時間にはまだ余裕があるだろうし、勝てない筈が無い。

 だというのに、二人はそんなことをはなから除外したように、話している。


「それは」


 客観的に指摘されて、ツヅリは少し口籠もった。

 だが、それも一瞬、腰に差した愛銃『ニッケルシルバー』をさっと抜いて、弾薬を込めずに放つ動作に言葉を合わせる。


「私達の目的は、ゲームじゃなくてお師匠に勝つ事だから、だよ」


 言われたチャラ男は、わけが分からないと目を丸くする。

 言ったツヅリも理解を得られるとは思っていない。

 もちろん、当事者以外に誰一人、フィアールカの計画を知らないのだから仕方ない。

 この大会が、全てはソウただ一人を眠らせるためだけに開かれたものなのだと。


 そんな折りに、どこかけたたましい戦闘の音が微かに届いた。


 ツヅリとティストルは、その音にはっと目を合わせる。

 フィアールカが行動を開始したのだとすぐに気がついた。


「行くよティスタ」

「ええ、行きましょうツヅリさん」


 ソウに対する色々な思いを胸に。

 地下牢から脱出した少女二人もまた、行動を開始するのであった。



※1220 誤字修正しました。

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