師匠の悪影響
「という感じで、上手く行ったらあとは流れで、みたいな?」
ティストルに色々と質問をした後に、ツヅリはそれを元に一つの作戦を立てた。
その概要を聞かされたティストルは、まさしく複雑な表情を浮かべていた。
「ええと、まぁ、概ねは……分かりました」
「その割には、浮かない表情だね」
ティストルは、ツヅリを評価するべきか否か迷うのだった。
ツヅリの作戦は、所々で作戦とは到底言えない部分が散見された。しかし、それでもやらないよりはマシ、という前向きな意思があったのは良い。
やる事は簡単だ。ロールプレイ、という程でもない。
設定としてはツヅリも、そしてティストルも外道側に囚われているという認識。であるならば、ルールの内で脱出を図ろうとすることに問題はない。
その為に、ティストルが一芝居打つことは構わない、というのがティストルの見解であった。
しかし、問題は可能かどうかという話ではなく、作戦のキモになる部分だ。
確かに、ツヅリの言った設定に当てはめれば、ティストルが彼女に協力するというのは、ルールに反することではないだろう。
とはいえ、人の心の隙だとか、ルールのグレーゾーンだとかを利用する作戦であり、ティストルの感想として。
「……ツヅリさん。少し思考がソウさんに似てきたんじゃ?」
という意見を出さざるを得なかった。
「……え?」
「全体的に嫌らしいというか。ちょっと、ソウさんが考えそうな作戦だなぁと」
「……むぅ」
ティストルに言われて、ツヅリもまた複雑な表情になった。
指摘されれば確かに、と自分でも思ってしまったのだ。
そして、それがあまり良い意味で使われたわけではないことも、なんとなく察してしまう。
自分としても、バーテンダーとしてのソウには憧れる部分が多い。が、人間としてのソウはその逆だ。
そして、ティストルの指摘はまさに、人間としての部分を指されてしまっている。
「で、でもやらないよりは良いんじゃない?」
ツヅリはひとまず考えないことにした。まずはやってみて、成功しようが失敗しようがそれから悩めば良いのである。
ツヅリが葛藤を振り切ったのを見て、ティストルはその背中を押すようにそっと微笑んだ。
「そう思うなら、その通りに行動しましょう」
「……うん。そうこなくっちゃ」
それから、軽い打ち合わせの後に二人は行動に出たのだった。
「ちょ、ちょっと! 誰か来て!?」
ツヅリが焦ったような大声を上げた。誰か、と言ってはいるがその相手は当然、地下牢の外にいる人間である。
そしてここで当てはまるのは、地下牢の入り口に待機しているチャラ男であった。彼は面倒そうな声で、降りてくることもなくツヅリに返した。
「なんすか? そんな大声出して」
「良いから早く来て! 大変なの!」
それに対する、ツヅリの切羽詰まった声。
何事かと、チャラ男は仕方なく様子を見る為に近寄ってくる。そして、大慌てのツヅリと、毛布をかけて横たわっているティストルの姿があった。
「ちょ、どうしたんすか?」
「分かんない! この子が急に苦しみ出したのよ!」
男の尋ねに、ツヅリは食い気味で返しつつティストルを指した。
「……う、ぅう」
ティストルはそこで、苦しそうなうめき声をあげる。身じろぎをした際に、少しだけ毛布がずれて、白い足がチラチラと覗く。
そんな光景に一瞬目を奪われたチャラ男だったが、すぐに頭を振った。
「って、そんなバレバレの演技にひっかかるワケないっすから」
ヘラヘラと笑いながら、チャラ男ははっきりと言った。
いくらなんでも、この状況で脱出するための演技だと思わないわけがなかった。
「こっちも警戒中なんで、大人しく──」
捨て台詞を吐きながら持ち場に戻ろうとするチャラ男に、ツヅリが更に言葉を重ねた。
「待って! 本当なのよ! 早く試合を中止して医者に見せないと!」
「──っ」
一笑に付すつもりの男だったが、ツヅリがなおも真剣に言うと、少しだけ悩んだ。
試合を中止しても良い──演技でそこまで言うだろうか。
冷静に考えれば、明らかにこれは演技以外の何物でもない。だが、もし本当にそうだとしたら?
「……冗談きついっすよ。いくらなんでも」
「冗談でもなんでも良いから! これでもし何かあったらどうするの!?」
「……どうするって」
男は考える。
もし仮に、ここで何か問題が起きているのが本当だとしたら。それ故に、何か取り返しの付かないことが起きたとしたら。
その責任は主催者であるフィアールカ・サフィーナと『練金の泉』にかかってくる。
今ここで、自分が軽はずみな判断をしてしまえば、大きな問題に発展しかねない。
その可能性は、確かにゼロではない。
「ほ、本当にやめてくださいって。ありえないでしょ?」
「ありえるかどうかは、自分で確認すれば良いでしょ」
ずっしりと重い声で、ツヅリは判断を男に委ねる。
そこで男は更に考えた。
恐らく嘘という前提はそのままに。これが嘘だった場合の話を。
目的は、地下牢からの脱出で間違いない。しかし、この状況下で脱出が上手く行くだろうか。
ここは依然として、自分たちのアジトの中だ。ツヅリ一人が、どうこうしようとしたところで、一人でなんとかなるわけがない。
つまり、仮にここで何かを企んでいたとしても、上手く行く筈が無いのだ。いくら自分たちが若手だろうと、さすがに一人相手に遅れを取りはしない。
「…………」
ということまで、考えない筈が無いだろう。
だとしたら、嘘を吐いてまで脱出する理由もないのではないだろうか。
嘘を吐く理由がないのだとしたら、つまり言っていることは本当の可能性がある。
「……わかったっすよ。今、ボスに連絡を」
チャラ男は少しだけため息を吐いて、ひとまずソウへと連絡を取ろうと考える。
そのタイミングで、横たわっていたティストルが更に苦しげに呻いた。
「……うぁ。あぁあ」
「ねぇ! せめてこの場所から移すくらいは良いでしょ!」
その声に合わせて、ツヅリが懇願する。
「っ! あーもう!」
チャラ男は悩ましい声をあげた後に、もう一度、横たわっているティストルを見た。
明らかに演技っぽい。演技っぽいのだが、彼女のような美人に何かあったら……。
そう思うと、いても立ってもいられなくなった。
「仕方ない! とにかく今開けますから! 変な動きはしないでくださいよ!」
暫くの葛藤の末に、チャラ男は地下牢の鍵を手に取った。
焦った手つきでガチャガチャと鍵を扱い、カチャリと鉄格子の扉が開く。そこから、ツヅリを警戒するようにしつつ、ゆっくりとティストルに近づいた。
ティストルの側にしゃがみ込んで、ティストルへと声をかける。
「だ、大丈夫すか?」
「……え、ええ」
男に声をかけられて、ティストルは苦しげに微笑んだ。
そして次の瞬間に、二つのことが起こった。
「今!」
「はい!」
ツヅリの掛け声が響き、ティストルは羽織っていた毛布をばさりと払った。毛布は男の視界を奪い、ツヅリへの警戒が途切れる。
「なぁ!? やっぱり!」
チャラ男は、そこで叫び声を上げる。だが、それからの行動が数瞬遅かった。
ツヅリとティストルが、二人掛かりで男の装備を奪いに行ったのだ。
ティストルは銃を、ツヅリはポーチを開けて中の弾薬を奪い取る。
男が毛布を払ったときには、既にツヅリの手には男の銃が握られていた。
「やっぱり演技だったんじゃないすか」
「申し訳ないとは思うけど、ね」
彼我の距離は僅か二メートルほど。ツヅリとティストルが横に並び、対面するように男が立つ。
状況としては、そこまでツヅリ有利というわけではない。
この距離であれば、咄嗟の行動で男が銃を奪うこともできる。それを読みきれば、ツヅリは落ち着いて『ウォッタ』を放つこともできる。
そう男は考え、会話をしながらタイミングを図ることにした。
「でも、ツヅリさんが弾を込めてカクテルを放つ前に、俺は逃げられるっすから。そしたら、流石に勝ち目はないでしょ」
状況の確認だ。ここで無理をしなくても、取るべき選択肢はいくらでもある。
だが、そんな男の言葉にツヅリは不敵な笑みを浮かべてみせた。
「それはどうかしら? おかしな動きをしてみたら、その瞬間にゲームが終わるよ?」
「……それはどういう?」
男が聞き返したところで、ツヅリは銃口を、男にではなくティストルへと向けた。
そして、脅すような静かな口調で、男に言った。
「少しでもおかしな動きをしたら。人質は無事じゃすまないよ?」