再脱獄計画
「脱獄しよう」
ソウからの手紙を受け取り、暫く頭を抱えていたツヅリが唐突に言った。
その決意の言葉を受けたティストルは、戸惑いがちにツヅリに尋ねる。
「どうやって?」
ティストルはキョロキョロと周りを見る。そして目線を戻し自分の手元を見た。
手には確かに杖がある。この地下牢の強度は知らないが、恐らく自分が魔法を使えば脱走できないということはないだろう。
しかし、その行為自体を行う気がティストルにはない。
「私の魔法をあてにしているんだったら、それはできませんよ。どう考えてもルール違反だし」
「流石にそこまで言わないよ」
ティストルが控えめに断ると、ツヅリは恐縮といった体で肩をすくめる。ツヅリ本人としても、そうするのは流石に一線を越えた行為だと認識しているようだ。
しかしそうなると、ティストルには他に思いつくものがない。
「えっと、ではどうやって?」
ティストルをあてにしないとなると、ツヅリは自分の力でこの牢獄を抜け出すつもりということだ。
しかし、今彼女の手元には銃はない。胸に詰めているという緊急用の魔石はあるが、それを使うのも明らかにルール違反だ。
他に使えそうなものは衣服くらいだが、それをどう使ったところで現状、抜け出すことは出来そうにない。何よりツヅリは手錠をかけられているので、器用な動きもできない。
故にティストルは、抜け出す算段が見当たらないと思ったのだが、ツヅリは少し自信ありげに微笑んでみせた。
「私はこう見えてもね、過去に一度牢屋から脱出したことがあるんですよ」
「へぇ?」
ツヅリの言葉に、ティストルは半信半疑の表情を見せる。
「あ、信じてないっぽい? でも本当なんだからね」
「えっと、じゃあ信じますけど」
「嘘だー。顔が信じてない」
ティストルが折れたところに、ツヅリはなおも突っかかってくる。ティストルは少し考えて、ツヅリが『聞いて欲しい』のだと思い至った。
「……じゃあ、いったいどんなことがあったんです?」
「ふふ。それがね……昔、任務で敵の卑劣な罠にかかって捕まったことがあってね」
ティストルに詳しく尋ねられ、ツヅリはやや上機嫌になって経緯を語る。
それはソウと遠征任務にでかけていたときのこと。とある外道バーテンダーの策略によって、ツヅリは一人のところを誘拐された。
そして目覚めた時には、装備を外され、牢屋に横たえられていたのだ。そして、その時ツヅリはとある方法で脱出を試みた。
「牢屋で絶体絶命の危機、そのとき私は機転を利かせて一つの作戦を思いつきました」
「それは?」
「色仕掛けです」
「……色仕掛け……」
手錠が嵌っているせいでイマイチ決まらない、セクシーポーズでのツヅリの発言。
ティストルはすっとツヅリの身体に目をやって、そしてまた顔に視線を戻す。
その目線の動きは当然ツヅリにも見えていて、ツヅリは訝しげに目を細める。
「……ティスタさ。この身体で? とか思った?」
「思って無い! 思って無いよ!」
ティストルは慌てて首を振った。
ややオーバー気味なリアクションにツヅリは唇を尖らせる。
「その慌てっぷりが怪しいんですけど」
「えっとそういうんじゃなくて! そもそも私はツヅリさんって、とっても女の子らしくて可愛いと思うし!」
「あ、ありがとう」
下手なお世辞が言えるほど口が上手くもないティストルである。素直に褒められてツヅリは少し照れた。
おほん、と軽く咳払いをして空気を戻し、ツヅリは再度尋ねる。
「でも、そしたらティスタ。何か気になることでも? 色仕掛けに何か問題が?」
「気になることと言うか、気にすることがね」
「気にすること?」
ツヅリの声に、ティストルは言葉ではなく態度で示す。
具体的には、自身の肩の辺りに付いている機械を指差した。
「ツヅリさんが、その、色仕掛けを仕掛けるのは良いけど……全部映る、よ?」
「…………」
『撮影機械』の存在を失念していたツヅリであった。
色仕掛けをしかける、などと堂々と言っても積極的に行いたい方法ではない。ましてやそれが、幾多の人々の目にさらされるなどと考えると、なおきつい。
ツヅリはさっきまでの若干乗り気だった態度を改めて、即座に否定に入った。
「というのは冗談で! というか状況が違うからね! 違う状況に対応しないとだからね!」
言ってツヅリは、必要以上に上着を寄せる。
ツヅリが色仕掛けを行う予定がなくなったことに軽く安堵しつつ、ティストルは言った。
「じゃあやっぱり、脱獄なんて諦めたほうが」
「それはそれ、これはこれ。このままお師匠の思うつぼってのは、ちょっとね」
ティストルがやんわりと止めに入ろうとしたところで、ツヅリは再度否定する。
今の所、ティストルから見てツヅリよりソウの方が圧倒的に上手だ。それはツヅリも自覚していることだろう。
しかし今日の彼女は、いや彼女達はそんなソウを越えるために協力しているのだ。
ここで負けたままでは終われない。そういう意地があるのだ。
「でも、現状打つ手がないのは変わらないよ。私は、何もする気はないから」
だが、ティストルにはやはり、実力行使でここを出る気はなかった。彼女としても、ソウに聞きたい事は色々あるが、それはそれだ。
ルール違反の方法を取ろうとしているからこそ、そこに至る過程はきちんとしたい。
ソウの言ったことも、少しだけ心に残っていた。
自分がやってることが、本当に正しいのかどうか。最後の判断は自分でしろ。
だからこそ、正しくない行いには素直にノーと言うつもりであった。
やんわりと決意していたティストルの前で、ツヅリは再び、うむむと頭を悩ませる。
だが、すぐに彼女は何かを思いついたように、ぱっと顔を上げた。
「ティスタ。ティスタはそういう魔法とかで、脱獄に協力する気はないんだよね?」
「はい。それはすべきではないことです」
ティストルのはっきりした物言いに、何故かツヅリも満足そうに頷く。
それから、少しひっかかりのある言葉で尋ねる。
「てことはさ。実力行使以外の方法だったら、協力しても良い、とは思ってるわけ?」
「…………それは」
それはどうだろうか。
ティストルはツヅリの言っている言葉の意味を噛み砕く。
実力行使以外の方法。つまりは先程ツヅリが言った『色仕掛け』のような方法だろう。
本来、人質であるティストルが杖を持っているという状況はおかしい。故にそれを使うのはルールに反することだ。
だが、それ以外なら。杖がない状態で想定した場合に、何かの方法で脱走しようと思うのは自然だ。
つまり、実力行使以外の方法がもしあるのなら、脱走を手助けしてもルール違反とまでは言わないだろう。
そこまで考えて、ティストルは頷いた。
「分かりました。あまり突拍子のないことでなければ」
「うん! そう言ってくれると思った!」
ルール内でのティストルの助力を手に入れて、ツヅリはぐっと拳を握る。
それからもう一度、室内を見渡した。
狭い牢獄。壁にかかっている鍵の束。荷物を置いておくための机に、無造作に並べられている自身の銃。
脱走さえできれば、いつでも戦闘に参加できる。その装備がここにはある。
「よし、じゃあ、これから私が言うことで、できないことを教えて欲しい」
ツヅリはそう前置きをして、ティストルに色々なことを尋ねた。
狭い地下牢にて、ソウの布陣を破らんとする蟻の穴が、密かに開き始めているようであった。
※1220 誤字修正しました。