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負けず嫌いの大胆

「さて、こんなところか」


 ソウはひとり部屋の中で零し、窓から外を眺めた。

 どこからとは言わないが、見られていることだけは間違いない。そして、フィアールカがどの辺りに隠れているのか、おおよその見当はついている。

 庭園の外れ、庭と森の境目らしきあたりに丁度死角になる薮がある。というか、現実に今の立場であれば、迷い無く焼き払うべきところだ。


 いくら言ったところでこれは命のやり取りなどではない。来ると分かっている敵とそれを迎え撃つ自分たち、なんて構図は現実にはそうそうない。

 現実なら、少ない人員から更に割いて見張りを立てるし、三十分どころではなく何日も何十日も神経を尖らせ続ける。今回はあくまでも、若手達の練習の場というのが、大きいのだろう。

 だからルールに則って行動するし、こちらから、相手が隠れているところに打って出ることはしない。

 フィアールカがスパイを送ってきたことに関しては、思うほどのこともない。フィアールカは『練金の泉』の人間だし、それもまた教育の一環だろう。


(だが、俺があんまし自由に動き過ぎるのも、ね)


 ソウはフィアールカの思考を辿る。彼女が勝つ為に、色々と画策していることは分かっている。むしろ今回の舞台はそのために整えられたと言っても良いのだろう。

 となると、問題は彼女の狙いがどちらか、ということ。


(試合で俺に勝つことなのか、それとも直接俺に勝つことなのか……違うな)


 二択を用意して、ソウは自分でそれを否定した。

 どちらかではない、どちらも、だろう。

 試合に勝てば六十点、直接勝てば九十点くらいのイメージだ。どちらかに拘る必要はなく、どちらも満たせばそれが満点。

 ソウを倒しさえすれば、その結果はすぐにでも見えてくることだろう。


(さて、となるとアイツは、どういう風に攻めて来るか)


 ソウは窓から一瞬だけ目を離して、殺風景な部屋にある調度品の一つ、時計に目をやった。その時計は試合が始まってから、およそ五分が経過したと指していた。

 そのタイミングで声かけと同時に、開いていたドアの向こうに人の姿。


「ソウさん」

「ノッポか」


 顔を見せたのは、凸凹チームの背の大きい方。ソウがとりあえずノッポと呼んでいる少年だった。


「頼み事、終わりましたよ」

「ご苦労さん。引き続き警戒を頼む」


 ソウの労いに、ノッポは軽く礼をして持ち場に戻って行く。

 となると今頃は、ツヅリが牢屋で頭を抱えていることだろう。


「観客の目にはどう映ってることやら」


 ツヅリの件については、ツヅリが居ない所で事前に打ち合わせを済ませておいた。それに伴うチームの混乱はさほどではない。

 ツヅリを失うのは痛手であるが、仕方ない。

 勝てないというつもりはないが、フィアールカの側にツヅリが付くのは避けたい。


(ま、フィアールカは織り込み済みってところかね)


 ツヅリと、恐らくティストルもフィアールカは丸め込んでいることだろう。しかし、ソウが気付く可能性を考えないとは思えない。

 むしろ、気付かれることこそ作戦で、そうでなければ手抜きをされたと怒る可能性すらある。

 それくらいは気付いて当然と、彼女が平然と言い放つ顔が容易に想像できた。


(変に期待されちまって、プレッシャーっすなぁ)


 頭の中でも軽口を叩いてから、ソウはフィアールカの行動を考えていた。

 フィアールカが先頭に立って一点突破を狙えば、地下牢に突入するのも難しい話ではないだろう。

 どこからでも良い。全ての部下を捨て駒にして突入し、人質を救出し、離脱する。脱出時も全てを捨てて、ティストルだけを逃がせば良い。

 被害者の出ない模擬戦だからこそ気軽に使える手ではあるが……命を勘定に入れてもお釣りがくるなら、有効な作戦でもある。

 なにより、地下牢に到達すれば、戦力の補充までできるのだ。

 迅速にツヅリ達と合流すること、これが彼女の第一目標であるとするのが妥当だ。


(ただし、それはフィアールカの目的を合理的に見た場合の話。性格を考えての話じゃないよな)


 フィアールカの目的が模擬戦の勝利であればそれだけだ。

 ソウの打倒を第一目標、模擬戦の勝利を第二目標として考えてみる。

 フィアールカの立場で言えば、内部にいる協力者の救出が優先されるべきというのは述べたばかり。

 この段階ではこちらの取り得る戦法も変わらない。とにかく専守防衛で時間を稼げば、その分だけ相手の余裕が無くなって行く。

 しかし、フィアールカがあらゆる意味での勝利を狙うとすれば、話は変わってくる。


(この短期間とはいえ、同じ立場で若手を教育したわけだ。負けず嫌いのあいつが、その比べ合いを差し置いて、自分で戦う、か?)


 若手の育成のために自分が前に出ない、という殊勝な心がけを建前にして。

 フィアールカはここぞとばかりに、若手達を競わせるのではないだろうか。

 ソウがわざわざこうやって一人、見張りをしているのは二つの理由がある。

 一つは、文字通り見張りとして、警戒していない箇所からの侵入を察知するため。

 だがもう一つは、目立つところに姿を晒して、囮になることである。

 ソウ・ユウギリは、ここに居るのだと相手に分りやすくしているのだ。


(……!)


 外で動きがあった。

 ソウが睨んでいた辺りに、はっきりとは映らないざわつきが起こる。ソウは屋敷中に届く大声で、叫んだ。



「来るぞ! 警戒しろ!」



 ソウの声に返事はない。ただし、伝言ゲームのように声の伝播が起こり、緊張が屋敷に広がっていく。

 そして次の瞬間。薮の奥から大量の氷狼──【グレイ・ハウンド】が飛び出してきた。

 その数は、およそ十。いきなり大盤振る舞いにもほどがある。疾駆する狼達が、勢い良く屋敷へと向かってくる。

 それに続いて、外套に身を包んだ人間達が現れる。だが、その数は連合チームの総数より少ない。全軍ではない。森の中を移動している数人がいる筈だ。



「正面に七割! 裏口に三割来るぞ!」



 叫びながら、ソウはなおも向かってくる集団を睨んだ。

 庭の外れから正面玄関までは五十メートルもない。正面を先導する狼で隙を作るか、あるいは盾に使ってまずは身を隠せる玄関の脇を押さえるつもりだろう。

 裏口も概ねその筈。攻撃と防御のどちらにも使える氷狼を使った手口は、フィアールカの立てた作戦らしい。

 こそこそ隠れるのではなく、堂々と。真っ正面から打ち破る姿勢だ。



『【スクリュードライバー!】』



 階下から、応戦を始めた叫び声が聞こえてきていた。突っ込んでくる氷狼に【スクリュードライバー】の集中砲火。水の爆散する音と、氷が弾けてそこらに散らばる音がする。

 数が数なので一掃できたかは危ういが、勢いは削いだ。これでバリケードの突破は阻止できる。

 もともと走りながらでは、氷狼に回避させるなんて精密な操作は普通できない。それができるのは一握りのバカくらいだ。


 しかし、相手側も盾になる建物の陰に潜り込めたようだ。

 こちらは集中砲火の兼ね合いで、屋敷の内側にバリケードを張っている。故に入ってこない限りは手出しができない。

 音はカクテルの撃ち合いではなく、膠着の沈黙に変わった。この段階では五分五分といったところか。

 氷狼の突進力なくして容易にバリケードは突破できず、上手く身を隠されてはうかつに攻撃できない。

 となれば、何か動きが無いと変化は起きない。それはこちらに有利だ。

 では、その状況を打破する、最も簡単な方法は。



『姫が来たぞ!?』



 この声はリミルのものだろう。

 薮の中からさらに、一人の少女が姿を現していた。それまで若手達が数人掛かりで作っていた【グレイ・ハウンド】の群れをたった一人で作り、操っている。

 そのうちの一頭に跨がり、みるみるスピードを上げて行くフィアールカ。

 憧れていた人間が、敵対者として向かってくる状況は、若手達には冷や汗ものだろう。

 ソウは縮こまって隙を見せる前にと、声を張る。



「突っ込んでくるだけなら対処は同じだ! 迎撃しろ!」



 若手達に叱咤を飛ばしながら、ソウは全身に気を張った。ほとんど無意識に銃に手を伸ばし、装填を終える。



『ソウさん! 早く応援を!』



 若手達の悲痛な叫び声が届いているが、ソウは応えない。この声に応えるわけにはいかない。

 なぜなら、ソウには不思議な確信があった。

 フィアールカはきっと、自分でわざわざ若手達の相手などする筈が無い。そんな勝ち方を選ぶ女ではない。


 では、どうするのか。


 ソウの見ている前で、狼の群の挙動が変わった。速度に差を付けて、静かに列になる。

 列になった狼の、最後尾にフィアールカを乗せた一頭。玄関に一列になって進んで行くようにも見えるが、そいつらの行き先は玄関とはまた違って見える。

 不思議な確信を裏付けるように、フィアールカが笑った気がした。


「っ! 『略式』──『ウォッタ』『オレンジアップ』!」


 ソウの見ている前で、氷狼達はまるで組み体操のように動く。

 下段を支える四頭。その四頭の上に三頭。三頭の上に一頭、と階段を作るように組み合って、氷の足と胴体を繋ぎ合わせていく。

 生き物のように見えても、やはり魔力の塊。すぐに狼達は強固な氷へと変化した。

 そして、最後の一頭にまたがったフィアールカは、走る勢いのままにその階段を駆け上る。


 目的地は、この部屋だ。


 ソウは咄嗟に窓際から飛び退く。

 数瞬遅れたところで、フィアールカは窓ガラスをぶち破り、ソウの待っていたその部屋へと突入してきた。


「【スクリュードライバー】!」


 横っ飛びに退きながら、ソウはすれ違いざまに銃を向ける。

 狙いはフィアールカの少し下、彼女が乗っている氷狼だ。

 彼女がこの部屋に飛び込んできた以上、可能性は低い。低いが、このまま足を潰さなければ、突入される危険がある。


 ソウの放った水色の光弾は、高速で動く氷狼を的確に捉え、爆散せしめる。ソウはそのまま、手をたんと付いてバランスを取りすぐに体勢を立て直した。

 フィアールカは乗っていた氷狼を破壊されるも、綺麗に受身を取る。

 グルグルと何度か回転して突入の勢いを殺し、片膝で立ち上がる体勢で銃を引き抜く。

 青灰色の美しい銃に、ソウも再装填した黒い銃を向ける。



「『ウォッタ』『カットライム』『トニックアップ』──【ウォッカ・トニック】!」

「『ジーニ』『カットライム』『トニックアップ』──【ジン・トニック】!」



 二人の銃口から、それぞれ水と風の力が放たれる。

 魔力の渦を巻いてお互いを食いあっている間に、ソウは廊下側に走り込み、反対にフィアールカは窓側に陣取っていた。

 フィアールカはこの部屋にあった唯一の机を盾に、ソウは廊下の壁を背にして、お互い顔を見ずに言い合う。


「お家に入るときは玄関からって習わなかったのか」

「残念ですけれど、バーテンダーになってから、玄関に入れてもらえないことが増えたのです」

「こんな入り方してたらな」


 お互いに軽口を言い合いながら、ソウは指先でポーチの中を確かめていた。




 先程考えていたことだ。

 もし、フィアールカが自分から積極的に前に出ないとすれば。若手達を戦わせることを目的とすれば、彼女は迷わずソウを狙ってくるだろう。

 こちらにとって最も恐ろしい存在がフィアールカであるように。

 連合側の若手達にとって最も恐ろしい存在は、ソウなのだから。


※1220 誤字修正しました。

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