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理由、そして想定

「……また、牢屋かぁ」


 鉄格子と壁に囲まれ、手錠を付けられたツヅリは目をどんよりとさせて言った。

 地下牢は薄暗い石造りであった。気温もやや低く、見た目の印象も相まって寒々しい。広さも大したことはなく、四人も入れば窮屈に感じるだろう。

 とはいえ、本物のそれとは違って柔らかいクッションや毛布などが用意されているのは、訓練ならではとも言える。

 少なくとも、以前の牢に比べれば遥かにマシだ。


「まま、しゃーないんじゃないすか? だって、ツヅリさん、スパイだったんしょ?」

「……あー」


 ツヅリをここまで連れてきたチャラ男のひと言に、ツヅリはなんとも言えない。

 肯定も否定も、特に何の意味もあるまい。

 何より、説得するべき相手であろうソウは、この場には居ないのである。





「な、なんのことやら?」


 ソウに手錠を嵌められ、あっさりとスパイ容疑をかけられたツヅリは、テンパりつつも誤魔化しの言葉を述べた。

 だが、言葉はどこに響くでもなく、空間に虚しく消えて行く。

 分かることと言えば、驚いているのは自分を除けばティストルだけだということ。

 つまりは、練金の泉の若手達はすでに、この状況をソウから知らされていたということだ。


「ま、お前がとぼけようと、俺のやる事は変わらないが」

「お、横暴です! 人権を無視した強制には断固反対します!」

「人権なんて言葉は人になってから言うんだな。スパイの扱いは人以下だぞ、犬ころ」


 淡々と告げるソウに、ツヅリは犬歯を剥き出しにして睨みかかる。だが、現状は最悪と言っても良い。

 試合開始前のこの時間。騒ぎを起こしたところでフィアールカが助けに来られるわけがない。ティストルもまた、性格からしてルールを破るような行いはすまい。

 そしてツヅリ個人も、手錠をかけられては銃で対抗するのは難しい。ならば体術はといえば、そもそも不得手。

 万全の状態であったとしても、周りを囲まれた上に、ソウが相手では勝機はない。

 現状、疑われて拘束された時点で、詰みである。


「時間がない。総員配置に付け。ツヅリは特別任務だ。ティストルと一緒に地下牢を楽しんでこい」


 ソウの一声で、若手達はツヅリとティストルを取り囲む。万が一にも逃げられないように、皆がいつでも銃を構えられる態勢である。

 そして何より、ツヅリの背中にゴトリとした金属の気配がある。ツヅリとチームを組む事になっていたチャラ男のものだ。


「てなわけで、抵抗しないで居た方が、良いんじゃないすかね」

「…………」


 言葉と共に、ツンと背中に銃口を押し当てられる。彼だけは既に装填済みのようだ。

 ツヅリは最後に精一杯の抵抗をと、ソウをもう一度睨む。

 ソウは怒っているとも呆れているともとれない、どこか無感情な目で言った。


「ま、お前が何を思おうと構わん。本当に無実だったんなら後でジュースでも奢ってやるよ」


 もし冤罪だったら絶対に割にあってない。

 と、ツヅリは恨めしく見るが、当然口答えなどできないのであった。





 そして、初戦にして何故か地下牢に人間が二人というイレギュラーから、試合は始まったのである。





「……しかし、扱いの違いが酷いと思います」


 幾度もため息を吐いていたツヅリが、誰にとも向けずに言った。

 訓練開始からすでに五分は経過しただろうか。戦闘の音は、まだ聞こえてこない。


「……えっと、毛布使う?」


 地下牢の中でツヅリが愚痴れば、ティストルはツヅリを気遣って毛布を手に取る。現在、地下にはツヅリとティストルの二人しか居ない。

 だが、入り口には見張りのチャラ男が立っていて、眠そうにあくびをしている。

 ツヅリは、ティストルの気遣いにそうじゃないと首を振り、代わりに自分にかかっている手錠を見せた。


「なんで私は、手錠付きの上に武器まで取り上げられてて」

「はい」

「ティスタはなんもない上に、杖まで持ってるのかって話ですよ」


 誰に対してぶちまければいいのか迷った挙句、また愚痴みたいに言うツヅリである。

 もともと手錠は人質に付けるものだ。とはいえ、手錠自体に大した意味は無い。

 ルールとして地下牢の鍵は地下室にそのまま置いてあって、手錠の鍵も一緒。なので、外すのに苦労などない。単なるポーズにも等しい。

 のだが、現状は手錠をつけられるべき人質がフリーで、ツヅリだけがその状態だ。

 予備の手錠も、地下室にはたんまりと用意されているにも関わらず。


 これには、意味はないと知りつつも文句を言いたくなるツヅリである。


「それは、その、ソウさんが」

「お師匠が?」

「『逃げたきゃ逃げても良いぜ。お前がそれで良いって思うんならな』って」


 ツヅリの愚痴に対して、ティストルは控えめにその理由を話した。

 ソウとしては、相手が逃げ出そうとしないのであれば手錠などなくても良い。だからティストルに手錠を付ける必要性は無い。

 だが、ツヅリは別だ。あの手この手で逃げようとする相手は、それ相応の扱いが要る。

 ティストルとツヅリの信頼の違いが、イコールこの場での扱いの違いであった。



「って! なんでお師匠は私よりティスタを信頼してるのさ! 弟子に対する扱いぃ!」



 ソウの思考を追った後に、ツヅリは吠えた。

 が、流石にそれを聞かされてもティストルは苦笑いしかできない。


「それはその。私も一応は味方ではないけれど、ツヅリさんは裏切って敵に回ったのだから、妥当な処置じゃないかと」

「ですよねー」


 自分で言ってはみたが、その理由など考えるまでもなかった。

 ガックリとツヅリは項垂れ、そして不貞腐れたように座り込む。


「なんでバレたのかなぁ。ねぇ、ティスタ。なんでだと思う?」

「心当たりは?」

「うーん」


 ツヅリはティストルに言われて、考え込む。腕を組もうとしたが手錠で出来ないので微妙にモヤモヤとする。

 そして、少し考えてみるが決定的な場面は浮かばなかった。


「……特に、ないです」

「じゃあ、多分、その、そういう普段の行い全部から、バレたんじゃ?」

「そんなまさか」


 ティストルの考察に笑いを返そうと思うツヅリだが、どういうわけか笑みが乾く。


「お取り込み中のところ良いすか?」


 そんな場面で、二人の見張りを行っていたチャラ男が声をかけてきた。ツヅリとティストルが顔を向けると、チャラ男はそれを了承と受け取った。

 スタスタと入り口から地下に降りてきたチャラ男は、二人を見て迷った素振りの後、ティストルへと手紙を渡した。


「これは?」

「ソウさんからです。暇だろうから読んで考えろ、とのことで」

「ありがとうございます」


 ティストルが素直に礼をする。ペコリと下がった頭に合わせて、ローブに包まれた胸が地味に揺れた。

 それを見たチャラ男の顔が、ほんのりと下品に歪んだのをツヅリは見逃さなかった。


「んじゃ、そういうことなんで。もしなんか緊急だったら、一応ちゃんと言ってくれっす」


 チャラ男はそれだけを伝えると、再び入り口に戻って行った。

 ツヅリとティストルは顔を見合わせて、ふむと悩む。


「とりあえず読んでみよっか」

「このタイミングで、なんなんでしょうね」


 二人頷き合って、折り畳まれた紙を開く。

 そこにはソウの字で、箇条書きされた『指摘』があった。




 ツヅリへ。


 決定的なもの。

 不用意な『ティスタとの約束』発言。

 不用意な『フィアとの接触』での緊張。


 疑わしきもの。

 組み合わせを知ったときの『驚きの少なさ』。

 ツヅリの癖にヤケに『大会のルール』の物わかりが良いこと。

 ここのところ頻繁だった『フィアとの接触』及び『ティスタとの接触』。


 気になるもの。

 多すぎて列挙しきれないが、疑うなという方が無理。もう少し上手くやれ。

 』



 ソウの淡々と指摘する表情がありありと目に浮かぶようであった。

 言われてみて、ツヅリは自分の行動を省みる。

 よくよく考えてみれば、そういう行動を取った時だ。

 確かにソウの目が、一瞬だけ鋭くなった気がする。


「あ、はは……はぁ」


 ずーんと沈み込んだツヅリを励ますように、ティストルはポンポンと肩を叩く。

 二人揃って何も出来ずに地下牢に篭っている間に、時間は過ぎて行くのであった。





「……『姫』……やはりカクテルは上がりません」


 ギリギリ屋敷の敷地と呼べる庭園の外れ。木々に隠れて屋敷から死角になっているスペースに陣取っていた連合チーム。

 静かな森の中で、最も静かに息を潜める、十人程度の集団。

 見張りをしていた若手の声に、ふぅ、とフィアールカは息を吐いた。


「ということは、ツヅリさんは見つかった可能性が高いわね」


 試合開始から五分は経過したのに、内部からなんの情報もない。始めの打ち合わせ通りならすぐにでも合図がある筈なので、明らかに異常。

 ツヅリが見つかっていようと、そうでなかろうと、もともとあった計画はすでに破綻したということだ。


「どうしますか? もう少し待ってみますか?」

「いいえ。その必要はありません。これ以上は時間の無駄でしょう」


 見張りを含め、その場に居る皆に聞こえるようにフィアールカは言った。あっさりとした言葉に、また一人が質問を飛ばす。


「では、どうしますか?」

「予定通り作戦を切り換えます。もともと、あの人を騙せるとは思っていませんでしたので」


 フィアールカは焦った様子など欠片もなく、のんびりと言った。

 彼女にとって、ツヅリを使った作戦はプランの一つに過ぎなかった。成功する見込みは低いが、成功したら儲けもの、くらいのものだ。

 始めから、ソウを騙し仰せるなどとは思っていなかった。失敗だとしても、ツヅリという戦力を減らせたので収穫は多い。


 もっとも、ソウを本気にさせなければ見逃してもらえる可能性はあった。彼はあまりこの戦いに乗り気ではなかったので、むしろその方が楽で良いとさえ言いそうだ。

 しかしそれでは意味が無い。そんなものに、興味はない。

 戦闘は、楽しめなければむしろ損でさえある。とフィアールカは思っている。



「では行きましょう。あなたたちの役割は、分かっているわね?」



 フィアールカの声に、連合チームの若手達は素直に頷いた。それは、跳ねっ返りでプライドの高い若手達とは思えぬ、一糸乱れぬ動きである。


 ソウの外道チームが、ソウの指導のもとにまとまったチームだとすれば。

 フィアールカの連合チームもまた、フィアールカのカリスマでまとまったチームとなっているのだった。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


またしても遅くなって申し訳ありません。

それとまた日曜に少し更新を休んで、次回の更新は火曜になる予定です。


※1122 誤字修正しました。

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