作戦確認
現在時刻は十三時。
合同訓練の開始時間も迫り、いよいよ初戦の両チームが対峙することになる。
本当のゲリラ戦というわけでもないので、両チーム共に決闘用のカクテル【シンデレラ】を発動する必要があるためだ。
バーテンダーの枠から外れる魔法使いはどうするのかと言えば、彼らには彼らなりの『決闘用魔法』があり、バーテンダーのそれと効果は同じだ。
何度か試した上で、バーテンダーと混ざっても効果を発揮することは確認されている。【シンデレラ】と同じように気絶するだけなので、人質関連で事故が起きることはない。
とはいえ、人質を誤って撃ってしまった場合は、どうなるのか説明するまでもないだろう。
「…………」
「…………」
両陣営に分かれ、屋敷の庭の中央に集まって横に整列していた。よく手入れのされた庭園の中央。石畳の広いスペースに二十人弱の人間が並んでいる。
列から一歩だけ前に出ているのが、それぞれ一人。
ソウとフィアールカ。
会話はない。お互いがお互い、もう何も言う事は無いと、好戦的な視線をぶつけ合っている。
二組に挟まれるようにして『練金の泉』のスタッフがルールの最終確認を口頭で行っている。
ただし、焼き直しであるその説明をあまり熱心に聞いている者はいなかった。
「──では、双方『決闘魔法』の準備を」
促され、全員が銃を構える──ティストルだけは杖を構える。【シンデレラ】用の弾薬は要請したものとは別に支給された。
お互いが銃に弾を込め、照準を相手に合わせる。
幾人が声を揃えて詠唱し、『決闘魔法』はしめやかに発動した。
「はい、全員確認させていただきました。くれぐれも、やり過ぎないようにお願いします」
係のひと言は、どうやらフィアールカに向けられているように見えた。
彼女はそれに冷笑を返し、係に冷や汗をかかせる。係が少し慌てた声で、以上です、と伝えれば、その場の緊張はますます増した。
そして最後の最後、別れ際にソウとフィアールカは口を開く。
「正々堂々といこうや」
「ええ。全力でお相手致します」
二人の言葉を合図に、両陣営は背中を向けてお互いの持ち場へと向かうのだった。
対戦開始前、外道チームには下見の時間が与えられた。
初戦の場合は、他のチームの試合を見る事ができないので、少し長めの時間が貰える。
その時間を使って、ソウは建物を観察した。そんなソウの隣でツヅリもまた、ソウの動きをつぶさに見ていた。
果たして師が、いったい何に注目しているのかと。
ソウが見ているのはまず、足音の響きやすさ。それから窓からの視界、特に二階からのそれを気にしていた。それと各部屋の広さ、廊下などの空間の広さ、自分の足を使って何歩かなどの確認。ツヅリが気付いたのはそれくらいである。
後は屋敷の時計を見て、つぶさに時間を確認していたくらいであろう。
また、ソウが下見をしている間に若手達にはあることを行わせていた。家財道具を寄せ集めたバリケードの作成である。
正面突破を警戒する以上は、入り口に防衛ラインを築くのは必要不可欠である。
「さて、十分後に作戦開始だ。最後に確認したいことがあるなら今の内に言っておけ」
そして時間は十三時二〇分。制限時間は三十分であり、相手側が動き出すのは十三時半以降となる。
その時間内でいつ突入するのかは、相手チームの自由である。外道チームはいつ来るか分からない刺客に神経を尖らせることとなる。
ソウの言葉に、そこに集まっている面々はしんと静まり返った。
現在地は、ソウが下見のときに目星を付けた二階の広い一室だ。窓際の大きな机を除いて、動きの邪魔になりそうな家財はほとんどない。
庭への視界が良く、一階へ繋がるエントランスの階段にも近い。大人数も入るスペースがあって、現場の司令室にうってつけの場所である。
質問の声が上がらないのを見て、ソウは少し低い声で言う。
「ないんなら、もう一度確認だ。まずお前達は基本、二人一組で動いてもらう。でかいのとちっこいの凸凹チーム。女の子二人組のレディチーム。跳ねっ返り二人のエースチーム。で、ツヅリとチャラ男の二人で、モテないチーム」
「ひどくないですか!?」
「ひどいっすよ!」
モテないと言われて、ツヅリ、そしてツヅリと組むことになった少しチャラ目の男子がノリ良く返した。そんなやり取りで、少しだけ緊張が解れて笑いが漏れる。
ソウはそれをとりあえず二人の反抗を流して、淡々と話を進めた。
「基本はエントランスに戦力を集中させる。入り口のバリケード防衛がエースチーム。お前らが崩れたら終わりだぞ、気合入れろよ」
「分かってる」
「俺達に任せてください」
エースチームに属しているのはリミルと、彼と仲の良い男子だ。
エースチームの目的は前線の維持。とにかく時間を稼いで、正面玄関からの敵の侵攻を食い止める役目だ。
相手が物量で攻めて来た場合を考えて、ソウから見て筋の良さそうな二人を置いた。
彼らなら、フィアールカ以外の相手に不覚を取る事はないだろう。そういう安心感のあるチームだ。
「で、エントランスから続く階段の上部、二階部分から援護するのが凸凹チーム。入り口だけじゃなく、廊下の音にも気を配れよ。もし読みが外れて相手が上から来たら、そこを取られるのが一番厄介だからな」
「気を付けます」
「右に同じです」
エントランスから続くホールには、外周をゆったりと上る階段があり、二階へと繋がっている。その二階部分からは正面を狙うことができる形になっている。
前線の要であるエースチームを援護するのが、凸凹チームだ。彼らの目的は、もしもに備えた二階からの襲撃の警戒。そして、戦略的に有利な上からの援護射撃。
総合的な能力ではエースチームに一歩劣るが、エイミングに関しては見る物があった二人である。
「裏口の警戒にあたるのが、レディチーム。正面から戦闘の音が聞こえてきてもぐっと堪えろ。それが相手の狙いかもしれない」
「分かりました」
「見殺しにしますね」
さらっと言ってのけた女子二人に、男子達からの非難の目が向けられた。が、ソウはその意気だとにやりと笑う。
レディチームの二人は後方警戒。前方が囮だった場合に備えての配置。
彼女等の持ち味は、速さ。
裏口は狭く、敵の出現箇所は限定される。実質的には止まっている標的と一緒だ。であるならば、エイミングの正確さではなくて、的に当てる速さが求められる。
「で、モテないチームは遊撃だ。どこか想定外が起こった時に柔軟に対応してくれ。配置は地下牢の入り口。どこへでもすぐに向かえるようにな」
「……はい」
「了解っす」
相変わらずモテないチーム呼ばわりされて、ツヅリは不服そうに、チャラ男はへらへらと言った。
最後に残った二人は、とにかく臨機応変である。
前線の援護に回ったり、後方が突破されたときの最終防壁となったり。手が必要な場所にいつでもいける配置となっている。
ツヅリは言わずもがな、もう一人のチャラ男は、割となんでもこなす柔軟さがあった。
堅実ではなく波はあるが、配置としてはそれが正しいとソウは見た。
これが、ソウの考えた人員配置となった。
少なくとも、ツヅリを含めた作戦会議で知らせていた内容である。
そしてソウは最後に、自分の配置を伝える。
「俺は、基本的にこの部屋に待機している。俺を呼ぶ状況は、分かるな?」
ソウの声に、一同が頷いた。
ソウの役目は単純。フィアールカの相手である。
先程の配置はあくまで、同レベル同士での話。
そのどこかにフィアールカが現れれば、たちどころに崩壊してもおかしくはない。それくらい、彼らとフィアールカには差がある。
その為にソウもまた、いつでもどこにでも向かえるように準備しておく必要がある。
故に、窓からの警戒もできて、中央にも近いこの部屋が、一番のポジションと言えた。
「連絡手段も伝えた通りだ。敵が出たら『オレンジ』のカートリッジで攻撃。味方を呼ぶときは『グレープフルーツ』のカートリッジ」
ソウ達外道チームは、ソウとツヅリを除けばウォッタ弾しか持ち合わせていない。
そんな彼らの使えるカクテルは二種類のみ。
攻撃用には、単純で効果の分りやすい【スクリュードライバー】を。
そして連絡用には、氷狼を生み出して意のままに動かす【グレイ・ハウンド】を使うことに決めた。
持ち場を離れる事無く、遠くに連絡をするにはうってつけのカクテルだからである。
『グレープフルーツ』は連絡用なので『オレンジ』のカートリッジと違い一本しか用意していない。
咄嗟に間違えないように、各々のポーチ内の配置は工夫させている。
「フィアールカが現れたら、俺に。それ以外で手が欲しければ遊撃部隊に狼を向かわせろ。救援が来るまでは、とにかく耐えるだけで良い」
四つのチームには、一応それぞれに識別用のカードを作ってあった。氷狼を作り、カードを噛ませて送れば、どこからの要請かが分かるというわけだ。
「確認は以上だ。……あと五分か」
ソウは時計をちらりと見て言った。
それから、作戦に参加しているわけではないので手持ち無沙汰でいたティストルに、ようやっと目を向ける。
「そろそろ、人質は牢屋に入ってもらうが、大丈夫か?」
「大丈夫です。心配していただいて、ありがとうございます」
ソウの気遣うような声に対し、ティストルは少しだけ寂しそうに言った。人質役ゆえに仕方ないのだが、誰だって狭くて寒い地下牢に進んで入りたくはないだろう。
ましてや、その中に一人きりと言えば、気は進まない。
「人質役ですし、仕方ありません」
しかし与えられた役割を全うしようと、ティストルは微笑みすら見せた。
そんな健気な彼女に対して、ソウはうんうんと何度か頷く。
「いや、良いんだ。ティスタ、お前の気持ちは分かる。そこでツヅリ。ちょっと頼みがある」
「はい?」
ティストルと話していたかと思えば、唐突にソウはツヅリをちょいちょいと手招きした。
不審に思いながらもツヅリはソウに近づき、尋ねる。
「なんでしょうか?」
「せっかくだからお前、ティスタの話し相手になってやれ」
言われてツヅリは考える。
確かに遊撃部隊の待機場所は地下牢入り口である。少し声を張れば、話し相手になるくらいはできなくないだろう。
しかしツヅリには別の目的があり、それをさっさと済ませないといけない。それも作戦開始して、待機場所に向かうまでに、さりげなく。
そんなことに頭が一杯で、ちょっとだけツヅリの警戒が疎かになっていた。
注意深くしていれば、ソウの顔が、ほんの少しだけ『楽しそう』に歪んでいたのに気付いたかもしれない。
「えっと、まぁ、分かりました」
ツヅリが肯定すると、ソウはうむと頷く。
それから、なんでも無さそうに言葉を付け足した。
「あとお前にプレゼント。ちょっと両手出せ」
「はぁ」
いったい何かと思いながら、何も考えずにツヅリは手のひらを上に、両手を出す。
そんなツヅリの手首に、ソウは何気なくポケットから取り出した手錠を嵌めた。
「え?」
自分の手首に金属の冷たい感触を感じ、ツヅリは何が起こったのか咄嗟に分からなかった。だが、戸惑いのままソウの顔を見て、気付いた。
ソウが、明らかにニヤリとした、意地の悪い表情を浮かべて、こう言った。
「バレてないと思ってたのか? スパイ野郎」
ここまで読んでくださってありがとうございます。
大変遅くなって本当に申し訳ありませんでした。
※1118 表現を少し修正しました。