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ここぞの質問

「……なんてこった」


 順番の抽選を行ったソウは呻いた。

 抽選の方式は単純だ。各々の組み合わせに番号が振り分けられており、係のものが引いた番号の対戦が行われる。

 その確認をするのに今回は集まったが、放送でも呼び出すため次回から集合は必須ではないという。

 説明を受けるのは、それぞれのチームの代表者。各チームには代表者が説明をしろということだ。

 しかしその場にフィアールカの姿はない。とはいえ、もともとの主催側であるし、いちいち説明を受けるまでもないので、特段おかしいと言うほどでもない。


 そして、そんなことはソウにはどうでも良かった。割り当てられた番号と、一番目の対戦の番号が見事に一致しているのが目下の問題であったのだ。


「これ、引き直しとかはないんですか?」

「申し訳ありません。ルールですので」


 ソウが駄目もとで係のものに尋ねるが、男性は否定を返した。

 集まっている他のバーテンダー達も、ソウに同情的な視線を送っている。しかしそれ以上に『自分が一番でなくて良かった』とホッとしているのであった。

 誰だって、良く知らない場所での戦いは避けたいものだ。そうでなくても、今回のような場合は、じっくりと流れを観察できた方が、やりやすいに決まっている。


 というわけで、運悪くトップバッターになってしまったソウは、自分の不運を呪いたくなった。

 係の者は手元の資料で番号と組み合わせを確認し、ああ、と少し安堵の表情を見せる。


「丁度良かった。一戦目は『練金の泉』の身内試合のようなものですね」

「勝手に身内にしないでくれ」


 聞き捨てならない発言にソウが突っ込むが、係は愛想笑いで通す。

 それから、周囲の人々に向けて言った。


「では、以後はこのように。──前の対戦が終わる前に、次のチームを呼び出します。下見の時間はおよそ二十分程度を予定しています。ただし、集合が遅ければそれだけ時間は減るのでお気をつけください」


 集まっているバーテンダー達は、そんな係の言葉に思い思いの反応を返す。

 ああと唸ったり、無言で頷いたり、とりあえず全員が肯定の意思を示した。


「では、第一試合の『瑠璃色の空』さん以外は解散していただいて結構です。観戦は基本的に自由ですので、時間にだけは遅れないようにお願いします。心配でしたら先程の参加者控え所に待機して頂いても結構です」


 そこでも観戦はできますので、という最後の付け足しのあと、集まっていたバーテンダー達は散り散りに去って行った。

 残されたのはソウだけだ。ティストルはこことは違う場所で、魔道院の同級生たちと撮影機械の説明を受けている。

 少しがらんとしてから、係の者は雰囲気を変えた。


「あなたがもしかしてソウ・ユウギリさんですか?」

「なんだなんだ。俺はもしかして有名人ですかい?」

「『氷結姫』関連で、あなたに注目している人はいるんですよ」


 そいつはあんまり嬉しくないですね。とソウが苦笑いをすれば、係の男性も、確かに、と同意を示す。


「あの『氷結姫』に目をつけられるなんて、ついてないですね、ほんと」

「分かってくれるのは嬉しいんですが、大丈夫なんですかね。一応、今回のトップでしょ」


 こんな場所で陰口を叩いているのが知れたら、少し立場は悪くなりそうだ。

 そう思ってのソウの発言だったが、男は苦笑いを濃くした。


「彼女はそんなこと気にしませんよ。実力でしか判断しませんから。まぁ、これで自分が雑魚だったら、話は別でしょうけど」


 フィアールカ・サフィーナという少女は、上に喧嘩を売っておきながら実力でのし上がった天才だ。

 そんな彼女が、実力以外のところで部下を判断することはない、という理屈は分かる。

 ソウはそう納得しつつ、それを言い切った男性ににやりと笑いかけた。


「はっ、大した自信で」

「試してみます?」


 じっとりと、周囲の空気が重くなった。係の男性が、『練金の泉』所属のバーテンダーに戻ったのだと空気で分かる。

 しかし、そのような重圧をそよ風のように受け流し、ソウは言い返した。


「やですよ。これから疲れるのに、わざわざ更に疲れるなんて」


 ソウは男性の気配にまるで動じず、それでいて手だけはしっかりと腰に添えていた。一瞬でもおかしな動きをすればまさに一触即発といったところ。

 男性は、そこですぐに人懐っこい笑顔で謝った。


「あはは。申し訳ありません。ちょっとだけ試してみたくなりまして」

「勘弁してくださいってば。こんな弱小協会の人間を捕まえて」


 肩書きで判断しない、というのは立派である。少なくとも、肩書きだけしか見ないよりは信用できる。しかし、それも程度の問題だ。


「結構、楽しみにしてるんですよ皆。あの『氷結姫』が勝つのか、『謎の男』が勝つのかって」

「……オッズは?」

「『氷結姫』が優勢ですね」


 にこにことしたまま、顔色一つ変えずに男が言う。

 ソウは少しだけ、たくましくもえげつない『練金の泉』の面々に親近感を覚えつつ、はぁとため息を吐いた。


「でも自分はあなたに賭けますよ。そう決めました」

「そいつはどうも。それで儲かったら一杯奢って下さいよ」

「あはは、そのためにもよろしくお願いします」


 双方守る気のない口約束が交わされたところで、ソウはちらりと他の場所の様子を見た。撮影機械の説明を受けている魔道院の学徒達だ。

 もともと、魔法の適性が高い故に特に『機械』をあまり使う必要がない子供達。もう少し、説明には時間がかかるように見えた。

 となると、ソウにとっては今の時間が好機であった。


「あとちょっと尋ねたいんですが良いですか?」

「はい。何かご質問がおありでしたら」


 男性の快諾に、ソウは声をひそめて尋ねる。




「……人質は地下牢に入れておくんですよね? そいつを拘束しておく手錠とかって用意できるんですか?」






 それから少し経って、説明を終えて走って来たティストルと合流するソウ。


「申し訳ありません。少し手間取りました」

「まあ、気にすんな。で、それもう動いてんの?」


 ソウは笑って許し、ついでにティストルの肩から首筋のあたりにある『機械』を指差す。それはずんぐりとした短針銃のような形の機械であった。

 安定性のありそうな胴体と、撮影のためのレンズ。かなり小型で、レンズの大きさは硬貨一枚分あるかないかくらいだろうか。

 両手は自由に使えるし、肩を中心に首やらなにやらで固定されているので、多少乱暴に動いても良さそうだ。


「えっと、まだ動いてません。試合の直前に動かせば良いとのことなので」

「大丈夫か? ちゃんと使えるのか? スイッチって何の事だか分かるか?」

「さすがにそこまで機械オンチではありません!」


 ソウが少しからかうと、ティストルはちょっとだけムキになって反論した。それをソウは面白がるように笑う。


「良い反応だ。最近のツヅリの野郎、スルーすることも覚えてきたからな」

「……ソウさんは、ツヅリさんをからかうのを生き甲斐にしてますよね」


 ツヅリに同情するようなティストルの言葉に、ソウは口笛を吹いて誤魔化した。


「じゃ、行くか。あんまり遅いとツヅリがうるせえからな」


 それで誤魔化したつもりなのか、ソウはさっと切り換え、歩き出した。まだ釈然としないながら、異論は無いのでティストルも付いて行く。

 スタスタと自分勝手に歩いているように思えて、ソウの歩調は少しゆっくりだ。言葉にしないくせにこういう所は、気を使う。

 そんなソウの優しさに気付いて、ティストルは心中で思う。


(そういうのをもっと言葉にすれば、ツヅリさんが悩むこともないし、今日みたいなことにもならなかったのに)


 それに答えたわけではないだろう。ティストルは何かを口にしたわけでもない。

 しかし、そのまさしく丁度くらいのタイミングで、ソウは前を向いたまま言った。


「ティスタ。自分がやってることが、本当に正しいのかどうか。最後の判断は自分でしろよ」

「っ!?」


 ティストルは、ばっと身構えた。対するソウはろくにティストルの顔も見ないまま足を進める。

 しかし、ちょっと進んだところでピタリと足を止め、なんでもなさそうな顔でティストルに言った。


「どうした? 置いてくぞ」

「え、は、はい」



 あまりにも何事もなかったかのようなソウの態度に、ティストルは先程の言葉が気のせいだったような気すらした。

 結局、その言葉の真意を尋ねることはできないままであった。



ここまで読んでくださってありがとうございます。


更新、大分遅くなって申し訳ありません。

そろそろ、ようやく対戦に入れるかと思います。


※1118 誤字修正しました。

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