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単純な作戦

「随分と遅かったな」


 既に若手達と合流して待機していたソウが、やや棘のある声で言う。ツヅリの目には、心なしか若手達の目線も鋭いように見えた。

 ツヅリはさっきまで何を話していたのかを頭に浮かべ、申し訳なさそうに謝る。


「あーいや。すみません」

「別に謝れとは言って無いが」

「いえ、でも、すみません」


 重ねて謝るツヅリをソウは不審そうに見る。それからティストルへと目線を向けるが、彼女も彼女で申し訳なさそうに視線を逸らした。

 ソウはその辺りでなんとなくの事情を察し、ため息を吐く。


「別に構わねえけどな。俺が史上最低のクソ野郎だろうとなんだろうと」

「そ、そこまでは言って無いですよ!」

「じゃあ似たようなことは言ったと」

「あっ」


 口を滑らせたツヅリを、ソウはじっとりと睨んだ。

 ティストルの友人達に迫られて、ツヅリは一通りソウのことを話した。正直に、特に嫌なところについては念入りに。酒癖とか女癖とか意地の悪さとかがめつさとか、諸々。

 それ故に、ソウの評判は多少下がったかもしれない。

 しかしそれだけではないと、ツヅリはソウの追及の目に応じる。


「で、でもアレですから。ちゃんと良い所も」

「ほーん。じゃあ俺の良い所ってどこだよ」


 ソウに尋ねられ、ツヅリはさっき言ったことをさっと答えようとする。

 そして、喉まで言葉がでかかって、慌てて濁した。


「えと、それは……」

「出ねえのかよ」


 ソウは呆れつつ、どうでも良いと言うように目線を切った。

 それにツヅリは反論したくなりつつも、恥ずかしさから却下してしまう。

 ツヅリは確かに良い所もちゃんと言った。言ったのだが、本当は師を尊敬していることを、本人の前ではっきりと言うのは、少し無理であった。

 普段ならそんなツヅリをティストルが庇うところだが、彼女は彼女でさっきまで羞恥攻めにあっていた故に、今はそんな気にはならないのであった。


「まあいい。作戦は事前に伝えた通りだ。異論はないか?」


 ソウが確認を取る。

 ツヅリは静かに頷き、若手達を代表するようにリミルもまた頷いた。


「あんたの作戦は正直癪だが、それが最善ってことは、理解できてる」

「上出来だ。悔しければ、今よりもっと腕を磨くんだな」

「…………ああ」


 無名協会に従う悔しさは各々の顔に滲み出ている。それに加えて、打ち立てた作戦が不本意であることも分かる。

 それでも、勝つ為に。ひいては『氷結姫』に目に物を見せるために決意した。

 その覚悟も、確かに顔に現れている。


「良い顔だ。ま、やるからには全力で行こうぜ」


 ニッとソウは嬉しそうに笑みを浮かべ、拳を握ってトンと己の胸を叩く。ソウに続くように若手達もまた胸を叩いた。

 その統一された動きは、確かに外道チームがまとまった証であった。

 外道チームに混ざって、何故か人質役のティストルも胸を叩いていたが、ソウは見なかったことにした。


「じゃ、行ってくるわ」


 確認を取ったあとに、ソウはチームを代表して、申請に向かう。

 本部テントの一部が、テーブルを並べた記入コーナーになっている。一応、しきりが付いていて他のチームの記入は見えないようにされていた。

 午前中に顔見せがあった段階で既に話し合いは終わっているのだろう。恐らくほぼ全てのチームの代表が既に集まっている。

 各々が、なかなかに雰囲気のある強者だ。装備から、気配から、隙が少ない。ここでもし殺気の一つでも出そうものなら、即座に銃口が一点を向くだろう。

 自然とソウの口の端に笑みが浮かぶ。なかなかどうして観戦も楽しそうではないかと。


「すんません。代表で記入に来たんですけど」


 そんな彼らをひとまず置いて、ソウは『練金の泉』のスタッフに声をかける。

 ピシッとした雰囲気の男性から記入用紙を受け取り、手頃なテーブルに陣取って、弾薬の申請書に記入を始めた。


 申請できる弾薬は、各属性の基本弾と、副材料。そしてビルド用のカートリッジ。

 弾薬は一人合計で四〇発。基本弾一六発に副材料は二四発。カートリッジは五本までだ。アイスの弾薬はそれとは別に、いくらでも申請することができる。

 その手は澱みなく、なんの迷いも無い。他のチームに比べて早い時間で、さらさらと必要な量を書き終えた。

 そしてそれを、係のものに返す。


「記入終わりました」

「はい。それでは確認させて──え?」


 愛想良く用紙を受け取り、さっと用紙に目を落としたところで係の言葉が止まった。

 用紙とソウの顔を見比べて、確認を取る。


「あの。こちら記入ミスなどはございませんか?」

「ありません」

「しかし」

「それで、納得して貰ってますよ」


 ソウがニヤリと言ったところで、スタッフの顔が更に驚きに染まった。

 しかしそれも一瞬のこと。『練金の泉』の内情にも詳しいだろうスタッフもまた、ニヤリと笑みを返す。


「なるほど。思い切ったことをしましたね」

「でも有効でしょう?」

「ええ。自分もそう思います」


 ソウの考えを読み、その有効性に太鼓判を押す。

 それは恐らく、ここに集まっている熟練のバーテンダー達が一度は考えたこと。実戦では到底使い物にならなそうな若手達を、どうにか使う為の方法。

 そして、それを若手に納得させる困難さから、諦めたであろう方法だ。


「では、用意致します」


 言って、男性は一度奥に下がった。準備に走り回っている雑用らしき人間に要望を伝えると、彼らもまた驚いた顔をする。

 ややあってから、弾薬の詰まった箱を手にして男性が戻ってきた。


「お待たせしました。ご確認ください」

「はいはい」


 軽く言ってから、ソウは箱の中を覗き込む。

 他のバーテンダー達であれば、その中身の弾薬を細かく確認し、弾頭の色の数が申請と正しいか、照らし合わせることだろう。

 しかしソウは違う。確認するのは一つだけ。


 自分と、ついでにツヅリが使う分の弾薬だけ、正しいと確認すれば良い。


「確かに。申請通り」

「でしょうね。こちらも楽でしたよ。ほとんど『ウォッタ弾』なんですから」


 苦笑いの男性に、ソウもははと愛想笑いを返す。

 男性の言う通り。ソウは若手の持つ弾薬を全て『ウォッタ弾』にしたのである。



 ソウの立てた作戦は単純だ。

 バーテンダーの強みは、その場の状況にあった『カクテル』を即座に判断し、発動させる対応力。

 しかし、若手達にはその能力が決定的に欠けている。選択肢があっても正しいものは選べず、よしんば選べたとしても発動に時間が掛かり過ぎる。


 それでは、なんの意味もない。戦闘で敵は、こちらの選択を待ってはくれない。

 だからソウは、始めからその選択肢を削り取った。


 ポーチに入れるのは『ウォッタ』だけ。発動できる『カクテル』は【スクリュードライバー】とあと一つのみ。

 迷う要素などない。敵に会ったらただポーチから弾薬を取り出してスクリューを撃つ。それだけだ。

 それだけであれば、ポーチの中を一々確認することもない。相手から目を逸らさず、ウォッタとアイスを引っぱりだし、カートリッジを差しておしまい。


 対応力という点では確かに問題がある。しかしもっと重要なことがある。

 決闘などではなく実戦の場合──魔法の撃ち合いなら、先に撃ったほうが勝つのだ。相手の発動前に倒せればそれで勝ちなのである。

 そこには、対応力も魔法の相性も関係はない。

 自力で圧倒的に劣る若手達が『氷結姫』とやり合うためには『早さ』以外に手はない。



「しかし良く納得しましたね。あのプライドの高いガキ共が」

「スタッフさん。口調口調」

「おっと」


 愛想の良さそうなスタッフから漏れた本音に苦笑いしつつ、ソウは言った。


「……ま、その為にわざわざ弟子に決闘させましたからね」

「へぇ」


 ソウの言葉に、男性は感心した声を漏らした。

 いくら若手で戦闘の心構えがなっちゃいないとしても、『練金の泉』。技術は確かだ。その技術を弟子が上回るというのは、大した物である。

 そんな若手達のプライドを折るというからには、その弟子がほぼ同年代であることも、分かる。そのような弟子を育成する、師の優秀さもまた分かる。

 故に、男性はその話に感心し、それからもう一度申請用紙に目を落とした。


「『瑠璃色の空』さんか。ああ。思い出した。姫様のお気に入りでしたね」

「うわ、有名なんですか?」

「そうでもないですよ。名前だけです。まぁ、ただの姫様の気まぐれだろうと、大体の連中は思っていますよ。自分も思っていました」


 妥当な評価だ、とソウは思う。

 フィアールカ個人が何を言おうと、それは『練金の泉』の総意ではない。彼女がどれだけ『瑠璃色の空』を評価しようと、それは個人の感想の域を出ない。

 彼女の交友関係についてそこまで深い注意を払っているのは、それこそファンくらいだろう。

 そう思っていたところで、男性はくくと面白そうに喉を鳴らす。


「しかし、自分は考えを改めましたね。あなたの試合、楽しみにしていますよ」

「やめてくださいよ。俺はプレッシャーに弱いんですから」

「ご冗談を。本番前にそんな笑顔の人が」


 指摘され、ソウはおっと気を引き締め直した。

 それからは地図などの物資受け渡しを済ませ、ソウはその場を去った。



「……さて。準備はあと一つだけだな」



 去り際に一人呟いた言葉は、誰にも届いてはいなかった。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


体調不良で更新が滞ってしまい申し訳ありませんでした。

本日から、また一日おきに更新の予定です。


※1110 誤字修正しました。

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